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2006年02月04日
ベティスファンにして某J2クラブサポーターの人に「コンサドーレの社長がベティスのことを書いてまっせ」と教えてあげたら、「コンサドーレの社長さんにベティスに親近感もたれるのはちょっとジェラシー」との返信が来た。
どんなことにせよ、他のクラブのサポーターからうらやましがられるのは気分がいい。
このエントリのタイトルは、有名な「ビバベティス、たとえ敗れようとも」で、あの日本中がワールドカップに熱狂した(わけはないのだがマスコミ的にはそう言いたがる)2002年のファーストステージ最終節、わがコンサドーレ札幌が(当時J1残留を争っていた)東京ヴェルディ1969に逆転負けを食らった後に、そのベティスファンの方が、このフレーズの「ベティス」を「コンサドーレ」に変えたメッセージを、僕のところに送ってきた。
というかですね、一緒に見てたのよね、あの試合。そんで、僕があまりに落ち込んでいたもので(だって山瀬功治の担架だけでもショックだったのにロスタイムに追いつかれて最後は桜井にドカンと一発ですからね)、福住の駅に向かう途中で「元気出しなよ!(ドン!)」と背中を叩かれた記憶がある(絶対本人は覚えていない、間違いない)。
それで、その翌日だったか翌々日だったか、「ビバコンサドーレ、たとえ敗れようとも」が送られてきたのであります。
…うーん、まだ開幕してないのに「敗れようとも」なんて書いたら、みなさんに怒られそうだなあ。。。<いや、単に、ベティスつながりを書きたかっただけなんですが
2006年02月03日
ファンクラブのプレミアムメンバーにはお誕生プレゼントがありまして、毎年、最初に送られてくるファンクラブの案内に「あなたの誕生月にプレゼントあげるから誰のサインほしいか選手名を書いてね」という紙が同封されてくる。
これがまた難しい。希望選手のリクエスト期限はいつも2月半ばなのだが(今年はまだファンクラブの案内を手にしていないので不明<自宅にいないもので受け取れていないのだ)、僕の誕生日は2月なので、このリクエストに応じたバースデープレゼントが送られてくるのは翌年の2月になる。したがって、自分がプレゼントを受け取るときには、その選手はチームを去っている可能性もあるのだ。
もちろん、そういう場合も想定して、希望と異なる選手になることもあります云々の注意書きはあるのだが、移籍ならまだしも、新居や中尾のような形で自分の希望した選手がいなくなっているのは悲しい(考えすぎなんだろうけど)。
そんなこんなを考えて、というより、誰にしようかと考えるのが面倒で、去年はこのリクエスト用紙を出さなかったら、数日前、清野のサインと音声メッセージ入りバースデーカードが届いた。ボタンを押すと、○○さんお誕生日おめでとうございます、との清野の声が出てくる(再生は50回程度しかできないらしいのだが(笑))。
別に清野じゃイヤだってわけじゃないんですけど、声だったらコンサドールズのほうが嬉しいよなあ(^^;)。
そういえば、岡田が新人のとき、テレビの企画で「STV女子アナの声の入った目覚まし時計」をもらってましたねえ(ややマニアックなマメ知識)。あれ、今も使ってるんだろうか?(<どうでもいいけどさ(^^;))。
2006年02月02日
本日は大阪に出張。目的は北海道関係のイベントなので、朝の新千歳空港は知っている人があちこちにいて、「あ、どうも」と挨拶をすることになる。
この感じ、コンサドーレがアウェーで試合をするときに似ている。僕はもともと群れるのがあまり好きではないのでいわゆる観戦ツアーのようなものには参加したことがなく、ゆえにサポーターの人にたくさん知り合いがいるわけでもなく、ゆえにアウェーの試合前の新千歳空港で「どうもどうも」とやっている人たちの中には入っていけない(どころかときに鬱陶しく感じることすらある)のだが(<誤解を恐れずに、ではなく、誤解を恐れながら書いてます)、群れない程度に適度にサポーターの人が散らばっている状態はけっこう好きだ。
高校時代、文化祭になるといろんなヤツがバンドを組んだ(みんな音楽が好きだったから、というより、男子校だったから、だと思う)。ほとんど素人だから、演奏は、手元を見ながらだったり、妙に観客(同世代異性)にアピールしながらだったりする(<この感覚って、男子校のヒトじゃないとわかりにくいかもね)。そんな中、いちばんかっこよかったのは、観客に媚びることなく、手元を見ることもなく、お互いが目を合わせることもなく演奏を続けたバンドの連中だった。彼らを評するときにしばしば使われたのが「あいつらプロっぽいよな」という表現。
個人行動のサポーターの人が適度に空港の搭乗待合室に散らばっている、というのは、それに近いものがある。プロのサポーターなんていないんだから「プロっぽい」は適当ではないのだが、代わりの表現が見つからない。職人がそれぞれに自分の世界を作っている、とでも言ったらいいのか(相川と清野がたくさんいる、のではなく、曽田と中山がたくさんいる、みたいなものか<それはそれで怖いけど^^;)。
難しいのは、そういう人たち(自分を含む)って、群れるのはイヤなのに、誰かとコミュニケーションとりたいって欲求もどこかに持ってるのよね(笑)。僕自身、とくに全試合観戦を続けていた頃は、まったく知らないサポーターの方と空港で話をしたことが何度かあって(いかにもサポーターです、って格好はしてないんだけど、何かのワンポイントでサポーターを主張しているからお互いわかったりするのだ)、これがけっこう盛り上がるのさ。
どうでもいいことだけど、上に書いたプロっぽいバンドでベースをやってた男は、その後20年を経て、いまは全国ネットのテレビに出てます(バンドも音楽も全く関係ないところで)。
2006年02月01日
Jの契約関係は基本的に2月1日から1月末日まで、なので、それに倣って、このブログも今日からはちゃんと更新するように心がけたい。
で、唐突だが、これまでのわたくしの開幕戦参戦成績。
1998年@日本平 ●札幌1-4清水○
2000年@鳥栖 ○札幌4-0鳥栖●
2002年@広島BA ●札幌1-5広島○
2003年@ドーム ●札幌1-3横浜○
2004年@ドーム △札幌2-2甲府△
2005年@小瀬 △札幌2-2甲府△
6試合で1勝2分3敗。あの鳥栖スタジアムの衝撃(すごかったのよあの試合は)以来、個人的には勝ってないのね。いや、そもそも、コンサドーレとしても、開幕戦に勝ったのは2001年のJ1(セレッソ大阪戦@長居)が最後なんだよな。
鳥栖の4-0はホントにびっくりで、試合終了直後にスタジアムからあんなにあちこちに電話したのは自分の人生の中でもこのときしかない。エメルソンすげえぞ、今年はちゃんとチームになってるぞ、これなら2位以内なんて言わずに優勝できるぞ、相手が鳥栖だからじゃなくて本当にこのチームは強いよ、etc.
この前日には博多の森でJ1開幕戦があって、雨の中、川崎フロンターレがアビスパ福岡と戦った(もちろん僕はこれも見に行きました)。それで鳥栖には川崎サポーターもけっこう来ていたのだが、試合後、「○○と△△あげるからエメルソンをちょうだい」だの「これなら昇格間違いなしでしょう」だの、いろんなことを言われたものだった(ちなみにその○○選手は今もまだ川崎に所属している)。
石水氏が乗ったタクシーがスタジアムから出ようとしたとき、どこからか「イシミズ!イシミズ!」と手拍子が起きた、とか、どうして試合の中身よりもこういうことをいちいち覚えてるんだろうかね(笑)。
2002年の広島ビッグアーチは、逆の意味で衝撃的だった。あのときは、アストラムラインから中筋駅で広島空港行きバスに乗り換える頃には、すでに「降格?」が頭にちらついてしまっていた。
今年は期待値が高いだけに、どんなにすごい勝ち試合をしても、衝撃は受けないかもしれない。でも、惜敗だろうがなんだろうが、負けたならば、相当に落ち込んで帰ってくることになるんだろうなあ(そんな覚悟は今からは絶対にしないけど)。
2006年01月27日
現在、「日本ブログ大賞2006」が開催されています。これは、14部門の大賞を自薦・他薦の応募者の中から選ぶもので、読者投票による「読者賞」も設定されています。
で、当コンサドーレ札幌オフィシャルブログの人気コンテンツ「しまふく寮通信」が、「主婦ブロガー部門」に推薦されています(主婦ブロガーってのはちょっと違うような気もしますが、他に適当な部門がないのもまた確か)。
読者投票の締切は2月14日。投票するためにはメールアドレスの登録が必要で、ちょっと面倒ですが、愛読者のみなさま、ぜひ、投票を!
2006年01月27日
今季の日程が発表されたが、あらら、4~6月のバーゲン型航空運賃の時期は、ことごとくホームではないの。かろうじて4月18日の徳島だけが使えるが、さすがに火曜日のナイトゲームは厳しいっす。
会場が発表されている第31節まで、コンサドーレ札幌の試合に限っていえば、行ったことのないスタジアムは第4節(3月21日)の愛媛、第8節(4月8日)の神戸ウィングと、2つある。後者はなんとかなるとして、問題は前者だ。とにかく航空運賃の高い時期なので、ツアーを使うにしても、けっこうなお金がかかる。おまけに仕事的にはかなり多忙な時期だから、時間の捻出も難しい。今回はあきらめるしかなさそうだ。
第12節の西が丘は、なんか懐かしい香りだなあ。相手はFC東京ではなく東京ヴェルディ1969なんだけど、4月29日の西が丘って、Jリーグが2部制になった最初のシーズン(1999年)にも試合してるんだよなあ。最後の最後、ロスタイムに得たコーナーキックで、佐藤洋平が上がってきたのよ(この年は洋平が上がってくることがよくあったよね<点が入ったのは厚別の大分トリニータ戦だけだったけど)。行ってみたいけど、相手がヴェルディってのがちょっと魅力減かな(西が丘は、青赤軍団荒れ狂う、の世界だと思うのですよ、やっぱり)。
と言いながら、西が丘の最大の思い出は、まだ外国人選手がたくさんいた頃のLリーグで、大竹奈美選手に手を振ってもらったことだったりするのだが(笑)。
こんな話を書いているとキリがなくなりそうなので、今日のところはこの辺で。
2006年01月26日
最近、うちの近所の新聞販売店は、月刊コンサドーレを25日までに配達してくれない。こちらも別に25日を意識して生活しているわけではないからかまわないといえばかまわないのだが、とにかく、今月もまた、新聞と一緒に月刊コンサドーレが届けられたのは今朝だった。
今月号の表紙は新入団選手の集合写真。ページを開くと、柳下正明監督のインタビュー、曽田雄志選手のインタビュー、新入団選手のひとこと、と続いて、平川弘氏のコラムがありまして。今月の副題は「今季期待の鈴木と石井。しかし、昇格争いを演じる補強はまだ不十分。助っ人ストライカーの加入が待たれる」。ああそうか、この原稿の締切時点ではまだフッキは決まってなかったんだなと思いつつ、本文を読み始めてみたら、最初の一文は-
札幌の2006年J2開幕戦は、3月4日アウェイの鳥栖戦となった。
おいおい(^^;)。そりゃ、まあ、開幕戦が鳥栖であることはあちこちで公然と語られてはいるわけだが、「コンサドーレ札幌マンスリーオフィシャルマガジン」が、リーグの日程発表の前に書いちゃまずいでしょ。
まあ、どっちみち明日の夕方には公式発表があることだし、実質的な影響はほとんどないんだけど、でも、なあ。インターネットなんかまったく使わない人がいきなりこの平川さんのコラム読んだら、「あ、日程ってもう発表になってるんだ」と思って、HFCに問い合わせちゃっても全然不思議じゃないよ。Kappaさんが載せちゃったのは微笑ましいミスで済むけど、こっちはそうもいかんでしょ。
毎年、こうやって発表前に日程が漏れるわけで、果たしてJリーグとしてあえて情報管理することに意味があるんだろうか?と、これまた毎年思うわけでして。
スポンサーの都合とか、テレビの関係とか、いろいろあるんだろうけど、せめて第1クールだけでももっと早いうちに公式発表できないものなんだろうか?
2006年01月24日
昨日発売のエル・ゴラッソに、コンサドーレ札幌オフィシャルブログの記事、というか、HFC児玉社長のインタビューが載っているらしい。
といっても、札幌では見ることができないので、とりあえずエル・ゴラッソのサイトで最新号(2006年1月23日・24日)の内容を眺めてみると「●Jマネジメント・インタビュー 北のチームのIT戦略 児玉芳明社長(北海道フットボールクラブ)」とある。
サッカー専門新聞エルゴラッソ、の響きは、スカパー「Jリーグナイト!」でいつも聞いていて耳に残っているが、現物はほとんど見たことがない(と言いながら、いま現在の我が家には先週末に来た友人@首都圏在住の持ってきた先週の号があったりするのだが)。東京方面に行くと駅やコンビニで売られているのは見たことがあるし、ときには電車の中で読んでいる人も見かけるのだが、「首都圏でしか売ってない媒体なんてオレには関係ないもんね!」と、へんな意地を張って、あえて買わないようにしていた(<もっとオトナになりましょうよ(笑))。
それにしても、地元クラブの社長のインタビューを地元サポーターが見られないというのは妙な話だよなあ。いや、別に、誰が悪いとか、そういう問題じゃないんですけどね。
と、まるで文句を言っているようだが、オフィシャルブログの存在が道外媒体で大きく取り上げられたことは単純に嬉しい(エルゴラの中にコンサ身内的存在の方がいるからどうこうってのはまあともかくとして<だからもうちょっと素直になりましょうよ^^;)。
2006年01月21日

キックオフイベントで買い損ねた10周年記念グッズを購入。
Tシャツ以外は使うことはなさそうなのに、ついつい、ステッカーとか携帯ストラップなんてものにまで手を出してしまった…のだが、これでファンクラブのポイントが5000ポイント超になったので、その足で大通へ行き、「受注生産ですので」とお断りつきの掛時計を申し込み。受け取りは2月6日以降だそうで。
ついでに忘れかけていた来場ポイントパーフェクト賞のフォトアルバムをもらってきた。自分で選んだ写真が並んでいるはずなんだけど、何を選んだのかなんてすっかり忘れてるから、コンサドールズの隣のページに退場宣告された池内の写真があったりして、笑ってしまう。攻撃の選手の写真ばっかりで(相川と中山なんか2枚ずつある)、ゴールキーパーの写真が1枚もないのもびっくり。オレってこういう趣味なのかぁ、と、自分、再確認。

2006年01月20日
下の記事のコメントとして「スーパービッグドーレくんは今も売ってますか?」との質問をいただいたので、まずはその答えから。
売ってません。
というのも、これ、受注生産だったんですね(と、さらっと書いてしまうとあとで突っ込まれそうなので先に言っておくと、僕は受注生産だったことをすっかり忘れていて、先日某所でのスーパービッグドーレくん談義(笑)の中で思い出した次第)。
しかも、記憶曖昧なんだが、最初に売り出されたビッグドーレくん(身長90センチ)は一般販売もされたのに対し、スーパービッグドーレくん(身長120センチ)のほうは、ファンクラブ会員限定だったような気がする。その頃、僕は前の会社を辞めたばかりで収入ゼロで、買うべきかどうか、申込(代金支払)期限最終日の午後まで迷った記憶がある。
買う「べき」ってのもへんな話だが、どうしてもほしかった、というよりは、コンサドーレコレクションとしておさえておくべきなんじゃなかろうか?というのが購入の動機だった(もっといえば、我が家にガラクタ同然のモノが大量にあることを知っている友人から「買わなきゃダメだ」と強く言われたことが最大の動機だった、ような)。
価格は、2万円、でしたっけ?それでも他のJクラブが販売した同サイズのぬいぐるみに比べると安い、というのが、売り文句だったような(ホント、曖昧な記憶ばっかりだな)。
で、この間も話題になったんですが、これ、いくつ売れた(生産された)んですかね?
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