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性別:男 年齢:30歳代半ば 出身:兵庫県西宮市甲子園 現住地:北海道札幌市 サッカー歴:素人。たまにフットサルをやる程度 ポジション:アウェイ側B自由席 2007/12:加齢に伴い年齢を実態に即した形に書き換えました
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2006年01月10日
昨年のことを言うと誰が笑うのかわかりませんが、金子達仁氏がこんなことを書いています。
「オイオイ、リングの外でのファンサービスと、試合中のそれをいっしょにすんなや」というツッコミは置いといて、後半の亀田興毅のくだりはなかなかに共感できます。別にあのような話し方が好きというわけではありませんが、「見られんことにはしゃあないやろ」という心構えは立派だと思います。さて、問題は前半の「J1最終節における試合経過のアナウンス」ですが、意見の分かれるところでしょうね。
まず、「チャイムが鳴って…」云々という意味がわからない方に説明しますと(と言っておきながら実際に居合わせた経験なんて私にはありませんが)、イタリアあたりでは試合中に「ピンポーン」という音が場内に流れ、オーロラビジョンにライバルの試合経過が映し出されることがあるようです。勝ち点で並んでいる相手とか、あのチームが負ければ残留が決まるとか。
私が以前テレビで見たユベントスのホームゲームでは、チャイムが鳴るたびにサポーターが「オーーーー…」と声を上げ、おそらく経過が映し出された瞬間だと思いますが、「ウワァー!!!」と雄叫びを上げたり爆竹を鳴らしたりしていました。選手にメッセージを伝える意味合いもあるのだと思います。
確かに見る側にとっては、気になる他会場の経過がほぼリアルタイムで分かるということで、それなりのメリットはあります。「今どきケータイを持たない主義」の私には有益なサービスです(笑)。がしかし、ちょっと待てよ、とも思うわけです。
金子さんは試合経過を知ること・知らされることに対してベンチや選手がどう思っているか、を主要な論点にしていません。というか、ベンチや選手の考えを一般化するのはムリですし。知りたいという選手・チームもあれば、そうでないチームもあるでしょう。「現場の声に流されていては…」なんて表現で一般化できる問題じゃあない。紙幅の都合上できなかった、と、まぁ好意的に解釈してあげましょうか。
ファンサービスのみを追究するという観点ではなく、あくまでピッチで闘っているチームの意向を尊重するという前提であれば認めても良い、という意見も出てくるでしょう。そして現場の意見を尊重するのであればおそらく札幌ではやらないだろうな、とも思います、「ロスタイムまで走りきる」ことを目標に掲げざるを得ない今のチームの成長度合い、監督の頑固でクソ真面目(笑。けなしているのではありませんよ、私もクソ頑固ですから)な性格などを勘案すると。
それに私は目の前の試合に集中して観戦したいので、やはり流して欲しくないな、というのが現時点での結論です。
ここまで書いて思ったのですが、アウェイサポの皆さんはさておき、他のスタジアムでの観戦経験って、皆さんどれくらいあるんでしょうかね。遠征に行けない方も大勢いらっしゃるでしょうし。他のスタジアムの演出も気になるところです。
去年三月、開幕時の長居では、キックオフ直前にスタジアムに「セレッソ~…」というアナウンスが流れ、それに続いて「オオサカ~!」とゴール裏が応える、というのを三回繰り返していましたが…、あんまり上手くいっていませんでした。雨降っていて、ゴール裏の入りイマイチでしたし。こういうのはシャイな日本人には難しいんですかね。でも最終戦はテレビ通じても結構聞こえていたなあ。
2006年01月09日
こちらでダッフルコートに関するあれこれが書かれています。
私もダッフルコートを愛用しています。親族には「子供っぽいのでやめろ」といわれますが、それでも何だか着てしまうのですね。思えば中学の時だったか、はじめて買ったコートも、「別なのにしろ」という親の薦めを押し切ってダッフルにしたと記憶しています。
そもそもダッフルコートは北欧の漁師の上着として使われていたようです。分厚い生地は寒さに耐えるためのものなのですが、もう一つ、トッグルという浮き型ボタンをロープに掛ける形である「トッグル・フロント」が、実は漁師にとっての防寒のための工夫だったのだそうです。
漁師は船の上では長時間同じ向きで作業をします。よって、ずっと同じ向きからの風にさらされるわけです。普通のボタンタイプ・左前の上着では、右からの風を受けるとフロントの隙間から風が上着の中に入ってきますね。ところがトッグルフロントだと、すかさず右前合わせにすることで風の進入を防ぐことができたんだそうです。左からの風の時は左前に。こうして漁師は苛酷な環境での作業に従事していたんですね。今はジッパータイプの上着を着れば問題はないんでしょうが。
ガキの頃は「前がしっかり閉まらないのが難点だなあ」などと思っていたのですが、こうした理由があることを知り、感心して愛用するに至った次第です。
というわけで、1/15(日)のキックオフイベントには愛用のグレーのダッフルコートを、着ていきません(笑)。だって赤黒のマフラーがあんまり似合わないんですもん。
2006年01月07日
結局行って来ました。トークショーは17時からの回しか聞けず、写真も上手く撮れていませんが(暗い。暗すぎる)。
シーズンチケットを購入(クレジットカードOKでした)して、本屋で時間をつぶして会場へ。開始5分前の様子。
司会はGUCCIさん。予定通り鈴木・石井両選手が参加。石井選手の黒いジャケット、イイですね。
トークはプライベートに関するものを中心に、20分程行われました。
以下、印象に残っている内容を列挙。
最後に個人的な目標を語っていました。以下意訳。
それにしてもスゴイ雪でした。昼は吹雪いていたので14時からの回は断念。夕方になっても降り止まず、雪まみれになって帰ってきました。ハイ、歩いていったもので(笑
山野井泰史のギャチュンカン登頂の6億分の1ぐらい大変な思いをした闘いの戦利品がこれら。
2006シーズンチケット。
アイヌの文様をモチーフに、一番下の水色の部分は"B"という文字を線対称にデザインしたもの。
リストバンド・黒。
石井選手のサイン。
#25での最後のサインになるかも。
あっ、エントリー投稿時に書き忘れましたが、銀座ライオンさんが割引券くれました。スポンサー万歳!これで「練習」できるぞ(w
2006年01月06日
堀井の甲府移籍が決まったみたいで。まだ老け込むには早すぎる、というか、たまたまチームと彼の進む道が分かれただけ。力はあると信じている。レベルの高いJ1で、とにかく頑張って欲しい。
また、千葉貴仁選手の加入が発表されました。「またDF?」という声が聞こえてきそうですが、ま、考えあってのことでしょう。GK、どうしますかね?
他チームの補強動向について。仙台、外国人枠3人が決まったみたいですね。元々日本人のレベルは高いだけに、はまると強そうだなぁ。はまらないんじゃないかと勝手に思ってますが。神戸は普通に強そうだ。日本を良く知っている監督だし。
また、こんな人が柏に戻ってくるみたいです。ホント、どうしちゃったんでしょう、この人。
さて、明日はこの時期にしては奇跡的に一日空いたので、トークショー見に行くつもりです。シーズンチケット販売会は…黒リストバンド欲しいが、クレジット払いでもイイんだろうか?サイン会の整理券は…、早くから並べるかなぁ。
2006年01月02日
『皇帝ペンギン』(2005年フランス/監督リュック・ジャケ/ 86分)
皇帝ペンギンの暮らしを、南極の美しくも厳しい自然の映像と共にドキュメンタリータッチに綴った作品。日本語吹き替え版もあるようですが、蠍座で掛かっていたのは字幕版。やはり愛を囁くにはフランス語が一番だなぁ、と(笑
ひょっとしたら外れているかもしれませんが、移動する生き物としての「皇帝ペンギン」を描くというのが監督の意図の一つだったのではないでしょうか。
ご存じの通り、皇帝ペンギンは冬の始まりに冬営地=子育ての場に集まり、パートナーを見つけ、産まれた卵をオスが暖める間にメスは餌を求めて海に潜り、孵化した後はメスがその餌で子供を育て、オスは弱った体を回復させることと子供のさらなる成長のために餌を求めに行く、というサイクルで子孫を増やします。ここまでは知っていたのですが、今回この映画では、一連の行動を「行進」という語で綴っています。
各々が冬営地に向かう「行進」。卵を産んだ後のメスが餌を求め、厚い氷に閉ざされた地帯を乗り越え、海に戻れる場所を目指す「行進」。子供がはじめて氷を踏みしめる「行進」。そして夫婦の別れと子供の独り立ちに向けた「行進」…。
ある種のペンギンは何千キロもの距離を移動するということを『渡り鳥』という別の映画で知ったのですが、皇帝ペンギンにおいても移動は生きることと不可分なものだったのです。
歩く姿がユーモラスと人気を集めるペンギンですが、この映画での歩く姿はまるで「求道者」のよう。陽炎の彼方を歩く彼らの姿は、まさに何かを求めて一心に歩く「求道者」のそれに思えてなりませんでした。
一方で忘れがちですが、彼らは「鳥」であり、他の鳥にとっての飛ぶことに相当するのが「泳ぐ」という行為。餌を求め、また独り立ちしてはじめて海に入った時の彼らの何と素早く、活き活きとして、そして優雅なことか。
自然の厳しさ、美しさを描いた、とても良い映画だったと思います。
余談その1。ブログ設立当初から「映画」というカテゴリーを設け、映画好きを装っていた私ですが、実は今回が蠍座デビューでした。何となく敷居が高い感じがしたので、今まで行くことができませんでした。実際行ってみると、エントランスが広く、喫茶スペースが十分にあり、映画の前に集中・予習するにはうってつけの環境。
狭いスペースに人がひしめくシアターキノでは、「見ず知らずの人だけど間違いなく映画好きの人々」と空間を共有できている実感を得ることができますが、それとは違う良さがあるなぁ、と感じた次第です。
余談その2。人間もアフリカ大陸を起源とする種であり、移動を繰り返すことでこの地球を覆い尽くす生息地域を持つ生き物になりました(とされています、現在最も有力な説では)。移動する先の無くなった人類が次にどこへ向かうのかはわかりませんが、少なくとも個人レベルでは移動に対するモチベーションが遺伝子レベルで根付いているように思います。そして他の動物と決定的に違うのは、人間は移動することで自らの知る世界を広げることができるという点です。どこか知らない世界へ行くことで、知らないことが見えてくる、そして気づかなかった自分も見えてくるのではないか…
つまり何がいいたいかというと、ハイ、旅がしたくなってきたのです。時間も金もないくせにw
2006年01月01日
明けましておめでとうございます。本年も本ブログをご愛顧の程、よろしくお願い致します。
【プレビュー】
さて、元日といえば天皇杯決勝。今年は浦和-清水という対戦になりました。準決勝を見てのプレビューを書いてから、映画を見に行きたいと思います。
対戦カードですが、普通にやればやはり力の差があるだろうな、という2チームの対戦となりました。今シーズンを闘う札幌にとってのヒントが落ちているかもしれません。
清水は、降格争いの最中、大胆な若手起用でチームを蘇らせてきたようです。その勢い、若さ故の恐れのなさがいい方に作用すれば勝機は見えると思います。課題はマルキーニョス不在で極端に落ちた決定力。準決勝でも「ここで決めていれば」という場面が何度あったか。
一方、浦和は守備意識の高い相手をどう崩すか。スペースを上手に消してくる清水に対して、選手個々の能力を発揮できる1対1の場面を如何に多く作るかが鍵となるのではないでしょうか。
個々の能力で優位に立つ浦和と組織で戦う清水。今シーズンを見る上で非常に参考になる試合になると思います。が、気掛かりはコンディショニング。中2日での試合、シーズンの最後ですから、これが足かせとなって凡戦にならないことを祈ります。
【レビュー】(1/1 21:10up)
結局地力に勝る浦和の勝利に終わりました。以下、やや清水寄りの視点からの雑感。
レベルは違うけれども、札幌も清水もチームとして同じような時期にさしかかっているという印象です。若手の積極的な起用・監督の考えの浸透度が増してきたこと・限りある戦力でのやりくり、「あとは点を取るだけ」という「最も困難な問題」…。
見習うべきは、若い枝村・ベテラン伊東の両ボランチをはじめ全員が浦和の選手より走って、個人の技量の差を埋めていたこと、つなぎのパスのシンプルさと正確さ、この二点だと思います。非常に参考になる、良いゲームでした。
2005年12月31日
やれやれ、やっと色々な雑事が終わりました。実家にも帰らず、「一人越冬隊」です。(ゴメン、来年の法事には必ず帰るよ、アウェイ観戦を兼ねて)
じゃ、今年を振り返ってみたいと思います。
まず、2004年の「大晦日の買い物」がコレ。打ち間違いではないですよ>2004年
去年から、「来る年に向けて大晦日に何か買い物をしよう」と思い立って始めてみました。去年の12月は、人生においてそうそう何度もやらないであろう大仕事を完成させ、ちょっとのんびりしたい、和みたいと思って買ったのがこの急須と湯飲みです。
「黄色は金運を呼ぶ」というDr.コパ並の胡散臭い発想で黄色を選んだ、というのもありますが、絵柄が気に入ったので。私は犬も好きですが、圧倒的にネコ派。和猫だろうが洋猫だろうが化け猫だろうが、何でも好きです。一年間、お世話になりました。
シーズンインにあたって、私には一つの確信みたいなものがありました。同じものを共有していた方も多いでしょう。
「去年よりはマシでしょ」
順位を見ると確かにその通りだったのですが、去年同様、来年に向けて様々な課題を感じさせるシーズンでした。いや去年以上に。
第1節は自分たちよりも格上の相手(甲府)に引き分け、しかも追いついての勝ち点1という、上々の滑り出しを見せたチームは、しかしホーム開幕のプレッシャーからか第2節は鳥栖にしてやられ、草津には勝利するものの、第4節、不調の仙台に0-3の敗戦…。
しかし「また今年もか」とは思いませんでした。確か友人達には「今年のはサッカーになっている」と語っていたはずです。シーズン後、柳下が4節の前半を今シーズンのベストゲームと言っているように、ベースはできている、あとは点を取り結果を出すだけだ、と感じていました。
しかし、第6節では退場者を出すものの引き分け、8節・福岡戦の中山の同点ゴールで盛り返すかと思われたものの徳島に同じことをやられて引き分け、山形戦では堀井が足を折られてチームもボロ負け。「結果さえでれば…」という言葉を呪文のように繰り返し続けた第1クールでした。
第2クールになると、あの厚別での水戸戦から面白いように勝ちを重ね、3位まで順位を上げることに。この頃私は周りによく言っていました、「ほら、去年よりマシでしょ?」と。柳下が「たまたま勝っているだけ。内容はよくない」と繰り返しても、「それでも勝ちを拾っているのも成長の一つだ」と。
この楽観的な見方は、第3・4クールの苦闘、そして最終的にノルマの5位すら確保できないという結果によってうち砕かれるわけですが、正直第3クールはほとんど試合を見られなかったので、語るべきものを持っていません。第4クールについては、冒頭の確信の半分が当たっていて、残り半分は外れていた、いや、「このような確信を持つべきではなかった」ことを思い知らされた、というのが率直な感想です。
結局、「去年よりマシ」というのは、一方でチームに対してさほど期待していなかったことの現れであって、そうして入ったシーズンが結果だけに関して言えばこのようになってしまったからといって、さかしらに不幸を嘆いてみせる資格は初めから私には無かった、ということだと思っています。また、このような発想は彼我の力関係を無視したものであって、リーグ全体のレベルが上がる来年にはもっと厳しい認識で臨む必要がある。
アウェイ側住人としてできることは、今まで以上に良いプレー・悪いプレーに対する反応をシビアに(もちろん野次るだけという意味ではなく)することかな、と。それと、スタジアムでのポジショニングについて、ちょっと見直してみようかなと。アウェイ側でも色々動いて、周りの雰囲気の違いなんかも感じてみようかなと。いつも上の方ばかり選んでましたから。
とにかく来年は去年と比較して自分を慰めている場合じゃ無いな、と思います。
一方で、チームにとっては様々な収穫があったのも事実です。上里は怪我で戦列を離れるまで間違いなくチームに欠かせない一員でした。単に肉体を元に戻すことは、今の医学のレベルでは比較的容易にできることかもしれませんが、ボール・試合に対する感覚といったものが果たして戻ってくれるか心配です。ともあれ来年に期待したい選手の一人です。
若い力。最終節に(やっと)ゴールを決めた石井、早くもトップデビューを果たした藤田、兄貴分になることを誓った鈴木。札幌の核になっていって欲しい。
不遇をかこったにもかかわらず結果を残した選手として、私は清野を挙げたいと思います。どことなく風貌が私の弟に似ているせいか、どうしても気になる選手です。一度どん底を見て這い上がってきた彼です。来年も貪欲にレギュラーポジションを、ゴールを狙って欲しい。
面白い存在としてあげたいのは加賀。磐田での「見げいこ」を経て、今年は肌で感じ取るものが多かったのではないでしょうか。シーズン終盤にはすっかり逞しくなっていたように感じます。「快足飛ばしてスライディング」だけでなく、プレーの幅を広げて欲しい。
特筆すべきは、このブログサービスをはじめとして新しい試みが続々となされつつあること。もちろんチームが魅力を持たなければ話にならないのですが、こうしたクラブ全体の取り組みにも今後注目したい。また、長年札幌を拠点に活動されていた永井謙一郎さんがエルゴラッソへ移られたり、さまざまな媒体で斉藤宏則さんの文章を多く目にするようになりました。こうした札幌にゆかりのある書き手の成長も、「チーム・クラブの力」を計る一つのバロメーターではないでしょうか。チームに魅力があればもっともっとたくさんの書き手が現れてくるはず。「あの人、今は全国区になったけど、昔は『札幌』を書いていたんだよ」なんて、他サポに言ってみたい。ライター版・大泉洋、出てこい。
チームが着実に成長しているのは事実。一方で、僻地であること・補強費などのハンデを背負って戦わなければならないのも事実。でも私たちは、ただただ、目の前で闘う選手をサポートし続ける、まずそれを第一に考えて、来年もスタジアムへ。
最後に個人的な目標ですが、周りの人を少しでもスタジアムに誘うこと。やはり客が入ってナンボ。今年は…誰も連れていけなかったんじゃないかなぁ。来年は少しでも多く、そのためにはフットサルとの日程調整が…。早速1/15のキックオフイベントに練習ぶつけてきやがって、仙サポめ(笑
え?行きますよ、ドーム。当たり前ですよ。ゴメン、チームの皆さん。
では皆さん、よいお年をお迎え下さい。よい年をつかみ取りましょう。
2005年12月30日

沢木耕太郎『凍』(新潮社 ISBN:410327512X)
『新潮』2005年8月号に「百の谷、雪の嶺」というタイトルで全文掲載された作品。登山家の山野井泰史・妙子夫妻がヒマラヤの高峰・ギャチュンカンに挑み、壮絶な体験の末に生還するまでを描いたノンフィクション。
この本が「2005年で二番目に感銘を受けた本」となったのは、「誰か・何かと共に歩むこと」の一つの理想型というものを教えてくれたからです(以下、ネタバレあり)。
…まぁ、ノンフィクションにネタバレも何もあったものではないのですが、山野井夫妻、ギャチュンカン登頂のエピソードをあらかじめ知っている人とそうでない人とでは読み方が違うと思うので。ちなみに私は知らないで読みました。
本書は、ギャチュンカン北壁への挑戦を語りつつ、登山家としての山野井泰史・妙子の半生を描くという構成になっています。二人とも日本を代表するクライマーでした。「でした」というのは、ギャチュンカンからの生還の際に二人とも凍傷で指を何本も失っているからです(妙子はギャチュンカン登頂以前にすでに両手両足20本のうち18本の指を第二関節から失っていましたが)。ただ、それでも彼らは、かつてのように登ることはできなくなったものの登山は続けており、その意味では今もなお現役のクライマーではあるのですが。
当初はギャチュンカンの北東壁を目指していたものの、現地で困難さを認識した山野井は、北東壁をあきらめ北壁を選択、ソロ(単独登頂)ではなく妙子と共に登ることになります。卓越したクライミング技術と状況判断能力を持つ山野井、屈強な肉体と精神力を兼ね備えた妙子。二人はお互いを理解し合い、助け合い、山に挑んでいきます。不調のため頂上を目前にアタックを断念する妙子と、彼女に「いい頂」を登らせてやりたかったという想いを抱えつつ登る山野井…。
こう書くと「夫婦愛」を描いた作品のように思われるかも知れません。しかし、そのような生やさしい感情が通用しない世界であることは、下山時に雪崩に襲われ滑落した妙子がロープで宙づりになった際のくだりが表してくれます。
お互いの体をロープでつないだ状態で雪崩の直撃を受け、妙子は50m下に滑落。山野井はロープを引き続けながらも妙子が死んでいる場合を想定し、ロープを少しでも長く残すため妙子の体のところまで降りていき、彼女の体に近いところでロープを切(り、妙子の死体を1000m下に落下させ)るシミュレーションを頭の中でやってのける。一方妙子は、宙づりの状態から何とか岩場にとりつき、声の届かないところにいる山野井に生きていることを伝えるために、冷静に体からロープを外す…。
そこにあるのは「麗しい夫婦愛」などではない。彼らは山に登り始めると基本的に「自分を守る」ことを最優先に考え、行動している。自分が動けなくなればパートナーをも死に追いやることになる、そのことを常に念頭に置いた上でお互いを信頼し、サポートし合っている。相手を想う気持ちと、まず自分が生き残ることを考える冷徹な判断と…。登山の世界では常識なのでしょうが、我々の生活にも通ずるものがあると思います。
「美しい、でもこれは難しいな」というのが、彼らの関係に対する率直な感想です。まぁ、彼ら自身がとんでもない精神力の持ち主ですから。指無くしても結構平然としていますからね。誰もが山野井夫妻のようにストイックにとはいきませんが、チームをサポートすること、誰かと共にありたいと願うこと…。その前に、まず、自分が自分の足で立つ、歩む。当たり前のように思えるけれど、忘れがちなことですね。あらためて気付かされました。
登山は登頂よりも下山にこそ危険が伴う、というのは知識としては持っていましたが、それを圧倒的な迫力で、しかし仰々しい表現は控えた筆致で伝えてくれる後半部分はかなり読み応えがありました。「登ることと降りることは表裏を為している」という登山の構図や「頂から降りることの難しさ」に対する描写が、かつて筆者が『敗れざるものたち』や『王の闇』で描いた世界を象徴している、というのは深読みしすぎでしょうか。前半の、登山のスタイルや用具などに関する細かい叙述が煩わしいと感じる人もいるかとは思いますが、このような細かい描写は彼の文章のスタイルなので我慢して読むしかありませんね。筆者久々の「人物に焦点を当てた」ノンフィクション長編、ごちそうさまでした。来年は「一瞬の夏の続き」に期待。(文中、敬称略)
山野井泰史さんのプロフィール・登頂歴などについてはこちら
http://www.evernew.co.jp/outdoor/yasushi/yasushi1.htm
山野井さんには『垂直の記憶』という著作があり、読み比べてみようと思って先日入手しました。さらに本レビュー作成中に偶然付けたテレビで、山野井さんが、1/14(土)からNHKで放送される「氷壁」(全6回/原作:井上靖)というドラマの技術指導をされていることを知りました。私はこういう「サイン」を大事にする質なので、これからも山野井さんについて色々調べてみたいと思っています。
2005年12月26日
木村元彦『オシムの言葉』(集英社 ISBN:4797671084)
サブタイトル「フィールドの向こうに人生が見える」。この言葉が、この本の、オシムという人の全てを言い表しているように思えます。
いうまでもなく、イビツァ(本名イヴァン)・オシムは、90年ワールドカップでユーゴスラビアを率い、チームをベスト8に導いた後、EURO92を控えた時期に始まった内戦を受け代表監督を辞任、海外のクラブを渡り歩いた後に、市原(現在千葉)の監督として来日。限られた戦力を最大限に活かすその指導法で、千葉をJリーグカップ優勝に導いた名将です。陳腐な表現ですが「名将」以外に思いつかない。「知将」はちょっと違う気がします。
この本は、「千葉でのチーム作り」と、「指導者としての祖国での経験・内戦により被った苦難」の二つのテーマに基づき書かれています。千葉というチームの戦術について語る資格はないし、実際に見ればいいだろう(再来年対戦する時に)、ということで、「なぜ千葉の選手はオシムを信じてあれだけ走ることができるのか」を知るために読んでみました。
「オシム語録」などという名称を与えられ、その独特な語り口が注目を集めるオシムですが、この本を読むと、単に奇をてらってのことではなく、全ての言葉に何らかの意味を、メッセージを込めて発していることに気付かされます。時にはマスコミを通じて選手にメッセージを送るためであったり、また時には浮き足立つ周囲に警告を発するためであったり、あるいはメディアの「幼稚さ」に対する叱責であったり、と。
こうしたメッセージを、それぞれの場面に適した形で発することができるようにするには、やはりその人の歩んできた人生がものをいうのだと思います。内面から出た言葉だからこそ、そこに込められた心も相手に伝わるのだ、と。
「叱る」と「怒る」の違いはそこに相手を思う気持ちがこもっているか否かだ、と常日頃思って行動しているのですが、オシムの言葉は「叱る」のお手本のようだと思いました。そして内面から出た言葉であるからこそ、真似のできないものだ、とも。まずは自分自身の内面を磨いて、それからですね。
その人間性をどこで身につけたのか。傍観者はやはり内戦に伴うつらい経験にルーツを求めたくなるのですが、オシムはそれについて次のような言葉で語っています。
「確かにそういう所から影響を受けたかも知れないが……。ただ、言葉にする時は影響は受けていないと言ったほうがいいだろう」
オシムは静かな口調で否定する。
「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」(p.129)
このくだりを読んで、彼の人間性をほんの少し垣間見ることができたように思います。
以下、レビューとは関係のない余談。2006年ワールドカップの抽選。セルビア・モンテネグロ(SCG)は「スペシャルポット」なるものに入れられ、アルゼンチンのグループに入った。これは「同じグループにヨーロッパは二か国までしか入らない」という原則を逆手に取った「いじめ」以外の何者でもない。SCGは他のヨーロッパ諸国より高い確率(2/3)でブラジル・アルゼンチンと同じ組になるようにしむけられただけ。いまもってヨーロッパの「鬼子」扱いである。政治とサッカーは別物、などと綺麗事を言うつもりはない。これが現実。
以下、またしても余談。発売日・読了日から随分日が経ち、すっかり乗り遅れた感のある本レビューにはやはりおまけが必要だろうということで、コレ↓
左がオシムのサインです。我がサッカー仲間であるところの「ジーコと握手したことのある、「コロンビアの英雄」の名をハンドルネームとする、千葉在住、でも増田と柳沢にダメ出しばかりする鹿サポ」な方に、わざわざ練習場まで行って入手していただいたものです。コレ↓がアップ。
で、問題です。右のサインは誰のものでしょうか?(コレ↓)
上記「うんたらかんたら」の方と身長体重が全く同じ(ヒントにならんなこりゃ)、「オシムの申し子」のものだそうです(私も分かりませんでした)。
2005年12月24日
が、どんな分野でも大事だな、と思いつつ見て(聞いて)いたフィギュア女子。
有力選手はみんな転ばなかった。
おかげで明日の準備が終わらず、「オードリー」が見られない_| ̄|○
さ、これから二時間、(すでにコンディショニングは失敗してめまいがしているので)集中力で。
2005年12月23日
今日は所属するフットサルチームの年内最後の練習でした。
途中ブランクの長さから足が止まってしまう事も若干あったのですが、最低1ゴールという目標はクリアできたし、なぜかビッグセーブも連発(ゴレイロは持ち回りでやっているので)したし、勝ちまくったし、海外組fromフィンランドの参加もあったし、チームメイト@仙サポは怪我するし、良いことづくめ(ん?何か一個おかしなのが混ざっているけど、ま、イイか)の「蹴り納め」でした。
で、今日は「なぜ勝ちまくることができたのか」を考えてみました。
良くあることですが、ウチの練習ではメンバーをランダムに組んで紅白戦をやります。で、今日はボクの入ったチームは常にメンバーがそろっていた、まあ、力関係だけを計れば勝ち続けても不思議ではないかな、という状況だったのです。
ところが、3チームでやっていたため、勝つとそのままコートに残り続けるという、体力的にはキツイ状況だったのです。にもかかわらず勝ちっ放しだったのには、二つ理由があるのではないか、と思いました。
①個人で局面を打開できる選手の存在
メンバーは読めば分かると思います、#11さんです、ハイ。
②切り替えの良さ
相手ボールになったら必ず前からディフェンスしていたことが大きかったのではないか、と。
先日、ビジャレアル-バルセロナのビデオを入手して見ました(解説:信藤)。序盤はホームのビジャレアルが押していたのですが、最終的に0-2でバルセロナの勝ち。
その時、ほぼ例外なくバルセロナの選手が行っていたのは、自分が有利な形でもったら必ず一対一を仕掛けることの他に、「相手ボールになった瞬間に必ず奪い返しに行くこと」でした。誰であっても、たとえシャア専用アシスホナウジーニョだろうが、江藤エトーだろうが。
以前、相手ボールになってもてくてく歩いていた砂川を名指しして「ああいう選手がいては勝てない」と柳下が言っていましたが、まさに今日はそれを(フットサルでは当然とはいえ)実感した次第。強いチームほどやることがシンプルだ。そして、徹底している。
オフも走れよ、オマエら、そしてオレ。
2005年12月20日
【やめておくはずだったのにしてしまったこと】
【想定外の事態】
【達成したこと】

【来年も引き続きやること】
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