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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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レイソルの記憶

2005年12月12日

来季のJ2リーグ戦の顔振れが決まりました。

最後の最後までもつれて降格してくることになった柏レイソルにはいくつか思い出があります。

2001年J1ファーストステージ第2節
ホーム開幕戦、高知春野陸上競技場でコンサドーレのJ1ホーム戦が始まったのですが、雨上がりの春野で印象に残るシーンは前半33分の2点目。ボールを持ちあがった播戸竜二が柏のDF2人に挟まれて、転んだものの素早く起き上がってボールに追いつき(この時点でDF2人置き去り)、中央にいたウィルへラストパスを送って結果的に決勝点となる2点目をアシストした。何が何でもボールに食らい付く、という気迫を感じたプレーでした。このときの柏には砂川がいたのですが、余り記憶がありません。

2001年J1セカンドステージ第14節
この試合は、内容的には柏の柳想鐵と黄善洪の2人が翌年のW杯に向けてキレキレだったことぐらいしか覚えていません。試合前の印象が強いです。たまたま柏駅前のホテルは選手と一緒で、試合前に待ち合わせをしている友人に会うためエレベーターに乗ったら、次々と選手スタッフが・スタッフが乗ってきた。最初に現れたのがフィジカルコーチのネネ氏、次の階では野々村キャプテンほか数人が乗り込み、一旦閉まりかけたドアの向こうに伊藤優津樹が現れて、ドアが開けられ間に合った。2階のミーティング会場へ降りる途中、野々村がボソリと「伊藤クンはいつもワンテンポ遅いんだよね。試合中も。」とつぶやき、伊藤クンは「どうも。すいません・・・」と真面目に謝っていました。
あとは寒かったことぐらいかなぁ。帰りに喰ったラーメンが旨かった。

2002年J1セカンドステージ第1節
厚別で行われた2002年のセカンドステージ。コンサドーレはファーストステージ最下位で、J1残留に向けて仕切りなおしの1戦だったが、小倉の2点を守りきれずに、ロスタイムに追いつかれ延長戦。このころはまだ延長戦があったのだが、120分戦っても決着はつかず、ドロー。たまたまこの夜の札幌ドームのプロ野球のチケットを持っていたのだが、厚別からタクシーで駆けつけても間に合わず、という踏んだり蹴ったりの試合でした。

さて、来年がたのしみです。



もうひとつのシーズンが始まります

2005年12月08日

Jリーグの公式戦もあと入替戦一試合を残すだけになりました。天皇杯を既に敗退しているコンサドーレの選手やスタッフは来年1月末までの契約があるとはいえ、オフに入っています。その前に契約更改がありますし、0円提示を受けた選手は現役続行したければ自分で次のチームを探し出さないといけません。
そんな選手たちの影でこれから本格的に動き出す人たちもコンサドーレにはいます。営業スタッフです。

門脇常務がご自身のブログ、カドテツブログで書かれていますが、コンサドーレの2つの収入の柱、入場料収入と広告料収入のうち、広告料収入の大半を占めるスポンサーとの契約更新があります。

以前にも書きましたが、コンサドーレは今年、役員が不祥事を起こしてしまいました。その結果としてあるスポンサーから契約解除を申し渡されましたが、それで済んだとサポーターは思っているかもしれません。でも、済んでいない可能性は充分あります。営業畑の人たちはこれからその問題に直面するであろうと想像されます。

途中で契約を解除はしなかったものの、更新しない、あるいは来季のスポンサー料を減らす、などという話がきっと出てきます。不祥事を起こしたのはその担当者の方ではありません。ましてやコンサドーレの選手でもありません。しかし、会社が起こした不祥事は、営業も総務も背負わないといけないのです。
寒い季節に契約更新、新規開拓に黙々と従事されるであろう、営業担当の方にエールを贈りたいと思います。そしてボクらに出来ることは、コンサドーレのスポンサーになっている企業に何かしらの貢献をすることです。



シーズン感想

2005年12月06日

コンササポ歴6年。シーズン終了時にいつも考えることは、その年を表すコトバです。個人的視点ですが、6年まとめて振り返るとこんな感じでしょうか?



2000年 ぼくらは歓喜の渦の中にいた。
2001年 ぼくらは安堵の一息をついた。
2002年 ぼくらは絶望の淵に立っていた。
2003年 ぼくらは暗闇の中でもがいていた。
2004年 ぼくらは希望を見つけようとした。
2005年 ぼくらは期待を抱きはじめた。
2006年 ?

歓喜→安堵→絶望→暗闇→希望と来て、今年は“期待”です。
他の方がどういう感想を持っているのか少し気になります。



観客数の話

2005年12月05日

J2第44節(最終節)が終了して、注目の入替戦進出争いは土壇場で甲府が京都を下して3位を手にした。入替戦の結果はこれからだが、仙台が来季もJ2に留まったのはリーグにとって僥倖です(仙台サポの方、もし見ていたらゴメンナサイ)。
仙台が3位だと来季のJ2は柏か仙台か、になります。甲府が3位だと甲府か柏か、になります。来季のJ2の盛り上がりを期待すれば、後者の方が期待値が大きく、さらに欲張れば「甲府の昇格」がもっとも期待できます(柏サポの方ゴメンナサイ)。甲府という街にとってもそのほうが良いでしょう。

あくまでも純粋に観客動員数的な話です。柏と甲府のどちらが勝つか、という話ではありません。念のため。そこを踏まえた上で、「続きを読む」へお進み下さい。



12/3の最終節、J2でもっとも観客数が多かったのは3位争いではなく、最下位と6位のチームが対戦した札幌ドームです。このあたりがJ2の現状をよく映していると思います。

3位争いの2チームの相手も、下位ではなく甲府の相手が首位京都、仙台の相手が2位福岡と来季昇格する2チームの締めくくりの一戦でした(かつ昇格するチームのホーム)。にも関わらず、札幌ドームを上回ることが出来ませんでした。
もちろん、ホーム/アウェーが逆転していれば数字は違ったものになったでしょう。しかし、それはリーグ全体を見たときに、一過性のものでしかありません。かたや札幌ドームの数字が一過性でないのは明らかです(今季最終試合という要素はあるが)。

J2のホームスタジアム開催試合で観客動員がコンスタントに5桁を維持しているのは札幌と仙台しかありません。そういう意味で、Jリーグの中でJ2が今後も商業的に成功するかはともかく、維持していくには仙台・札幌といったチームを今後作り出していかないと難しいでしょう。

ここ5年のJ2を振り返るに、もっとも盛り上がったのは2000年だと思います。浦和がJ2にいたこの年が一番盛り上がりました。W杯が開催された2002年、セレッソがJ2にいた年は、世間の注目がW杯に集中したこともあり、J2は好きモノの集まりに近いものがありました。

そのような経緯を踏まえると、来季は是非、柏レイソルにJ2で戦っていただきたい、と思うのですが。でも札幌の昇格を考えると、うーーん悩むなぁ。

単に甲府より柏が近い、という指摘はしないで下さい(図星です)。



シーズン終了

2005年12月03日

いきなりミスを突かれて先制されましたが、清野のゴールで追いつき、石井のゴールでひっくり返しました。
山形が鳥栖に勝ったので、残念ながら6位に終わりましたが、石井が結果を出したのでよしとしましょう。

J1の方は首位セレッソ大阪が苦しみながらも1点リードを守り、ロスタイムを迎えようとした瞬間、コーナーキックからゴール前混戦で、ゴールを破られ同点になりました。その直後、途中でベンチに下がったモリシがTV画面に映ったのですが、呆然としたのかなぜか顔には笑みが浮かんでいました。
セレッソを優勝から5位に引き降ろすゴールを決めたFC東京の選手は、今野泰幸です。

いずれまた機会を改めてシーズンを振り返ります。とにかく選手・スタッフの皆さんお疲れ様でした。



最終節を前に

2005年12月02日

明日は今季J2リーグ最終戦です。笑っても泣いても2005コンサドーレは明日で終わりです。今年は天皇杯は既に敗退しています。

草津線と言えば、滋賀県のJR路線ですが・・・あれ、違った。
草津戦と言えば、今季第3節、群馬県敷島公園サッカー・ラグビー場でのアウェー戦を思い出します。ザスパ1-4コンサ、という試合です。
そうそう、試合前に群馬総社駅近くの温泉に行ったら改修中で振られ、群馬総社からバスに乗ったら、乗客一桁という寂しい状況で(その後、総社からのバスはなくなった)、上州名物のカラっ風にやられて風邪を引き、試合後バスで前橋に出たら、事故とかで電車が来なかった日です(散々な日ですね、ったく・・・)。

試合のほうはコンサが勝ったのですが、この試合の最大の見せ場は前半42分でした。池内→和波とボールが渡り、和波が上げたクロスをスナマコが、コンササポの目の前で例によってトラップを前ではなく後ろへトラップしてしまい、あぁ、と思った瞬間、きれいなオーバーヘッドでゴールに放り込んだのでした。

北海道新聞の記事
さすが道新さん、タイミングがグッドです(写真)。

公式記録では、
42分 8砂川誠(札幌) 左 5 ↑ 7 ↑ 中央 8 右足S
となっていますが、これから上の写真のシーンを想像するのは絶対無理です。コンササポですら、“ぇ?”というのが最初の反応でしたから。
私の近くにいた人は、「砂川、どこでこんなワザ覚えたんだよ!」と言っていましたが、同感です。これが今季のコンサ初勝利の試合です。

明日も勝ちましょう!!



0円提示

2005年12月02日

コンサドーレが来季の契約の条件提示を11/30に行った。
チームがリーグ公式戦をあと1試合残している状態での
提示は疑問を感じるのだが、Jリーグとしてそう定めら
れている以上、チームとしては止むを得ない。

コンサドーレはFW堀井岳也、MF三原廣樹、MF権東
勇介、GK蛯沢匠吾に年棒0円提示(つまり来季の構想外)
を行った。



チームとして資産に限りがある以上、来年さらに上位を目
指すには、誰かを切る必要があって、補強に充てなくては
ならない。それはアタマで理解できても、なかなか気持ち
で理解するのは難しい。
ボクらに出来ることは、4人の選手の今後の活躍を祈ること
ぐらいしか出来ない。でももし来季J2でプレーするなら、
コンサ以外の試合で活躍してほしいというのも、これまた
正直な感想。

さて難しいのは、苦しんで来季の構想外であることを伝え
た選手よりも効果のある補強が出来るか、という点である。
この時点では他チームからどんな選手が出されるのか、そ
の選手を希望通り獲得できるのか、未知数である。
つまりはチームとしてある種の「賭け」に出ているわけで、
それが結果を伴うか、ギリギリの勝負をしているわけであ
る(こうい言い方をすると、4人が勝負の掛け金のようで
嫌なのだが、上手い言い方が出来なくてスイマセン)。

毎年、この時期は複雑な気持ちになります。せめて野球の
ようにシーズン終了後に、という方がまだ気持ちに区切り
がついて感情的に楽なのかもしれない(あくまでもサポー
ターとしての身勝手な考え方です。当事者はそれどころで
はありません)。

答えが出るのは一年後です。監督は来季ベスト3が目標と
コメントしました、ボクらはそれを支えるのが務めです。



奇数チームのJ2リーグを振り返る

2005年11月30日

別のブログを書こうとしていたら、AM1時~AM8時までメンテに入ってしまって、書けず。なので、こっちを書きます。ネタはまだ自分なりに整理できていないですが、書き始めれば何とかなるでしょう。

愛媛FCがJFL2位以内確定とのこと。これで来年はJ2は1チーム増え、13チームとなる(今年は問題になっているチームはないんだよね?、今年は)。チーム数が奇数になるということは、毎節どこかのチームがお休みになるということです。J2が奇数チームになるのは2000年以来(11チーム)のこと。



2000年はコンサドーレが首位でJ1昇格を決めた年ですが、この年はいろんな事情で順位が暫定のまま、春から夏までリーグ戦が行われるという異常事態でした。その渦中にあったのがコンサドーレ札幌です。
事の発端は、有珠山が噴火して室蘭で開催の第6節(00年4月9日)が延期となりました。札幌は第1クールでは第3節が休みになっていたのですが、この6節も飛んでしまい、代替開催となった7月16日まで1試合少ない状態となりました。その札幌が首位を走ったものだから、順位は常に“暫定”という枕詞が付くことになりました。ちなみにコンサドーレ・オフィシャル・サイトの2000年の戦績ではこの延期となった第6節の結果(1-1)が抜け落ちています。昇格の最大のライバルと言われた浦和レッズに春先のチームが固まっていない状態で当たらなかった(浦和との初対戦は実に第17節、6月アウェイ戦)のは、札幌有利に働いたのは間違いありません。結果的にこの年の対浦和戦の戦績は3勝1分の負け無しとなります。

お休みが伴うということは、チームの状態によっては有利にも不利にもなります。勢いがあるとき(連勝中)は邪魔な存在ですし、バランスが崩れているとき(連敗中)は建て直しのチャンスです。
ただ勝ち点を積み上げて争うリーグ戦において、勝ち点の積み上げが不可能ということは、「休み」=「負け」という考え方も出来るわけで、お休みの間に順位が下がるという可能性があります。したがって、来年は成績を考える際に若干の数学的思考が必要になります。いまから準備(予習)しておきましょう。

ハイ、今週の講義はここまで<オイオイ!



ストーブリーグ

2005年11月29日

野球ではシーズン終了後にウワサされる契約更改やトレードなどを「ストーブリーグ」というらしいが、下で「最終戦は・・・」と書きながら来季へ向けていろんなことを考えるわけで。
思いつくままに考えていたことを書いて見ましょう。



播戸(神戸)はJ2に帰ってくるのか、移籍するのか、獲るならどこか

森下仁志引退(磐田)らしい。結局磐田では無得点。ってことは03年の鳥栖戦@厚別がプロ最後の得点になるらしい。

愛媛県総合運動公園って遠いぞ!メイン以外芝生だし・・・。でも行くんだろうな、来年。

・ビジュって鳥栖だったのね→今頃気付くなよ>自分



終わりよければ・・・

2005年11月28日

11/23に札幌のJ1昇格が目の前で消えた後、私の行動は、札幌→ニセコ→積丹→ニセコ→千歳→帰宅(11/27)だったわけです。もうちょっと詳しく書けば、11/23が福住→大通→南17条、11/24が南17条→宮の沢→倶知安→ニセコ、11/25がニセコ→蘭越→小沢→岩内→神恵内→余別、11/26が余別→古平→余市→ニセコ、11/27がニセコ→千歳→羽田となります。自宅に帰ったら、コンサのファンクラブ会報に「入れ替え戦チケット販売のお知らせ」なんていう虚しい紙が入っておりました。
私が後志管内をウロウロしている間に、トップチームは練習した後、鳥栖で試合をしてそのあと札幌に戻っているわけで、J2リーグ戦というのは大変なリーグだと思います。
あと1試合を残して、J1から神戸と東京ヴェルディの降格が決まり、入れ替え戦は昨年同様柏レイソルが、決まりました。かたやJ2からは京都と福岡が昇格し、入れ替え戦進出の3位は甲府か仙台か、最終節で決まります。



さてその鳥栖。監督のコメントが横断幕云々とあったので何事かと思えば、試合に関係のない人物名が書かれた横断幕が掲示されたとか。まぁその場にいたわけではないので、あまりとやかく言うつもりはありませんが、横断幕などはサポーター(というか観客席)から選手へのメッセージ発信なわけで、受け手がいるのが最低限のルールです。その上でどう遊ぶか(表現悪いですけど)、という部分があるわけで、前提がなく、遊ぶだけの行為は単なる悪ふざけです。

思い返せば昨年の9月、江東区夢の島競技場で横浜FCvsコンサドーレ札幌という一戦があり、横浜FC側から不祥事を起こして札幌を退団した選手(横浜FCから札幌へ移籍した、まさに今回の横断幕に書かれていた人物)のコールが試合前にありましたが、これなども単なる自己満足でしかなく、試合にどう関わるかを考えると、意味不明です。まぁ当時はレギュラーだった2選手を退団させたので戦力的にはキツかったのですが。

振り返るに今年は自チームのスタッフの不祥事が発覚し、他のチームの元札幌の選手など構っていられる状況ではない。練習着のスポンサーが不祥事発覚後に撤退しましたが、それであの事件が終わったと勘違いしている人が多いのではないでしょうか?
もうすぐ選手の契約更改交渉が始まりますが、チームとしては来年度のスポンサー契約の更改があるわけで、そこで更改を断られる可能性が充分考えられます。HFCの営業担当者は茨の道になるかもしれません。

チームの公式試合は残すところあと1試合です。今年は天皇杯も敗退してありません。せめてあと1試合、フットボールをしている選手を支えることだけを考えて、最終戦を盛り上げましょう。