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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2007年10月04日
相撲協会とはなんと気持ちが悪い存在であろうか.この組織から漏れ出てくる汚物たちは,その内臓が最早腐っている事を示しているように感じられてならない. 時津風親方のインタビューを見ていても彼の頭の中にあるのは弟子を失った悲しみではなくて,如何に自分の身を守るかだけであるのは明らかだ.更にはその親方が出したと言われる上申書を受けての北の湖理事長のコメントには「世間を騒がせ,相撲協会の信用を傷つけた責任は重い」とある.若い命が失われた事は何処に行ってしまったのだろう.彼らの態度を見ていて我が子を相撲界に送り込める親がいるだろうか? それにしても押し倒されて救急車を呼ぶ取材陣と,それを鬼の首でも取ったがごとく記事にするメディアの態度は,正に弱った動物にちかよるハゲタカのようだ.吐き気を催させる.
朝青龍の問題について.彼の行動に問題があったのは事実だろう.だが,それと彼の事を気にくわないと言う感情は分けて論じるべきだ.どうも混同されている節がある. マスメディア.精神的にまいっていると言われているものに対して,記者会見を開けと言う.正気か?と問いたい.強靱な精神を持つものでも辛いプレッシャーに晒されるであろう記者会見に治療を要する必要性が論じられているものを引っ張り出して,事もあろうか謝罪せよと言うのだ.更に言わせて貰えば日本のメディアは最初から結論ありきの記者会見が得意だ.悪者が判っている記者会見では耳を疑わんばかりの勢いで牙を剥く.まるでちんぴらのごとき品のなさで. 正義のために,真実を知りたければ,彼の精神が正常に戻った後に正対すればよい.それが待てない理由は二つ.時が経ち,皆の記憶が薄れ,世間の感情が冷めてしまった後では,悪者がはっきりしなくなるから.そして,何より自分が覚えていないから.そんなもんだろう. 相撲協会も更に気持ちが悪い.厳しい処分はよい.そこからぐじゃぐじゃと嫌らしく,陰湿な意見が垂れ流されるのが気持ち悪い.更には元NHKの杉山氏が取材証剥奪の憂き目にあっている.彼はよくTVに出ていた.喋りすぎの感はあったが顔を出さずに「関係者談」としてしかコメントを出さない相撲協会関係者よりよっぽど男らしい.そんな彼を協会に不利な立場を示したとして取材証を取り上げた相撲協会は万死に値する.その後記者証は再交付されたようだが,相撲への愛情が溢れんばかりだった杉山氏のコメントは鈍く光を失ってしまった. 相撲はスポーツではなく,芸能文化であると思っている.だから,朝青龍への人権侵害云々というモンゴル人の非難はお門違いだと,鼻で笑っている.しかし,国民の理解から遠く乖離しつつある相撲協会は最早鼻つまみ者である. 伝統芸能の保護するという大義名分の元,日本相撲協会は非課税である. 日本相撲協会は解体すべきだ.小さい規模で地域に根ざした相撲巡業団体が各地域にある方が日本人らしい国技ではないだろうか.
2007年10月02日
松江に行ってました. 神話マニアにはたまらない出雲の国です.何てったって売ってるミネラルウォーターまで違います.![]()
宍道湖温泉に泊まり朝晩と蜆の味噌汁を飲んでいました.美味いの何のって,騙されたと思って行ってみる価値ありです. 時間を遣り繰りして,出雲大社に詣ってきました.日本の神社オブ神社です.![]()
参道を囲む木々は深く,空気が清らかに体に纏います.社殿から聞こえてくる笙の音は,よく近所の神社で聴くものとは明らかに異なります.太鼓の単調なリズムが古代の祈りを思い起こさせるようでした. そんな出雲大社にもおみくじはあります.引いてみましたよ. 「願望 叶う。」![]()
ですと. 出雲の神が約束したのですから間違いありません.僕の願いは叶います. しっかりとご神木に結びつけて来ました.![]()
帰りにそばを手繰ってきました.出雲そばです.割子そばがこちらの食べ方で,1人前3個(枚ではなく「こ」って店の人は言っていました)が目安だそうです.![]()
5個食べてきましたが,7~8個は行けそうなくらい美味かったです. 宍道湖の夕日がまた堪らなく美しく,夕暮れ時に散歩をしては湖岸に座り込んで眺めていました.足元を洗う波の音が心地よく「あぁ,神はいるのだなぁ」と涙しました.![]()
仕事で行った松江でしたが,この夕日を見に行ったと嘯きながら帰ってまいりましたとさ.![]()
2007年09月29日
ラモスの発言. ヤツにすれば謙虚な発言だと思う. 一応,札幌を警戒している訳だし.第1クールに「札幌なんて眼中にない」と取れるような発言をしてきた事を考えれば. ヤツは言っている.「俺らを止めるのは札幌だけだ」 オレはそう解釈した. (国語 2:実績有り.通信簿には「人の話を良く聞きましょう」と書いてあったっけ)
2007年09月25日
よく耳にする言葉だ.心配しても仕方がないときに,それでも期待したい気持ちを込めてよく使う.信じる者は救われると. しかし,この言葉は現実を正確に表現していない. 正しくは「信じない者は決して報われることはない」であろう. この報道が正確に状況を反映しているのならば,監督・選手達はようやく吹っ切れたといえるだろう.そしてやるべき事を死に物狂いで果たしていくはずだ. 山形は第3クールの悔しさを忘れていまい.しかも前節はいいサッカーではないもののシーズンを終えてなるものかと言う,まるでサドンデスを戦っているような殺気を感じさせた. 根性勝負.上等じゃん.やってやろうよ. 精神論アレルギーのサポーターも今回ばかりは心に大量のステロイドを噛まして我慢して欲しい. 元来,戦う者は勇敢な悲観論者が理想と言う.あれこれ不安材料を熟慮した上で必要な英断を下す.特にリーダーたる者には必須の能力だろう.それが出来ない者は勇敢な楽観論者であるしかない.危ないが辛うじて戦える.臆病な楽観者はタナボタしか狙っていないし,臆病な悲観論者は拗ねてばかりで戦えない. 戦う上での最低条件は勇敢であること.全ての悲観論や雑音でも動じない勇気を持っていること.それが勇者の条件である. 信じるさ.疑ってどうするよ.
以下,雪隠の中にて覗くべからず.
話題は変わる. ニュースを見ていて驚いたのがコレ. 元よりここの弟が大嫌いなのだが,ここの兄弟はつくづくお馬鹿さん達だと思う.今回のこの発言に関する限り,モノを考える能力が欠除しているか,あるいは政治家としての覚悟が足りないとしか思えない. ま,こんなヤツが大臣になるくらいだから自民党の置かれてる人材不足は深刻と言わざるを得ないだろう.
2007年09月23日
光市母子殺害事件裁判について. 日本はでは裁判において法に照らして犯罪を裁く法治国家である.「国民感情を鑑みて」などと言う言い訳に日和って,大衆心理に媚びを売るような判決や量刑がまかり通るようでは社会的リンチが横行する野蛮な社会と化してしまう.最近のマスメディアでは最初に結論ありきの安易な報道が目に付き危うさを感じてしまう. 私は民主主義を信じていない.大衆は総じて思慮が足らず無責任である.歴史をひもとくとどんな社会でも蜜月の時を作るのは限られた優秀な指導者が導く寡頭制であった.衆愚政治では人気取りが集団の長期的目的を優先する事がよくおこる.負の遺産は得てして後世に大きな負担となる. 以下の文章は読む人に不快感を感じさせるかも知れません.デリケートな方は読まないでください.
あの少年は極刑に処すべきだ.動機は身勝手であり同情の余地はない.何より乳児を殺めた罪は何を持っても許す理由が見当たらない.性衝動を動機とする犯罪は再犯率が高く,彼の攻撃性を鑑みても我々の社会に受け入れがたい存在である. 更生しうるかではなく,憎しみからでもなく,「社会にとって構成員の脅威となりうる事が証明されている存在」故に極刑に処すべきである. 最も大きな違和感を感じたのは,記者会見でメタボ弁護士が流した涙である.彼はなんで泣いていたのか?「こんなに一生懸命仕事したのは初めてだ」そう言って泣いていたように解釈したが違うのだろうか?その上で「それだけは信じてください」と涙を拭っていた. なんだそりゃ?一生懸命仕事するのは当たり前じゃないのか?いままで彼が担当したクライエントはかわいそうだ.これまでは一生懸命じゃなかったってことだろう?彼はプロじゃない.プロは一生懸命やったと泣いたりしない.仮にこれが最終的な判決が出た後で流す涙ならばまだ解る.だが,公判はまだ半ばなのだ. しかし今感じている違和感の元はあのメタボだけではない.最近プロフェッショナリズムへの誤解が蔓延していると思う.プロフェッションは神から与えられた職業であり、いわば天命である.本来はお金を貰うかどうかとは全くレベルが違う話だと思う.現在ではお金を貰って仕事をする事と解釈されているが,最も大事な事は自分のプライドに値する仕事をする事であるはずだ. 北見市の断水問題に対応した職員に対する時間外手当が多額だという苦情が寄せられたという.人為的ミスが原因でおこったとされる今回の断水だが、人為的ミスが原因なのだから報酬を払うのはおかしいという理屈らしい.本来、システム工学上人為的ミスが致命的な問題となるのは構造障害であると考えられている.つまりは人間はミスをするものであって,それを前提にミスが致命的な結果をもたらさないために筋道をチェックするのが基本である.多くの製造業などで導入されているクリティカルパスは各段階で補正可能なエラーをチェックする事で全体的な効率を向上する事を目的としている.従って人為的エラーであってもそれが故意でない限り個人の責任を追求する事によりシステムの改善に活かす事は必要であっても,それを元に個人を罰するのは組織として許される行為ではない. 今回,多くの北見市職員が時間外労働を行った.その労働対価を取り上げる事はゆすりたかりに近い行為と言えよう.苦情を寄せた者達は感情に走り過ぎである.それに過剰に反応し手当の返還を求めた(正確には更に卑怯な事に寄付と言う形を求めている).市議会は市長に対して断水問題の責任を問いだした.しかし行政を監視する責任は議員にもあるのだ.真摯に責任を考えるのであれば,他人の責任を問う前にまず自らの職を辞するべきなのに. ここにみられる無責任さはまさに今我らがコンサドーレの選手達のゲームにおける姿勢に通ずるものを感じる.「オレはやることやったよ」そんなモノはプロの姿勢ではない.
2007年09月22日
海を目指して歩いていた.厚い雲が広がり,塞ぐ心に蓋をする. 荒れ果てた歩道は所々でアスファルトが陥没していた.割れ目からは草が伸びている.その道は普段ほとんど人が歩かないのかも知れない. 出発してから1時間が経っていた.痛めていた足が疼き出す.些か早すぎたか. 人家が疎らになっていく.聞こえてくるのは風と熊笹が遊ぶ音位だ.それに自分の足音が混じる.ふと気が付くと犬が後を付いてくる.首輪があるし痩せていないから飼い犬なのだろう.軽い足取りで付いてくる.まるでこちらの気分なんか関係なしだ. 行き違う車も疎らになってきた頃,遠くに海が見えてきた.あの海岸線まで歩こうと思う.時々風に乗って潮の香りを感じる.まるで時代から取り残されたような灯台も見えてきた.いつの間にか犬はいなくなっていた.見捨てられた気分になる. 風が強くなってきた.帽子が飛ばされそうになる.波が岩にぶつかり砕ける音が聞こえてくる.暗闇と同じくらい深い藍色の海に漆黒の森に覆われた島が浮かんでいる.その空は同じく厚い雲が覆い被さっている.![]()
厳しいな.そう思った.足の痛みが強い.自ずと足取りは重たくなる.視線は足元を漂っている.厳しい道のり,痛む足,塞ぐ気分.そのどれもが頭を上から押さえつける. もう一度,風の香りを吸いたくて顔を上げる.夕暮れが迫る秋の空.厚い雲の間にも切れ目が出来ている.一日の最後を日光がこぼれて大地に降り注ぐ.ゆっくりと回る大きな風車が日差しを浴びて輝いていた.頬が綻ぶ.顔を上げないと明日の風を感じられない.今日の目的地を教えてくれる灯台の光にも気付かないだろう.![]()
辛いとき,痛いとき,そう,今こそ顔を上げよう.胸を張ろう.歩き続けることが一番大事な事だから.明日が見えなくなったら目的地がわからなくなる. 今,感じている足の痛みも歩いている実感となる. 歩いていこう.どんなに辛い道であっても.歩き続けよう.どんなに痛くても. 明日を目指して.歩いていこう. いつか,朝日に輝く海がみられるさ.
2007年09月16日
プロスポーツである以上は,勝利がチームにおける最優先の目標である事に異論はあるまい.その上で観客を満足させる事をチームと会社は考える. だが,難しいことにサッカーはプロセスのスポーツである.ゴールが多いチームが勝ちと言うシンプルなルールに似合わず,ゴールに至るまでのプロセスはカオスに満ちており筋書きなど存在する余地はない.ごく稀に「シナリオ通り」などと嘯く監督もいるがそいつは狸か音痴かどちらかに過ぎないのだ. サッカーを楽しむというのは,このプロセスを楽しむことにつきる.プロチーム両者が鎬を削るプロセスに驚きたくて僕らはスタジアムに足を運ぶ.
さて,リーグ戦終盤にさしかかりチームの勢いに水を差すまいと批判を避けてきた.だが,読者の少ない当ブログならばそれも許されるだろう. 仙台戦における我がチームはどうだったのか? 精度の高いパスなどという溜息が出るようなプレーを我がチームの選手達に求められるだろうか?否.ではどうやってゲームを作るのか.技術以外の部分で作るしかないし,第2クールではそれが出来ていた.草津戦の敗戦に危機感を感じた選手達は見ていて壊れるんじゃないかと思うくらい走っていた.守備の局面では早めに寄せてスペースを潰し,パスコースを潰し,足が遅いDF陣の間にパスを通されるのを防いでいた.攻撃ではパスが出なくても2人3人とスペースを作るために走り出し,出来たスペースに抜けていく. それが札幌のスタイルだったはず.下がって守ってカウンターなんて,そんなレベルの低いサッカーじゃあなかった. 走る選手がいなかった訳ではない.問題は走りの質だ.何を考えて走るのか.スペースを作る走りであってもパスを貰うつもりで走らなくては敵を引きつけることは出来ない.スペースに抜けた選手は貰ったらシュートを打たなければならない.このときのメンタリティーに消極的なサボタージュは許されない.守備の局面にしても然り.パスコース1本消してスピードを緩めては敵の攻撃を緩めることしか出来ない.ボールを奪うことが守備の目的なのだからこれもやはり消極的サボタージュと言わざるを得ない. ゲームの流れを自分たちのものにできなかった最大の要因は,「消極性」の一言に尽きると思う.ミスを恐れるあまりに自らが積極的に仕掛けることを避けてしまう.自分の得意なプレーに執着する.敵にとって見ればこれほど組みやすい相手はいないだろう. 我が選手達に問いたい.「何を恐れているのだ?」 あなたたちのミスを責めようとは思わない.それが積極的なチャレンジの結果であれば,それはフットボールというスポーツにおいて不可避なリスクなのだから.
何を失うことを恐れているのだ?来年,みんなでJ1で戦う事を考えて欲しい.急にみんなのスピードがアップし,テクニックが向上するなんて事が起こるだろうか? 違うだろう?藤田,思い出して欲しい.U-20で戦ったとき「テクニックは凄いけど,運動量は通用する」そういって帰ってきた時の君が昨日の君の姿をどう思うだろう?ミスを恐れてはいけない.戦ってくれ.来年はジュビロの加賀を抜き去るんだろう?J2レベルのDF相手に臆しては困るのだよ. CKでなんでみんな揃ってファーサイドで待っているのか?何故ニアで待つポストを一人おかないのか?あんなに守りやすいセットはない. 西谷のプレーは研究されている.彼は好きなプレーしか選択しない.昨季のフッキに見られたようなリスクを背負っている.守備においても攻撃にのいてもオフセットバランスなのだ.アクセントになるシステムだが,やはり危うい.先発砂川・ジョーカー西谷の方がリスクはマネージしやすい. DFはスピードがない事を前提に守備をすべきだ.スペースを空けるリスクを取ってでも近い選手が寄せた方がいい.ボランチがカバーすればいいだけなのだから.
22000と言う観客動員数をどう感じられているだろうか?4万を歌っておきながらと落胆された方もいるかもしれない.だが,残念ながら今シーズンHFCは体勢として,警備等の経費の問題から28000人をmaxと設定して発券している.だから22000はほぼ現体制での限界だったと思う. CVSで担務された方々,お疲れ様でした.辛い思いをされた方もいるでしょうが,皆さんに拍手を送ります. チームが成長していくときに,皆が辛い思いをしています.ストレスは成長の栄養分であり,ストレスが消失すると生物は死んでしまうのです.今の思いを明日の糧にしていきましょう. 今,お気に入りのCDです.癒されます.涙がでます. 下地 勇 「おばぁ」 今,恋をしている人.2曲目の「Yapai Yapai」お薦めです.喜びに浸れます.
2007年09月13日
いやぁ.すっかり秋ですねぇ. Macユーザーのあなたにこんなソフトを見つけました. 秋を堪能できます.夜中に一人で仕事をしていると飲みたくなってきますが(オフィスの本棚にGINが隠してあるのは公然の秘密?である),いい感じです.
さて,いよいよ第4クールです.我々は厳しい状況になるとどうも大人しくなる傾向がありました.しかし,今シーズンは劣勢の時にもサポーターの声は落ちていないんじゃあないでしょうか.タフになっていると思います. 下位との勝ち点差が縮まったって,それが何だって言うんでしょう?第3クール首位でいたってそんなものは何の役にも立ちません.僕らはまだ何も手にしてはいないのです.逆に言えば僕らはまだ何も失っていない. これからですよ.戦いも,喜びも. 前売りはまだ1万5千だという話.明日,職場で最後のお願いをしましょう.手元にある割引券は全部配っちゃいましょう.家族も全員連れ出しましょう.(CVSの皆さんは大変でしょうけど.でも嬉しい悲鳴でしょ?)
一部の方にご心配いただいた足の具合ですが,やっと腫れが引きました.今日から靴を履いています.痛みも引いています.痛み止めも飲まなくてすみそうです. この1週間,体を動かさずにいたら,体重が3kg増えていました.3週間もこのままだととんでもないことになりそうなので来週から少しずつ体を動かそうと思います.
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