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2009年12月06日

来年に繋がる試合

 もはや腐れ縁となってしまったヴェルディとの最終戦。どちらが勝手も順位変動がない試合だが、去っていく選手のため、今期の締めくくりとして、両チームに「いい試合」をしようという意志が見られて、好ゲームとなった。

 相手のと実力差を計算にいれて、相手を受けて、じらす、隙を突くような戦い方があるけれど、昨日の試合は、両チームがまったくイーブンに相手ゴールを目指した。

 そうなると、ちょっとしたパスの精度だとか、トラップの技術だとか、走り込みの質だとか、ほんのわずかだけど、ホームのヴェルディの力が上回る。それが前半の2失点として現れる。

 ところが、後半、ヴェルディは2得点を背景にして「勝ち逃げしよう」という気持ちが働く。そうなると、開始早々にあった。両チームのイーブンな状態が失われ、札幌は攻勢に回り、ヴェルディは守備に追われる。その結果としての後半2得点。

 結果としては、ドローだったけれど、リーグ6位と7位というお互いのチームの力を如実に示した好ゲームだったのではないか。

 いずれにしろ、長かった2009年シーズンもこの試合で最後となった。昇格を目指していたことを考えれば物足りない順位ではある。が、前回の降格時のように、昇格という目標が失われると、チームが方向を見失い、ずるずると順位を下げていったのに比べると、6位から一時は二桁まで下げた順位を、ここまで持ち直せたところは十分に評価できるのではないか。

 チーム編成が順調にすすめば、昨日の試合は、来年に繋がる試合だったといいたい。

posted by hibari |12:23 | コンサドーレあれこれ | コメント(2) | トラックバック(0)

2009年10月05日

得失点の波

 今期の勝敗表を見ると、札幌は得点と失点が共に増える時期と、両方とも減る時期を繰り返していると言うことだ。

 おおよそだが第1節から第7節までは、得失点とも少なかった。そして、第8節から岐阜に勝った第15節までは、3-2というような試合が多い。16節で水戸に0-0で引き分けると、再び得点欠乏症に陥り、岡山に4-2で勝った第30節まで続く。

 この後、セレッソに0-3という試合はあったものの、第36節では草津に5点を挙げている。ところが甲府に1-2で負けた第39節から再び得点が少なくなってきている。あげくに前節は0-0だ。

 熊本に対しては苦手意識があったのだろう。高原のセーブが無ければ、(今回は前節と違って高原よりも相手のミスキックだったような)確実に負け試合になっていた。甲府に負けたあたりから、実は再び得点欠乏症のターンに入ったのではないか。

 前のエントリーでは、「三浦サッカー」の復活などと、脳天気なことを書いていたが、こういう波を見るにつけ、このチームには構造的な問題があるように思う。

 いくら得点が多くても失点が多ければ結果は僅差。また失点を少なくしても得点が少なければ、やはり僅差。10の力しかないチームが、攻撃に7を割くと守備は3、反対に守備に7を割くと攻撃は7。つまりこういうことなのだろう。

 いずれにしろ、水曜日の試合は、コンサドーレ札幌というチームの本当の実力が試される試合であることは間違いない。

posted by hibari |20:47 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年09月27日

高原寿康というミラクル

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 高原寿康というキーパーは、愛知学院大学の時代に大学ナンバーワンキーパーとうたわれ、全盛期のジュビロ磐田に正ゴールキーパー候補として入団した。しかしルーキーイヤーの2003年8月左足首を複雑骨折し、シーズンを棒に振ってしまう。これが高原の最初の挫折だった。  怪我から復帰した翌シーズンにはまったく出番はなく、2005年に解散的な出直しを図ったJ2札幌にレンタル移籍。開幕から10試合にゴールキーパーとして試合に出たものの、11試合目、山形に0-3で敗れたのを契機に正ゴールキーパーを林卓人に奪われてしまった。これが高原二度目の挫折だ。  翌年も4試合しか出番がなく、レンタル期間が終わると札幌は「要りません」と答え、親元の磐田は高原の契約を解除してしまった。いく場を失った高原に、声をかけるクラブはなかった。所属クラブを失った高原は、練習生として札幌に留まる。クラブから放り出され、プロの資格を失うという屈辱を受けながらも選んだ練習生という立場。どんなに屈辱的だったことだろう。これが高原三度目の挫折だ。  しかし、人間どこで運が向いてくるかわからない。練習生として始まった2007年。ヴェガルタ仙台の正ゴールキーパー・シュナイダー潤之介の負傷により、林卓人が仙台に貸し出されると、札幌はゴールキーパー不足になり、高原は札幌と再び契約。晴れてプロのキーパーに戻った。  それでも高原は第3キーパーの位置づけだった。久しぶりにJ1の舞台に戻った高原に、試合出場の機会はなかった。それでも高原は腐ることなく、コツコツと練習を積み重ねていたのだろう。今年、開幕は第3キーパー。その後、佐藤が不調に陥ると第2キーパーに昇格。そして正ゴールキーパーへ。  そして今日。この試合のMVPは高原であることに、誰も異論はないだろう。  厚別での湘南戦ーーー。高原には特別の思いがあっただろう。2006年7月29日。J2第31節湘南戦。林の腰痛再発で1年ぶりに先発した高原は、この試合で5点も失ってしまう。湘南のシュートに対して一歩も動けず立ち尽くしてしまった高原。これで監督の信頼を失い、再びキーパーの座が巡ってくることはなかった。そして屈辱的な契約解除=練習生。  昨日、昇格は悔しさの総量、というコラムを書いた。本来であれば、昇格争いの最前線にいる湘南と、まだ可能性を残すとはいえ、アウトサイダーの札幌とは自ずからモチベーションが違ったはず。それでも、今日は札幌が気持ちでも運動量でも湘南を上回った。  J1を目指す湘南の悔しさの総量よりも、3度の挫折を乗り越えてきた、そして湘南戦に特別な思いがあるであろう高原の“悔しさの総量”が上回ったのだ。  札幌の昇格はミラクルだろう。ミラクルというのは現実には存在しないことを意味する。しかし、今日の高原は、一度はプロサッカー選手としての命を絶たれた者がこの試合に正ゴールキーパーとして立っていることを含めて、まさに“ミラクル”だった。ミラクルも、強い気持ちを持ち続けると現実になる。我らの正ゴールキーパーは、そう教えてくれる。


posted by hibari |22:02 | コンサドーレあれこれ | コメント(4) | トラックバック(1)

2009年09月26日

昇格は“悔しさの総量”

今日は思いっきり感情論だ。

とどのつまり昇格は、クラブの“悔しさの総量”によって決まるのだと思う。J2に落ちて悔しい。何年も昇格できずに悔しい。こんなところにいることが悔しい。こうした悔しさの総量が、もっとも多いクラブが昇格する。

長年J1に定着し、現在も実力のあるクラブは、J1の舞台にいない自分たちが悔しい。昇格を期待されながら、涙を呑み続けたクラブは、悔しさがたまりにたまっている。

これは今期の上位チームにそれぞれ当てはまる。そして札幌は、セレッソ戦の初戦を除き、それぞれに“悔しさ”をため込んだ上位チームに勝てていない。

こうしたチームと戦うとき、若い札幌は、この前の甲府戦が顕著だったが、一対一で、相手のボールやポジションを譲るような場面が見られた。たった一つのボールを巡って、相手に睨まれると、思わず視線を落としてしまう。こうなる決して勝てない。

クラブとしての歴史に加え、選手一人一人の“悔しさ”の量にも違いがあるだろう。J1から解雇され、見返してやりたい思い。再びあの檜舞台に立ちたい想い。それらは、やはり長くプレイしていた年長者の方にこそ高いだろう。

札幌は一昨年に「悔しさ」をはき出し、今年は若手が中心となったことで、“悔しさ”の総量が落ちてしまったのではないか。しかも、昨年までJ1にいた。ほとんど勝つことができず最下位だった。そのことが、J2にいたくないというモチベーションを下げているのでは、ないかと想うこともある。

明日の対戦相手。湘南は94年には天皇杯を獲得した日本サッカー界の名門。その名門が、99年に降格し現在まで10年にわたってJ2にとどまっている。この間にためこんだ“悔しさの総量”は膨大なものだろう。

前節、湘南のスタメンの平均年齢は24.5才。対して札幌は21,7才。ちょうど大学生と社会人ぐらいの差がある。個人がため込んだ悔しさの量でも相手が上回るのだろう。

しかし、それでも札幌は明日、勝たなければならない。負けることは許されない。
理由は、もう述べるまでもないだろう。

posted by hibari |21:36 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年09月23日

背番号50番の謎

 51もある試合の中の一つの試合。
 悪いがそんな感想以上の印象はない。強いて言えば「勝った」ことだが、同じ1-0であっても、前節の福岡戦のような緊張感はかなった。そのくせ、アウェイできっちりとゼロで抑えて危なげない勝利と言うほど、確かな勝利ではない。

 特に後半に宮沢を下げて吉弘を入れてから、受け身になり後半残り10分は防戦一方だった。ペナの付近から何度もあわやというクロスを入れられた。相手がJ1であれば、確実に1点以上は取っていただろう。

 もっともこの防戦は、相手の勢いに押されてずるずると下がったと言うよりも、途中から追加点をあきらめてゼロで終えようという意思統一だったようには思った。 後半の半ばで最初に切ったカードがハファエルではなく、宮沢だったことはシャットアウトで試合を終わらせようという監督の意思表示だったのか。

 これまで、こうした展開では守るのか、追加点を取りに行くのかがはっきりしないまま得点を奪われ、引き分け、逆転という展開が多かっただけに、はっきりとゼロで終えようという意思統一ができたことは評価できる。

しかし、それにしてもと思う。ゲームのコントロールの仕方が「稚拙」で、引いて守となると、何の工夫もなく、ズルズルと引いてしまう。「守る」ということがあからさまなため、相手も安心して攻撃に専念できる。同じ守るにしても、相手にカウンターの脅威を与えながら、少しずつ自陣に籠もるというような高度なゲーム運びはまだまだのようだ。危なげないゲームコントロール。これも念頭に置いてもらいたい。

 さて苦言はここまでにして、岡山というチームは昨年までのJFLで、今季初対決なのだが、背番号50番というのはどういうことなのだろう。

 50番のほかにも46番、48番という選手がいた。今期のプレイヤー名鑑を見ると、J1・J2全チームの中で最多の45名登録で始まっている。とすると、46番以降の選手は途中から補強されたと言うことか。そう思って、JSGOALの移籍情報を見ると、なんとシーズン途中の4月10日に22人も抹消されていた。

 勉強不足を晒すようで恥ずかしいが、さらに調べるとファジアーノ岡山ネクストというジェフのリザーブスのようなアマチュア組織を作り、そこに選手を移動させたようだ。さらにそこからなのだが岡山のほかに現在FC岐阜SECOND・徳島ヴォルティス・セカンド・愛媛FCしまなみ というチームがあるようだ。

 アマチュアリーグであるJFL時代。ここから昇格してきたチームは、人件費のかからないアマチュア選手を多く抱えており、プロに移行するにあたって、無情に切り捨てるわけにはいかないということなのだろう。

 Jの育成というとユースなどの組織が思い浮かぶが、これとは別なカタチの育成として
アマチュア組織を持つと言うことが、J2では一つのトレンドになりつつあるようだ。今後の日本サッカー界の動きを知る上でも、Jの下のアマチュア組織の動向については注意してみていきたい。

posted by hibari |23:36 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(1)

2009年09月19日

ヴェルディが大変なことになっている。

 

 親会社の日本テレビが撤退し、OBを中心に設立される持ち株会社に譲渡されるのだという。J2落ちした今年、日本テレビの撤退は確実視され、ここに変わる親会社探しが行われてきた。来週には正式発表というような報道があったこともあったけれど、その後、まったく話を聞かなかった。そうしたところ、今回のような発表だ。

 しかも、持ち株会社の事業計画に掲げたスポーサー獲得ができなければ、Jからの退会させられるという。普段意識しないことだが、Jリーグに参加するたは、いくら下部リーグで好成績を挙げようとJリーグの会員でなければならない。今、ヴェルディは札幌よりも順位が一つ上だが、このままの成績でシーズンを終えても、リーグが会員資格を認めなければ、リーグから姿を消してしまうのだ。来期もJであり続けるためには、2ヶ月で5億以上、集めなければならないのだ。

 僕らの世代にとってヴェルディという名前は、ほんとうに王者の象徴だった。それがこのわずかな間に、クラブの存続も危ぶまれるまでになっているなんて。

 一方、降格が確実視されているJ1大分の台所事情も苦しい。胸スポンサーにマルハンというパチンコメーカーの広告を入れていたが、これは青少年の健全育成を旨とするJの趣旨に反するとして、一期のみの特例だった。この契約が切れて、大分は新たな契約先を探さなくなり、ようやく見つかったのが、怪しげな健康食品会社。サポーターは、クラブのイメージを落とすものとして、これに抗議。横断幕を掲げたところ、クラブから観戦禁止の通達が出されてしまった。それにとどまらず、この横断幕におこった健康食品会社が、契約撤回を示唆しているという。

 J1であり続ければ、いずれスポンサー問題も好転する、という大分の戦略が崩れ始めようとしている。

 リーマンショック以降の100年に一度の大不況はスポンサーに依拠するJのクラブに大打撃を与えている。このほかにマリノスから日産が撤退する噂なども聞こえている。

 かつて、コンサドーレ札幌サポーターの中で、強力な親会社にサポートしてもらう企業クラブがよいのか、市民に薄く広くサポートしてもらう市民クラブがよいのか、なんども繰り返し議論された。私は、コンサドーレインフォメーションで、「やれやれ」さんと論戦を繰り返したものだ。(いつも攻められてばっかりで、私はゴール前に貼付けになっていました)

 こうした事態を受けて、いまさら「だから企業クラブなんて」と得意顔に語るつもりはない。とどのつまり、市民クラブであろうが、企業クラブであろうが、そのクラブが地域で作り上げたクラブの本来持っている経済価値、社会価値を超えて、経営規模を膨らませるならば、いずれは破綻するということなのだと思う。そこに、市民クラブ、企業クラブの違いはない。

posted by ひばり |11:37 | コンサドーレあれこれ | コメント(2) | トラックバック(1)

2009年09月13日

気持ちで負けては勝てない

数字の上での昇格と、現実的な昇格の差。
 こうした気持ちの違い、モチベーションの違いが如実に出た。
 
 試合開始から気持ちで札幌は、相手に負けてしまっていた。

 パスが相手に渡る。
 それはこっちが思うよりも相手の出足が早いからだ。
 イーブンなボールをとれない。
 それは、必ずボールを取ろうという気持ちが相手の方が上だからだ。
 ボールを奪われる。
 それは、どうしようかと考えている間に、相手に詰められるからだ。

 全体的に相手の勢いに押され、飲まれ、そして、怖じ気づいてしまった。決定的な上里の凡ミスばかりではなく、こうなると、判断が遅くなる。そしておっかなびっくりになってしまう。そして気持ちの悪循環を起こす。

 前半、今期最悪の出来。わずかシュート1本という数字がそれを示している。

 こうした中、甲府を上回る気持ちを見せたのは、高原だけだった。高原は、一度札幌を首になり、練習生からはい上がってきて、ようやくここでレギュラーを奪取。 地獄を見た男が、レギュラーの座だけは渡さないという気迫は、甲府に並ぶか、上回っていた。

 その高原の気迫に押されるように、後半盛り返したものの、ハファエルを換え、上原を入れてから、前半のような展開に戻ってしまった。藤田が一点を返したところで、この甲府に善戦できた、1点を返したと言うことに満足してしまった。

 マラニョンの決定的なのが入っていれば、3-1.4-1の惨敗も普通にあっただろう。その後は、相手の「勝ちたい」という気持ちにボールを譲り、そのままタイムアップ。

 解説によれば、札幌と甲府との間には平均年齢に4歳の差があるという。そうした年齢の差も少なからず影響を与えているのだろう。

 スコア的には僅差の敗戦だが、相手に気持ちで負けてしまった札幌に、最初から勝機はなかった。

posted by hibari |18:25 | コンサドーレあれこれ | コメント(2) | トラックバック(0)

2009年09月07日

愛媛戦とオランダ戦と

 日曜日は、ホーム厚別だというのに行けなかった。
 少なくとも道内ホームはコンプリートを目指すものの、やはり年間3試合くらいはいけない試合がある。

 こういう時にはあらゆる情報を遮断し、生中継に近い気持ちで録画を見る。前半の歯がゆさは、現地厚別であれば相当なものだったろう。そしてご承知の通りの大逆転。6月ぐらいの勝てない頃だったら、0-2で終わっただろう試合を見事にひっくり返した。それなりにチームの成長と言うことなのか。

 ところで、この試合をこれの前日に行われた日本代表とオランダ代表との親善試合とダブって見えた人は、結構いたのではないか。

 J1だった頃(と言っても昨年ですが)、J1のチームと対戦して、思わずこんな上手い人たちの中から選りすぐりの上手い人たちだけのチーム(代表のことです)が、一体どこに負けるのだろう、と思ってしまった。

 日本代表の試合を見て常々感じるのは、日本人のまじめさ、ということ。世界のサッカーの最先端がこうです、と言われれば、きっちりとそれをなぞってくるし、監督がこうしろ、というと、黙ってこうする。プレスと言われればプレスするし、走れと言われれば走り、パスだと言われれば正確にパスサッカーをする。こんなまじめなチームが、一体どこに負けるのか、と思うのだ。

 さて、土曜日のオランダ戦。昨年の鹿島アントラーズとの開幕戦を思い出してしまった。前半は0-0。シュート数でも5-6とほぼ拮抗し、札幌のプレスに明らかに鹿島は後手に回っていた。しかし、札幌は押していたものの得点を挙げられず、後半に荒井場が決めると、そこから足が止まり、あれよあれよという間に4失点。失点数こそ1点多いもののと展開としてはすごくよく似ている。

 もちろん鹿島はJの覇者であり、札幌は年間4勝の陥落チーム。その実力差は明らか。そんな実力差があったとしても、70分までハードワークを続けれれば、互角以上に渡り合える。しかしながら、人間のやることゆえ、そのハードワークを90分間持続できない。続けられないがゆえに、日本も札幌も陥落してしまった。

 岡田監督は、世界のベスト4を目指すならば、ハードワークを持続させるしかないというようなコメントだったが、それは無い物ねだりなのではないだろうか。昨年の札幌だって、ハードワークを90分続けられたのならば、鹿島に勝つことはもちろん、J1優勝だってあっただろう。「これしかない」と思い詰めた岡田監督の表情に、日本代表の危うさを感じた。岡田さんは札幌の恩人の一人だから、頑張ってほしい。

 さて、昨日の愛媛と札幌だが、後半に札幌がひっくり返したからと言って、札幌と愛媛の間に、日本とオランダの間、札幌と鹿島の間ぐらいの開きがあったというのではない。なぜならば、日本代表も昨年の札幌も結局は一点も奪えなかった。圧していたように見えても、肝心なところでは仕事をさせてもらえていなかった。

 ところが、昨日の愛媛は札幌からきちりと2点を奪っている。その差は大きい。これをゼロで終えられるようにならないと、昇格は難しい。


posted by hibari |16:43 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(1)

2009年08月19日

遅ればせながら三浦監督の現場復帰を歓迎する

遅ればせながら三浦監督の現場復帰を歓迎したい。

コンサドーレの残留に失敗し、浪人になった三浦さんが、このまま監督業から遠ざかるのは、日本サッカーの損失だと思っていた。一方、三浦さんの特徴的な守備戦術が嫌われ、このままどこからも呼び声がかからないことも懸念された。事実、一時代前に脚光を浴びたJの監督でも、現在まったく指導の第一線から姿を消して、久しい人は何人もいる。

三浦さんは、代表経験、プロ経験はおろか、高校時代まで遡っても選手としての実績がない。選手の実績としてはほとんどアマチュアレベルだった。たしか、意を決してドイツ留学をするまで養護学校の先生だったはず。

そうした身でありながら、プロの監督業の第一線で活躍するのは並大抵のことではない。それだけに結果を残さなければならないという意識は強く、徹底的に確率論に立脚したあの独自の戦術になったのだろう。

そしてこの戦術が一昨年のコンサドーレに見事にはまり、前年に6位だったチームを就任一年で見事優勝・昇格に導いた。きらびやかなサッカーエリートが支配するプロサッカーの中で、ほとんどアマ同然のところがからのし上がり、これだけの実績を示した能力・手腕はやはりたいしたものだ。

これだけの才能を、たった一回の失敗(去年のうちだけど)で葬り去るのはあまりにも惜しい。貪欲な三浦監督のことだから、2007年までの自身の戦術、サッカー観を冷徹に分析し、次のステップを見出しているはず。指導者としての成長の加速度が、引き続き伸びていけば、いずれは代表だって任せられてのではと思う。

そうした意味で、神戸のフロントが三浦監督を指名したことを歓迎したいし、無条件で監督を応援したい。もし来年戦うことになったら別ですが・・・

トハイエ イマダカライウケレド、アノサッカースキデアリマセンデシタ ヤンツーサッカーガスキデシタ 

posted by hibari |22:54 | コンサドーレあれこれ | コメント(4) | トラックバック(1)

2009年08月12日

ヒトか。カタチか。

 ヴェルディ戦のことなんですが、遅くなってしまいました。

 さて、今節、自分的にもっとも興味深かったのは、古田の活躍はもとより、藤田が左サイドに回ったことでした・・・

 毎度、石崎監督の采配には驚かされる。西をでフェンダーにしたかと思うと、次はFW。そして今節はMFだった。上里もボランチとバックの間を行き来し、宮澤も前と後ろで使われた。コンサドーレ札幌を見てきて10年を超えるが、こんな監督見たことがない。

 そんななかでも、古田が頭角を現すと、いよいよ藤田もスタメン落ちかと見ていた。他の選手と違って、藤田ほど右サイド以外が想像できない選手はいない。ところが、フタを開けてみると、なんと左サイドだった。

 一般に、監督には「人」を取る監督と、「カタチ」を取る監督がいるように思う。カタチヲ取る監督の代表格は、いうまでもなく前三浦監督。まず4-4-2の3ラインというカタチがあって、そこに人を当てはめていった。ところが、石崎監督は、カタチにはこだわりはないらしい。試合中でもめまぐるしくシステムが変わる。

 反対に、「人」に対しては強いこだわりがあって、同じポジションに古田が台頭してくると、ポジションをずらしてまでその「人」を使おうとする。もっとも今期、札幌が得点力不足に苦しむのは、こうした用兵が一因であることは間違いない。コンビネーションを高めようと思えば、選手とポジションはできるだけ固定した方がいいからだ。

 J2で結果を出そうとするならば、フィールドの約束事はできるだけシンプルにすること。それを三浦監督は教えてくれた。今期の湘南も試合を見ていると、約束事は実にシンプル。ボールを奪ったらまずアジェルにあずけ、アジェルに渡ったと思ったら・・・というように、シンプルな約束事が徹底されている感じがする。

 ところが、DFの西がFWになったかと思うと、宮澤になったり、するようなうちの戦い方では、約束事を徹底させようと思っても、約束する相手がくるくると変わって、徹底しない。これではなかなか形が出来ない。

 しかし、約束事をシンプルにすると、応用が利かなくなることも昨年学んだ。J1の強力な攻撃陣が、いとも簡単にラインデフェンスの裏を取ると、昨年のうちはどうしようもなくなった。シンプルな約束事の反対は、応用力、選手の戦術眼だ。J1の選手は、技術もさることながら、これが明らかに高い。

 石崎監督の目指すサッカーはJ1に定着できるサッカーだという。なるほど、複数のポジション、複数のシステムを実践の中で経験することは、応用力、戦術眼を高めることに確かに結びつく。
 
 縦の突破だけが売りだった藤田が、まったく別サイドを経験する意味は将来に向けて大きい。

posted by hibari |00:38 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(1)

2009年07月24日

負の遺産

昨日の議論を補足する。

 現在の札幌の得点力不足、勝ちきれない現状は、かなりの部分、三浦監督時代の負の遺産なんだと思う。

 三浦監督のサッカーは失点に繋がるリスクを極力排除することが基本。セットプレイなどのセーフティな形で得点をあげ、その後はゲームを膠着状態に持ちこんで、僅少差で「結果」を得ることを目指すものだ。

 相手ゴール前でのコンビネーションや、パスを繋いだ崩しなどは、失敗するとカウンターに繋がるリスクとしてほとんど推奨されてこなかった。ボールを奪ったらできるだけ手数をかけずに、最前線に放り込む。そんなサッカーだった。

 ところが、こうした確率論に頼ったサッカーではJ1への定着が難しいというのが昨年の教訓。やはりパスを繋いで、コンビネーションによって得点を奪おうというのが、今、石崎監督が取り組んでいるものだ。

 そして、三浦監督の過去2年間、こうした練習をほとんどやってこなかったことのツケが今巡ってきている。中でも今の主流の若手組は、わずか数年のプロ選手経験の中で、崩しによる攻撃に取り組んだのは、遠い柳下時代。それも1,2年しかない。

 今シーズンに入ってから、ここで私は「コンビネーションによる得点を見たい」と何度か書いたが、石崎監督がいくらゴール前での工夫を求めても、そもそも体が覚えていない。だから指示に付いて行けない。そして、ゴールに近づくと、どうしていいのか、わからなくなる。現場で試合を見ていると、ゴール前でボール受け取ることを恐れているような消極性を感じる。

 これに加えて、FWのキリノは典型的なカウンタータイプの選手のようなのだ。裏に抜け出したボールを長い距離を走って追いかけて決めるというタイプだ。パスを回しながら、相手を翻弄し、アイディアやひらめきでゴール脅かすタイプではない。日本人の経験不足を補うことができない。

 そうこうするうちに、相手の守備戦術と研究が進んで、いよいよ得点が取れなくなってしまった。そうなると、回りからは「やる気を見せろ」「死ぬ気でヤレ」という圧力がかかる。それがやる気の空回りを見せて、いよいよゴールから遠ざかっていくという悪循環。それが今の札幌だろう。

 これはけっこう時間がかかると思う。

posted by hibari |17:43 | コンサドーレあれこれ | コメント(10) | トラックバック(1)

2009年07月11日

大ブーイング

 結果についてはあえて書くまい。
 
 長年厚別に通い、最大のブーイングだった。今日、自分も大きな声でブーイングした。

 長年、コンササポの間には、ブーイングについての是非論があるが、こんな試合の後では、ブーイングをしなければならないと思った。
 
いつもならば、ブーイングを浴びせると、にらみ返す選手が必ずいる。しかし、今日だけは、すべての選手は下を向き、罵声を浴びせられるままになっていた。岡本は明らかに泣いていた。

 負けようと思って試合をする選手はいない。また、レギュラーで「やる気のない選手」や「勝ちたいという気持ちのない選手」はいない。

 それでも人間である以上、心の奥底に、怠惰や甘え、そして奢りのようなものが、沸いてくる。昨年までJ1を戦い、今期J2に落ちたといえども、外国人の大型補強に成功し、クライトンも残った。有望な若手は残り、石崎監督は、昇格請負人とされた。

 こうした環境の中で、どこか漫然としたものがあったのではないか。自分の中の甘さは、優しい言葉では、吹き飛ばせない。ほほを打たれるような打撃、“目が覚めるような”な衝撃がなければ、人は変われない。

 今日の結果、そしてスタジアムを包んだブーイングが、変わる切っ掛けとなってくれればよい。

 

posted by hibari |19:12 | コンサドーレあれこれ | コメント(5) | トラックバック(0)

2009年06月08日

負ける時は、こんなもんだ。

ミスからカウンターを取られ、裏に上手く抜け出されて1点。
セットプレイで高さにやられて2点。


相手のボールをたくさん奪い、多くのコーナーキックを取り、なんどもゴールを脅かした。失点のシーンを除けば、まるで前節のプレイバックのような展開だった。札幌はボールを獲れていたし、相手にも試合をさせていなかった。

前節はゼロで抑え、今節は2失点。これが鳥栖と栃木の力の差なのだろうか。
そうでもないと思う。前節も1失点する可能性が後半にあったし、1失点にコーナーからの失点が加わる可能性もあっただろう。前節たまたま失点ゼロで終わり、今節たまたま2失点だったという違いでしかない。

問題は失点ではなく、20試合を戦ってまだ得点のパターンが確立されていないことだ。今節も、これだけゲームを支配していれば、1得点ということは無かっただろう。2点、3点取れても不思議ではなかった試合だった。

開幕当初、札幌の課題はプレッシングからのボール奪取だった。後半のスタミナ切れという大きな問題を除くと、ほぼこの課題は達成できたように思う。ところが、その次の段階で、ここ何試合も足踏みをしている。

一つの課題をクリアすると、次の課題が立ち現れる。それは確実に前の課題よりも難易度が高くなる。今、札幌はこの次の課題を超えられずにいるのだ。

しかし、見方を変えれば、課題がはっきりしている。それだけに取り組みやすい。こうして一づつ課題を明確にしながら、次の段階に導いていく手法が、育成に評判があるという石崎監督のあり方なのだろう。

そう思えば、まったく悲観することはないのだが、若いチームだけに、今節の負けを必要以上に重く受け止めないでほしい。


posted by hibari |00:13 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(1)

2009年06月05日

クライトンが帰国した。

 心臓病の父親の看病が理由にクライトンが帰国した。
 今シーズン、合流が遅れたクライトンには、一時、古巣のアトレチコ・パラナエンセのホームページで移籍の告知があったという話もあっただけに、ちょうど欧州が選手の移籍時期に入るこの時期の突然の帰国は、またもや退団=移籍の悪い予感を高めてしまう。

 そうしたクライトンだが、ウィキペディアで恐縮だけど、ここに掲載されたデータを見ると、彼のシーズン最多ゴールは05年、31試合出場した名古屋の4得点だ。

 今期、札幌で17試合ですでに3得点となっている。このまま行けば、シーズン最多得点を更新することは間違いない。

 そうしたクライトンだけに、離脱が長引けば、チームに計り知れない打撃を与える。発表通り、湘南戦までには戻ってくることを信じて疑わないが、一方、クライトン頼みからの脱却も現実的なテーマかなとも思う。

 

posted by hibari |00:32 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)

2009年05月20日

まだまだ流れは途切れていない。

 石崎サッカーは、激しいチェイシングによるボール奪取と、それを素早くシュートに結びつける早いサッカーだが、今日は、ボールを奪うポイントを相手に交わされた。

 だいたい札幌は、センターサークルの少ししたあたりに、ボール奪取ポイントを定めるようだけど、今日の水戸は、これをロングで飛ばして一挙に前線に突っ込んできた。

 水戸の攻撃は(特に前半)、みんな一斉に上がって、ゴール前になだれ込むようなイメージだったけど、あれではカウンターの餌食になりそうだ。見ていないけど、何試合が続いた大量失点は、前がかりになったところで相手に裏を取られまくったんだろう。

 しかし、キリノのワントップという札幌の布陣は、水戸の裏を取るのに似つかわしくない。少なくとも前線に二人残っていれば、カウンターの攻め口が複数になって、より効果的なのだが、ワントップの札幌ではキリノを抑えれば、何とかなる。そして上手くキリノが抑えられてしまった。

 総じて、水戸と札幌は(水戸側の視点から見ると)かみ合うのだろう。ちょうど、札幌がセレッソにかみ合ったように。そしてセレッソのサッカーは水戸にかみ合うのが、前節の結果だ。

 また、新聞にあったように、パスの切り崩しという監督からの新たな課題に対して、選手は必要以上に構えてしまったようだ。

 前半の立ち上がりに、“今日から新しいサッカーをするぞ”と身構えた札幌に、タテタテで水戸が襲いかかって、リズムを奪われた。

 落ちついてから、いつものサッカーに戻してからリズムが出てきのだが、新しい課題に対して必要以上に身構えてしまうのも札幌の若さか。

 それと、審判は凄く若い人だったけど、基準がちょっと変だった。それもリズムを崩す一因だったと思う。

 そう考えると、十分に負ける要素のそろった試合。ゼロで終えたことを良しとしよう。まだまだ流れは途切れていない。

ps それにしても、木山さんが懐かしかった。


posted by hibari |23:49 | コンサドーレあれこれ | コメント(0) | トラックバック(0)