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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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2007年11月29日
地域住民と、地元企業、行政が一緒になって作るサッカークラブを「市民クラブ」とするならば、前回の持株会で見たように、市民クラブには、意見の集約が難しく即断即決に欠け、運営主体が明確でないことから雑音が生じやすく、無責任に陥りやすいという構造的な欠陥があります。そして株式会社の無責任は、かならず収支の不均衡というかたちになって現れます。 チームが強くなるためには、優秀なタレントと優れた指導者、そしてサッカーに打ち込める安定した環境が必要なわけですが、そのいずれも「市民」ということと無関係に成立します。強いクラブを作るために市民クラブである必要はありません。むしろ市民クラブであることは弱体化要因とさえ言えます。 コンサドーレ札幌も、市民クラブとしての構造的な欠陥によって、30億の累積赤字を抱え、選手強化もままならずにJ2に低迷しました。そして市民クラブとして、同じような構造をもっている福岡、仙台も、巨額な累積赤字を抱え、トップに浮上できないでいます。 こうしてみると、企業の広告塔ではなく、「市民による市民のクラブ」という“市民クラブ”の理想は、こと株式会社という形態でクラブを運営していく以上はまったくの「幻想」、もっと悪い言葉を使えば「欺瞞」なのかもしれません。 今回の累積赤字の解消のための原資と増資に当たって、石水さんが個人資産から2億を出して、赤字を埋め合わせるとしたのは、石水さんがコンサドーレ札幌の“市民クラブ化”を推し進め、結果として市民クラブの構造的な弊害を作った張本人の責任の取り方と見ることもできます。石水さんは、市民クラブ特有の無責任の中に逃げ込んで、“オレ知らない”もできたことを思えば、その点を評価してもよいでしょう。 と、順を踏んで現実的に考えれば、上記のような結論に到るわけです。 でも、やはり私は“市民クラブというロマン”を完全に捨てきることはできません・・・・という話を次回に。
大阪の道産子
中入り休憩弁当タイム♪
2007/11/30 00:46
>でも、やはり私は“市民クラブというロマン”を完全に捨てきることはできません・・・ >という話を次回に。 上下だと思ったら中がありましたネ♪ 全部を読み終わってから正式にレスします・・・アッ経済には疎いので印象だけですが。 プロ野球が胡散臭いのは完全に企業の利益・宣伝・知名度向上・好印象寄与・等々が 根本にあり、マスコミを取り込み、企業仲良し倶楽部で球団数の増加を許さず、 少し前には減少する計画すらありました。 その印象がやや薄い市民球団を名乗ってる広島カープが一番貧乏なのは当然かも? 「人はパンのみに生きるに非ず」とは良く言ったものでロマンは人間だけの特権です。 文学・音楽・映画・演劇・絵画のみならずスポーツも文化だとしたら、どの分野でも その文化性だけでは経済的自立は困難です。たとえば劇団四季は演劇界ではプロ野球の ような存在でしょうし高い観劇料に見合う舞台を提供しています。でも四季は商業演劇 としては大成功していますが、演劇ファンは市民劇団の小劇場も観たいのです・・・ でも市民小劇団は経営が苦しく劇団員がアルバイトし手弁当で補っているのが現状です。 もしそれが文化と言うならば行政が何らかの支援を行うべきでしょう・・・ フランスでは文化・スポーツで学生・低所得労働者に入場料の割引をした場合には その分を政府が補填するそうですネ。ただ現在の情けない行政では期待薄ですねぇ ・・アッコンサは補助金を打ち切られるンダッ! 遠山の金さん「ボクの出番??相手は札幌市?道庁??」 水戸光圀公 「・・私ですかのう・・・」 ジー・コミュニケーション社長「NOVAの再建同様おまかせ下さい!詳しくはひばりさん の下巻の後に・・・・」 羅藻巣瑠偉 「そんな事より草津名物焼き饅頭に肉入れてねッ」
hibari
Re:持ち株会のこと(すがさんの質問に答えてみる)ー中
2007/11/30 01:02
まいど様です。 本当は上下で終わらせる予定でしたが、下の結論部分がなかなかまとまらず(ほとんど、オオドサさんのコメントに尽くされているようにも思いますが)、だらだらと上中になってしまいました。 明日、なんとか下でまとめます。長々とした駄文にお付き合いいただき恐縮です。
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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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