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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2007年11月10日
タイトルはユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)が紀元前48年に遠征したゼラの戦いにおいて僅か4時間で勝利した際に発信した言葉です. 和訳すると「来た.見た.勝った」 パクスロマーナという,全ローマ世界から戦いを無くし平和な社会の実現を目指したカエサルにとっては他の者から見て重要な戦であっても勝つこと以上に必要な情報はなかったのでしょう. 僕らにも大いなる夢があります.J1昇格は目標であって,夢ではありません.このチームがこれからも持続的な成長を遂げ続け,いつの日にか世界の舞台で戦う事.そしてそれが僕らの子孫の血となり肉となり,この北海道に確固たる文化を育んでくれること.それを夢見ています. そのような大いなる夢を語るときに,リーグ戦の一試合は階段の一歩に過ぎない事に気付きました.一歩でしかないけども,登り続けなくてはならない一歩です.そして,その一歩の重みを知ったから僕らは今ここにいるのだとも思うのです. 佐賀討伐に向かわれる戦士達に送る. 「行け! 見れ! 勝て!」
以下の内容は“ぬるい”のでご注意を.(月曜日以降にでも読んでください.)
佐賀討伐で思い出したのが「佐賀の乱」 日本の刑法を作った江藤新平を中心とした旧士族の反乱です.元々佐賀鍋島藩は閉鎖的な藩風でしたから,薩長が専有的に権力を行使した改革に不満が大きかったようです.佐賀の乱の咎で刑死した江藤は自らが作成に携わった法ではなく,野蛮とも言うべき晒し首になったそうです.この残忍な量刑を言い渡したのは同じく佐賀出身の重鎮大隈重信と言われています.人間の運命はつくづくと皮肉なものです. さて,佐賀の七賢人と呼ばれる人たちがいます.江藤や大隈も含まれるのですが,明治に活躍した佐賀出身の人物達です.眺めていて気付いたのは北海道との縁の深さです. 江藤と同じく佐賀の乱に加担し刑死した島義勇は30歳代に北海道~樺太を探検し,47歳で北海道開拓使主席判官に着任しています.札幌の街作りの基礎を指揮したとされています. また鍋島藩十代藩主鍋島直正は島が北海道開拓使として着任した1869年に北海道開拓使長官として赴任しています.
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