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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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【第52節】たった一つのこと約束したんだ

2007年12月03日

11月11日の鳥栖戦からコンサドーレに昇格確定のチャンスが生まれ、勝てば決まる京都戦をゲーム終盤PKで引き分けに持ち込まれ、お休みで他力だった51節は、これまた京都が終了直前に勝ちを手にしてお預けになりました。
結果的に、最終節を迎える段階で、1~3位が未確定。コンサドーレは東京ヴェルディ1969に得失点差で1位を明け渡しました。

さて、上記を北緯64度アイスランドの首都レイキャビクで知ったのですが、水曜日にレイキャビクをあとに、ニューヨークで1泊。そこから成田経由で試合前日に北の大地へ入りました。

で、試合開始直前、横断幕がゴール裏に用意されたのを見て、「なんだよ人文字ないのかよ」と叫んだのですが、ビックフラッグの下から文字が下半分出てきたときには、すいません泣いてました。

オンリーワン
試合は序盤、札幌は動きが堅く、水戸に攻め込まれ続ける状態。前半11分、コーナーキックから塩沢に頭で合わされ、失点します。このヘッドは体勢を崩しながら何とか合わせたもので、高木がまったく触れないところへ飛んでおり、コンサドーレとしては不運でした。 ところがこの不運がコンサドーレに風を呼びます。前線からゴールキーパーまで目が覚めたかのように躍動し、攻めに転じます。水戸の攻撃は散発的になり、コンサドーレが何度もゴール前まで攻めあがります。前半終了間際、愛媛戦で開花した秘密兵器・西がゴール右からヘッドで中央へ送り、それを砂川が胸でトラップ、そのボールを“めんこいダビぃ”が回転しながらゴール上のネットに突き刺すシュートで同点。 コンサドーレは引き分けでも昇格が決まるのですが、後半も引いて守るなんてことはなく、後半15分、運動量の落ちた砂川に代えて岡本を投入します。未だ若い岡本は、守備にやや難がありますから、これは明らかに攻めの交代。その10分後、西嶋が接触プレーでもないところで足を押さえて倒れこみ、池内と交代。愛媛戦でも大塚が同じように負傷しましたが、もう選手も満身創痍です。 そんななか、勝ち越しはこれまた若手の岡本が起点になります。相手DFとGKの間に「ほれ、走れー」とばかりに浮き球を送ります。これに馬脚を現した(文字通りに)めんこいダビぃが追いつき、背負っていたDFを振り落として、これまたゴール上部のネットに突き刺します。なんであんな難しいコースにシュート打てるヒトがPK外すのかはよく解りません(あ、ウマいからか)。 そのまま、いつもの堅い守りで昇格決定。数分後、多分数十秒間だけでしたが、電光掲示板に“CHAMPION”というサインが表示されました。現場では「やったー優勝だぁ」と叫んだのですが、そのあとに表示された東京Vの試合結果と表示する順序を間違えたのかも知れません。いずれにせよまた泣きました。そのあとのことはよく覚えていません。



とにかく、これで春先の約束がようやく果たされました。たった一つの約束を反故にされつづけた5年間は長かった・・・。


post by tristar

21:00

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