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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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2008年08月24日
今期最悪、というかこの数年見てきたなかでも、きわめて悪い試合。 前半10分こそ、期待させる動きだったけれど、その後、相手に徐々にペースを握られ、前半の半ばから一方的に攻められる試合展開。前半の展開はあえて我慢を重ねる作戦かと、後半に期待を寄せたけれど、まったく変化無し。 全般的に、中盤にプレスがかからずに、相手がいいようにパスを回す。奪ってもミスや相手のプレスで奪われて簡単に相手ボールになる。たまたま前線にけり込んでも、アンデルソンがまったく頼りなく、ボールが収まらない。 プレスに行くと、簡単にかわされて回されるので、プレスに行くか、行かないか迷い、中途半端な位置取りに。そしてよけいにパスを回される。シュートも打てず、頼みのセットプレイに持ち込めず。相手にいいようにされる時間が続く。 前の京都戦の終了間際の失点から気持ちが、切れてしまったのか。そうであっても、この1週間でモチベーションの回復を果たせなかった指揮官に、はじめて疑問符を抱きました。 この流れがズルズルと続くと間違いなく最下位での降格だし、こうなったら万が一の可能性にかける意味で、指揮官交代もやむなしか、と始めて思いました。 次節、強敵のガンバ戦。ホームで覇気のない試合となったら、真剣にこのことを考えましょう。
2008年08月20日
オリンピックは、男子のサッカーは、ナイジェリアとアルゼンチンの決勝でしょう。アルゼンチンは、ロナウジーニョのブラジルを3-0で下したんですよね。 で一方、日本女子は銅メダルがかかった3位決定戦ですね。サッカーでは今から40年も昔のメキシコオリンピックのときの銅メダルが金文字塔のように言われていますけど、女子が銅をとると、それ以来の快挙になりますね。 それはそれはそれで非常にうれしく、ぜひがんばってもらいたいんですが、そうなると、スポーツマスコミから、またまた男子日本代表が、メキシコオリンピックと比べられたり、ナデシコと比べられたりして、ますます蔑まれそうで、そこだけちょっと憂鬱。そうなると、フル代表にも影響して、ひいては男子サッカー界全体が低くみられてしまうような。 でもね。決勝まで行ったナイジェリアと1-2の僅差で破れたことは、40年前のオリンピックで銅メダルを取ることよりも、実は偉業なのかもしれないよ、という話を前のエントリーでしましたけど、ナイジェリアが2度目の優勝金メダルに輝いたら、そのあたりの話をしてみたい。 今、手元には日本サッカー史/日本代表の90年と言う本がありますので。 それにしても、決勝、一般放送でやってくれないかな。たとえ日本選手が金メダルを取ろうとも女子レスリングとか、トランポリンよりも(失礼)、こっちの方が見たいというのは、やっぱ非国民?
2008年08月17日
サッカーのダイレクトプレイというのは、ワンタッチでのボールコントロールのことではなく、ゴールにダイレクトに直結するプレイのことだといいます。ボールを持ったら、相手を引き出す、揺さぶる、焦らせる・・・というような回り道を極力排除して、ゴールに一番近づくプレイを選択するのです。となると、三浦札幌のサッカーの特徴は、超ダイレクトサッカーなんだと今更ながらに思いました。 おそくら三浦監督としても、ダイレクトサッカーに磨きをかけることで、J1残留はかろうとしたのだと思います。中断明けに長身のアンデルソンが入ったことと、中山が左サイドに起用されたことによって、前線でのポストが増え、一層、ダイレクトサッカーが明確になりました。 中断開けから、故障や累積警告でなかなかベストメンバーがそろわなかったんですが、今日の京都戦に久しぶりにベストメンバーがそろい、前半は、監督が思い描いたように、平均身長が180センチを大きく超える札幌のダイレクトサッカーが猛威をふるい、相手を圧倒しました。 さて札幌のダイレクトサッカーは、いわゆるカウンターサッカーとは異なるものです。カウンターサッカーは、あえてラインを下げ、相手を引き出してゴールとの間に巨大なスペースを作って、それを攻撃に利用するものですが、札幌のダイレクトサッカーはラインを高くするために、相手の背後にスペースが生まれません。札幌のダヴィの1点目は、きれいなカウンターの形になりましたが、これはたまたまです。 札幌は先制した時点で、ラインを下げてゴール前に選手を並べて、高さで跳ね返し続ける、という正真正銘のどん引きカウンターサッカーも出来たはずですし、結果を求めるならばそうすべきだったと思いますが、監督はやはり美学があるんでしょう、カウンターサッカーを選ばず、ラインを上げるダイレクトサッカーを続けたのでした。 ダイレクトサッカーの欠点の一つは、ラインを高くするために、デフェンスラインの裏を取られやすいということです。後半開始早々、この欠点を突かれて、同点とされてしまいました。今の札幌の問題は、ダイレクトサッカーに特化したため、これ以外の選択肢がないという硬直性でしょう。 さて、ダイレクトサッカーのもう一つの欠点は、攻撃がゴールへの最短経路ということですから、相手に読まれやすい、と言うことがあります。これを回避するために、札幌は、高さという読んでも防ぎきれないファクターに磨きをかけたんでしょうが、クロスの質に難があるために、高さでゴールを確実に陥れるところまでいたっていません。 前半から札幌の高さに圧されていた京都は、同点になったことで、あからさまに引き分けねらい入りました。相手が守りに入られると、札幌の攻撃は単調ですから、攻めあぐねます。 どうしても勝ちたい札幌は時間とともに焦りが高まり、変化を付けようと、高さのあるアンデルソン、中山を下げ、石井、砂川を入れることで、自らダイレクトサッカーを崩していきました。 アンデルソン、ダヴィ、中山の平均身長185センチのポストトリオが崩れたことによって京都は元気づき、終盤は撃ち合いの様相を呈しました。そして、京都の「勝ちたい」という気持ちと、パス、トラップ、ランの基本技術のクオリティが札幌を上回ってしまったのです。 今の札幌のサッカーは、J1J2を通じて他にない独自のサッカーで、それはそれで完成に近づきつつあると思います。しかしながら、これをそのまま伸ばすのか、それとも欠点を補うサブシステムを持たせるのか、という微妙なところの隙を突かれた一戦だったと思います。 いずれにしろ、昨日書いたように最後の結果はどうあれ、今必要なことは、自分たちのサッカーを強く信じることではないでしょうか。
2008年08月16日
明日の京都戦に備えて、今日、見に行けなかった大宮戦を見たんですが、印象としては以前に書いた >自分たちのサッカー、つまりは三浦さんのサッカーですが、 >これを90分通して表現できればみっともない負けはないでしょう。 >5試合やって、1試合勝ち、2試合引き分け、2試合負け、 >というようなレベルでしょう。 という印象を変えるものではありませんでした。 大宮戦は、勝っても、負けても、引き分けてもおかしくない試合で、たまたま負けたんですが、そうした試合が出来ていれば、札幌としては平常値だし、ダメ出しする必要は全くないと思います。 5試合やって、1試合勝ち、2試合引き分け、2試合負け が札幌のデフォルトだとすると、残りは14試合なので、最終的には27 前後なんです。札幌の持っている現有の戦力値からすると、だいたいこれぐらいなんですね。 これに個々の頑張りだとか、成長だとか、怪我人の復帰だとかの伸びシロが加わって、マックス33とか35。マックスを出して、つまり最善を尽くして、降格であれば、それはしょうがないじゃないですか。 もともとのチーム力が100のチームは、監督力や、選手のメンタル、成長なんかで、ひっぱってもせいぜい120とか130でしょう。そんなチームに200になれ、300になれと望んでもしょうがないですし、200になれないのは監督せいだ、というの言いがかりみたいなものです。 100のチームを200や300にするには、監督レベルではどうしようもなく、10億の強化費を20億、20億にするとか、強大なスポンサーを獲得するとか、ワールドクラスの助っ人3人連れてくるとか、なにか根本的なところにミラクルがないとなりません。 ところが、やっぱりサッカーはメンタルスポーツですから、普通に戦っていけば勝ち点30内外になるのに、ちょっと負けが先行すると自信を失ったり、下から追い上げられると立場を見失ったりする。100のチーム力を倍にするには大変な努力が必要ですが、半分の50には簡単になることが出来る、というのがサッカーです。 そして次の 明日の京都戦ですが、負けると3連敗です。どっちみち今の実力ではめぐりによっては3連敗ぐらいは普通にあるんだけど、ホームでの3連敗、最下位というのは、普通のこととして受け止められるにはすこし刺激的なので、目先の結果しか見えないマスコミのネガティブキャンペーンを防ぐ意味からも、明日は勝っておきたいですね。スポーツマスコミは、オリンピックモードで、平常心を失っているので、負けると鬼の首を取ったように書き立てると思うよ。 アウェイの新潟戦は完全に熱さにやられたようですし、テレビを見る限り大宮戦も、勝ってもおかしくない試合だったので、チーム状況は別に下がっているわけではないので、ここを耐えれば、9月になり、アウェイの気温も下がってくると、怪我人も復帰し、もうすこし状況がよくなるようにも思うんですよね。
2008年08月14日
これが今日、書こうと思っていたホンチャンです。あえての極論ですが。 日本のサッカーは世界との差を必ず縮めないとならないのか。ということをあえて提起したい。 今日のオランダ戦。良い試合していたと思いますよ。ところが、試合後の監督インタビューにこんな質問が、 >欧州のチームなどとはまだ大きな差があると思う。どうやってその差を埋めるのか?http://sportsnavi.yahoo.co.jp/special/beijing/soccer/japan/text/kaiken/200808130015-spnavi.html どうしてこんな質問を、他でもない監督にするんだろうか。 日本人と欧米人のフィジカルの格差が元々あるところに、欧米には日本とは比較にならないど、サッカーについての歴史と文化の広がり、積み重ねがありますよね。その中で動くマネーやマンパワーも日本とは桁違いだし、日々行われている競争も桁違い。こうした圧倒的なサッカー文化の蓄積の中で、日本が進歩する以上に、欧米はもっと進歩する。 日本がオランダなどのトップカントリーに追いつくには、まずアジア全域のレベルがヨーロッパ水準になり、常に国際間で、激しい競争が行われること。そして国内では、サッカーがダントツの人気スポーツとして君臨し、運動神経のすぐれた子どものほとんどが無条件にサッカーを目指すこと。 スポーツジャーナリズムは、お祭り騒ぎやムードに流されずに、サッカーの本質を正しく伝え、観客の観戦眼のレベルは高く、良いプレイ悪いプレイに的確な反応を示すこと。芝のグランドが普通にあるような、どんな小さなまちにもクラブチームがあるような、サッカー的な文化がひろく社会に浸透していること。すくなくとも北京五輪では、日本とは関わりなくとも、ブラジル、アルゼンチンの試合が、一般放送で放映されていること。 イタリヤでは、ワールドカップ期間中は重要な会議をしないことを国会が議決したけど、イタリア、ブラジル、スペインといったトップカントリーは、国全体の中に占めるサッカーの地位が極めて高い。このような社会的な諸条件、社会的な認知が整って、始めてトップカントリーを目指せるんだと思う。 では、日本がそんな状態かというと、まったくそうではないでしょ。サッカーについていば、日本はニワカでしょ。少しのことをやったぐらいで、簡単にトップカントリーに追いつけるほど、サッカーは浅くないと思う。 もちろん、チーム力の向上、国のレベルアップを目指すことは当然のこと。出た大会で少しでも上の順位を目指すのは当たり前の話。 それでも日本のサッカーは、スコットランドとか、オーストリーとか、おそらくヨーロッパの中小国レベルにはあるから、それで十分なんじゃないのかな。たまにアトランタのような、番狂わせを起こせば、十分。すべてのスポーツが世界レベルを目指す必要もないし、レベルに達していないから価値がないと言うことでもないと思う。こういう考えってダメなのかな。 おそらくサッカー文化の根付いたスコットランドや、オーストリーでは監督のさじ加減でトップカントリーに追いつけるほど、サッカーは底の浅いスポーツではないことを知り尽くしているので、記者が監督に「欧州のトップレベルのチームとの差を、どのように埋めるのか」という馬鹿な質問はしないと思う。 もっとも問題は「世界とは何か」ということなんだけど。世界のトップスリーの常連になっていなければ「世界と差がある」という認識は改めるべきだと思う。世界の30番目でも、40番目でも、ノーマルにサッカーが楽しまれていれば、そこに「世界との差はない」と思う。 ところで、私が「日本のサッカーは世界に追いつかないといけないのか」という命題にこだわるのは、これが秋春制への移行に、どうも結びついているようだから。 サッカー協会のお偉方が、何が何でもトップカントリーに追いつかないとならないと強い強迫観念を持っているならば、秋春制への移行は避けて通れないものなのかもしれないけど、シーズンだけを動かしたからと言って、日本がキャッチアップできるほどサッカーは浅いものではない、と思う。 むしろ、はっきりとトップカントリーへのキャッチアップをあきらめて、独自の道を進んだ方が、逆に近道になるように思うんだけど、どうだろう。
2008年08月13日
これは一つ前のエントリーのオオドサさんへコメントなんですけど、上げてしまいました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー オオドサさん 貴重な裏話、ありがとうございました。 なるほどね。ところで、マラソンの野口みずき選手が、肉離れで欠場を決めたじゃないですか。 トップアスリートの人が、ああしたフィジカルのトラブルで、大会を欠場することはすごく普通のことですよね。サッカーを長年、見ているからか、普通に思えるんですよね。 むしろ一流であればあるほど、周囲の雑音に惑わされず、勇気を持って退くというところで、僕も残念とは思いましたけど、さすがにトップアスリートらしい決断だなと思いましたけど、マスコミはそうじゃないらしいですね。 例えば、今日のYahoo!スポーツだけど、「野口が所属するシスメックス女子陸上競技部の藤田信之監督(67)には今後、“大舞台を前に野口を壊した男”のレッテルがつきまとう。」とあります。 http://beijing.yahoo.co.jp/news/detail/20080813-00000009-ykf-spo “壊した男”のレッテルがつきまとう。こういう客観を装った書き方がすごく嫌だな。レッテル張っているのは、記者さん本人なのに。 私は思うけど、大舞台のプレッシャーから選手を守った監督の勇気ある決断として、「大舞台を前に野口を守った男」として賞賛されるべき行為だと思うんですけどね。 この国のスポーツジャーナリズムが、藤田監督の勇気ある決断を賞賛する日は、いつ来るんでしょうか。
2008年08月13日
ついさっきまで職場のテレビは、サッカー女子日本代表の試合を放映していました。強豪相手の記録的な大勝ということで、テレビを囲んだ同僚たちからも盛んに歓声が沸いていました。そんな声を背中で聞いていた私は、「お前たち、いつからそんなにサッカーが好きになったんだよ」というあまのじゃくな気持ちになったのですね。 思わぬ失点を取り返そうとバランスを崩して点とりにいった結果、次々とカウンターを受けてしまうという、サッカーでは良くある展開で、5対1という点差ほど、日本の力が相手を上回ったわけではありません。実際に、リーグの順位表を見ると、大勝したわりには3位で、男子ならば予選敗退です。 でも、なぁ、これからナデシコ、ナデシコ、と世界最強チームのようにマスコミは持ち上げまくるんだろうな。 一方でナイジェリアに敗れて予選敗退となった男子チーム。これは昨日のサンスポの記事だけど 『東京・文京区の日本サッカー協会には、五輪男子日本代表(反町ジャパン)の1次リーグ敗退から一夜明けて数件の苦情電話が寄せられた。広報担当は「電話の数は初戦の米国戦(敗戦後)よりも少なく、内容も過激なものはなかった」。日本サッカー界にとっては無念の結末も、ファンの関心は意外に低かった?』 ファンの関心が低いのではなくて、試合内容が充実していたから「電話の数は初戦よりも少なく、内容も過激なものはなかった」という当たり前の視線はないの。 それにしてもここの新聞7日には「68年メキシコ大会銅以来40年ぶりの五輪メダル獲得を狙う男子サッカー日本代表」と書いているけれど、アマチュアしか出場が認めれていなかった昔のオリンピックでメダルを取るよりも、昨日のナイジェリアから勝ち星を取る方が難しいかもしれないよ。 スポーツ観戦は好きなんだけど、オリンピックになると、毎度毎度、特有の現実歪曲空間が出現するんですよね。そして4年に1回だけのニワカ柔道ファン、ニワカ水泳ファン、ニワカ体操ファン・・・ニワカサッカーファンが大量に出現して、それで、ちょっと引いてしまうというのか、なんだかなというのか。
2008年08月03日
Jリーグを秋春制にシーズンを変えることが話題になっています。ここはコンサドーレ札幌のブログですから、このことで議論するまでもないと思って、コメントは抑えていました。 ところが、ここではない某所のブログをたまたま見ていて、北国の立場からはあんまりな意見があったので、コメントをしたのですね。頑張って書いたので、もったいないからここに私のコメントだけ、加筆の上、再録しました。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ご返答ありがとうございます。 せっかくですから、北国に住むものとして再度言わせていただきましょう。 まずは人工芝ですが、怪我しやすし、特に滑ったときの摩擦で火傷をしやすい、という欠点があり、未だに克服されていません。芝は生き物ですから、すり減っても、自然に再生しますが、無生物である人工芝は自然に再生はしません。 さて○○さんの主張は、「雪国は人工芝を使えばいい」ということかと思いますが、日々の練習環境が人工芝しかないようなクラブに、将来有望な選手が入団してくれるでしょうか。ここでも、雪国は決定的なハンディを背負ってしまうのですね。 さらに札幌の場合は1月、2月には一晩に数十センチの雪が降ることも稀じゃないですね。そうした雪を水で溶かそうと思えば、溶かした後のピッチは、水浸しでまともな状態ではないでしょうね。またこれだけの面積の除雪には莫大な熱量が必要とされます。ごくわずかな降雪のあるところでは有効なのでしょうが、ヨーロッパでも、積雪寒冷地では春秋制である、ということを忘れてはなりません。 「強くするなら金を惜しまずに投資するのは当たり前」おっしゃいますが、雪の克服は、強くするための投資ではないんですよ。スタートラインに並ぶための投資なんです。雪のないところのチームが、次のゲームに備えて、練習でフォーメーションのチェックをする、というのは何でもないことでしょう。 でも、雪国では、たかだかかこのために、何十億、数百億の投資が必要だったりするのですね。サッカークラブの経営努力で跳ね除けられるほど、自然は甘いものではありません。 そしてその上に、ようやく「強くするための投資」があるんです。そこまでしてサッカーに金を出すところが、雪国にありますか?。つまり、秋春制というのは、事実上、サッカーのトップヒエラルキーから、日本の総人口の20%、約2800万人が暮らす積雪寒冷地を排除することなんです。 どうも秋春制の支持者の方は、今現存する雪国クラブ(札幌、山形、仙台など)だけが、何とかなれば良い、というような視野の狭いお考えのようですね。 Jクラブというのは、日本のサッカーヒエラルキーの頂点で、Jクラブの下には何百、何千というサッカークラブがあるんです。たまたたま頂点の恵まれたクラブだけが、奇跡的に雪を克服する投資を受けられたとしても、その下にある多くのクラブ・チームは、雪の中に閉じこめられたままなのです。 社会福祉ではノーマライゼーションという考え方があります。ハンディを持つ人と持たない人が、お互いが特別に区別されることなく、社会生活を共にするのが正常なことであり、本来の望ましい姿であるとする考え方です。そして世界の社会福祉は、少しづつこの方向に向かっています。 サッカーにおいて、雪というのは著しいハンディです。Jリーグが、雪国のことを考慮して、春秋制を導入しているのは、スポーツのノーマライゼーションという観点から見て、先進的であると思います。ノーマライゼーションが、社会福祉を超え、スポーツの分野に広がるのならば、サッカーはむしろ春秋制に進んでいくこの方が進歩だと思います。 FIFAの世界統一カレンダーが春秋制を念頭に置いているというのに、100年構想というすばらしい理念を掲げた日本サッカー協会はなぜにスポーツのノーマライゼーションから後退する道を選ぶのでしょうか。 日本サッカー協会が、本当になすべきは春秋制による世界統一カレンダーの推進ではないのですか。
2008年07月27日
J1というステージの中では、勝ち負けは別にして、やりたいサッカーをまがりなりにも表現できているチームは残り、やりたいサッカーを見失ったチームが落とされるように思います。そうした意味では、勝てなかったものの、札幌のサッカーは表現できていました。 中断初戦のガンバ戦を除き、無様な試合が無くなったのは、90分を通して、自分たちのサッカーを表現できるようになったからだと思います。もっとも、表現しているサッカーの善し悪しは、また別な問題ですが。 札幌が自分たちのサッカーを表現する一方、相手も、自分たちのサッカーを90分通して表現していました。おそらく、新潟のゲームプランは、先取点を取っての逃げ切りというものだったはず。そしてその目論見どうり、ホイッスルと同時に攻め込み1点を奪う。結果的に見ると、これが新潟の勝利を産みました。 これに対して、札幌のプランとしては、高さを活かしつつ、前半はゼロで抑えて後半の勝負どころで加点し、勝ち点ゲットいうものだったはず。そしてこちらも目論見どうり、セットプレイからのダヴィの押し込みで同点。 しかし、そのあとにすぐに相手のセットプレイからの跳ね返りを押し込まれて突き放される。この時の跳ね返りが、絶好の位置に跳ね返るところに、相手のホーム力があるのでしょう。厚別に聖地厚別の“厚別力”があるように、新潟にもホーム力があり、そのホーム力に負けたという試合でした。 自分たちのサッカー、つまりは三浦さんのサッカーですが、これを90分通して表現できればみっともない負けはないでしょう。5試合やって、1試合勝ち、3試合引き分け、2試合負け、というようなレベルでしょう。 しかし、これでは降格してしまいます。残留するには、自分たちのサッカーを表現すだけではなく、その上でさらに、相手の“表現を奪う”ことが求められると思います。単にボールを奪うとか、ポゼッションするとか、というのではなく、うまく言えないんですけど、相手の表現を奪う・・・。 とにかく、そのためには、まずはアンデルソンが機能すること、中山が今のポジションになれること(それを期待して、今日も中山とダヴィの2トップという選択肢があったのに、我慢して監督はサイドに使い続けています。)、そして藤田、西の覚醒ではないでしょうか。そんな気がしました。 一方、新潟。鈴木監督であることもそうだけど、やはりベースは、シンプルダイレクトなJ2サッカー。今のJは、Jオリジナル組のパス&ポゼッションサッカーと、J2昇格組のシンプル&ダイレクトサッカーが、拮抗して覇を争っているという感じがします。
2008年07月24日
◎審判のレベル J1とJ2で選手のレベルは、J2にいたときに思っていた以上に差がありましたが、残念ながら審判のレベルはあまり差を感じません。 大分戦は、謹慎が開けてJ1の主審が許されたばかりのかの家本審判でした。 後半にダヴィの突破を大分のキーパーが止めたとき、いつもの家本ならば、間違いなくレッドカードを示したはずでしたが、たぶん「まてよ、ここでまたレッド出したら、J1の審判からまたはずされるかもしれないぞ」と思ったんでしょうね。イエローになってしまいました。 相手は絶好調の大分でしたが、それでもシュート数は札幌が上回り、家本が謹慎明けでさえなかったら勝っていた試合だったのに、と思うと、巡り合わせの運・不運を感じます。 ◎厚別不敗神話 一昨年から15試合でしたか、厚別での不敗神話が続いているようです。神戸戦の前半は、涼しい北海道でのびのびとしている相手に対して、いかにも疲れた重い足取りの札幌で、中断期以前の悪い状態の再現でした。これはひどい、3、4点取られるぞと思ったんですが、11人対9人になったことで、逆に集中して1点を守りきりました。千葉戦、大分戦を無失点で抑え、自信が回復してきた札幌の守備陣は、これで完全に自信を取り戻したでしょう。後半、人数を減らしてから逆に札幌が圧していました。退場者が出たことで、逆に勝ち点を拾った試合です。 やはり厚別には特別な力が働いていて、この試合でも“厚別力”を感じました。
◎高木から佐藤へ 神戸戦で、GKが高木から佐藤へ交代になりましたが、前半に相手と接触して腰を打ったんでしょうか、痛さからか高木の動きが精彩を欠き、フィードも不安定で、一本だけスーパーセーブがありましたが、あとはハラハラしていました。交代となった不用意な飛び出しも、前半の接触の影響があったと思います。高木はJ1に上がってから昨年よりもすこし萎縮しているような面も見られたので、佐藤への守護神交代も近いかもしれません。 ◎待たれるアンデルソンの復帰 この2試合でクライトンがFWで西がボランチでしたが、西は器用貧乏という感じで、どのポジションでもある程度はできるけど、決定的なものがないという感じです。やはりクライントンが下がってゲームを組み立てないと、攻撃力は半減するようです。やはりアンデルソンへの期待が高まりますが、たいした活躍もしていないのに、加入早々、怪我でリタイヤというのはダメ外人の典型例なので、今後のことが心配されます。守備は復調してきたので、攻撃の復調、とりわけアンデルソンの活躍が残留の分け目になると思っていますから。 長文失礼しました。
2008年07月24日
大分と神戸の試合を通して思ったこと(長いので上下に分けました) 観戦記を書きそびれてしまったので、2試合通しての印象など。 ◎ディフェンスが安定しました 中断期間中に、ディフェンスを立て直すと言っていた監督。結局、箕輪を獲得してすぐに先発レギュラーに持っていったと言うことは、手駒では立て無しは無理という判断だったのでしょう。そして箕輪ですが西澤とコンビになることで、この2連戦ほぼ相手を押さえ込みました。 ディフェンスラインというのは、本当に順列・組み合わせで、箕輪と西澤の年齢的にも近い二人が正解の組み合わせだったようですね。 また札幌のゾーンデフェンスの課題は、ゾーンをブレイクしてマンマークに移る判断だったのですが、マンマークの哲人箕輪が入ることで、これが大きく改善されました。 ◎藤田の復調 今シーズンJ1に上がり、はじめてのトップリーグの中で戸惑いを隠せないでいた藤田が、ようやくJ1になれてきたようです。藤田が調子を取り戻し、クロスがゲラレルようになると、左サイドの中山の長身が生きてくるんですね。 やはり右にいることの多いクライトンと相まって、右から供給されるクロスやフィードが左の中山に跳ね返って、中に配球されるという新たな攻撃パターンが見えてきました。 ◎高さの脅威 2試合見て、札幌の高さを相手が意識していることが見て取れました。神戸なんかは、跳ね返されると思ったのか、ほとんど放り込みをしなかったように思います。強固なブロックも、上下、左右と揺さぶられるといずれ崩されますが、上下左右から、上がなくなるでもだいぶ違いますね。失点1で終わった2連戦は、相手に「札幌高し」という意識が浸透してきた結果とも思えます。
◎J2卒業生の守備 大分、神戸ともJ2の卒業生ですが、両チームとも固い守備をします。札幌はまだj2からの留学生ですが、川崎もそうでしたけど、J2をしっかりと卒業したチームは、J2特有のハードな守備が財産として残っているように思います。 なかでも大分の守備は、固いという言葉がぴったりで、寄せの早さ、チェックの厳しさ、敵ながら見事でした。厚別のナイターで、猛暑の九州から来た大分の選手にとっては、極楽のような涼しさで、ふだんよりも運動量が活発になったのかもしれません。 一方、神戸も厳しいのですが、大分のようなフェアな厳しさではなく、いくぶんダーティな厳しさだったと思います。 これも高さを警戒してのことかもしれませんが、神戸は、前半からダーティにガチガチきたので、審判は厳しく笛を吹いてゲームを落ちつかせようとしたところのゲームコントロールが、結局この試合に限っては裏目に出てしまったようです。
2008年07月20日
今、なんか忙しくて、投稿が滞っています。 大分戦の観戦記もまだなのに、もう神戸戦。 とりあえず、写真で手早く報告です。 今日は、スタンドは盛り上がりました。 写真は、サポーターによる景気づけの一場面。![]()
2008年07月16日
ウェブとか、新聞とか、いろんなところで、札幌の高さというものが浸透してきていますね。 高さは確かに武器ではありますが、相手もJ1チームで、差は2,3センチの違いでしかありません。ジャンプ力などの身体能力でかんたんに補えるものではあります。それでも、相手よりも確実に上回っているというものがあるか、無いかの違いは大きい。 昇格したばかりの、戦力的にもっとも落ちるといわれる札幌に対して、J1の常連チームは、やはり格上意識を持ち、また札幌もどこかに格下意識を持ってしまうんですね。 格下意識みたいなものが、やはり微妙な影響を与える部分もあると思うんです。札幌を格下としてなめていた相手は、のびのびと自由に、強豪とやるとき以上の実力を出していたと思うんですよ。たしかに溌剌とした相手に対して、萎縮してミスを繰り返す、という試合はかなりありました。 ところが、身長差だけは、明確な数値で、どちらが上か明確なわけです。その部分で札幌はJでナンバー1なんですよ。そうなると、いままで格下として下に見ていた相手チームが、こと高さに関しては、脅威を感じ始めるはずです。 高さを意識し始めると・・・札幌にセットプレイを与えることを過剰に警戒するようになる。そのために当たりが微妙に弱くなる。コーナーを与えるのを嫌って、攻め上がりが鈍くなる。ハイボールのマークが過剰になる・・・というように、これを意識する、意識しないとでは、少しずついろんなものが微妙にずれてくる、と思うんですね。 背の高さというのは、ハイボールでの競り合いとでのアドバンテージだとかよりも、こうしたメンタルに与える影響の方が大きいと思うんです。そして、それは相手の意識に染みこめば、染みこむほど効果を発揮すると。 中断期前でも、私の手計算でJ全体で3位の平均身長であったんですが、札幌の高さを強調したメディアはほとんど見たことがなかった。しかし、中断期に箕輪が入り、アンデルソンが入ってから、少しづつメディアでも、札幌の高さを言うようになりました。 中断期前までは「めぼしい選手もいない昇格チーム」だったのが、これからは「めぼしい選手のいない昇格チームだが、背の高さは日本一」というチームとして相手からは意識されるようになっていくはずです。これがどんどん相手の選手の意識の中に刷り込まれると、意識の上下関係が変わってくると思うんですよね。 さて次節の相手は大分です。単純に前節のスターティングイレブンだけで比べると、 札幌 181.27センチ 大分 179,57センチ です。 大分には、(平均身長)“日本一のチームと戦う”という意識を、今以上に強く持っていただきたいですね。(でも大分というチームは、こうした劣等意識に立ったときにモチベーションの上がるチームだったりして)
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