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サッカー歴は古いです。 中学でサッカーを始め、中学時代にメキシコ・オリンピックの日本の銅メダルを目の当たりにし、メキシコW杯の「イタリアvs西ドイツ」戦に感涙し、高校までサッカーをしていましたが、心だけは今でも現役です(笑)。 ちなみに湘南ベルマーレ監督や全日本女子代表監督を歴任した上田栄治さんは高校時代の1年先輩。彼は一流でしたが、ご一緒した経験もあります(他人のふんどしでものを語ってどうするっ…爆)。 コンサドーレ札幌との関わりは、北海道・札幌移住後のコンサ誕生以来。 エメルソンの移籍騒ぎのときに、市民株主(1株ですが)となりました(結局エメは逝ってしまったが)。 昨今は、元コンサドーレ出身の選手の活躍を見るたびに、死んだ子の歳を数えるような機会が多くなり、自分の年齢を今さらながら実感しています。 ただ、コンサドーレ札幌を愛する気持ちは、昔も今も変わりません!
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2006年03月15日
今日はコンサではなく、「W杯」についてコメントします。
私がはじめて「W杯」なるものに接したのが、1970年メキシコ大会でした。
1968年のメキシコ・オリンピックの銅メダルの余韻を残したころ、サッカー少年だった私は、サッカーマガジンで、オリンピックよりすごい(何がすごいかはわかりませんでしたが)「W杯」なるものが、縁起のいいメキシコで行われることを知り、それから「W」の文字に過敏に反応していました(それについては、恥かしい思い出もあるのですが、ここでは披露しません、絶対に)。
で、いよいよ70年メキシコW杯が行われ、テレビを通して見る世界の一流選手のプレーに固唾を呑んで見入ってていました。だって、見たことのないすごいプレーばかりですから(見た翌日にはグランドでまねていました、もちろんできませんでしたが)。
特にペレのプレーは一つ一つ目に焼きついています。
古いニュース映像で見た、17歳でデビューしたスイス大会のプレーもすごいと思いましたが、メキシコ大会では、「こんなこと何で考えつくの?」というのが見たときの正直な感想でした。
今でも覚えているのが、ペレにはやいパスが出され、あわや1対1の場面。相手のGKがあわててそれを阻止しようと前に出てきたとき、ペレが何をしたか知っています?自分でスルーして、GKを回りこしてボールに追いつき、シュートを打ったんですよ。ビデオで見ると、ペレがパスされたボールをもし止めたら、GKがスライディングなりで止めることができたような気がしますが、まさに「意表をつく」スルーだったわけで、あの場面、ペレ以外、誰もあんなプレーを予想しなかったでしょうね。それがすごいんですよね。一瞬で考えて、しかも実行してしまうんだから・・・。
結局パスが速すぎて追いつくのがやっとこさのため、シュートははずれましたが、あらためてサッカーの面白さを教えてくれたシーンでした。ビデオなども出ていますので、一度レンタルショップなどで見ておいて損はないと思います。
あと、個人的には、当時西ドイツを応援していましたので(理由が何でか思い出せないのですが)、準決勝のイタリア戦。肩を脱臼した皇帝ベッケンバウアーが肩をテーピングして、けな気にプレーしていたこと、そして最後はイタリアに負けたとき、思わず涙したのを思い出します。自分のチームが負けたときより、悔しくて泣いたことを覚えています。そして、はやく日本代表がW杯で活躍できたらと思ったのも1970年大会でした。
ですから、今、日本代表のプレーに一喜一憂し、J1・J2、そして我がコンサドーレ札幌に一喜一憂できることが幸せです。
J1発足時、鹿島アントラーズにレオナルド、そしてジョルジーニョが加入してていたときのとある試合(いまだに対戦相手が思い出せないのですが、浦和かなぁ?)。右サイド、ペナルティエリアやや後方でボールをキープしたレオナルド。相手DFと間合いを取りながら、ゆっくりとボールをキープ。ジョルジーニョの上がりを待ちます。そしてジョルジーニョにパス。ジョルジーニョが右ペナルティエリアまで切り込み、ニアに速く低いボールを送る。ところが、相手DFも、味方FWも誰も反応できず、結果は相手チームのDFがクリア。ジョルジーニョが怒るは、怒るは。つまり「何でニアに走りこまないんだ」ということだったわけですが、日本人プレイヤーはジョルジーニョの意図が敵・味方を問わず、分からなかったということです。今なら笑っちゃいますが、Jリーグ発足の当時ですら、日本のサッカーレベルってそんなものだったんですよね。
だから、私のような古い人間は、今のコンサにもいいところを見つけようと努力しています。日本のサッカーの歴史はまだ浅い、コンサの歴史もまだ浅いということで、まとめさせていただきます(何がまとめか分かりませんが・・・笑)。
サッカーのネタはたくさんあるのですが、それは次回ということで。
追記
当時、Jリーグにジョルジーニョが来ると聞いたときはぶったまげました。なぜって、当時バイエルン・ミュンヘンに所属し、彼が代表戦で抜けるとバイエルンが大きく戦力ダウンするといわれたほどの右サイドのスペシャリストでしたから。私なんぞ、ウソーだろ?を連発していました。今ならロベルト・カルロスが日本に来るようなものでしたが、あまり騒がれませんでした(実はドゥンガが来たときも静かだったなぁ~?)。日本のプレスもレベルはその程度だったということで・・・爆。
2006年03月13日
前回、「何やってんだか?」みたいなことを書きましたが、前言を少し訂正します。
実は、札幌ドームでの開幕戦を応援した後で、記憶をたよりに前回の記事を書きましたが、その後、NHKのビデオ録画を止めては見て、見ては止めて感じたことは、水戸のゲームプランが結構巧みなことと、その術中にはまったとはいえ、コンサも結構やっているじゃんという風に考えが少し「前向き?」に変わりました。以下にそのポイントを記したいと思います。
サポーターズグログを読むと、水戸の「低レベルなサッカー」に対抗できなかったコンサは駄目だとか、何やってんだという論調が意外に多いのに驚きましたが、ビデオを見ると、水戸の守り方のうまさにビックリしました。
第1は、ディフェンス=4バックのラインが下がらなかったこと(もちろん、コンサのしかけがワンパターンでショボかったことは否めませんが…)。
第2は、前線との間をコンパクトにしていることで、コンサの選手がボールを持った際に、ほとんど2人(フッキに対しては3人)で囲んでいたことです。
第1のポイントについては、コンサの攻めにアイディアがとぼしかったことが水戸にとって幸いし、高いラインを維持できたことは否めませんが、ラインを高く保つ、90分間ずっとそれを維持するのって勇気がいりますよね?だって、4バックの後ろに敵のためにスペースを与え続けるってことですから、日本代表ですら、90分間ずっとラインを高く維持している試合はそうありませんよね。
第2のポイントは、第1のポイントと絡んできますが、前線とディフェンス・ラインがコンパクトに保たれているので、前線から中盤にかけて、コンサの選手に対して、常に2人以上かなりのプレスがかかり、コンサの中盤、特にボランチの二人が機能しなかったものと考えられます(一番はスピードダウン)。
その意味では、水戸のゲーム運びを「低レベル」というのは言いすぎ、というか、ひいきの引き倒しのような気がしました。最初から引き気味でくるのは分かっていた(というか、それが今の水戸の持ち味?)のですから、それをどう崩すかが課題だった、そしてコンサはそれができず、逆に水戸がワンチャンスで勝ちをもぎ取ったというのが、今回の試合結果につながったのかなぁと今さらながら、水戸の前田監督に感心しています(当然、水戸の選手たちにも)。
で、それでは、コンサはということになりますが、一番はゲームの中での「ノーアイディア」と「チャレンジ」です。
ノーアイディアに関しては、
1 前線の動き出しがほとんどなかった
(清野もフッキもセンターラインあたりでよく見かけました)
2 左右の大きなサイドチェンジができなかった
(何本か前半にあったけど)
3 1対1のトライが少なかった
(特にドリブル突破などトライすれば勝つのに、後ろに下げる)
チャレンジについては、前回も書きましたが、
1 数的優位を作るためのコンセンサス(共通認識)が希薄
2 数的優位を作るためのチームとしてのくずしのパターンが少ない
応援してるときも感じましたが、トップの二人は水戸のディフェンスの後ろがあれだけあいているのに、味方がボールを持ったときに、ほとんど動かず、ボールを待っている、またはボールをもらいに下がっていました。あれは、水戸にしてみればこわくも何でもないですよね。2トップがディフェンスの背後にねらう動きをして、そのあけたスペースに砂川や鈴木が入り込む形ができていたら、水戸は守りにくかったと思います。今節に関しては、ほとんどなかったですし、トップが下がってくれば、ラインを押し上げ、さらに囲みやすくなるし、パスコースもせまくできますから、インターセプトもしやすくなります。完全に術中にはまったということです。たしか水戸の前田監督が「フッキがもっと簡単に左右にはたいていたらこわかった」というようなコメントをしていたような気がしますが、まさにそれがポイントでしょうね。コンサはつなぐことには労力をつかいましたが、肝心の水戸のラインをくずすアイディアが出せなかったということでしょうか?
でもね、(素人の)私の感じたことが、もし今回の敗因だとしたら、修正はしやすいと思いませんか?料理にたとえれば、基本の調理ができているのですから、食べる人がおどろく「味付け」をすればいいだけですから。それは、選手個々の(ひょっとしたら監督の?)ゲームの中で、何をすれば相手がいやがるか、頭をつかうこと、アイディアだと思いますが…(私は料理も好きですが、意表をつく味つけが得意?です…)。
ロナウジーニョって、大好きですが、何をしかけてくるか分かりませんものね?もちろん、コンサの選手にロナウジーニョのようなハイレベルなしかけは期待しませんが(ゴメン、ロナウジーニョが別格なので)、ディフェンスの曽田がボールを持った、そうしたら、今回の水戸のような戦い方をしてくる相手であれば、前線の誰が、どう動くのか、必ず右か左のコーナースポットあたりにロングボールを送る、だから、アウトサイドの芳賀か、関が縦に走る、もしくはボランチとパス交換をしながら、全体的にラインを押し上げて、和波が縦に一気に駆け上がるとか、そのあたりの「くずし」のアイディアを共有できれば、水戸はこわくないと思いますが、いかがでしょう?
今年のコンサは、それができそうな気がします。
チームって、そうしたディシプリン(決まりごと)と信頼関係で成り立っていると思います。
昨年は、ボールをこわがる、パスしたら知らん顔、チームがバラバラな時間帯ってけっこう散見されましたが、水戸戦を見る限り、そんな低レベルなチームではありません、今年のコンサは。期待できると思います(思いたい?)。
ラングストン・ヒューズの詩をもじると、
勝てないってのはつらいし、負けるってのはみじめだよ
だから、お互いを信じるってことを。勝つってことを
そしてサポーターがチームを愛するってことを
うろ覚えなので、ラングストン・ヒューズのファンの皆さん、ごめんなさい。
時節の山形戦に期待したいと思います。
追記
フッキについても弁護しておきます。最後はプッツンしましたが、ゴールへの意欲は彼が一番でした。頭を冷やし(冷静に自己分析をして)、次のチャンスでは相手のいやがる選手でいてほしいと思います(やたら滑っていたのが気になりましたが…)。
2006年03月12日
本日の札幌ドーム・ホームゲーム、VS水戸ホーリーホック戦観戦記です。
う~ん、若いというか、何というか、水戸の術中にはまって、セットプレーで失点。元々、ディフェンスには定評のある水戸ですから、結局は1失点のまま、ゲーム・オーバー。おまけは、フラストレーションのたまった「フッキの退場+ヤンツーさんの激怒シーン」。
色々書きたいことはたくさんあるけど、敗戦のポイントは、チャレンジする選手が少なかったことと、ゲームの流れをチームとして共有できなかったことでしょうか?
一つ目のチャレンジについては、水戸が4バックで高いラインを引いて、中盤から前線にかけて早めのプレスをかけてきているのが見え見えなのに、バックパスのオンパレード。
こうした相手の場合、4バックの裏へのロングボールや、ワンツーや1対1でのトライで、サイドをくずすことがもっとも効果のある攻撃だったと思うのですが、残念ながら中盤から外へはやい仕掛けができず、バックパスに終始してしまったことで、水戸のディフェンスは楽々と守っていたという印象です。
さすがに失点後は、だいぶ仕掛けがはやくなりましたが、前半何回かあったサイドのくずしのときに得点できなかったのが、ボディーブローのように最後まで効きましたね。
チャレンジと書きましたが、何も1対1で仕掛けるだけがチャレンジではありません。簡単にいえば、ガチガチに守っている相手に対してどこで「数的優位」を作れるかということです。そして、そのチャレンジをチームとして共有できるかどうかがだと言うことです。中盤しかり、サイドしかり、前線しかり。
そういう意味ではボランチの二人、特に鈴木の配球はダメでしたね。私の目には彼がバックパスするシーンしか思い出せません。鈴木選手のよさは、視野の広さと、長く、正確なボールを前線に送れることだと思っているので、今日は残念でした(上里選手の復帰はいつなんでしょうか?)。
二つ目のゲームの流れをチームとして共有できなかった点については、失点シーンがそのまんまです。
水戸の前線からのプレスで危ないシーンを招いた後のコーナーキック。思わず「こんなところで点を入れられるなよ」と素人の私ですら考えたとたんの失点でした(思わす口に出してたので、カミさんからも「私も思ったけど、言ったら入っちゃうと思ったので言わなかったのに・・・(プンプン!)」と、さも口にした私のせいで入ったかのように怒られてしまいました・・・笑)。
おそらく、私たちだけでなく、あのときの試合の流れは、選手たちも「ヤバイなぁ」と感じていたと思います。誰かがそれを口に出して、マークを確認するなり、チーム全体として危機意識を持っていれば、防げたかもしれません。
水戸からすれば理想的な展開ですよね。後は守りきればいい訳ですから。
新聞等の情報や、指揮官であるヤンツーさんの言葉から、個人的には今年への期待は大きかったのですが、観戦後はちょっとトーンダウンかな?もう少し時間がかかりそうな気がします(個人的にはもっと下部から選手を育てて、時間がかかってもしっかりと地に足をつけた体制ができてからでもいいと思っているので、今シーズンのJ1復帰は必須事項ではありません)。
J2も第2節を終了したばかりですが、混戦模様です。その意味では、今後の建て直し次第で、まだ十分チャンスがありますが、時節「山形戦」へ向けては、チームとして戦う気持ち、チャレンジする気持ちを再構築してほしいなぁと願っています(戦う気持ちがないといっているわけではありませんよ)。
去年はボールをもらうのをこわがっている選手が見受けられたりして、ひどかったですが、少なくとも今年はそんな選手はいませんでした。ハートの部分で負けなければ、もっといいサッカーができると思います。
その意味で、個人的には昨年の和波選手は「何やってんだ」という感想しかなかったのですが、今日はすごくよかったですね。彼の持ち味である、縦へのスピードが復活していました。今日みたいな膠着状態を打開できるのは、彼が今日トライしたような縦への仕掛けだと思っています。最後は疲れたのか、ボールコントロールをミスってしまいましたが、時節以降にも期待したいですね。
また、フッキについては、今日のヤンツーさんとのことが尾を引かないことを願っています。フッキがフッキ(復帰)せず、祖国にフッキ(復帰)なんてことにならないことを祈っています(オヤジギャグでごめんなさい)。
最後に、OLE! コンサドーレ札幌!
2006年03月08日
いよいよ、ホーム初戦を迎えます。
2006年シーズンの初戦である鳥栖戦は、ケーブルTVの放映もなく、新聞記事とわずかなニュース放映だけがたよりでしたので、試合結果にジリジリ・イライラしていました。
しかし、いよいよ3月11日(土)、札幌ドームでホーム初戦を迎えることになりますので、うれしくもあり、ちょっぴり不安でもあり、日々、ワクワク・ドキドキが高まりつつあります。
さて、わたしが北海道に移り住んですぐに誕生したコンサドーレ札幌。
聖地「厚別」で、当時小学生だった我が息子が、バルデスに「ガルベス、頑張れ~!」と大声で応援して、道新のコラムで笑われたことがついこの間のことのように思い出されます(ガルベスは当時の巨人のピッチャーです)。
サッカー・ファンのわたしとしては、我が子の誕生と同じくらいうれしいできごとでしたが、今年こそはの思いで、わたしたち、サポーターも彼らを応援したいと思っています。
そのためには、まずは「試合に行こう!」「応援しよう!」ということです。
負けが混むと、つい足が遠のいたりしますが、勝っても、負けても、それが明日につながります。
勝ったらほめ、負けたら叱咤激励し、ともによろこびを分かち合える、それがホームチームというもの。
コンサドーレ札幌という、ホームチームをもつよろこびを感謝しつつ、みんなで応援に行きましょう!
ハッスル・プレーには拍手、怠慢プレーにはブーイングで、ホーム初戦を応援しましょう。
次回は、ホーム初戦観戦記をお伝えしたいと思います。
賞賛の嵐となるか、非難ごうごうとなるか、観てのお楽しみ(こわっ!)。
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サッカー歴は古いです。 中学でサッカーを始め、中学時代にメキシコ・オリンピックの日本の銅メダルを目の当たりにし、メキシコW杯の「イタリアvs西ドイツ」戦に感涙し、高校までサッカーをしていましたが、心だけは今でも現役です(笑)。 ちなみに湘南ベルマーレ監督や全日本女子代表監督を歴任した上田栄治さんは高校時代の1年先輩。彼は一流でしたが、ご一緒した経験もあります(他人のふんどしでものを語ってどうするっ…爆)。 コンサドーレ札幌との関わりは、北海道・札幌移住後のコンサ誕生以来。 エメルソンの移籍騒ぎのときに、市民株主(1株ですが)となりました(結局エメは逝ってしまったが)。 昨今は、元コンサドーレ出身の選手の活躍を見るたびに、死んだ子の歳を数えるような機会が多くなり、自分の年齢を今さらながら実感しています。 ただ、コンサドーレ札幌を愛する気持ちは、昔も今も変わりません!
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