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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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2009年04月19日
明日のセレッソ戦に快勝して、上昇気流に乗るとは、本心ではそんなに思っていない。 それでも、札幌は、何か大きな気の迷いがなければ、遠くないうちに上昇気流に乗るだろう。その最大の鍵を握るのは、ボランチのダニルソンだと思う。 この代表権もあるコロンビア人は、現在のところまったくチームにフィットしていない。キリノやクライトンと比べて、初めての海外生活で、母国コロンビアのサッカーとまったく違う日本のサッカーに大きく戸惑っていることは、見て取れる。 コロンビアと言えば、私のような世代ではバルデラマを思い起こすが、非常に南米の中でも南米的なサッカーで知られる。要は遅攻とショートパスだ。 よく見ると、ボールを持ったダニルソンは次にどうしていいか、当惑する状況がよく見られる。ゲームのハンドルであるダニルソンの迷いは、チーム全体の迷いとなってしまう。 さて、こんなダニルソンだが、石崎監督は承知の上で使っているようだ。スタートダッシュを狙うのならば、ベンチに温めておく方がよっぽど勝利に貢献するだろうが、監督はしない。不十分を承知で先発させて途中交代をしながら、少しずつ日本のサッカーに慣れさせている。 それだけダニルソンの潜在能力を買っていると言うことだろう。 このダニルソンが、チームにフィットする頃、日本のサッカーになれて、本来のポテンシャルを発揮する頃が、札幌が浮上するきっかけだろう。 指導陣ががまんしきれずに、または、本人がメンタルでダウンしない限り、いずれは日本のサッカーにフィットしていくと思う。 問題は、それがいつ頃かだ。ここ数試合を見る限り、まだまだ時間がかかりそうだ。一度、海外に出たことのあるキリノが、そろそろフィットしはじめているのに対して、ダニルソンは海外での生活ということからフィットを始めなければならない。 彼が本当の実力を発揮するのはひょっとすると夏頃、少なくとも明日であることはなさそうだ。 私としては、今年たとえ昇格レースに乗れなくても、じっくりとフィットさせてほしい。
2009年04月17日
負けたけど、開幕の仙台戦は良かった。 だけど、この試合もそうだったけど、攻めても、攻めても、点が取れない。何本も何本もコーナーをとっても、シュートを打っても、得点にならない。そして前がかりになったところで裏を取られて敗戦。 こうなると、迷いが疑いになり、疑いが恐れになってしまう。 引き分けに終わったドームでの富山戦は、恐れ、迷い、疑いがピッチに蔓延していた。草津戦でも見られたが、かろうじて二試合で勝ち点を得られたのは、個々のポテンシャルの高さだろう。 対戦相手にとって見れば、シーズン入り当初の降格組は、恐ろしい存在だろう。メンタル的には萎縮や気負い、恐れというネガティブなマインドをもたらしてしまう存在だ。実際に、初めの数試合、仙台、甲府、湘南は、恐る恐る、札幌に挑んだ。 しかし、札幌が勝ちきれない状態が続くと、なんだ恐れる必要ないじゃん。やってやれ、金星奪ってやれ、と、かつてのJ1だったことが、相手のメンタルにプラス作用を起こすようになったのが、岡山、熊本、富山の3試合。 これら3チームとの対戦は、元J1だった札幌にとっては勝って当たり前。負けは絶対に許されないというプレッシャーがメンタルにネガティブに働いた。すべては悪い方に転び、0-4の大敗を演じてしまう。 こんな時に、指揮官までが動揺し、ネガティブになっていくと、最悪だ。監督交代しか、打つ手はない。 でも、ここ数試合の監督コメント見ると、決して慌てることなく、石崎さんは事態を冷静に見ているようだ。 「もう少しできるんじゃないかなと思っていましたが、私の考えが甘かったです」 という昨日のコメントも、自分を客観的に見つめることができている証だろう。気持ちに余裕がないと、自分の非は認められないものだ。 百戦錬磨の石崎さんが、次にどんな手を打ってくるか。札幌ウォッチャーとしては興味深い。
2009年04月16日
今、録画を見終わった。 スカパー!の解説の人が言うところでは、前節のふがいない同点の次の日、監督が選手全員を集めて、異例の1時間以上にわたるミーティングを開き、なぜこんな状態になっているのか、話し合ったそうだ。 昨日のエントリーで、私は札幌の問題はメンタルで、「集団鬱の状態」という書き込みをしたが、監督も同じように考えていたと知って、ちょっとうれしかった。 さて、勝ち負けを度外視して、メンタルゲームとしてみると、完全には回復はしていないものの、随所に回復の兆しが見られたという試合だった。 一番の変化は、クライトンだった。明らかに球離れが良くなった。たぶん、J2というリーグを一番なめていたのがクライトンだろう。イライラが高じて退場。前節、ドームのどこかでじっと戦況を見つめていたに違いない。そして、その中で自分の奢りを噛みしめていたのだろう。明らかに試合に臨む姿が変わった。逆転弾もクライトンのシュートのこぼれ球だ。 さて他の選手はというと、意識の上の方では変わろうと努力するものの、意識の下の方が足を引っ張っているような状態だった。相変わらずプレイには迷いがあり、積極性にも欠けていた。だから、サッカーというのは得点や勝利という「結果」が選手を大きく変える。上里へのチャージがPKでなければ、この試合は本当にどうなったかわからない。 それでも、同点という「結果」によって、チームが活性化し、今期はじめて“相手を崩して”の2点目が生まれた。その後も、再び前節のようなぶざまなまねを避けたいという一心が、無様でもいいから「守りきる」という意識の統一をもたらし、なんとか勝利を挙げることができた。 どうやら底は打ったらしい。しかし、完全に回復したとも言い切れない。そんな試合だった。
2009年04月15日
調子のいいときならば、何でもないことにくよくよしたり、いつもならいの一番に手を挙げることに、怖じ気づいたり、つまらないことに気を使って、大事なことを見逃したり・・・だれにもそんなときはあるだろう。 どうやら今、札幌はチーム全体が、そんな後ろ向きの気持ちに支配されてしまっているようだ。つまりは“集団鬱” 現在のチームの不振。それは監督の指導力でもなく、選手のポテンシャルでもなく、選手の組み合わせや起用でもなく、ひとえに選手のメンタルが問題なのだと思う。 すくなくとも選手のポテンシャルはJ2という限定ながら、平均よりも高い。すくなくとも現在の順位に甘んじているチームではない。監督の力は実績が証明している。しかも、札幌に対する愛がある。それなのに・・・ メンタルスポーツであるサッカーではよくあることで、いちどこの集団鬱にかかってしまうと、強豪と入れるチームでも勝利に見放され、100年に一度の逸材でもボールを怖がってしまう。 サッカーにおいて、集団鬱からの脱出法は、二つしかない。 一つは、監督交代というショック療法。もう一つは選手自身がこの壁に向き合い、乗り越えてゆく道。 0-4で負けた熊本戦後の監督の次の言葉。 精神的なショックもあるんじゃないかと思いますが? 「あったら嬉しいんですけど。逆に、あった方が嬉しいと思います。やっぱり悔しさがないと改善できません」 つまり、監督はまだまだ選手の気持ちは追い詰められていないと言っている。 一昨年。札幌と同時に昇格した東京Vはフッキを要しながら序盤戦に7連敗した。まさに今の札幌と同じような集団鬱にかかっていたのだろう。そして水戸に大敗して吹っ切れた。石崎監督の言う「精神的なショック」があったのだろう。その後の躍進はご承知の通り。 さて、今日から、私はコンサドーレ札幌のゲームを見る目線を変えます。それは、ひとつの集団が集団的鬱の状態からどのようにはい上がっていくのか、というメンタルゲームとして、札幌を見ていきます。 さて次節。札幌はメンタルの脱出口を見出すのか。見出すとしたら、何がきっかけとなるのか。それとも、底と思われる。さらに底があるのか。 興味は尽きない。
2009年04月12日
サッカーというのはメンタルスポーツなんだと今更ながら思う。 そして石崎サッカーでは、このメンタルがほかにもまして重要な要素となっている。 だから、現況の不調は、メンタルのウェートが大きい石崎サッカーにおいて、まさにメンタルが足を引っ張っていることをおいて他にない。 実際に、開始早々、昨期までのJ1から勝ち星という大きな目標を持った富山がアグレッシブに仕掛けて、札幌はホームでありながら守勢に回ってしまう。 石崎サッカーの真骨頂は、積極的なチェイシングによるアグレッシブな守備だが、気持ちで負けてしまうと、プレスがかからない。プレスがかからないと、石崎サッカーにならない。 前節の惨敗を引きずったチームは、明らかに自信を失い、プレスを仕掛ける積極性も失われたまま、相手の時間が続く。 こうして前半の半分ぐらいまで相手の時間が続くが、相手の攻撃の稚拙さに助けられ、個の能力で上回る札幌が、少しづつ劣勢を跳ね返す。 おそらく相手との一対一の対応の中で自信をいくらか取り戻した選手たちは、ようやく石崎サッカーの本領である積極席を取り戻し、前半の中すぎからボールを奪えるようになってきた。 そしてキリノの先取点。彼の能力は決して低くないことを証明した。 ここからは札幌のゲームとなっていくのだが、ボールを奪えども、追加点が奪えない。札幌がボール奪うばっても、札幌がゴールまでのプロセスをもたついている間に、相手は自陣をしっかりと固めてしまう。というこれまで何度も見られたか形にはまってしまう。 こうなると選手たちにまた迷いが生じてしまう。 こうしてじりじりと時間だけが過ぎ、それまで自陣を固める一方だった相手は、残り5分の段階で明らかに点をねらいに前に来た。そして、追加点を奪うのか、それとも0-1で守りきるのかはっきりしない中で、またもやコーナーからロスタイムに同点弾を決められてしまう。 この瞬間、選手たちは明らかに棒立ちだった。 不調のどん底にあるチームにあって、最大の課題は個々のメンタルであり、これを救う一番の特効薬は勝利のはずなのに、もっとも引きずる形で、勝ち点2を失ってしまった。 この不調は、ちょっとやそっとでは抜け出せないかもしれない。
2009年04月06日
三浦サッカーの残像 クライトン+ダニルソンのラテンサッカー 新たな石崎サッカー この3つの要素が、互いに足の引っ張り合いをしている。 さらに加えるらなば、 主力の若さ 主力が若いだけに、気持ちを立て直せない。そして結果に見放されて、 さらに悪い流れに入ってしまう。つまりデススパイラル。 これはけっこうかかりそうだ。 つまりはメンタルで、実力以上に落ち込んでいるので、 こう言うときには、サポはメンタルをしっかりと支えてやらないといけない。
2009年03月31日
岡山戦。 負け試合が引き分けで良かったじゃないか。 終了間際の1対1。湘南は外さなかったあれを、岡山は外してくれた。 湘南戦から数日で、すぐに移動。立て直す暇もないさ。 いままで2年間も、高密度に厳密なラインデフェンスだったんだもん、 いきなり人を見ろと言われても、戸惑うよね。 ボールウォッチャーになっても仕方がないさ。 ダニルソンは前半ゲームに入れて、徐々に日本のサッカーに慣れさせているのさ。 大丈夫。 気持ちさえ下向かなければ、いつか、きっと上向くよ。
2009年03月25日
友だちに家まで送ってもらった。最速のレビューだ。 コンサドーレ札幌2009のポテンシャルは高い。湘南を圧倒していた。終始ボールをキープし、ある時間帯にはやりたい放題と言っていい時間帯もあった。 だのに点が取れない。一発のカンターに沈んだ。 若いチームだった。開幕戦に見られた積極性が影を潜め、全員がおっかなびっくり、疑心暗鬼でプレイしていた。 そうして開始早々、連携の悪さから、キリノと上里が味方同士でぶつかり、双方とも怪我でアウト(血も出ていたらしい)。キリノに代わりに宮澤。上里の代わりに砂川が入り、西がボランチに入った。ゲームプランは大崩だ。 しかし、先発メンバーのモヤモヤが、このメンバー交代によって払拭され、時間と共に札幌は、相手を蹂躙しはじめる。個の能力では適わないと見た湘南は、自陣ドン引き。引き分け、もしくはカウンターの一発に明らかに切り替えた。 こうなると札幌はやりたい放題。何度も何度もクロスを上げ、何度ども何度もコーナーを蹴った。しかし、入らない。何をしても入らない。最後に、横野を入れて、バランスを崩して攻めに出たら、案の定、裏を取れられて一発のカウンターに沈む。 チームは若い。若さがもろに出た試合、と言ってしまえば、話は簡単。でもそれだけではないと思う。 私見だが、今期、補強した外国人が醸し出すラテンサッカーと石崎サッカーがまったくかみ合っていないのだと思う。つまり、石崎サッカーが前線からのプレスによる素早いダイレクトサッカーならば、クライトンとダニルソンが醸し出すラテンサッカーはキープとショートパスによる遅攻。このダイレクトとラテンが、水と油となってまったくかみ合わないのだ。 南米の中でももっとも南米らしいサッカーをすると言われるコロンビアがから来たダニルソンは、キープ・ショートパスの南米スタイルしか知らないのだろう。仮にダニルソン一人だけならば矯正もできただろう。しかし、ここにラテンサッカーの申し子のクライトンが入ることで、二人の間だけが香ばしいほどのラテンになってしまった。そしてこの二人のラテンの響きを、若い日本人プレイヤーはまったく理解できない。 それに加えて、ながらく北欧でプレイしていたキリノは、これまでの北欧スタイルを続けるべきか、石崎サッカーを理解すべきか、やっぱり昔に戻ってラテンサッカーをすべきなのか、3つの選択肢の中で、どうしたらいいのか、私、ワカリマセン状態なのだろう。 こう書くと深刻だけど、間違いなく個々のポテンシャルは高い。ラテンサッカー対ダイレクトサッカーの混乱でチームはバラバラだだけど、個々の能力だけで相手を圧倒できる。でも、バラバラだから攻めに時間がかかってしまい、その間に守られてしまう。これを崩す力はまだない。 で、結論なんだけど、俺たちは何が何でも昇格というのは経験したし、その結果がどうなるかも知っている。だからこそ、時間がかかってもいいから、じっくりとこの素材を磨き上げて、このラテンとダイレクトとしっかりと融合させると、それはすごいチームになると思う。 柳下コンサの1年目も、若手主体の育成の年だったけど、あのときとまったく違うのは、個々のポテンシャル。このポテンシャルの違いが、ここ数年の育成路線の最大の成果なのだ。そう思えば、ダイヤを磨く楽しみが我々にはある。 たとえ今年の昇格がダメでも、数年、石崎監督の下でしっかりと鍛えるならば、川崎フロンターレになれる可能性もあると思う。今の川崎土台を作ったのが石崎さんなのだから。 あとは、我々サポーターが、どうこれをサポートするかだ。
2009年03月22日
リベンジはならなかった。 激しいプレスでボールを奪って展開するという今期のコンセプトの浸透はかなり見られるものの、前目でポジションが固まっていないため、攻撃にちぐはぐさが見られた。中盤でボール奪うものの、その勢いがゴールに向かうについれて、削がれていく印象だ。ゴールに向かって糞詰まりというか。 特にキリノは、自分が何をしたらいいのか、まったくわかっていない様子で、彼の不安定さが全体に影響を与えているように見えた。 中盤ではときおり、今のメンバーのポテンシャルの高さ垣間見せるものの、このちぐはぐさでは、仙台や甲府のように監督が2年目でチーム戦術が安定してきているチームを崩すのは難しい。 今節もダニルソンがサイドに回ったり、西がボランチにいったり、まったくポジションが落ち着かない。後半、藤田のアシストで1点返し、同点に向けての勢いが出たところで、藤田を下げて岡本を入れた。ここでまた勢いが落ちて、逃げ切られてしまった。このポジションの不安定さは、キャンプの失敗、チーム作りの失敗なのだろうか。 2つ前のエントリーに、「日曜日の甲府戦を結果重視で戦うのか、内容重視で戦うかで、石崎さん(とフロント)の本音がうかがえるはずだ」と書いた。 これの観点で言えば、おそらく今期の昇格は、必ずしも第1目標ではあるまい。 「たとえ、今期、昇格を逃したとしても、J1に定着できる土台をしっかりと作ってほしい」と石崎監督はフロントから要請されたに違いない。基本的なスタンスは柳下体制と同じだが、あのときに5段階計画という発表をし、直ちに昇格を目指さない育成路線がさまざまな議論を呼んだ。これに懲りて、フロントは本心を隠す術を学んだのだろう。 石崎さんは3月、4月のスタートダッシュよりも、第2クール、第3クールを見据えたもう少し長い目で見たチーム作り、ひょっとすると今期の昇格がならなくても、もっと将来につながる可能性を見据えてのチーム作りの最中なのだろう。 そう思って、こちらも構えて応援したい。
2009年03月21日
甲府戦というと、やはり2005年11月23日、J2 第42節。札幌ドームで行われた甲府戦を忘れられない。この試合、ロスタイムに3点を入れられ、逆転負け。甲府の昇格を決定づけた。 ロスタイムの逆転劇というと、古い札幌サポならば97年のバルデスの川崎フロンターレに与えた同点弾を思い出すに違いない。おそらく、甲府サポは、98年のこの試合を未だに忘れることのできない札幌サポと同じように、4年前のこの試合を今も語り継いでいることだろう。 さて、あの屈辱の逆転劇をドームで体験した札幌の選手は、 ・砂川(先発) ・藤田(控え出場無し) ・西嶋(後半19分) の3人。 一方、甲府(第2節のメンバーに基づく)は次の二人しかいない。 ・藤田健(先発) ・阿部謙作(先発) ロスタイムの3点のうち2点を決めた須藤泰輔は、甲府の陥落と共にヴィッセルに移籍。残る1点を決めた長谷川太郎は、今やJFLの北九州だ。つくづく時の流れの速さを感じる。 甲府のサッカーはパスサッカーといわれるが、2005年の当時はパスサッカーというほどの印象は感じなかった。むしろアグレッシブながら、きっちりとボールも繋ぐ、仙台とやった開幕戦の札幌に、実は2005年の甲府を感じたのだった。 いずれにしろ、こうしたドラマチックな、受けた方としては屈辱的な逆転劇というのは、負けた方も忘れられないもので、川崎フロンターレにはあの後、昨年、室蘭のナビスコで勝つまではまったく勝てなかった。 札幌も、あの負けをしっかりと胸に刻んで、何度も何度もリベンジをしてほしいものだ。
2009年03月20日
一昨日はキリノをサイドに回す布陣を練習していたかと思うと、今日の報道では、宮沢と、ダニルソンをサイドで起用。思えば、開幕ではFWもやったことのある西がDFで先発した。 コンサドーレ札幌の試合を何試合も見ているけれど、こんなにポジションが定まらないのは初めて。もっとも、ポジションに合う選手が見つからない、または調子が出ないので布陣をいじるというよりも、さまざまなポジションを経験させて、長丁場に耐える、多彩な才能を引き出したいのがねらいという。 J2で昇格をねらおうとすると、スタートダッシュをかけて、早々と昇格圏に達して、あとは樹陰をまもる戦いをするというのがある。三浦さんの時代はまさにこれだった。 これを成功させるためには、もちろん早い段階での先発メンバーの固定が不可欠だ。ところが、ここに来て大胆なポジションチェンジを行う石崎さんには、どうもスタードダッシュという意識は希薄なようだ。 一応客商売なのだから、J1昇格と言っておくけれど、フロントも含めて、今期は何が何でも昇格という腹づもりではないのかもしれない。目先の勝利よりも内容とプロセス。これは柳下さんの時代に試みて、さんざん批判されたことだが。 さて、どうなのか。日曜日の甲府戦を結果重視で戦うのか、内容重視で戦うかで、石崎さん(とフロント)の本音がうかがえるはずだ。
2009年03月18日
2カ月も休んでいたんで、多くの人に見切られたかと思っていましたが、再開後、以前と変わらないアクセスをいただいておりまして恐縮です。 ありがとうございます。 さて、そんなことありまして、前回に札幌大学の話題を紹介しましたので、それに続いて感謝の気持ちをこめて、ちょっとばかり大ネタを。 今やプロリーグもできようかという勢いのフットサルですが、北海道はフットサルの国内発祥の地であることをご存じですか。 『フットサルの日本への伝播は、1973年に札幌大学で行われたサロンフットボールからといわれる。柴田勗教諭(現・札幌大学名誉教授)が、当時二人のブラジル人留学生とともに、ブラジルのサロンフットボール(Futebol de Salao)の技術や戦術を札幌大学サッカー部のみならず北海道サッカー界に披露し、伝播した。このサロンフットボールは、またたく間に積雪寒冷地の冬季室内サッカー訓練に役立つ室内型競技としての形態を整えていく(柴田勗著、『ブラジルサッカー総覧』、河出書房新社)』 http://www.hit-charivari.com/article/data/p0107.html これによると日本で最初のフットサルは、「サロンフット」という名前で、今から35年以上も昔に、札幌大学で行われたのが最初というのです。 一方、「北海道デジタル図鑑」http://www.hokkaido-jin.jp/zukan/story/05/10.html によると、 『フットサルは、1988(昭和63)年に、国際サッカー連盟が世界各地にあったさまざまな室内サッカーを統一してつくられたもので、南米で行われていた「フットボウ・デ・サロン」と、ヨーロッパで行われたインドアサッカーの二つの大きな源流を持ちます。 このうち南米式室内サッカー「フットボウ・デ・サロン」を研究し、名前を発音しやすいように「サロンフットボール」と変え、日本に広めたのが元札幌大学サッカー部監督の柴田勗(しばた・つとむ)札幌大学名誉教授。1971(昭和46)年のことです。 この年、岩見沢で全国に先駆けて第一回市内室内サッカー大会が開かれました。その後、サロンフットボールは、カーリングやブルームボールなど並んで、北海道ならではのスポーツ文化として全道に普及しました』 71年に、やはり柴田先生が、岩見沢で第1回室内サッカー大会を日本で最初に開催したとしています。いずれにしろ、北海道は国内でもっとも早くにフットサルが行われた場所の一つであることは確かなようです。 ここに出てくる柴田先生は、日本サッカー界の重要人物で、北海道のサッカー界では神様のような人です。柴田先生の影響力から、北海道サッカー協会はユースの国際試合を開催するなど、比較的活発な活動をしています。 コンサドーレ札幌は、この柴田先生から強い支持をいただいており、今回の池内選手の札大コーチ就任も柴田先生の影響力が感じられますし、北海道スーパーリーグという他府県にはない独自のリーグ構想、そして札大JFL参戦構想にも、コンサドーレに良い刺激を与えてやろうという柴田先生のお気持ちを感じます。(違っていたらゴメンナサイ) この柴田先生のおかげで、コンサドーレ札幌は、県レベルのサッカー協会のさらに上の地域ブロックレベルの北海道サッカー協会から独占的な支持を頂いている。宮澤の札幌入団など、道内優秀な才能がコンサドーレに集まりやすくなっているのも、サッカー協会とコンサドーレが良好な関係を保っているからだと思います。 このことは、これまであまり語られてきませんでしたが、他のJクラブにはあまり見られない、札幌の優位性だと私は思います。
2009年03月16日
ちょっと遅くなったけど、引退を表明した池内選手が、JFLを目指す札幌大学のコーチに、元札幌の古川さんとともになったそうだ。 サッカーのピラミッドと言うけれど、北海道では頂点のコンサドーレ札幌が飛び抜けすぎていて、他がまったくついて来れない。一応、JFLを目指す道内の強豪としてノルブリッツがあるけれど、実力差が甚だしい。 JFLはJ2の下にあるカテゴリーなので、ここを目指そうと思えば、すくなくともコンサドーレのサテライトと、イーブンな戦績を目指したいもの。実際に、コンサドーレは天皇杯の初戦などで、JFLをめざす地域リーグの強豪に結構苦杯をなめさせられている。 それほどなのに、ノルブリッツは、コンサドーレはサテライトにユースを加え、さらに一人少ないハンディ戦で戦う始末だ。こういうのを見ると、当分、JFL参戦は無理だと思っていた。実際に、地域リーグ決勝大会などでは、毎回、1点を取るのがやっと。 北海道からJFLに参加するチームなんか現れそうもない、と思っていたところ、今回の札幌大学の発表だ。札幌大学は、かつて天皇杯で強豪の読売クラブを下したこともある強豪。JFLへの参戦権を得る地域リーグ決勝大会に出場するため、池内を選手に迎えて道リーグにも参戦するという。 ここが本腰を入れたとなると、ノルブリッツだって黙ってはいまい。ノルブリッツのレベルの低さを嘆いたが、こんなノルブリッツでも道リーグでは無敵。リーグ2位のチームは、北海道スーパーリーグでは、高校生にも勝てないていたらくだ。 高いレベルの競い合いが、ピラミッドの体積を大きくする。それはもちろん、コンサドーレにも良い影響をもたらす。頑張れ、札幌大学。
2009年03月16日
勝利・・・はいつ以来だろう。 自分の目で見たのは、ドームの磐田戦以来。だからほとんど10カ月ぐらい前だ。 そしてロスタイムでの勝利。これは、一昨年、西の事実上のデビュー戦となった、アウェイの愛媛戦以来じゃないか。 それはさておき、今日の試合ぐらいJ2に帰ってきたことを実感した試合はない。 テクはなくても体力ならあると、闇雲なプレスを両チームが続け、どんなにミスをしても、気持ちを落とした方が負けという、実にJ2らしい試合だった。 そんな試合だったけど、ロスタイムで突き放せたのがうれしかった。 鳥栖も昇格を具体的に目指すクラブに成長しながら、セレッソに開幕戦で大敗し、気持ちを切り替えての、ホーム開幕戦。うち以上に“絶対に負けられない戦い”だったはず。 体を張ったタイトなマークで、札幌を上回り、ポゼッションこそ札幌だったけれど、決定的なチャンスは鳥栖の方だった。それでも、最後に勝ち点を持って帰っていくのは札幌。昨年、相手チームに何度も体験させられたことを、お返しできた。試合運びは決して誉められたものじゃなかったけれど、最後にきちんと結果を持って帰る当たりに、<J1のオーラ>があった。 考えれば、昇格した年は、いずれも記憶に残るロスタイムゴールが多かった。 今の札幌は若いだけに、この劇的な逆転劇で、チームも乗ってくるだろう。
2009年03月14日
横浜FCの三浦知良選手が42歳で、Jの青年長ゴール記録を更新したそうだ。三浦知良ことKINGカズは、Jリーグ創生期からのスターで、この年まで現役のレギュラーとして活躍していることはすごいことだ。 だけど、三浦選手はあまりにも偉大な選手であるので、この選手と契約を結んでしまえば、本人が辞退しない限り、監督の意志とは別なところで、カズをベンチから外すという選択はできないだろうね。今日の得点もPKを譲ってもらってのゴールだったようだ。 いかに三浦選手が偉大な選手であろうとも、サッカーという動きの激しいスポーツで42歳という年齢では、いろいろと限界があるだろうし、三浦選手がベンチから外せないとなると、選手の組み合わせ、チームの戦術にも、一定の制約が生まれてくるに違いない。 かつて三浦選手が横浜に入ったときには、それでもカズ効果で、大幅な集客増が見込めたし、横浜FCもJ1昇格という金字塔を打ち立てた。それから3年の年月が経ち、カズも3歳年を取った。 でも、横浜FCはホーム開幕戦でありながら入場者数5400人強。今日もカズはPKで先制しながらも逆転されて2連敗。。。チーム作りって難しいと思う。 日本のサッカー史に残る名選選手としてカズがもっとも輝く引退の時は、横浜FCのJ2降格時だったと思うのは私だけだろうか。
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