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鹿島戦後の騒動について

2008年12月10日

なんとなくコラムまがいに自分の意見を書き綴ってみました。
気楽に読んでくれたら嬉しいです。


■同じ方向を向くということ
とあるUSメンバーのブログに今回の件について、このような書き込みがあった。
『色々な考えを持つ人間が集まって話をして、同じ方向を向いて力をあわせるということしないといけない』

一件至極まともな事を書いているような見える。
だが、本当にそうだろうか?

私は既に同じ方向を皆が向いていると考えている。
ゴール裏に足を運ぶ人間の中で、コンサドーレに負けて欲しいと思っている人間がいるのだろうか?
いないはずである。何の根拠も無いがいないと信じたい。

コンササポを名乗る全ての人間が『コンサドーレを応援したい』『コンサドーレが好きだ』と言う考えが根本にあり、
『コンサドーレを後押ししたい』『コンサドーレを勝たせたい』などの気持ちを持って、スタジアムへゴール裏へ足を運んでいる。

すなわち、上記引用した『同じ方向を向く』と言うことは、USと同じ考えを持てと言っているとしか取れず、
ゴール裏全ての人間が右向け右でUSに同調するなど、100年話し合っても無理だ、と言わざるを得ない。
相手の考えを理解しようとしているようで、全く理解しようとしていないこの姿勢では、
今USに反感を覚えている人間から共感を得ることは出来ないだろう。

■話し合いとは 意見交換とは 対話とは
では、問題はUS側だけにあるのだろうか?
また、話し合いや意見交換をする必要性は無いのだろうか?

上とは別のUSブログを例に出してみよう。
そこでは、『上から目線』という言葉がキーワードになっている。
ブログ主は『上から目線』の鹿島サポからコールを貰って悔しくないのか?と、訴えかけている。
クラブに誇りを持っているのなら絶対に出来ないことだ、とコールした人を全否定してしまっている。
それに対して、『上から目線』で鹿島や一般サポを見下すな、とブログ主をこれまた全否定してしまっているレスが数多くある。

一体、何が問題なのか?
双方に取って足りないものは『相手が考えていることの理解』ではないか。

双方とも自分の考えや行動が一番正しいと思いこみ、書き込んでいる。
また、相手の考えや行動は間違えていると決め付け、書き込んでいる。

意見交換や対話の目的は、自分の意見を説明し相手に判って貰うことではない。
相手の意見を聞いて、そのような考えもあるのかと相手の考え、知識を吸収するのが目的である。
その姿勢がまずその記事にレスをつけた人たちには殆ど無い。
批判しているUSと一体何が違うのだろうか?

また、ブログは基本個人のものだから、好きなように書き殴ればよいとは思うが、
それにしたって全否定した書き方をしてしまっては、荒れてしまうのも仕方ないとも考える。

対話の基本的な形は以下のような流れである。
どこまで理解できたかを述べ、理解できないことは何度も質問し、納得いかないことは反論する。
相手はそれを受けて、回答や質問を、または反論をする。
その繰り返しを何度も行い、初めて相手の意見を理解することが出来る。

相手の意見を理解しようとしない者が、対話の真似をしてもそれはただの煽りあいとしかならない。
そうなったら、相手を理解することなど永遠に不可能で、荒れるだけだ。
ネット上で、議論をすると荒れてしまう大きな原因の一つでもある。

余談だが、私自身、どこまで理解できたかを述べるのを忘れてしまい、質問だけ、反論だけしてしまうことがある。
気をつけなければならない。

■相手を理解すること≠暴力を認めること、馴れ合いするということ
ただこれは、水をかけたこと、ペットボトルを投げつけたものの『行動』を理解しろと言っているわけではない。
その者が行った『行動』は、批判されて然るべきだし、キチンとした対応と処罰を私は望んでいる。
その『行動』に理解を示す必要性は一切無い。
ただ、その『行動』に至るまでの『過程』は、理解しようとしても良いのではないだろうか?

逆もそうである。
コール返しをする人間は、ただ馴れ合いたいだけの生温いだけの人間と斬って捨てるのではなく、
そのような『考え』があることを理解しようとしても良いのではないだろうか?
それを無理にでも変えよう、またはそのような考えを持つ者は締め出そうとしないことが大切だと考える。

■一体感とは
サポーターとは、12番目の選手と良く比喩される。
12番目の選手の心臓はクラブで、選手は脳だろうか。
その他の部分を、サポーターが形成していくとしよう。

例えば全員が肺になってしまっては、人として機能しない。
血液一つ取ったとしても、色々な役割がある。
サポーターもそれと同じではないだろうか。
サポーター一人一人の役割とは、自分自身が出来ることを考え、
自分自身でしっかりとした理念を持ち、それを遵守し行動していくことでは無いだろうか。

一体感とは、ロボットの様に画一的な行動をした時に生れるわけではない。
なぜなら、そこに其々の意思や感情を感じないからだ。

例え考え方が違い、相容れないとしても。
其々を理解しお互いの行動を認め合うこと。
そうなった時、初めて一体感を感じることが出来るのではないだろうか。

■理解を深める為に
USは直接話し合える場を、時折開いている。
それを試みるUSや参加しようとすることは素晴らしい事だし、私自身いつか参加してみたいと考えている。

ただ、直接話し合うことだけが正しいのだろうか?
例えば良く目にする『文句や意見があるのならば、スタジアムで直接言えば良い』というUS派の意見。

試合前後は誰だって興奮状態になる。私だってそうだ。
恥ずかしながら自分の理念を置いてけぼりにして、罵詈雑言を撒き散らすこともある。
そこは何度も反省するのだが、私自身とても未熟で幼いのだろう。
そのような状態に陥ることが多い時に、話し合いをしようとすることは賢い選択ではないと考える。

また、内地にお住まいの方や仕事や家庭の都合で、どうしても上記話し合いの場にいけない人もいるだろう。
『ネットで意見を書くことは無意味だ』と書く人が多々いるが、私はそれには同意しかねる。

直接話し合うことは確かに大事だが、時間が限られてしまう。1時間か2時間か。
そのような少ない時間の話し合いで、何年間も燻っている摩擦が解消されるとは到底思えない。

現状、ネット上で確実にUSに関連する人に意見や質問をするには、
USへ直接メールするか、ブログを持っている個人にするかの二通りしかない。
メールでは、個人個人のやり取りになってしまい、多くの人がそれによりUSの考えや真意を知ることが出来ない。
また、USへ出した意見を知ることも出来ない。
そのため似たような意見をUSは何度も貰うだろうし、それは二度手間、三度手間になっているだろう。

ブログに書き込むことで、USに所属している一個人の意見を聞くことが出来る。
しかし、それは決してUSとしての意見ではなない。参考にはなるだろうが。
サポに色々な考えがあるように、USに所属する人たちの考えも全く同じだというわけでもないだろう。

USが不特定多数が参加できる対話の場を『公式』にネット上で開設するのが一番確実な方法だとは思う。
そうすれば、USも一般サポの色々な意見を知ることが出来るだろうし、一般サポがUSの色々な意見を知ることが出来るだろう。

ネットでの対話ならば、時間を気にする必要は無い。
いつでもそして日本中の全てのコンササポが参加できる。
そして何より、文章として記録にしっかりと残る。
その時は参加できなくても後で見た人が、色々な考えや意見を知ることが出来る。

ただ荒れることも容易に予想できる。
荒らすことが目的の愉快犯も数多く訪れるだろうし、対話とは何か判っていない人間が参加し、
結果煽りあいになり荒れてしまうこともあるだろう。
安易にそのような場を開設して欲しいとは言えない。

■サポーターが変わること
今回の騒動で『サポーターが変わること』を、US派、反US派の双方がお互いに投げかけている。
私はどちらとも変わらなければならないと考えている。

対話とは何か理解することが出来るように。
お互いの考えを理解することが出来るように。
もちろん私自身、例外ではない。


この記事を読んで、例え一人でもいい。
自分とは相反する意見に対して、少しは耳を傾けてみようか、と感じてくれる人がいるならば幸いである。


post by consa_fs

12:57

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