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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」

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世に溢れる違和感

2007年09月23日

光市母子殺害事件裁判について.
日本はでは裁判において法に照らして犯罪を裁く法治国家である.「国民感情を鑑みて」などと言う言い訳に日和って,大衆心理に媚びを売るような判決や量刑がまかり通るようでは社会的リンチが横行する野蛮な社会と化してしまう.最近のマスメディアでは最初に結論ありきの安易な報道が目に付き危うさを感じてしまう.
私は民主主義を信じていない.大衆は総じて思慮が足らず無責任である.歴史をひもとくとどんな社会でも蜜月の時を作るのは限られた優秀な指導者が導く寡頭制であった.衆愚政治では人気取りが集団の長期的目的を優先する事がよくおこる.負の遺産は得てして後世に大きな負担となる.

以下の文章は読む人に不快感を感じさせるかも知れません.デリケートな方は読まないでください.


あの少年は極刑に処すべきだ.動機は身勝手であり同情の余地はない.何より乳児を殺めた罪は何を持っても許す理由が見当たらない.性衝動を動機とする犯罪は再犯率が高く,彼の攻撃性を鑑みても我々の社会に受け入れがたい存在である.
更生しうるかではなく,憎しみからでもなく,「社会にとって構成員の脅威となりうる事が証明されている存在」故に極刑に処すべきである.

最も大きな違和感を感じたのは,記者会見でメタボ弁護士が流した涙である.彼はなんで泣いていたのか?「こんなに一生懸命仕事したのは初めてだ」そう言って泣いていたように解釈したが違うのだろうか?その上で「それだけは信じてください」と涙を拭っていた.
なんだそりゃ?一生懸命仕事するのは当たり前じゃないのか?いままで彼が担当したクライエントはかわいそうだ.これまでは一生懸命じゃなかったってことだろう?彼はプロじゃない.プロは一生懸命やったと泣いたりしない.仮にこれが最終的な判決が出た後で流す涙ならばまだ解る.だが,公判はまだ半ばなのだ.

しかし今感じている違和感の元はあのメタボだけではない.最近プロフェッショナリズムへの誤解が蔓延していると思う.プロフェッションは神から与えられた職業であり、いわば天命である.本来はお金を貰うかどうかとは全くレベルが違う話だと思う.現在ではお金を貰って仕事をする事と解釈されているが,最も大事な事は自分のプライドに値する仕事をする事であるはずだ.

北見市の断水問題に対応した職員に対する時間外手当が多額だという苦情が寄せられたという.人為的ミスが原因でおこったとされる今回の断水だが、人為的ミスが原因なのだから報酬を払うのはおかしいという理屈らしい.本来、システム工学上人為的ミスが致命的な問題となるのは構造障害であると考えられている.つまりは人間はミスをするものであって,それを前提にミスが致命的な結果をもたらさないために筋道をチェックするのが基本である.多くの製造業などで導入されているクリティカルパスは各段階で補正可能なエラーをチェックする事で全体的な効率を向上する事を目的としている.従って人為的エラーであってもそれが故意でない限り個人の責任を追求する事によりシステムの改善に活かす事は必要であっても,それを元に個人を罰するのは組織として許される行為ではない.
今回,多くの北見市職員が時間外労働を行った.その労働対価を取り上げる事はゆすりたかりに近い行為と言えよう.苦情を寄せた者達は感情に走り過ぎである.それに過剰に反応し手当の返還を求めた(正確には更に卑怯な事に寄付と言う形を求めている).市議会は市長に対して断水問題の責任を問いだした.しかし行政を監視する責任は議員にもあるのだ.真摯に責任を考えるのであれば,他人の責任を問う前にまず自らの職を辞するべきなのに.

ここにみられる無責任さはまさに今我らがコンサドーレの選手達のゲームにおける姿勢に通ずるものを感じる.「オレはやることやったよ」そんなモノはプロの姿勢ではない.


post by 番台番

17:18

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