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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2007年09月29日
ラモスの発言. ヤツにすれば謙虚な発言だと思う. 一応,札幌を警戒している訳だし.第1クールに「札幌なんて眼中にない」と取れるような発言をしてきた事を考えれば. ヤツは言っている.「俺らを止めるのは札幌だけだ」 オレはそう解釈した. (国語 2:実績有り.通信簿には「人の話を良く聞きましょう」と書いてあったっけ)
2007年09月25日
よく耳にする言葉だ.心配しても仕方がないときに,それでも期待したい気持ちを込めてよく使う.信じる者は救われると. しかし,この言葉は現実を正確に表現していない. 正しくは「信じない者は決して報われることはない」であろう. この報道が正確に状況を反映しているのならば,監督・選手達はようやく吹っ切れたといえるだろう.そしてやるべき事を死に物狂いで果たしていくはずだ. 山形は第3クールの悔しさを忘れていまい.しかも前節はいいサッカーではないもののシーズンを終えてなるものかと言う,まるでサドンデスを戦っているような殺気を感じさせた. 根性勝負.上等じゃん.やってやろうよ. 精神論アレルギーのサポーターも今回ばかりは心に大量のステロイドを噛まして我慢して欲しい. 元来,戦う者は勇敢な悲観論者が理想と言う.あれこれ不安材料を熟慮した上で必要な英断を下す.特にリーダーたる者には必須の能力だろう.それが出来ない者は勇敢な楽観論者であるしかない.危ないが辛うじて戦える.臆病な楽観者はタナボタしか狙っていないし,臆病な悲観論者は拗ねてばかりで戦えない. 戦う上での最低条件は勇敢であること.全ての悲観論や雑音でも動じない勇気を持っていること.それが勇者の条件である. 信じるさ.疑ってどうするよ.
以下,雪隠の中にて覗くべからず.
話題は変わる. ニュースを見ていて驚いたのがコレ. 元よりここの弟が大嫌いなのだが,ここの兄弟はつくづくお馬鹿さん達だと思う.今回のこの発言に関する限り,モノを考える能力が欠除しているか,あるいは政治家としての覚悟が足りないとしか思えない. ま,こんなヤツが大臣になるくらいだから自民党の置かれてる人材不足は深刻と言わざるを得ないだろう.
2007年09月23日
光市母子殺害事件裁判について. 日本はでは裁判において法に照らして犯罪を裁く法治国家である.「国民感情を鑑みて」などと言う言い訳に日和って,大衆心理に媚びを売るような判決や量刑がまかり通るようでは社会的リンチが横行する野蛮な社会と化してしまう.最近のマスメディアでは最初に結論ありきの安易な報道が目に付き危うさを感じてしまう. 私は民主主義を信じていない.大衆は総じて思慮が足らず無責任である.歴史をひもとくとどんな社会でも蜜月の時を作るのは限られた優秀な指導者が導く寡頭制であった.衆愚政治では人気取りが集団の長期的目的を優先する事がよくおこる.負の遺産は得てして後世に大きな負担となる. 以下の文章は読む人に不快感を感じさせるかも知れません.デリケートな方は読まないでください.
あの少年は極刑に処すべきだ.動機は身勝手であり同情の余地はない.何より乳児を殺めた罪は何を持っても許す理由が見当たらない.性衝動を動機とする犯罪は再犯率が高く,彼の攻撃性を鑑みても我々の社会に受け入れがたい存在である. 更生しうるかではなく,憎しみからでもなく,「社会にとって構成員の脅威となりうる事が証明されている存在」故に極刑に処すべきである. 最も大きな違和感を感じたのは,記者会見でメタボ弁護士が流した涙である.彼はなんで泣いていたのか?「こんなに一生懸命仕事したのは初めてだ」そう言って泣いていたように解釈したが違うのだろうか?その上で「それだけは信じてください」と涙を拭っていた. なんだそりゃ?一生懸命仕事するのは当たり前じゃないのか?いままで彼が担当したクライエントはかわいそうだ.これまでは一生懸命じゃなかったってことだろう?彼はプロじゃない.プロは一生懸命やったと泣いたりしない.仮にこれが最終的な判決が出た後で流す涙ならばまだ解る.だが,公判はまだ半ばなのだ. しかし今感じている違和感の元はあのメタボだけではない.最近プロフェッショナリズムへの誤解が蔓延していると思う.プロフェッションは神から与えられた職業であり、いわば天命である.本来はお金を貰うかどうかとは全くレベルが違う話だと思う.現在ではお金を貰って仕事をする事と解釈されているが,最も大事な事は自分のプライドに値する仕事をする事であるはずだ. 北見市の断水問題に対応した職員に対する時間外手当が多額だという苦情が寄せられたという.人為的ミスが原因でおこったとされる今回の断水だが、人為的ミスが原因なのだから報酬を払うのはおかしいという理屈らしい.本来、システム工学上人為的ミスが致命的な問題となるのは構造障害であると考えられている.つまりは人間はミスをするものであって,それを前提にミスが致命的な結果をもたらさないために筋道をチェックするのが基本である.多くの製造業などで導入されているクリティカルパスは各段階で補正可能なエラーをチェックする事で全体的な効率を向上する事を目的としている.従って人為的エラーであってもそれが故意でない限り個人の責任を追求する事によりシステムの改善に活かす事は必要であっても,それを元に個人を罰するのは組織として許される行為ではない. 今回,多くの北見市職員が時間外労働を行った.その労働対価を取り上げる事はゆすりたかりに近い行為と言えよう.苦情を寄せた者達は感情に走り過ぎである.それに過剰に反応し手当の返還を求めた(正確には更に卑怯な事に寄付と言う形を求めている).市議会は市長に対して断水問題の責任を問いだした.しかし行政を監視する責任は議員にもあるのだ.真摯に責任を考えるのであれば,他人の責任を問う前にまず自らの職を辞するべきなのに. ここにみられる無責任さはまさに今我らがコンサドーレの選手達のゲームにおける姿勢に通ずるものを感じる.「オレはやることやったよ」そんなモノはプロの姿勢ではない.
2007年09月22日
海を目指して歩いていた.厚い雲が広がり,塞ぐ心に蓋をする. 荒れ果てた歩道は所々でアスファルトが陥没していた.割れ目からは草が伸びている.その道は普段ほとんど人が歩かないのかも知れない. 出発してから1時間が経っていた.痛めていた足が疼き出す.些か早すぎたか. 人家が疎らになっていく.聞こえてくるのは風と熊笹が遊ぶ音位だ.それに自分の足音が混じる.ふと気が付くと犬が後を付いてくる.首輪があるし痩せていないから飼い犬なのだろう.軽い足取りで付いてくる.まるでこちらの気分なんか関係なしだ. 行き違う車も疎らになってきた頃,遠くに海が見えてきた.あの海岸線まで歩こうと思う.時々風に乗って潮の香りを感じる.まるで時代から取り残されたような灯台も見えてきた.いつの間にか犬はいなくなっていた.見捨てられた気分になる. 風が強くなってきた.帽子が飛ばされそうになる.波が岩にぶつかり砕ける音が聞こえてくる.暗闇と同じくらい深い藍色の海に漆黒の森に覆われた島が浮かんでいる.その空は同じく厚い雲が覆い被さっている.![]()
厳しいな.そう思った.足の痛みが強い.自ずと足取りは重たくなる.視線は足元を漂っている.厳しい道のり,痛む足,塞ぐ気分.そのどれもが頭を上から押さえつける. もう一度,風の香りを吸いたくて顔を上げる.夕暮れが迫る秋の空.厚い雲の間にも切れ目が出来ている.一日の最後を日光がこぼれて大地に降り注ぐ.ゆっくりと回る大きな風車が日差しを浴びて輝いていた.頬が綻ぶ.顔を上げないと明日の風を感じられない.今日の目的地を教えてくれる灯台の光にも気付かないだろう.![]()
辛いとき,痛いとき,そう,今こそ顔を上げよう.胸を張ろう.歩き続けることが一番大事な事だから.明日が見えなくなったら目的地がわからなくなる. 今,感じている足の痛みも歩いている実感となる. 歩いていこう.どんなに辛い道であっても.歩き続けよう.どんなに痛くても. 明日を目指して.歩いていこう. いつか,朝日に輝く海がみられるさ.
2007年09月16日
プロスポーツである以上は,勝利がチームにおける最優先の目標である事に異論はあるまい.その上で観客を満足させる事をチームと会社は考える. だが,難しいことにサッカーはプロセスのスポーツである.ゴールが多いチームが勝ちと言うシンプルなルールに似合わず,ゴールに至るまでのプロセスはカオスに満ちており筋書きなど存在する余地はない.ごく稀に「シナリオ通り」などと嘯く監督もいるがそいつは狸か音痴かどちらかに過ぎないのだ. サッカーを楽しむというのは,このプロセスを楽しむことにつきる.プロチーム両者が鎬を削るプロセスに驚きたくて僕らはスタジアムに足を運ぶ.
さて,リーグ戦終盤にさしかかりチームの勢いに水を差すまいと批判を避けてきた.だが,読者の少ない当ブログならばそれも許されるだろう. 仙台戦における我がチームはどうだったのか? 精度の高いパスなどという溜息が出るようなプレーを我がチームの選手達に求められるだろうか?否.ではどうやってゲームを作るのか.技術以外の部分で作るしかないし,第2クールではそれが出来ていた.草津戦の敗戦に危機感を感じた選手達は見ていて壊れるんじゃないかと思うくらい走っていた.守備の局面では早めに寄せてスペースを潰し,パスコースを潰し,足が遅いDF陣の間にパスを通されるのを防いでいた.攻撃ではパスが出なくても2人3人とスペースを作るために走り出し,出来たスペースに抜けていく. それが札幌のスタイルだったはず.下がって守ってカウンターなんて,そんなレベルの低いサッカーじゃあなかった. 走る選手がいなかった訳ではない.問題は走りの質だ.何を考えて走るのか.スペースを作る走りであってもパスを貰うつもりで走らなくては敵を引きつけることは出来ない.スペースに抜けた選手は貰ったらシュートを打たなければならない.このときのメンタリティーに消極的なサボタージュは許されない.守備の局面にしても然り.パスコース1本消してスピードを緩めては敵の攻撃を緩めることしか出来ない.ボールを奪うことが守備の目的なのだからこれもやはり消極的サボタージュと言わざるを得ない. ゲームの流れを自分たちのものにできなかった最大の要因は,「消極性」の一言に尽きると思う.ミスを恐れるあまりに自らが積極的に仕掛けることを避けてしまう.自分の得意なプレーに執着する.敵にとって見ればこれほど組みやすい相手はいないだろう. 我が選手達に問いたい.「何を恐れているのだ?」 あなたたちのミスを責めようとは思わない.それが積極的なチャレンジの結果であれば,それはフットボールというスポーツにおいて不可避なリスクなのだから.
何を失うことを恐れているのだ?来年,みんなでJ1で戦う事を考えて欲しい.急にみんなのスピードがアップし,テクニックが向上するなんて事が起こるだろうか? 違うだろう?藤田,思い出して欲しい.U-20で戦ったとき「テクニックは凄いけど,運動量は通用する」そういって帰ってきた時の君が昨日の君の姿をどう思うだろう?ミスを恐れてはいけない.戦ってくれ.来年はジュビロの加賀を抜き去るんだろう?J2レベルのDF相手に臆しては困るのだよ. CKでなんでみんな揃ってファーサイドで待っているのか?何故ニアで待つポストを一人おかないのか?あんなに守りやすいセットはない. 西谷のプレーは研究されている.彼は好きなプレーしか選択しない.昨季のフッキに見られたようなリスクを背負っている.守備においても攻撃にのいてもオフセットバランスなのだ.アクセントになるシステムだが,やはり危うい.先発砂川・ジョーカー西谷の方がリスクはマネージしやすい. DFはスピードがない事を前提に守備をすべきだ.スペースを空けるリスクを取ってでも近い選手が寄せた方がいい.ボランチがカバーすればいいだけなのだから.
22000と言う観客動員数をどう感じられているだろうか?4万を歌っておきながらと落胆された方もいるかもしれない.だが,残念ながら今シーズンHFCは体勢として,警備等の経費の問題から28000人をmaxと設定して発券している.だから22000はほぼ現体制での限界だったと思う. CVSで担務された方々,お疲れ様でした.辛い思いをされた方もいるでしょうが,皆さんに拍手を送ります. チームが成長していくときに,皆が辛い思いをしています.ストレスは成長の栄養分であり,ストレスが消失すると生物は死んでしまうのです.今の思いを明日の糧にしていきましょう. 今,お気に入りのCDです.癒されます.涙がでます. 下地 勇 「おばぁ」 今,恋をしている人.2曲目の「Yapai Yapai」お薦めです.喜びに浸れます.
2007年09月13日
いやぁ.すっかり秋ですねぇ. Macユーザーのあなたにこんなソフトを見つけました. 秋を堪能できます.夜中に一人で仕事をしていると飲みたくなってきますが(オフィスの本棚にGINが隠してあるのは公然の秘密?である),いい感じです.
さて,いよいよ第4クールです.我々は厳しい状況になるとどうも大人しくなる傾向がありました.しかし,今シーズンは劣勢の時にもサポーターの声は落ちていないんじゃあないでしょうか.タフになっていると思います. 下位との勝ち点差が縮まったって,それが何だって言うんでしょう?第3クール首位でいたってそんなものは何の役にも立ちません.僕らはまだ何も手にしてはいないのです.逆に言えば僕らはまだ何も失っていない. これからですよ.戦いも,喜びも. 前売りはまだ1万5千だという話.明日,職場で最後のお願いをしましょう.手元にある割引券は全部配っちゃいましょう.家族も全員連れ出しましょう.(CVSの皆さんは大変でしょうけど.でも嬉しい悲鳴でしょ?)
一部の方にご心配いただいた足の具合ですが,やっと腫れが引きました.今日から靴を履いています.痛みも引いています.痛み止めも飲まなくてすみそうです. この1週間,体を動かさずにいたら,体重が3kg増えていました.3週間もこのままだととんでもないことになりそうなので来週から少しずつ体を動かそうと思います.
2007年09月11日
なんとも気持ちが悪い. 我慢できないからはき出す. 以下,無用の事ながら. 所謂,妊婦のたらい回し問題について.
マスメディアを賑わす問題について. 受け入れを拒否された妊婦さんについては気の毒に思う. しかし,拒否した病院の事情も十分に理解できる.拒否された妊婦さん達は妊婦健診を受けていなかったという.何かがあればすぐに訴訟となる昨今の医療現場において健診未受診の飛び込みお産を受けるリスクは無視できない.緊急なお産に対応する助産師や産科の医師だけでは事すまない.赤ちゃんに何があるか判らない訳だから,小児科医のバックアップも必要だ.それらが救急対応,つまりは24時間365日対応できる病院は限られる.対応も出来ないのに,応じられたままに「よっしゃ判った」と言うのはかっこいいかも知れないが無責任だ. 責任問題をかたるとなれば,大事な我が子を身ごもっているのに妊婦健診すら受けないお母さんにこそ責任があろう.自分の健康だけならば自らが責任を負えばよい.だが,責任の負いようがない胎児にその責めを負わせ兼ねない無責任な態度であり,社会的に許されるものではない.挙げ句に産みたかった病院で産めないと文句を言うのはとんだお門違いである. 日本人には「覚悟」がなくなったと言う指摘もある.安全や健康,衣住食すらが約束されたものだという神話がある.自らの命,明日自分が生きていると言う保証がどこにあるのだろう?数々の社会問題にその矛盾を感じるのだ.自らの健康は自分しか責任が持てない.その上で明日自分が死んでいるかもと言う想像力があれば,もっと意味深い日々が送れるのではないか.人のせいにしなくてもすむのではないか.誰かのせいにして自分が楽になろうとしていないだろうか?そんな自問自答が必要なのではないか.兎角,マスメディアは不安を煽ることを商品としている.だからこそ騙されてはならない.何が問題なのか冷静に,科学的に検証すべきだ.その材料を十分に持たない我々も,批判的に(critical)思考を巡らすべきだ. 話が大きく逸れたが,妊婦健診が保険適応外だからお金がかかるという理屈も判らないではない.少子化問題が問われる中,市・道・国の対応が必要であることには賛同する.こどもを産もうとするお母さん達に対して暖かい社会であるべきだと思う. この問題に付き,責任の所在を問うならば,母親>社会>病院であろう. 自らの命に責任を持つことがあらゆる責任に優先する社会的責任であると信ずる.
2007年09月07日
結局,今朝になっても痛みも腫れも引きませんでした. 覚悟を決めて整形外科を受診.足を引きづりながら受付をして,「どうしました?」との問いに「フットサルでぇ・・・・」と応えるやいなや,「じゃ,まずレントゲンを」と言うことになりました.![]()
ドキドキしながら診察を待ちましたが,担当の先生曰く骨には異常がないと.但し足の親指と人差し指の間が股割きよろしく割かれた状態だそうで. 正常な足の指が![]()
こうだとすると,今の自分の足は![]()
こうなっていると言うのですよ. なんでも足の怪我の中でも一番痛い場所なんだそうです.どうりで受傷機転からすると随分と痛いなぁと言う印象でした. なんでも3週間ボール蹴っちゃダメなんですと.我慢できる自信は全くありません.
2007年09月06日
普段だったら我慢する自信がある.けど今は・・・・ まずいよぅ.最近,advanced W-Zero3 es買ったばっかりなのに. こんなの出されたら買っちゃうじゃないかぁ.ホントに我慢する自信がないよぅ.
さて,昨夜の不幸な出来事はくしゃくしゃぽいしちゃいましょう.
番台番を襲った不幸な出来事.昨夜,某所にて蹴猿を楽しんでおりました.速攻の場面でうまくDFを外せました.相手キーパーが出てきていたのは気付いていましたが,ギリで間に合うと踏んでトーでシュートを試みたのです.私の足が蹴ったのはかわいいボールではなく,巨漢(推定85kg)のキーパーの逞しい足だった模様.同時につま先に走る激痛.動けませんでした.すぐに冷やして貰ったので思ったほど痛みは続かず,これはすぐ良くなると思いましたよ.今朝はまだ腫れは少しだけだったので骨には行ってないと判断しました.そのままサンダル履きで仕事をしていましたが,午後から段々と痛みが増してきます.夕方,足をみたら腫れてました.大丈夫かいな??おいらのあんよ.![]()
2007年09月03日
函館遠征の疲れが抜けません.仕事とはいえ選手達はこれを続けているんですよね.プロであっても蓄積する疲れは否定できないはずです. 昨日の試合,思うことは沢山ありました.正直,「なんで?」とか「そうじゃねぇだろ!」って思いました.もっと頑張ってくれよって思っていました. 試合の後,スタジアムでまったりしていたら,選手達の出発に出会しました.疲れているだろうにファンの声援に手を振ったり,わざわざバスから降りてきてサインに応じる選手もいました.『そんな事しなくていいから,寝たふりして休んでいたらいいのに』とも思いました.選手達の顔,近くで見るとホントに疲れていたんです.あの顔を見ると,もう何も言えません.「頑張って」そんな陳腐な言葉しか出てきませんでした.頑張ってるのは知ってる,これ以上頑張るのも無理なのかも知れません.だけど,「辛いけど,頑張って」そう言ってしまいました.大塚選手はしっかりと眼をみて「はい」って,それは誠実に応えてくれました. 昨日の夜の便で選手達は札幌に帰ってきています.短い休息ですが,久々のおうちで気分転換できればいいなと祈っています.
今から技術を積み上げることは難しいでしょう.システムをいじる余裕も器用さも今のチームにはないはずです.今いるメンバーで戦い続けるしかありません. 最後は気持ち.かつて甲府が見せたような気持ちがこのシーズンを決めると思います. そして,僕らサポーターも最後は気持ちだと思います.試合の後に何をしても,言っても後の祭りです.試合中に戦いましょう.選手達を走らせたければ,辛い時間帯にもっと大きな声でピッチを揺らしましょう.一緒に戦うってそういうことだと思うんです. グズグズしているとシーズンはもう少しです.今,戦わないときっと後悔します.まずは15日仙台戦.一人でも多くの知人を連れてドームに行きましょう.
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