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2006年12月12日
Yahoo!でもGoogleでも、「黄川田」を検索すると、先に出てくるのは黄川田将也さん(俳優)ですが、こちらで紹介する黄川田さんは、もちろん、黄川田賢司です。将也さんの兄、というより、すごそうなんだけど野次も多くて、でも愛された黄川田賢司(そのテイストを受け継いでさらに濃縮したのが曽田雄志?)。 先日の(といってももう2ヶ月近くも前だけど)OB戦でも活躍してくれた黄川田賢司氏のブログが、スポーツナビ+で始まりました(念のため申し添えておくと、スポーツナビ+のシステムは、コンサブログと同じくうちの会社で提供してます)。 黄川田賢司の「ON THE FOOTBALL」 最初のエントリーに載っているのは(本文中にはどこにも説明がないのですが)、2000年のコンサドーレJ2優勝時の記念写真です。厚別での大宮アルディージャ戦、ホーム側のゴール裏で岡田武史監督の胴上げが懐かしく思い出されます。 肝心の黄川田選手は、写真中央、岡田監督の後ろ(大森健作の隣)で、チャンピオンフラッグ(?)を引っ張りながら下を向いてます。なぜそんなことがわかるかといえば、同じ写真、我が家にあります。これ、パネル時計です。J2優勝記念でこんなグッズも出たのですね。あれからはや6年。あのとき、浦和レッズはJ2で2位だったのになあ…(^^;)
2006年12月11日
2002年ワールドカップで日本が敗退したとき、岡田武史氏があちこちで言っていたことを思い出します。 いわく「ベスト16の相手がトルコで、勝ち上がれば次の相手はセネガル。自国開催で、しかもベスト4まで伝統国、強豪国と当たらない。こんなチャンスはもう二度と来ないかもしれないのに、こんな負け方をしてしまったことが残念でならない」。 今回の天皇杯、準々決勝のカードは、浦和レッズ(orアビスパ福岡)-ジュビロ磐田、鹿島アントラーズ-清水エスパルス、ガンバ大阪-横浜F・マリノス、そしてわれらがコンサドーレ札幌-ヴァンフォーレ甲府の4つです。 いかにも強そうな名前が並ぶ中、札幌-甲府だけは、明らかに異質です。どちらが準決勝に進出しても「おおっ!」「えっ?!」と思われること間違いなし。 一昨年、天皇杯準々決勝でジュビロと当たったときは、J2最下位のチームがどこまでやれるか?でしたが、今回は違います。一昨年のチームにはなかった、J1でも通用するストライカー(フッキ)がいます(怪我は大丈夫かな?)。 準決勝まで行けば、少なくとも賞金獲得(1千万円?)。 優勝すれば、アジアチャンピオンズリーグ(ACL)からFIFAクラブワールドカップに出られる可能性もある! J1で優勝してACL出場は、今のところ、まだまだ遠い夢でしかありませんが、天皇杯を制しての出場なら、あと3つ勝てばいいんです!! こんなチャンスは、次は、いつ来るかわかりません!!! フロント、スタッフ、選手、サポーター、スポンサー、みんなで一丸となって、目指せ、国立! とりあえず仙台への足は確保しました(^^)
2006年12月09日
本日は東京都内実家に宿泊です。 今日のMVPは芳賀!と書こうかと、試合中に見た風景を思い出しながら、そういえばよくしゃべってたなあと、あらためて気づいたのでした。 芳賀のどこがよかったかといえば、ピッチの中央で味方に指示を出し、危険な場所へと走らせていたことです。あんなことする選手、野々村以来なんじゃないかと思うほど。もちろん、前回のフクアリ(ジェフ戦)のときと同様、ピンチになれば必死にスライディングして、自ら体を張ってました。 後半終了直後、みんなが引き上げていく中、離れたところで一人しょんぼりしていた優也に近づき、声をかけたのも芳賀でした。 延長が始まるとき、曽田が優也の肩に手を回して声をかけていたのも、いつもはあまり見ることのない光景だったように思います。 前半は健太郎のパスやフリーランニングが他の選手たちの頭の中の絵とずれていたようで、健太郎のところでボールが失われるたびに、みんなが大きな声で健太郎に指示(叱咤?)。あんなにお互いが要求しあうコンサドーレ、本当に久しぶりに見ました。
2006年12月09日
PK戦の2人目に曽田が出てきたのが最大の衝撃でした(笑)。 そりゃ、優也があんなことしてなきゃ、相川があのバーに当てたのを決めてりゃ、90分で勝ってたんですけど、それもサッカー。これで負けてたら優也はもう立ち上がれないでしょ。試合運びがどうしたこうしたは、現場で歓喜の中にいれば、気にならないもんです。 PK戦の途中、場所が変わることになって一時的な中断のような雰囲気になり、場内が静かになったときにいち早く起きた札幌コール。リーグ戦の観客動員では新潟のほうがずっと上だけど、熱いサポーターの数なら札幌のほうがはるかに多いことがよくわかりました。 仙台行く飛行機、あいてないし高いから、急行はまなすの自由席でいいや。また民族大移動だぜ! ただいま京葉線電車内。これから祝勝会じゃ。
2006年12月09日
札幌駅よりJRに乗車中。ステラの温度計はマイナス2.5だったのに、線路脇の白い恋人はマイナス6。どうなってるんだ? 同じような格好した人がたくさんいます。こういう大規模一斉移動は久しぶりの体験です。かくいう自分もあちこちにいるKappaのトラックジャケットな人のわけで、ちょっと恥ずかしいかも(笑)。
2006年12月09日
無事起きられました、が、第一関門突破でございます(^^)。 寝たのは午前1時頃だったから、かなり心配だったんですが、ノープロブレム!でした。目が覚めても「もうちょっと」「まだ起きなくても大丈夫だ」「寒いし」などなど考えるふだんの自分からは考えられない、無駄なほどの早起き。 朝イチの飛行機で出張するときでもこんな早くは起きないし、たいていは朝メシも省略なんですが、今朝は鍋をかけてパスタ茹でました。ちょっとへんなテンションかもしれない(笑)。 マスコミはネガティブな話題ばかり出したがる昨今ですが、われわれはポジティブに行きましょう。 いざ、出発!(って、まだ早すぎるって^^;)。
2006年11月29日
SMR(スポーツ・マネジメント・レビュー)という、ちょっと値段の高い季刊誌がございまして、その最新号に「横浜FC 1999-2006 8年の軌跡。 たどりついたビジネスモデル。」なる記事が掲載されております(森雅史=文)。 うがった見方をすれば、奥寺社長の言い訳と読めなくもない記事ですが(いや、それはあまりに意地悪な読み方で、素直に読めば「なるほど」と思うことが多いのですが)、ここでは、記事の最後の部分をご紹介。 ---引用ここから--- キャプテンの城選手は入団した当初の、まだ公園の一角を借りて練習していた03年を思い出しながら、こう語った。 「最初にクラブに来た時は練習場もなくて悔しい思いもしました。でもクラブは頑張ってくれたと思います。これからは僕たち選手が頑張って、クラブにもっと頑張ってもらえるようプレッシャーをかけていきたいですね。最初の頃に比べると数段上だと思うけど、他のクラブを考えるとまだまだだと思っておかないといけませんから」 ---引用ここまで--- あまりに優等生なコメントだとは思うけれど(どうしても素直に読めないわたし^^;)、理想的な関係だと思います。クラブとチームとがいい意味での緊張感を保ちながら、発展していける関係。 こういうことの積み重ねが、いい結果につながるんでしょうね。
2006年11月28日
ここんとこしばらく、天皇杯の決勝戦は同じ場所で観戦してます。また今年も同じような場所を買ったので、いつもの方にも、きっとお会いすることでしょう(その前にフクアリかどこかでお会いしそうな気もしますが)。 という個人的な話はさておき、天皇杯といえば、前回は浦和レッズが優勝、その前が東京ヴェルディ1969、そしてその前はジュビロ磐田-優勝監督は、柳下正明氏でありました。当時の柳下氏は(報道によれば、ジュビロのフロントと揉めて)すでに磐田監督の退任は決まっていて、天皇杯のタイトルはいわば置き土産でありました。 退任が決まった身で天皇杯を制した柳下監督のコメント その決勝戦で撮った写真↓
2006年11月28日
今朝の北海道新聞に「三浦俊也・現大宮アルディージャ監督に、コンサドーレの次期監督を要請へ」の大きな見出しがありましたが、果たしてどうなんだろうか?と考えると、そもそもコンサドーレは何を目指しているのか?に行き着いてしまって、頭の中が堂々巡りになってしまいます。 この先、向かおうとしているのは-絶対にぶれない軸になることは-、柳下監督のアクションサッカーなのか?何がなんでもとにかくJ1昇格なのか?もっと言えば、何もしなければ補助金打ち切り等々で破綻は明らかな中で、クラブの経営をどうしていくのか?それがあって初めて、経営立て直しの手段として、アクションサッカーで観客を感動させて共感するスポンサーを集める、内容はともかく勝つことで観客を集めてスポンサー営業の武器にする、などなど、来季、どういうチームを作っていくのかがあるわけで、先日の試合のゴール裏に掲げられた「ビジョン」ってのは、だから、とっても重要なんですよね。 ビジョンなんだから、何が正解か?は誰もわからなくて、決めて提示してもらわないことにはどうにもならん。 と、愚痴を書くつもりではなく、新聞紙上で名前の上がった三浦氏、江尻篤彦氏(昨日のスポニチ)、手倉森浩氏(同)はどうなんだろう?って話です。 江尻さんといえば、1993年のドーハの悲劇のときの代表チームに都並の代役として選ばれた(が最後は三浦泰年や勝矢がサイドバックやったりしたんですよね、たしか)ぐらいしか印象がなくて、まあ、逆にいえば、それがあったから「え~じり おー え~じり えじりあつーひーこー」って歌でかろうじて記憶には残っているんですが、その程度の認識しかないです。 手倉森さんは、兄弟のどっちがどっちだかわかんなくなっちゃうことがあって、たぶん、僕の頭の中では、二人の実績がごちゃごちゃになってます。 三浦現大宮監督は…大宮を昇格させたといっても、大宮については、コーチをやって監督をやって、一度現場を離れて、戻ってまた監督をやって、ですからねえ。選手としての威光がない分、理論で引っ張るしかないという点では、若い選手の多いチームにはいいのかもしれないけれど、がっちり守ってバルデス&ジョルジーニョ、あるいはバレー&トゥット、最後に森田か若林を入れて放り込む、な~んて印象が強すぎて、そこそこは勝てるかもしれないけれど、柳下監督の遺産を継承できるかどうかは、うーん…という感じだなあ。 もう、ここまで来たら、実績のない新人監督のほうが、いいんじゃないかと思うんですがね。だからそれはクラブとしてのビジョンがないと合う合わないはなんともいいようがないのではありますが、柳下さんで3年やってきて結果は出なかった、この先には財政危機も待っているなら、まっさらな手倉森さんあたりのほうが、チームカラーに合うような気がするんです(実績も知名度もまったくないから、僕が現場の営業担当だったら「勘弁してくれ」と思うだろうけど)。 岡田さんの後任者の場合は、新人監督といっても、知名度バリバリにありましたから、あのお方と手倉森氏とは、比較にはならんですね。 現場経験のあるGMがいるわけではないコンサドーレの場合、ある程度の実績のある人がトップにいないと他チームからの人材獲得が難しいといった問題も出てきますが(横浜FCは奥寺さんが社長やってたことが大きいと思うのです<この話はまたいずれ、機会があれば)、もう、そういうこともスパッとあきらめて、やり直すってことで、どうすか? なんか同じような話を2003年のオフにもしていたような気がするんですが…いや、過去のことは過去のこととして(忘れていいってことじゃないですよ!)、直面している現実から目を逸らさずに、厳しいことは厳しいこととしてちゃんと受け止めなきゃいけない。こんな状態になってもまだサポーターやってる人たちは、そのぐらいの覚悟は、できてると思うんですが、コンサドーレの場合は、成り立ちのときに地域や経済界を巻き込んでいて、(形だけかもしれないけど)ステークホルダーが多いから、そう簡単にはいかないのかな… そんなことばっかり言ってないで、まずは最終節の札幌ドームに来てくれそうな人に声かけぢゃ!
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