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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。
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2007年06月12日
バレーボールで効果的なアタック(攻撃)には、タイミングよくトスを上げてもらう必要があるわけで、アタッカーばかり揃えていても勝つことは難しい。たった一人のセッターがいるのといないのでは大違いになります。 というわけで、第20節鳥栖戦。序盤、開始僅か1分で西澤にイエローを出した主審が一番テンパっていたのは間違いないですが、2番目にテンパっていたのはでっかいフラッグを持っていた人たちでしょう。風が強い日でスタジアムの構造上、気まぐれに向きを変えていましたから。 そんな訳で前半にやたらと黄色い紙がピッチ上に舞い、このままだと誰か退場するのは確実という情勢でしたが、主審も選手もハーフタイムでアタマを冷やしたので、後半は静かなスタートを切りましたが、早々に藤田征也が「J加盟後」通算500ゴールとなる得点を挙げました。J加盟後とこだわるのは、チームとしての歴史を考えるとJFL時代をなかったことには出来ません。この主張というか危惧はもっともで、みんな(マスコミも含めて)が500という数字を前に押し出すなら、それを違うといえるのはサポーターだけです。
1点取ってしまうと、このチームは点を取られる匂いを感じないのは毎度のことで、開幕戦の京都サンガ戦@西京極でのヘタレ具合で「合宿の打ち上げの練習試合」と自分を慰めたのが僅か3ヶ月前とは思えないほどの安定感です。相手のサガン鳥栖が妙に中央突破にこだわっていたこともあって、CB2人がことごとく攻撃を跳ね返していきます。まぁ何度もあれば危ないシーンも一度や二度はあるのですが、高木の鋭い判断や相手のツメの甘さがあって点は入りません。 鳥栖が中央突破から抜け出せないのは、札幌のボランチとバックラインの間にスペースがある(ここを最初に使ったのは草津だったかその前の愛媛だったか)からで、そこにボールが入るとそれこそ、雲霞のごとく鳥栖の選手が中央に引き寄せられます。レベルが違うのを承知の上で喩えるなら、見た目は「小学生のサッカー」です。というかいまどきの小学生サッカーでもサイドを使いますが。バレーのアタックにはトスが必要なのと同様に、一度サイドへ出せばかなり違った攻撃になった気がします。特に中央で短いパスを繋いでいくうちにサイドに流れていくと、逆サイドがガラあきで、そこを使われるのはこの日のサイドバックが2人とも絶好調ではなかっただけに札幌にとっては嫌な流れになったと思います。 鳥栖に欠けていたのはボールを散らすことができる視野の広いプレーヤーだったことは間違いありません。本来は尹晶煥がその役割を負っているのでしょうけど。 それでもおそらくハーフタイムでもっとサイドを使うように、という指示が鳥栖にはあったのでしょう、前半は札幌の左サイド、西谷が全く攻撃には機能しなかったのが、後半は何度か左サイドから形を作れるようになりました。そもそも後半開始早々に西谷からゴール前へのクロスが入ったのを相手GKがキャッチして、そのフィードを芳賀が拾って石井に繋いで、DFラインの裏へ出したパスに藤田が走りこんで得点が生まれました。 この日の鳥栖スタジアム、観客は1万人弱ですが、バックスタンドの上部席(2階席、3階席と呼んでます)の大半は招待券でした。席種的にはレギュラー席なのですが、メインの両サイド、バックスタンドの両サイド、バックスタンド上部スタンドとレギュラー席はあちこちに設定があるのですが、「招待券はメインスタンドには入れません」「招待席は1階スタンドには入れません」という案内板が出ており、せっかく足を運んでくれた観客がネガティブな案内ばかり見せられて、次回以降に有料入場者となってくれるか疑問です。とは言うもののメインスタンドアウェー側で我々の前に大人ひとりで子供5人を連れてきた親父のように、ジッとしていない子供を試合中、終始躾ているのも気が散って困ったのですが。
2007年05月08日
あまり他チームのことをとやかく言うべきでは無いのですが、同じリーグに所属する、東京ヴェルディ1969のラモス瑠偉監督の続投と、セレッソ大阪の都並敏史監督の解任が、1日違いで決まりました。 年々、監督を替えるタイミング早くなっているようで、それだけに開幕のスタートダッシュに監督生命がかかっていると言っても過言ではありません。 キャンプから長いリーグ戦までを考えると、監督を途中で替える事は、それまでの期間を無駄にしてしまう可能性が大きく、失敗となった例は事欠きません。かくいうコンサドーレも2002年、2003年と監督人事に後手後手の対応で、選手・サポーターともに苦汁を舐めた歴史があります。 ところが昨年、横浜FCがリーグ第一戦で監督解任、第2戦から就任した高木新監督の指揮で躍進し、最終的には首位でJ1昇格を決めました。 早ければ良い、という訳ではないですが、早い方が良い、というのもまた事実です。第1クールが終わった段階での監督留任と監督解任、吉となるか今後に注目です。
コンササポ的には、吉よりも凶となることを念じます。
2007年05月06日
今更ながらに、ザスパ草津戦の感想を。 ま、あのまま実家に戻って、先ほど帰宅したし、今日は次の試合があるのでそれまでにまとめておかないと、というのが理由です。 個々の内容があげませんが、全体的にザスパ草津のパフォーマンスが良く、コンサドーレ札幌は足が重かった感じです。先制点はコンサが先にとりましたが、自分の試合にしていたか、というとそうではなく、あのままもし終わっていたら、「ワンチャンスをものにした」という展開でした。むろん、そういう形で勝てることもありますが、前半の1点を守りきるのは難しいです。 ちょうど第1クール最後の試合にあたる訳ですが、開幕戦の京都は別として、2戦目以降とにかく突っ走って来たほころびがあの試合で遂に破けた、という感じでしょうか。といっても裂け目は小さく、拡がるのかそれとも縫うことができるのかは、まだ判断できません。少なくとも「タンクトップを着たつもりが腹巻だった」、あるいは「コートを着たつもりが腰巻だった」という状態でないことは確かです。
ザスパ草津の戦い方は、あの試合だけ見れば、見事でした。1点取られた後は、とにかく点を取るということでチームが結束していましたし、まともにコンサドーレの守備陣にぶち当たったら、得点が難しいと選手共通の考えがありました。まぁ、監督が植木繁晴ということを考えると、コーナーからの1点目も、FKの素早いリスタートからの2点目も「入れ知恵」は充分考えられます。それだけに、コンサドーレも敗因は明白であり修正しやすいといえます。逆転した後は、バッタバッタと選手がピッチ上で倒れて試合を止めて、コンサのペースを乱すのは明らかに「入れ知恵」かと・・・。 ただあの戦法は1回しか通用しません。対草津では初の黒星となりましたが気にする必要はないでしょう。昇格争いに絡むのも、難しいと思います。
2007年04月23日
室蘭から始まった連続観戦の打ち上げ、札幌ドームの東京ヴェルディ1969戦。キックオフ25分前にたどり着くと、結構な入りでご同慶の至り。見える範囲に観客が隙間なく(=隙間が目立つほどではなく)入っているのは実に久しぶりの情景です。もっとも自分が一番隙間の多いところ(=AWAY側SA席上段)にいるからなのでしょうが。 選手入場の赤黒の縞々は、感涙モノでした。ドームという人工照明の下ですので、黒が映えないのは如何ともしがたいのですが、5~7月くらいの抜けるような青空の厚別競技場でもう一度観てみたいです。前評判的にも、昨年は札幌でプレーしたフッキをはじめ、名波・服部・土屋という名の知れたベテラン勢、監督はメンタル重視のラモス、コーチは札幌では鬼門の某氏という布陣の上、勝ち点差1の首位仙台がお休みということもあり、勝てば名実ともに暫定首位、と上々です。「名実ともに暫定」は変な書き方ですが、室蘭でセレッソを下したあと、記録上は首位になりましたが、翌日開催の同節の試合で首位陥落という瞬間首位ならぬ1日天下がありましたから。
さて、試合で15分で3点(記録上では3点目は16分)をコンサドーレが入れてしまうという“ありえない”展開で幕が開きました。こんな展開は、おそらく1万8千人超の観客、ピッチ上の22人の選手、リザーブ・コーチ・関係者・諸々、誰も予想しなかった展開で、コンサドーレは浮き足立ちます。逆にヴェルディは、とにかく1点からという目標で、選手の気持ちがひとつになり(彼らは「気持ち気持ち」と気持ちが悪くなるくらい毎試合、言われ続けていた)、25分過ぎからヴェルディ時間が続き、1点返して前半終了します。 後半は、とにかく気持ちを落ち着かせようとする札幌に対し、気持ちだけなら経験豊富なヴェルディ陣が畳み掛けてきます。もっともその上手をいったのが、某主審で、前半の大量得点で動転した彼は、徐々に気持ちを落ち着かせて本領を発揮します。コンサドーレ札幌の試合速報によると、「後半11分【GOAL】曽田が船越(東京)を倒したという判定で東京VにPK。このPKをフッキに決められて、1点差に追いつかれてしまう」。“判定”です、「判定」。この判定という文字は記録に留めておきましょう(笑)。 なんだかんだで気付けば同点に持ち込まれました。同点になってから膠着状態が続いて終了間際に失点というのがコンサドーレのこれまでのパターンなのですが、なぜか同点でもへたり込む選手はなく、さらに安定度が増したようなプレーが観られ、負ける気はしませんでした。でも「勝てる」と思わなかったのは、やはり過去のトラウマだと思いますが、同点だったのは僅か5分(もっと長く感じられたが)、ダビィのこの試合2点目でリードを取り戻します。気持ちで闘ってきたヴェルディもさすがに意気消沈、お茶漬けだけではスタミナが持たないという感じで運動量ががた落ちになります。こうなれば、札幌DF陣は今年のパターンとばかり攻撃を跳ね返し、大塚投入で逃げ切りに成功しました。 この試合、結局勝ったのはやっぱり主審で、試合後の反省会?を控え、組んだ副審・第4の審判の方々は心中察するにあまりある。 桜もまだ咲かない4月の札幌ですから、雪がないとは言え、新緑の季節には早い。ただ、枝の中で新芽は明らかに膨らんでいることを実感させられてた東京ヴェルディの3得点でしょうか。
2007年04月18日
今週末は、札幌ドームで東京ヴェルディ1969戦です。これまた性懲りもなく観に行ってしまうわけですが(もともとの目的はこれ)、第6節から5試合連続観戦というのは、自己記録ではないかと思います。 と思ったら、2001年に室蘭(東京V)→神戸ユニバ→函館(G大阪)→日本平→丸亀(F東京)→厚別(鹿島)→磐田と7戦連続というのがありました。馬鹿やってたんだなぁ(笑)。ただ神戸と函館の間にナビスコ(平日の室蘭)が入るので、実質は5戦連続です。磐田の次のホーム名古屋戦は行っていないと思うのですが(試合終わって大通でお祭観たのはこの年だっけ?-いずれにせよあのお祭はあの後、商業化に走って「観る分には」つまらなくなった)。 しかし、2001年の対戦相手は、そこにいる選手が中々興味深いです。
東京ヴェルディ1969にはボンバー中澤は当然として、今週末お休みの永井秀樹もいれば、前園の交代で西田吉洋が出てきます。GKは菊池新吉<ギャツビー(^^;)>。神戸にはシジクレイがいて、播戸と仲が悪かったし(その後同じチームに)、ガンバには吉原宏太が、観たかどうか不確かな名古屋戦(ストイコビッチがPK決めている)には、先発に西澤淳二の名が・・・。 本来は別の話を書くつもりが、幹線記録から予想外の方向へ拡がってしまった。ま、タイトルがタイトルだからいいか・・・。
2007年04月16日
●--△-○△△○ ココまでの私の観戦成績です。チームは5勝1敗3分と大きく勝ち越していますが、第8節までの私の観戦成績は1勝1敗3分と五分でした。唯一の負けを見ましたし、引き分けは全て見ています。そんな訳で、いまいちチームに乗り切れないことに責任を感じていた私は、西が丘でのスコアレスドローの夜、水戸参戦を決めました。 とはいうものの、笠松に馳せ参じることは土日のスケジュールでは容易ではなく、レンタカーを駆使して試合開始10分前に笠松運動公園にたどり着きました。
さて試合の内容は・・・。
立ち上がり、連戦の疲れもありダメモードの札幌と、未だに勝ち星のないダメダメモードの水戸がピッチ上でダメ3乗の試合を見せてくれました。とはいうものの、チームとしての形が出来ている札幌と、どうやったら良いのか統一性のない水戸の差は、ダメひとつ分の差であり、早い時間に札幌が先制します。先制点は前節お休みのダビが、明らかに周囲とは違ったハジケ方をしており、そこから生まれました。
先制されても、やはりピッチ上はダメ空気が漂っていて、これは、1点取られたのに攻めてこない水戸に札幌が、「さっき点取ったよな?、な?」的な戸惑いを見せたことによるものです。水戸としては守備はともかく、攻撃は札幌の弱点をハーフタイムで選手に伝えて後半攻める。そのためには前半は何とか1失点で・・・という思惑があったのかもしれませんが、そういう時はセットプレーに気をつけろ、という言葉の通り、西谷のFKを元気が頭で合わせて2点目が入りました。
こうなると後半はもう札幌が、ミトナチオのお株を奪う守備モードに突入します。守りに入った札幌に対し、水戸はカウンター可能なタイミングでボールを持っても、中盤で札幌のプレスに引っかかって時間を使わされ、その間にゴール前にびっちりと2枚の壁が築かれては、打つ手なし。それを見た三浦監督はブルーノに代えて池内というDF同士の交代で、西澤曽田のセンターバックに移行します。このため、コーナーキックでは札幌サポが異様に盛り上がります。
残り15分、漸く水戸にエンジンがかかり始めてきた印象を受けましたが、どちらの選手も連戦の疲れもあり、プレーの正確性に欠ける部分もあって、札幌が無失点で守りきりました。
ここ数節、気になっている主審ですが、さすがにJ1のトップクラスだった西が丘に較べると?と思うこともありましたが、選手で笛と仕草で説明をし、ハッキリと意思表示もしていましたので、仙台に較べると基準がキッチリしていましたので、安心してプレーしていることが窺えました。
さて、これで観戦成績上も勝ち越し、得失点差もプラスになりました。でも全失点も見てます。
2007年04月12日
行って来ました西が丘競技場。まぁ16時過ぎの王子で雨が降り出し、22時ごろ止むという、意地悪としか言いようがない雨の中、それも気温8.8度、寒かったです。 さてこの試合の主審は砂川恵一氏、やむなく東京で主催試合をせざるを得ないコンサドーレへの配慮か、それとも前節のあまりにも不可解なジャッジへのお詫びか(さすがにそれは無いだろうが)、J1クラスの試合コントロールが見れました。先に感想を書いておくと、砂川さん、一枚もイエローカードを出しませんでした。でも、主審としてしっかり試合をコントロールし、マネジメントしていました。2,3回、警告が出てもおかしくないシーンがありましたが、きっちり選手へ説明していましたし、流すべきところは流す、止めるところは止めると、ストレス無く観戦できました。 さて肝心の試合の方です。
福岡はどういう考えをしていたのだろうか。とにかく引いて引いて、冒険してカウンター喰らうくらいならバックパス、という試合運びは果たして今日だけなのか、それともデフォルトなのか、かなり気になります。 コンサドーレの方は、自分たちの時間、相手の時間、どちらでも守備に関してはかなり安定していると思います。問題は、やはりストライカーでしょうか。1点を確実に取れるフォワードが切実に求められます。相川が豹変するのか、ダヴィが確変するのか、それとも他から持ってくるのか、いずれにせよストライカーがいれば確実に勝ち点3を取れる試合運びができています。いまチームに必要なのは守護神ではなくストライカーなのだよ、ドーレくん。
2007年04月08日
前日の東京ヴェルディ1969の敗戦を受けて、この試合、勝った方が首位に立つという、第1クールの一つのヤマ場になりました。 前半、攻め続けたコンサドーレはセットプレーが起点の1点止まり、逆に後半は前がかりに攻めたベガルタも一点返すのがやっとという試合でした。ベガルタ仙台は、今季3試合目のホームですが、前2試合が引き分けで、今回もやはり引き分け。ユアッテクスタジアムの呪縛はいつ解けるのか…。
今回の試合、ゲームをメイキングし、彩り、縦横無尽に動き、ゲーム中最も活躍したのは主審でした。 前半29分、仙台のジョニウソンへのイエローカード。 これって公式記録では「反スポーツ行為」になっていますので、考えられるのは「シュミレーション」。でもジョニウソンは、ペナルティエリアでもない所にいましたから、ファールでなければ流せばイイだけじゃないかと…。 後半途中から投入されたダヴィが交錯して倒れ込み、主審にアピールして試合を止める。担架でピッチ外に出されて、すぐ戻ろうとしたところ、何故かイエローカード。これも「反スポーツ行為」。痛くもないのに痛いふりをした、というならピッチ外に出す必要はないし、ピッチ外に出したのなら、主審は負傷を認めたことになるが、騙されたと感じて警告を出したのだろうか、そんなのは聞いたことがない。 後半35分。コーナーキックに向かった西谷に遅延行為でイエローカード。そもそも西谷は、未だコーナーへ着いておらず、歩いているとピッピッピッと主審が笛を鳴らし、走らない西谷を見てカードを出したのだから、無茶苦茶に近い。 後半37分のベガルタの得点シーン。副審がオフサイド・フラッグを上げていたが、主審が一度得点をコールしたあと、ブルーノが主張して確認に行ったが、判定変わらず。実はボールには触っていないが仙台の選手がひとり、オフサイドポジションで動いていた。プレーに関与していないという見方もできるし、オフサイドではなかったとすることもできるが、事実として間違いないのはゴール前でパスが繋がってシュートに至ったのに、主審が副審のオフサイド判定を見ずに得点をコールしたということ。 まぁJ2だから主審に完璧を期待するつもりはないのですが、へんな所でファールを採るし、笛を神経質に吹くことが多く、見ていてイライラすることが多かったです。流れをコントロールするというよりは断ち切る感じを受けました。ストレスを感じたのは私だけでしょうか? 勝てた試合でもあるし、負けてたかもしれない試合ともいえます。勝てなかったけど、負けなかったことは評価できます。 しかし、4試合観て1勝1敗2引分って、オレが悪いのかなぁ。
2007年04月04日
さてさて今週末は仙台戦。 もちろん行くわけですが、現住所である東京都に向かってスローインするような街から金曜日の夜に西へ出発します。 あ、試合は日曜日です。知っています。 とにかく色んな予定を詰め込んだ結果、まず京都へ行き、その後に仙台へ飛ぶことになっています。仙台には日曜昼過ぎに到着して、夜の新幹線で東京へ戻るという短期滞在計画。 仙台で思い出すのはなぜか「ボクらの希望、い・わ・も・と・て・る・お。ゴールを目指せ、さぁブチかませ!」だったりします。岩本輝雄、最近見ないね、北海道で野球中継観ると、やたらと岩本勉の声を聞きますが。ちなみに岩本勉は誕生日が1日違い(生年同じ)だったりします。
2007年04月02日
未だ開花宣言すら出ていない北の大地に颯爽と上陸してきた桜軍団。その先頭には、葉生い茂る緑から花を咲かせた都並敏史監督。 さて、第6節です。朝、虎杖浜温泉の民宿を発ち、知人の車で室蘭駅まで送られて、入江へ。送ってもらって再度登場した知人を含め、大人5人+小学生ひとりで、アウェイ側メインスタンドB自由席での観戦です。バックスタンドが椅子かされて久しい入江競技場でもっとも入江らしいのがメインスタンド両脇の芝生席ではないでしょうか? そんな訳で試合開始前は、3月とは思えない陽気の室蘭入江競技場でお裾分けの「やきとり」(実は豚串)を頬張りつつ、桜も来てるし気分は“花見”。
さて試合の方は前半と後半でがらりと変わる展開で、前半は立ち上がり、コンサドーレがガンガン攻めてコーナーキック(湘南戦では前半1本も無かった)を得たり、元気が元気とは思えないぐらいに、ゴール前で華麗な切り返し(周囲からほぼ同時に“おぉっ!”と声があがるぐらい意外性あり)を見せるものの、その後は逆に差し込まれて波状コーナー攻撃を受ける。 ただお互い最後のツメがなく(足りないのではなく“無い”)、次第にグダグダJ2マターリモードへ移行。どちらかといえば点が取れたのはコンサの方ですが、得点の気配も無ければ失点の雰囲気もないという感じ。 前半の半ば過ぎから気温が急激に下がり、というか風が吹いて体感温度が下がり、前半半袖だったブルーノ・クアドロスが長袖のアンダーシャツでピッチに登場。一方、セレッソは凶暴でもなければ敏捷でもない外国人(風貌だけみればシャネルズ並)では物足りなかったのか、凶暴さ100倍のゼカルロス投入。さすがの凶暴外人相手では、画伯のキラー技も通用せず、ゴール裏で再三、危ないシーンを作られる。ただ、前線からのチェイシングでゴール前まで攻められる回数が少ないのと、ペナルティエリアの中でもパスを繋ごうとする相手攻撃陣のおかげで、ゴールを割られることは無かった。 今のコンサドーレの守備陣を見る限り、攻撃のカタチで崩すより、拙速でもいいから数多いシュートをガンガン打った方が確率が上がると思うのだが、きっと都並の美学に反するのでしょう。 いつの間にか腕まくりで半袖モードのブルーノが、ヘッドでクリアにいったのに空振りするという“見せ場”があったためか、我らがソダンも後半はスペクタルなく堅実でした。ただ、センターサークル付近から突然上がっていったときは“をいをいをい”でしたが(曽田が流れで上がるのは久しぶりに見た気がする)。 得点シーンは後半30分。西谷のクロスに競り合った中山が相手DFとともに倒れ、仰向け倒れたまま、後ろから上がってきたカウエに、チョンとボールを転がして、それをドリブルで持ち込んでシュートしたのが、サイドポストにあたってゴールしました。ただし、このシーン逆サイドからはよく解らず、突然ゴール左隅に、ボールがコロコロと転がり、セレッソDFががっくりと頭を落としたのが見えて、オウンゴールかセレッソの誰かに当たって入ったのかと思いましたが、後で映像で見ると、ボールを受けたカウエは相手には触らせずにシュートまで持っていき、見事というほかはありません。 ただポストに当てるあたりは、コンサドーレに馴染んできた証でしょうか。あの位置でドリブルというのはここ数年のコンサドーレの選手にはまずない選択肢で、見ているほうも想像できませんでした。 点が入ってからは、セレッソが怒涛の反撃を見せるかと思いきや、攻撃の時間は多くなったものの(札幌が守備的になったのも要因)、前半と同じくゴール前で時間をかけすぎるパターン。しかも前半はデカモリシ電柱化計画一辺倒だったのが、ゼカルロス起点に変更になり、さらにチョコマカ動き回るチビモリシ作戦に変更になったため、デカモリシはコンサ攻撃陣内で孤立してしまうという展開。もっとも、後半は風が強くなり(しかも通常とは逆で、陸から海へ、つまりコンサが風上)、まさに神風が吹いていました。 残り数分となってからは、最終ライン上で元気がヘッドでディフェンスしているという、守備的FWの第一人者らしい活躍で凌ぎきり、1-0で室蘭では4年ぶり、Jリーグ加入後ではチーム新記録となる5試合連続無失点で勝利。上位2チームの試合が無かったため、暫定ながら2000年11月以来の首位となりました。無論、一日天下で終わるもの、コンサドーレではデフォルトです。いまの札幌には、暫定でない一位になることは夢ではないと思いますので、いずれ実現してくれるでしょう。
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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。
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