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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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2008年日本代表を○○へ

2008年01月29日

8月20日に岡田ジャパンが札幌で親善試合をやるらしい(いや曽田が観るだろうから、ネ申前試合か?)。その関係で涼しい北海道でキャンプを張る計画もあるとか。
http://www.nikkansports.com/soccer/japan/p-sc-tp2-20080121-309848.html

岡田と日本代表のキャンプといえば忘れられない試合がある。2001年5月19日のヤマハスタジアムでのジュビロ磐田戦。和波が先制弾を決めて、岡田(当時コンサドーレの監督)が1-0で逃げ切りに掛かった89分にロングボールに高原が首を延ばし(競馬の世界で喩えるなら「クビ」差で名塚が競り負け)、同点にされてしまい、延長戦でVゴール負けした試合だ。コンサドーレには静岡県では一度も勝ったことがないという不名誉な記録があるのだが、あの瞬間がもっとも「勝利」に近づいたことは間違いない。
確か2001年1stステージは磐田が制し、5月19日がターニングポイントだったと言わしめた試合である。

あの日のヤマハスタジアムには「2002年日本代表を磐田へ」というキャンプ誘致の横断幕が出ていた。試合前、くしくも高原と同じ“ヤス”の字を名に持つ人物が、その横断幕を見て内輪で今も時々ウケる名言「2002年××を磐田へ」を吐いたのだが、あの時東京から知人が乗って来た新幹線のグリーン個室はもうない。


コンサドーレは2002年を最後にJ1から降格し、今年ようやく復帰した。くしくも高原直泰は2002年を最後に欧州へ移籍し、今年からJ1に復帰する。名言の「××」は未だに磐田には誘致されていない(東静岡はあったな)。
翌2002年のヤマハスタジアムでの試合は・・・ハンドボールの試合だったように記憶している。


post by tristar

09:24

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