カレンダー

プロフィール

厚別在住35歳。 よく食べ適当に働きやたら寝る #####FORZA4SODAN##### いつでもどこでもいつまでも 全 身 全 霊 全 力 で 札幌と曽田雄志を応援します。 曽田さんは引退したけれど、 だからこそ彼の愛する札幌を 全身全霊全力で応援し続けます この度札幌に引っ越しました。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

生きる限り続く戦い(ゴール裏話)

2008年03月14日

鹿島4-0札幌

この結果は「取られ過ぎだなぁ」とは思うけども、頷かざるを得ない。
前半は飛ばして何とか隙を見せなかったが、燃料には限りがある。
それが何時来るかが試合の鍵だと思ったら、
やはりチャンピオンチームというのは違う。
冷静に札幌のエンジンを冷やしにかかり、見事勝ちを収めた。


DFラインの急造、中盤との連携不足、前線の中山だよりな守備(ダビが悪い訳じゃない)
札幌に打つ手は正直無かったと思う。これが「歴然とした実力差」だろう。
これを埋めていける。まだ目指す先がある。しかも遠くに。
前に進める。進む余地がある。それは素晴らしい事だ。
今度は勝とう。前半を90分やればそれで負けない。それだけだ。


で、その為の声がガクーッと止まった。
エンジンは冷えれば止まる。温まればよく回る。
溜息は、沈黙は、冷やしだ。
何故、2点取られた程度で黙るのか?
俺にはそれが理解出来ない。
ゴール裏ってそんな場所なのか?
聞くまでも無い。答えはNOだ。
ゴール裏は「熱い」「札幌というエンジンが回り続ける為の」場所だ。


「鹿島スタジアムのアウエーゴール裏に来て、失点で黙った人」
はその辺をどう捉えているんだろうか。
2点取られて、正直凹んだ。偽らざる心情だ。だけど、声は下げない。
懸命に歌い叫ぶ。
だってサポーターが負けを認めたら、あの2万人の視線に晒された11人は
一体どうすればいいのか?惨めに過ぎないか?
彼らは前後半を戦い切るまでその抗いを止める訳には行かない。
応援を止めた人からも、理不尽な野次を受けたりもする。

では「応援する側」は、勝ってれば浮かれて、負けてれば沈む。
そんな「美味しい処取り」でいいのかい?と。

確かに「やられれば凹む」し、「やってやったら浮かれる」そりゃそうだ。
だけど、後者はいいとして、前者をも堪える。
子供が失敗したら、凹むのかい?溜息をついて失望を顕にするのかい?

親はそうだったか?
失望を顕に、圧迫するような対応を見せてばかりか?

トップの前のちびっこサッカーの時は、あんなに溜息殺してたじゃん!(まぁ出てたけど)

あの時溜息を我慢したのは「未来ある子供に溜息は無い」と思ったからじゃないか?
俺が煽って思ったのはそういう温かい、応援しよう、支えようという心だった。
では、何故トップにはいきなり失望出来る?共に戦う事を放棄する?
それが、あの日は残念でしょうがなかった。

1500人かそれぐらい来たらしいけど、声なんて最初しか出てなかった。
2006年天皇杯の仙台スタジアム程にも出てない。
あんなもんじゃないだろう?
J2で優勝して、その価値は貶められるものじゃないけど、
やっぱりJ1で見れば一枚下というのは予想してた事じゃないか?

そこで「ああやっぱり」と失望するのか?
それとも「畜生やってやるぜ」と熱くなるのか?

ゴール裏という場所で、その場所に込められた意味をどう捉えるかは
それはもう各人の自由かも知れない。
でも、出来るなら、札幌を何とかしたい。何か力になりたいと思うなら
仮に失点しても、溜息を殺し、前を見据えて、もう一度声を張り上げる。
そんな気持ちを起こしてはくれないか?



J1の初戦で味わう現実の辛さは、ゴール裏にも現れたと感じる。
J1に上がれば終わりじゃなく、そこに基盤を作り、定住地を作り
根を張り、子を産み、連綿と営みを続けなければ意味が無い。

同じように、ゴール裏も人が増えるだろうけど、その全てが
熱く札幌の為に自らを犠牲に出来る人間では決して無い。
寧ろ、そう出来ない人の方が多いだろう。
そこに絶望するだけではなく、J1に居続ける為にチームが戦うように
声を出し、働きかけ、熱さと情熱を失わないゴール裏を大きく出来るよう
努めていかなければ、きっといけないんだろう。

そんな訳でドーム開幕、一戦必バモの精神で頑張りましょう。

追伸
藤田征也の2008チャント原曲は皆さん覚えて行ってください。
(かなりポップです。鹿島の解説はいい意味で忘れて下さい。1:15あたりのサビです)
http://www.youtube.com/watch?v=ChasB-pna2k


post by アラブ

00:45

観戦記 コメント(2)

J1は夢の舞台なんかじゃない

2008年03月08日

J1、夢の舞台。それはわかる気がする。でも諸手を挙げての賛同は出来ない。


J1は札幌にとって、確かに悲願だった。
その為に人を入れ替え、監督を入れ替え、サポーター同士でも意見をぶつけ合い
そうやってようやく今日と言う日に漕ぎ付ける事が出来た。
だから、それを喜ぶべきだろう。そういう気持ちはわかる。否定はしない。
だけれども。
どん底の泥を啜る、それどころか泥の下の土を喰らうような事までした札幌にとって
J1は既に夢の舞台、醒めていい舞台なんかじゃない。だってそうだろう。

そこに居なきゃ、そこに居続けて居住しなきゃ、何も無いんだ。
1年の間借りをしたところで、何も残せず「ああ、札幌も居たね」と言われて
それで済むような場所じゃないんだ。


札幌と言うプロサッカークラブが生き残る為に、
J1、1部という世界に居続けなきゃいけない。
18チーム中に対しての16.5枠という蹴落とし合いを
札幌は制さないといけない。

勝たなければいけないんだ。
負けなければ得られる場所じゃない。
この場所、この生活のエリアは「勝ち取らなきゃいけない」ものなのだ。
その相手が、J1王者であれ、アジアの王者であれ・・・・だ。


ここなら勝てるだろう。
ここはヤバイだろう。
とか、そんな事は心底どうでもいい。
サポーターに出来るのは、目の前の試合に勝つ。そしてJ1と言う土地を勝ち取る。
その為に選手を後押しする事だ。

J1に昇格した。相手もJ1だ。代表も居る。
だからなんだ。自分達に出来る事は応援を、諦めない応援をする事だけだ。

地力の違いとか、代表選手の数とか、そんなもんは関係あるけど関係ない!
サポーターとして出来る事、J2を勝ち抜いた選手に対して出来る事。
決して諦めない気持ち。誰かから何かを勝ち取る気持ち。
蹴落として、自分たちが其処に高らかに凱歌を謳い上げる。そういう気持ち。


それを、これから、しっかりと心に留めて



6年ぶりの、あの因縁の、カシマスタジアムに叩きつけてやろうじゃないか。


俺達は負けない。
心は折れない。
最後まで、理解出来ない程の必死さで
選手を後押しし、相手を叩き潰す。


上を向いて上がる為の崇高な戦いから、
今年は相手を蹴落とし自分の陣地、家を守る戦いが始まる。
勝負を決めるのは思いの強さだ。
では僕達は何をしようか?

答えはスタジアムで見せてくれればいい。

みんなで叫ぼう。

「札幌はJ1のクラブだ!」

と。


居るべき場所であり、そこに居る事が全肯定の理由になる。
評論家は、要らない。
賢い冷静な誰もが納得する論説など
ゴール裏においては全く必要とされないのだから。


たまらんシーンを羅列する

2008年02月18日

特に「このシーンが一番良かった」と順位をつけるという訳ではなく、
ただ個人的に胸が「ギューン」「くっはー!」となるシーンを
思い出しては書いていこうというエントリ。
どうしてもインパクトのあるものから書くとは思う。

(TV映像のつくりの上手さなんかも影響したりはする)


 


 
・2007年最終節の試合終了直後、高木が天に手を合わせ何事か呟くところ。
ほぼ全試合出続けてゴールマウスを守り、ギリギリの緊張感の中で過ごした一年。
長いシーズンで目標を達成した後、半ば放心したような顔で天を仰ぐ。
味方への合流で走り出すでもなく、一歩二歩前に歩きながら何かを報告する姿は
これまで届かなかった「J1昇格」という目標が、遂に達成されたことを伝えてくれる。
→その後の中山が皆で抱き合いながら泣いているところ、
 西澤選手がホッとしたような表情で両手を挙げ、笑顔を見せるところなんかも
 見ていてグッ!と来るものがあって、堪らない。
 というかこの一連は否定のしようが無い最高の場面。
 (テレビ中継では途中で「昇格決定」と言っちゃってて、なんかこう、なんかだ)

・2007年第4クール京都戦の岡本同点ゴール→ガッツポーズ→揉みくちゃ。
勝てば昇格、3位京都との直接対決で先制を許し厳しい状況にあって、
後半投入された岡本が石井からのパスを直接シュートし、ドームが爆発した。
あの時の歓声の凄さと言ったらどんな試合にも記憶が無く、鮮烈だった。
2006年の仙スタ仙台戦(確かフッキと謙伍で勝った試合)も強烈だったけど
3万人超えて、しかも目の前の念願に「手をかける」試合のゴールと言うのが
ここまで感情を爆発させるものなのかというのは経験に無かった。
このゴール、この時の爆発は、アレから3ヶ月経つ今でも思い出せば震える。

・2007年第4クール京都戦、石井の逆転PK(の三浦監督カメラからのリプレイ)
これは石井転ばされた→PK!?→ドーム沸騰+石井と岡本抱き合うの流れもいいんだが
リプレイの一環、三浦監督カメラから見たPKを蹴りこむシーンでは
「PK蹴りこむ→しゃがんでいたスタンドが一気に立ち上がる」ところが入っている。
こういう映像は余り無く、当日のテンパりまくってた時をすっと思い出す。
あの日のテンションは、負けてる時意外は本当に凄かった。
シーズン中はそんな黙ったりする事にばかり目が行ってたが、
そんなのを気にせず映像として見ればやっぱり面白い。
ゴールが決まる→サポーターが一気に爆発する。の流れはどの試合でも素晴らしい。

・2007年第4クール愛媛戦ロスタイム西大伍ゴール(現地+TV)
動きの硬い札幌に、捨て身の愛媛。途中大塚の大怪我もあったり不穏な空気。
現地の時はとにかく「ヘンな失点だけはしないで欲しい」と思っていたが
失点をギリギリで逃れる代わりに得点も無いままロスタイム。
曽田が上がってどうなるか解らない、やや静かになってしまったゴール裏は
曽田が競ったボールが西に転がり、角度の無いところから打ったボールが
ゴールネットを揺らしたと解った瞬間にありえない程の大爆発。
一人一人の人間の動きが、今まで見た事の無いものだった。
これは映像でも解るけど、とにかく皆暴れている(というか何か体を動かしている)
ドームだと足元の安定とか広さに乏しいからそこまでは動けない。
あの愛媛の状況はそれはもう凄かった。
テレビ的には札幌ベンチの荒れ具合というか、爆発っぷりがとんでもなく
三浦監督の「よっしゃ!よおっしゃ!」みたいなガッツポーズ→中山とのタッチ
辺りが見所だと思うのだけれど、現地ではとにかくサポーター。
ゴール裏のやや高いところから眺めさせて貰った自分には
あんな喜びが存在するんだというのは本当に勉強になったと言うか、ビックリした。
天皇杯等でのゴールもそれは凄い喜びがあったけど、
このゴールにかかっているものは「昇格」であり、「念願」だ。
多分その辺の念みたいなものの積み重なりが
天皇杯での盛り上がりと、2007年J2リーグ終盤との盛り上がりの質の違いなのかなと思う。



もっと書こうと思っていたけれど、
当時の喜びに身を震わせたりしてたら思いの外疲れる事が解った。
また気が向いたら色々思い出してみたい。
(他、第2クール福岡戦決勝ゴールへの流れ、第4クール福岡戦岡本ゴールなんかが
 ふと考えても思い出される。あとは第1クール仙台戦全体の雰囲気かな・・・)


post by アラブ

21:55

由無し事 コメント(3)

もういくつ寝ると開幕戦

2008年02月07日

もう一月もすれば開幕戦である。
丸々5年間、戦ってきた相手は2部リーグだ。
そこをギリギリで勝ち上がった。
上積みは正直心許無い。
J1とJ2の実力が、下と上でクロスしていないとすればどうなるだろう。

どちらにせよ札幌は苦しい戦いを余儀無くされるだろう。
勝ちに慣れたファン達はどう感じるんだろうか。
自分に出来る事はただ応援するだけである事は十分解っている。
応援する場所で弱音を吐いても仕方が無い。
だから、精一杯応援する。

結果まで同じになっては溜まらんが、
結局応援するしかない。という開き直りをせざるを得ないのは
一番辛かったシーズンと同じで、あの頃を思い出す。

美化する訳じゃ無いけれど、あの時は目の前の一勝の為に
目を剥き、手を振り上げ、飛び跳ね、喉を嗄らしていた。と思う。
勝ちを得る。勝つ。という事が、本当に遠くて難しかった。
精一杯に、油断無く戦って、ようやく手に入れた片手に足りる勝利(←リーグ)
あの頃研ぎ澄ませていた心がブクブクにならない内に、
あの頃なんか忘れてしまえと自分に言ってしまう前に、
J1に上がれて本当に良かったと思う。


J1のピッチは与えられるものではなく、勝ち取るものなのだろう。
2008年のJ1のピッチを、札幌の選手は勝ち取った。
2009年もJ1でやれるかは、今年「来年の権利」を勝ち取れるかどうかにかかっている。

残るという気持ちじゃなく、勝ち取る。
2009年のJ1を、その翌年は2010年のJ1を、勝ち取る為の戦いが始まる。
金が無いなら気持ちで勝つ!負けないじゃなく、勝つ。

ああ、考えてたら寝れねぇ。
ホームジャックなんか多分無理だろう。常にアウエーなアウエーのスタジアム。
ああもう、一人が30人分ぐらい声出さないとなぁ!やべぇ燃えて来た!
数だけ多い奴らなんかに負けるかよ!おおおおおやるしかねぇ!


と言う訳で随分心が沸騰してきたので黒ラベル飲んで寝ます。


post by アラブ

00:32

応援私案 コメント(0)

昇格圏に入れない:2004~2006の思い出

2007年12月30日

気がついたらJ2最下位でプレイ
そしていつも1対2で負ける
諦めずにアクションサッカーに挑戦するけど、いつも中盤で負けるよ
清野が覚醒すれば多分J2上位なれるけど
何回やっても 何回やっても J2リーグ勝てないよ
あのパスミス何回やっても減らない
うしろに下がって守り続けてもいずれヤンツーに怒鳴られる
シュート連打も試してみたけど全部枠外じゃ意味が無い
だから次は絶対勝つために僕は天皇杯は最後までとっておく

気がついたらJ2中位に馴染んでる
そしていつも連勝の後に負ける
諦めずに昇格圏までたどり着くけれど、すぐに圏外に落ちる
アクションサッカーすれば見た目華麗な試合出来るけど
何回やっても 何回やっても 上位クラブ倒せないよ
京都福岡は何回やっても凌げない
甲府と仙台に競り勝ってみても水戸に足元掬われる
デルリス強奪も試してみたけどスタイルに合わなきゃ意味が無い
だから次は絶対勝つために僕は池内だけは最後までとっておく

フッキがスタメンに居れば楽に相手のゴール奪うけど
何回やっても 何回やっても 勝負弱さ直らないよ
無駄な失点何回やっても減らない
派手な試合で勝ち続けていても次節で下位に飛ばされる
加賀とフッキが覚醒したけど来年居なけりゃ意味が無い
だから次は絶対勝つために僕は天皇杯は最後までとっておく

勝てないよ


post by アラブ

13:10

由無し事 コメント(0)

妄想CM

2007年12月13日

会社から帰る夜中の道すがら、立ち並ぶマンションの隙間の夜空に星を見る。
自分の不甲斐無い会社での暮らしを思い、何故自分はこんな場所に居るのか
そんなどうにもなら無い疑問を、どうしようもないと解っているけども感じる。

最寄の駅から自分の部屋に帰る途中、立ち寄ったコンビニ。
何の気も無しにビールが並ぶ棚の前に立つ。
目に映る、目に入る、目に入ってくるのはサッポロ、黒ラベル。

その星を見ていると、頭の中に色んな時間がフラッシュバックする。
絶望的な連敗の後に博多で決めたダイビングヘッド、
先制された状況からルーキーがボールを持ち、ロングを放った室蘭。
準々決勝で破れた後、絶望せず声を張り上げた丸亀。

黒ラベルを手に取り、会計を済ます。
ソレを手に持って家に向かう途上、思い浮かぶ柳下体制の残り2年。

池内で沸き立つ厚別、三原の小瀬ゴール、ドームの3失点。
フッキをドツいて叫ぶ柳下監督、夜の厚別上里のロングシュート、
柏での絶体絶命を起死回生した相川、フッキ、中山のゴール。
勝ち上がっていく天皇杯。一歩も引かなかったガンバ大阪戦。
Jの覇権の一端を担うクラブに突き刺した、生え抜きの一発。

家に帰り、ムヤムヤした気持ちを少し抱えて非常階段の踊り場に出る。
街の冴えない夜景を眺めながらプルトップを開け、ふと立ち上る香りを感じる。
週の終わりのたび、飛び跳ね、怒鳴り、歓喜し、苦悩して、
そうしてついこの間絶頂の感動を覚えた。その時をまた思い出す。
ビールを飲む。喉に流す。
ここまでの数え切れない絶頂の宴会で、どん底の宴会で、
仲間と飲んだその味が、今また喉を突き通る。

そうだ俺は札幌が好きなんだ。その為に走ってきた。
札幌が好きで、その為に走って、跳んで、叫んで、合間には、飲んで
そうして来た全ての時間をこれを飲む度に思い出す。
自分は一人じゃない。同じ思いを共有する誰か、
決して少なくない誰かが居る限り、自分は潰れない。
何が相手でも、誰が相手でも、自分が札幌を思っている限り、
自分は、潰れない。

札幌を思う全ての人の心に沁みる、サッポロビール。


post by アラブ

00:36

由無し事 コメント(0)

悲願達成

2007年12月04日

京都戦から2週間、再び早朝のドームに並んだ。

目の前にぶら下がった昇格と優勝は、
手を伸ばせばいつでもつかめそうではあったんだが、ご存知の通り中々届かない。
手の内に入らない内に段々と、目の前のソレはその現実味を無くしていって、
「もしかしてこれは現実じゃないもの、自分には関係の無いものなんだろうか」
と、ぼんやり弱気と言うには余りに薄い、
諦めというには対象に対する執着にも欠ける
そんな鬱陶しい気持ちを思わせるモノになっていた。

フワフワとした期待というか、確定した喜びを待つかのような感情を
否定しようにも否定しきれず、それを否定すれば途端に「絶望」に向いてしまう。
感情のやり場が無さ過ぎる危うい状況で試合を待つ。
しかし本当に恵まれた事に、危機感バリバリな方々と応援をする事となり
危うく現実感の無いまま戦いそうな自分は、
辛うじて地に足をつけて応援をやれる事になった。
本当に有難い事だと思う。

そうだぜ。試合後にサポーターや選手と衝突したり、
あーでもないこーでもないと言い合ったり、どうしたらいいか考えたり
ゴール裏の真ん中で「味方だろうがコイツにだけは負けるか!」
と年やら何やら考えずに全力でバモッて、
「勝った・・・圧倒的に勝った(@札w」
みたいに心の中で勝ち誇るような、不毛な(だが愛すべき)事を
何年も何年も繰り返したのは何の為か。(いや、こればっかじゃないけども)
全ては今日勝って、J2からJ1に昇格し、真に誇らしい場所で勝負する為だぜ!
そう思うと、気合が入ってきた。



試合は先制され、前半終了前に追い付き、後半終了間際に逆転。
ドラマチックこの上無いものだった。
自分としても、胃がひっくり返りそうになるだけバモッた。悔いは無い。
昇格&優勝の瞬間は、目から反射的に少し汁が湧いて来た。
これが胃から湧いた汁じゃなくて本当に良かったとは、
自分の横でバモッてた人なら解るんじゃないかなと思う。(マジにヤバかった)

土曜はその後、公約通り日曜の朝まで飲んだ・・・・
(オ●サイドさんには本当にご迷惑をおかけしました)




「昇格」「優勝」
言えばすっと消えてしまいそうで、中々言う事が出来なかったこの言葉を
今はもう堂々と言う事が出来る。
昇格、優勝。うむ。素敵な言葉だ。昇格、優勝!Shokaku!You show!

個人的に、年内、いや、正月の間ぐらいはこの言葉に浮かれて居たい。
でも、年が明けて2008年のチームがスタートしたならば
当然兜の緒と、パンツのゴムと、財布の紐と、二日酔いの朝の肛門括約筋は
締めていかないとエラい事になると確信している。

J1昇格が認められ、減資だなんだもリアルな問題になっている。
浮かれてる間に個人的に好きだった選手も戦力外になった。
(それについては追々書こうと思う)
これからの人事とか、気持ちの整理がつかない事も多々あるだろう。
でもやっぱり春になればスタジアムに行って、応援をする。
仮にそれが何処のスタジアムであろうとも。
それこそもしかしたら、再来年にままたJ2でやってるかも知れない。
それでも、やっぱりスタジアムに行って応援をするんだろう。
だってオラはサポーターだから・・・


それでもアレだ。俺は浮かれる。精一杯浮かれる。
ずっと続くコンサドーレとの関わりのなかで、
中々こんなに「嬉しい」事は連続して味わえるものじゃないのだから。
折角サッカーに触れてるのに、喜びと悲しみを感じないのは勿体無い。
感じたそれらは「出していいところなら」精一杯出すべきなのだ。

今浮かれないでいつ浮かれる!

年末年始、色んなイベントなんかでまた「昇格&優勝」に触れると思う。
是非今の札幌の礎を築いてくれた恩師の言葉を、
その胸に刻んで、そんで飲みすぎに注意しつつ浮かれて欲しいと思います。

悲願達成! 乾杯! ガシャーン  ギャー!イテェ! ツメタイ!


post by アラブ

23:07

観戦記 コメント(3)

選手はやった。サポーターは?:京都戦

2007年11月22日

自力昇格のかかった京都戦は、ご存知の通り3万2千人超の大観衆。
「ONE HEART」のコレオグラフィもバッチリ決まり、
試合前の大塚コール、選手への応援、非常にいい雰囲気に見えた。


試合は一進一退の状況で先制を許す苦しい展開。
後半、監督の大鉈と言っていい選手起用が見事に嵌り、
ボールも人も動くサッカーで京都を完全に圧倒。
岡本の同点、ドーム沸騰。そしてPK奪取、ドーム沸騰!
このまま歓喜の坩堝はその温度を更に上げるかと思われたロスタイム、
裂帛の気合で押し込んでくる京都に耐え切れずPK献上。
今節での札幌昇格はならなかった。


で、引き分けたからと言う訳じゃないが、やはり気になる事がある。
「ゴールが決まれば大声を上げ、失点すれば声が無くなる」
という、いつまでも解決されない例のアレである。

幾度と無く、何処ででも言ってる事で、
特に今回のように「お客さん」或いは「ファン」が多い試合では
その割合は更に多いのだろうけども、やはり苦言を呈さざるを得ない。
自分は、後悔をしたくないのだ。

綺麗に崩され失点した。
でも、何でそこで静まり返る必要があるのか。
そんな事は絶対にない。いや、あっちゃいけないんだ。

選手の後押しをするには「何をやっても応援する」
そういう態度が最低限必要だ。叱咤だ何だは試合の後にすればいい。
なのに、愛媛戦、鳥栖戦、京都戦、見事に不利な状況では声が無くなる。
黙って突っ立って腕組んで、煽られてやっと少し声出して、失点すれば溜息。
それで「札幌のサポーターです。選手を後押ししてます」なんて
どんな精神を持っていれば言えるのだろうか。どんな図太い人が言うんだろうか。


観客数が増えるのは当然喜ばしい事だ。客が増えれば当たり前に嬉しい。
今回の状況がやはり観客が増える事に付随して大きくなる問題なのも解っている。
でもやっぱり「札幌のサポーター」を自認して、
B自由の「熱烈サポーターゾーン」で立ちっぱなしで「応援してる」人には言いたい。

「いい加減、選手から貰うだけの態度は捨てないか?」と。


「気持ち見せろよ」とか、「もっとやれるだろ」とか、
そういう言葉が聞こえてきた事は幾らでもあると思う。
或いは「選手を後押ししよう」とか「何の為にここに居るんだよ」とか。
その都度あなた(無自覚な地蔵)はどう思っていたんだろう。俺には解らない。

そういった言葉を言う側が、何故そういう事を言っているか、
苦しい中、ヘトヘトになりながら、それでも人に聞こえるよう
精一杯の声を張り上げて「選手じゃなくサポーターに」叫ぶ理由を
想像した事はあるだろうか?


「声が全く出てないから」「ゴール裏なのに『応援』が出来て無いから」
「そんな状況で選手にゲームをさせたくないから」「選手の後押しをしたいから」
「絶対に、目の前の試合に対して悔いを残したくないから」

自分の場合は、大体これぐらい。
だから一生懸命、みんなにやって欲しくて、そうやって叫んでいる。
つまり、叫ばれてる段階で、全然隙だらけであると、そう思って欲しい。
そして「今回は極力気にしないで居よう」と思った京都戦でも
結局俺は叫んでしまった。だって真ん中から外れていった先のバック側は

それはもう見事に氷点下と言っていい大地蔵峠だったんだから。


人数が多くて素晴らしい雰囲気だった。
岡本が決めた時、凄い盛り上がりだった。
謙伍が決めた時、涙が溢れた。

色んな感想があるだろうし、否定はしない。
俺だってやっぱり決めた時は喜んだし、それはもう嬉しかった。
ただ、だからと言って「あの試合に悔いは無い」なんて口が裂けても言えない。
何故か?選手がやったのに、サポーターはだらしなかったからだ。
ロスタイムにPK取られた瞬間、ドームは静まり返った。
PKを決められた瞬間、やはりドームは静まり返り、溜息に包まれた。
あれは、果たして「応援」だっただろうか。

何度でも言おう。

選手は昇格に値するだけやっている。
サポーターである俺達は、そこまでやれているんだろうか?

もう一度自分を振り返って、
どこか言い訳をするようなバモりっぷりをしてなかったか、
次の試合である水戸戦までに、自分の答えを見つけて欲しいと思う。

2004年の開幕戦で実現したドーム沸騰みたいな、
サポーターの心の底から湧き出るような一体感と熱さを持って
今年の最後を全力でバモれればなぁと、本当に思います。
(まぁアレは切欠が聊かアレ過ぎたが・・・)


post by アラブ

01:12

観戦記 コメント(20)

その胸のエンブレムを掴め

2007年11月15日

チームが逆境にある時、試合中相手に点を取られた時、
酷く押し込まれてる時、味方がミスをした時。

味方を野次ってしまった。
溜息をついてしまった。
応援を止めてしまった。
立ち尽くしてしまった。
下を向いてしまった。


色んな弱気が出てしまった事が、「ゴール裏」に居る「あなた」にもあったと思う。
そうなる心の弱さを、俺は否定しない。経験が無いとは、言えないから。

ただ、もうそんな弱気は拭い去って欲しい。
弱気な人が応援してても、それは本質的には応援足り得ない。
ならばどうやって気持ちを奮い立たせるか。
気持ちを奮い立たせるのは「目的と手段」を認識する事が一番大事だ。
では、自らの「サポーター」としての存在意義を再認識するにはどうしたらいいか。

胸のエンブレムを掴もう。

あなたが着ているユニフォームの、あなたが巻いているマフラーの、
あなたが応援する、あなた自身である俺達のチームの、そのエンブレムを
弱気になりそうな、目を背けたくなるその時こそ、握り締めようじゃないか。
そのエンブレムが、エンブレムに込めるあなたの思いが、
どんな逆境にあってもきっと心に火を点ける。
心の底にある「札幌への思い」が、萎えそうな、冷え切りそうな
静まる心の原動機に、爆発する為の火花を与えてくれる。試してみれば、絶対に解る。

どんな場所に居ても変わらない。
札幌を応援する事に、その気持ちに変わりは無い。
貴賎も当然無い。誰が偉くて、誰が悪いとか、そんな事は勿論無い。

これだけしか無い。この為に心を燃やせる。その対象が札幌だ。
その気持ちがあれば、札幌を応援する気持ちがあれば、
胸のエンブレムを掴む事が、エンブレムを掴んで歯を食い縛る事が、
逃げ出す以上に真っ当な、熱い場所に俺達を引き上げてくれる。

だから心に留めておいて欲しい。
これからの試合も絶対に楽じゃない。
或いは予想していても辛くなるような、そんな状況になるかも知れない。
だからこそ、その時にエンブレムを掴め。
心の原動機が止まらないように。心の原動機を燃え上がらせる為に。



あなたの心を燃やすのは、声の大きい誰かじゃない。
その心を持っている、自分自身だ。
心を燃やす切欠も、誰かが与えてくれるものじゃない。
自分の心に火を入れられるのは、他でもない、自分自身しか居ないのだから。


日曜日の京都戦、試合開始の瞬間にエンブレムを掴もう。
その胸にあるエンブレムと、そこに込められた色んな人の思い、願い。
それらも受け止めて、自分に出来る精一杯の応援をしましょう。


「ゴール裏って、何ですか?」

2007年11月13日

ゴール裏【ゴールうら】
(名)
(1)主にサッカーの試合が開催されるスタジアムにおける、ゴール後方に位置する客席。
「夢の島の―は低いわ狭いわで、試合を見られる場所じゃない」
(2)(熱狂的サポーターが(1)に集まる事から)サッカーの応援を行う場所。
(3)(1,2から)応援をする人達、或いは応援そのものの総称。
「浦和の―は凄い」「柏の―はいい意味でおかしい」


いろんな考え方があって当然だし、それぞれに言い分があると理解した上で問いたい。
「ゴール裏って、何ですか?」と。

鳥栖戦の話をすれば、昇格が目前+今シーズン最後のアウエーという事もあり
日曜日の遠隔地開催の割には「ゴール裏」の人数はとても多かった。
大塚に対するコールなんかではみんな気持ちも入っていたと思う。
でも(特に先制されてから顕著だったんだが)とにかく声が出ない。跳ねない。
人数の割には全く迫力を感じない。ビジュアル的には良いんだろうけども。
一言で言うと、バモらない。「ゴール裏なのに」バモらない。
笛吹けど、踊らず。地蔵峠の風景は、一見賑やかなだけに、尚更虚しい。


鳥栖戦。試合に負けたのは仕方ない。鳥栖の出足が完全に上回っていて、サッカーをさせて貰えなかったという点で非常にハッキリと優劣がついてしまっていたから。悔しいけど仕方ない。相手が良かったし、勝った方が強いという岸野監督の言葉は当然だ。
でも、やれる事をやれなかったと言う点では「鳥栖戦での札幌側ゴール裏」にはやはりやり切れない思いと不満がどうしても残る。俺は悔しい。押し込まれ、苦境に立たされている選手を後押しするどころか、萎えている人が大勢居る。気持ちを見せようと自らに苦労を課して、体力も限界になりながら懸命にバモッても、冷めた人は熱くならない。
俺が鳥栖のスタジアムDJなら、問うぜ。聞くぜ。訊ねるぜ位の勢いで訊ねたい。
「ゴール裏って、何ですか?」
「あなたが居る場所は何処ですか?」
「そこに何をしに来てるんですか?」

2年前、初めて徳島に行った時や去年初めて愛媛に行った時なんかに感じた
「物見遊山的なヌルさ」が蔓延する、あの雰囲気。
ハッキリ言えばこないだの愛媛戦も大概酷かった。
何かの影響からわっと人数が増えると途端に「ゴール裏」に蔓延る謎の病。
「ゴール裏に居る=応援してる」ってのは、断じて違う。

枯れ木も山の賑わいとは言うけれど、枯れ木だったらまだ燃える。
でも、地蔵は石だし、燃えてはくれない。焼け石ならいいけど、冷え切ってる。
燃えないものが多くを占めると、火の勢いはどうしても弱くなる。
俺達と熱くなれ!沸騰するゴール裏!そこに「水を差す」と沸騰は止まる。
なんつーか「何もしない事による邪魔」をしないで欲しい。

ゴール裏って、いい湯加減の場所ではない。
いい湯加減じゃ「ゴール裏」ではない。そんなのはアレ。足湯とかだ。
そんなもんは隠れ家的都心型スパリゾート(笑)やら、
大理石にヒーター入れて岩盤欲(笑)やらに任せておけばいい。
ゴール裏ってのはえてして熱くて苦しい。「楽しいだけ」では決してない。
だけどその分選手と共に「苦しみも喜びも」味わえる。
ゴール裏ってのは、そんな場所なんじゃないんですかいと思うわけです。
札幌の選手を後押ししたいなら、相応の労苦を厭わないで欲しいんです。

「後押しすべき札幌の選手」のミスに対して、やたらと大きく溜息をつく。
失点した後はやる気が萎えてだんまりを決め込む。
選手がゴールしたらしたで、嬉しくなって歌いだす。
こんなのは応援でも何でもない。選手の力を削り、選手から力を奪っている。
もしこんな人だらけなら、選手は「自分を盛り上げる為に自分で頑張る」羽目になる。
(しかもミスすれば溜息によって「選手は力を削られる」)


「チームは立派に昇格を狙える位置に居る。
 でもサポーター(自分)は果たして昇格に値するもんなのか?」


選手は頑張ってる。自分は果たしてどうか。
胸のエンブレムに今一度手を当てて考えて貰えれば幸いです。


post by アラブ

01:13

応援私案 コメント(20)