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初観戦は2000.4.23、函館千代台の山形戦(札0-2山)。このときは知人に連れられて観たので、コンサドーレって監督が岡田武史なんだ、というレベルでした。 負け試合でなぜ“魅せられた”のかはよく判りませんが、10月の昇格決定試合@平塚、J2優勝決定試合@厚別大宮戦、ホーム最終戦@厚別甲府戦も観ています。ひとえに、お付き合いいただいた方々が初心者の私を暖かく迎えてくれたからで、この場を借りて御礼申し上げます。 今年、6年ぶりのJ1。チームの目標はGMによれば実質は「石にかじりついても残留」とか。J1復帰といっても昇格初年はチャレンジャーです。何も恐れず胸をはり戦え-赤黒の勇士。

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ぢつは開幕目前

2006年02月24日

まだまだ2月だ、とのほほんとしていたら、ナンですか来週の土曜日には開幕ですか。3月第一週開幕というのは、2月が終わればすぐ、ということで、その2月が28日で終わってしまうわけで、ありゃりゃ、鳥栖のチケット買わなきゃ。

2000年シーズン途中に函館で初観戦したのが、この世界(任侠ではない)に足を踏み入れたきっかけですから、開幕戦を迎えるのは2001年以降で今年6回目。そうそう、話は飛びますが、コンサのスポンサーであるJR北海道が毎年秋にSLニセコ号を走らせますが、ニセコ号は春だったのに、と違和感を感じる人は、ボクの他にもう一人確実にいます。



毎年、開幕戦に際して、特に情報収集はしていません。北海道以外の場所ではコンサドーレの情報というのは、自ら取りに行かないとまず入ってきません。従って、新加入選手がどんな役割なのか、ということはおぼろげには解っていても、チームのポジション争いがどうなったか、までは把握しないまま観ます。

私にとってはそれでいいのです。春に2~3試合観て、今年のコンサドーレがどんな感じかを掴みます。シーズンが始まれば情報はいろいろ入ってきますから、それで補強しつつ、毎月1~2試合ぐらいを生で観ながら、自分の中でチームのイメージを作っていきます。それがある意味、楽しみでもあるわけです。そろそろ開幕戦に自分自身のモチベーションも上げていきますか。

2002年の悪夢だけは忘れたい記憶です。あれから広島に行くたびに思い出します<ひょっとしてトラウマ?



【アウェイガイド】モンテディオ山形

2006年02月05日

2006年スケジュールも公式発表になりましたので、ガイドの方もAWAY試合日程順でまいります。相変わらず「役立たず」なので、アテにしないで下さい。第1節は鳥栖で偶々執筆済みですから、今回はモンテディオ山形です。

【行く】べにばなスポーツパーク
山形県総合運動公園陸上競技場べにばなスポーツパーク(長いので以下“ベスパ”)はJ2でも屈指のアクセス貧弱を誇ってます。ここでいうアクセス貧弱とは基本的に公共交通機関でスタジアム入りを目指そうとするアウェイサポにとって、という視点ですのでお間違いなく。長いこと山形駅からバス1本、天童駅からバス2本という状態が続いています。そんな状態でしたので、昨年の第27節、激しい雷雨で試合が中止になったときは、公共交通機関であるバスは2時間お休みモードで、すぐに脱出しようにも配車が遅々として進まず(何せイベント馴れしている大都市とは事情が違いますから)、問題となってクラブ側が今後は善処を約束するということになりました。

ちなみに初めて行ったときは山形でレンタカーを借りましたが、ベスパ隣接の駐車場は大きいので停める所には困りません。山形駅からのバスよりは早くベスパに着いたのですが、周りに3~4台は道内のナンバーの車が止まっていました(ホームじゃないんだからさ・・・)。2度目は天童からバスで行ったのですが、これがマイクロで運賃は運転席後ろのトレイに載せる方式。お釣りが必要ならば前の人が払ったお金から自分で取っていくという、讃岐うどんのディープな店のような信用商売でした。いまもそのままかも知れず、天童からバスに乗る人は小銭が必須です。

そんな次第なので、車のアクセスが一番便利。道内からなら苫小牧-仙台の太平洋フェリーが便利ですが、ちょっと苫小牧発が早めですので、八戸航路なども検討余地があると思います。但し、長距離ドライブになりますが。飛行機なら仙台に入って、そこから山形行きの連絡バスに乗るのが山形空港より本数も多いですので便利でしょう。ちなみにベスパに最も近い駅は高擶ですが、山形新幹線<つばさ>はもちろん停まりません。歩いた人はいるようなのでネットで調べてみてください。普通列車の時刻も調べておかないと駅で待ちぼうけもありえます。丸亀のFC東京戦のあと、讃岐塩屋駅まで歩いたものの、待ちぼうけを喰わされて、何本も通過列車を見送った経験者が言うのですから間違いありません(丸亀懐かしい…)。

【観る】
陸上トラックがある至って普通の競技場です。遠景に山なみが見えるのは個人的にうれしいです。ただ、今年1回目の山形アウェイは3月18日。寒いです。多分、きっと。なお、だだっ広いべスパの中にある総合体育館には温泉入浴施設もあります。110円ときわめて安価で入れるそうなのですが、バスの時間が厳しくて、まだ立ち寄ったことはありません。

【泊まる】
天童温泉が近く、温泉宿もビジネス向けのホテルもあります。軒数が多いのは山形市内で違法改造でニュースになってしまった格安系ホテルもあります。ナイターですとこのあたりが限界ですが、デーゲームなら仙台まで移動することはもちろん、関東圏なら日帰り可能です。



で、べスパの芝は今年は大丈夫なんでしょうね?



更新が滞っていますが

2006年01月17日

辞めたわけではありません。
公私とも大変多忙になっており、この状況はあと10日ほど続くと思います。
今月末には2006年のJ2日程も発表になるでしょうし、アウェイガイドを含めて再開したいと思います。



post by tristar

12:35

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ヴェルディの記憶

2006年01月04日

 東京ヴェルディ1969とコンサドーレの試合は2001年しか観ていない。ただしこの時はホームとアウェイの両方に足を運んでいる。

 第一戦目は4月の室蘭。この時はチケットが取れなくて大変だった。そんなこともあってファンクラブの招待券でアウェイ側B自由席で観戦している。一緒にいた友人に試合前、武田や前園はススキノで遊べなくて可哀相という妙な推測でした。試合はまったくヴェルディにいいところがなく、数少ないゴール裏サポーターが「誰でもいいからシュートを打ってくれー」という悲痛な叫びがアウェイ側に響いた。
 第二戦は、味の素になる前の東京スタジアム。これがほとんど記憶がない。辛うじて記憶にあるのは、マッチデイプログラムに2~3ヶ所の誤植を見つけたことくらい。

 いずれの試合もコンサドーレが勝っている。勝った試合というのは案外、記憶に残らないのが世の常である。数年後、小倉隆史の札幌移籍が明らかになったとき、ああ、あのとき東京スタジアムで、と思ったことである。



【アウェイガイド】サガン鳥栖

2005年12月21日

サガン鳥栖のホームは佐賀県鳥栖市。博多から熊本へ向かう鹿児島本線に乗ると必ず通る駅ですが、福岡県の博多から佐賀県に入り、また福岡県の久留米に向かうので、どうも佐賀県を通っているというイメージは希薄です。鳥栖スタジアムには一度だけ行ったことがあり、それはエメルソンの衝撃デビューではなく、藤川に正GKを奪われた高橋範夫と藤ヶ谷に正GKを奪われた佐藤洋平が試合前練習中にピッチ中央で握手して短い会話を交わした2003年の試合です。

【行く】鳥栖スタジアム
JR鹿児島本線鳥栖駅から歩いて5分くらい。一つしかない駅出口を出て右手の歩道橋を渡って、出口とは反対側に行くとすぐ目の前がスタジアム。これだけ近いのは国鉄跡地に建設されたからで、もし反対側に改札口ができれば「電車を降りたら3分でスタジアム」もあながちウソではない。駅前広場をまっすぐ進んで右手にはかなり大きいスーパーがあったので飲食料の入手はスタジアム側へ行く前がいいかも。博多から鳥栖まで普通運賃は540円。でも特急に乗るなら2枚きっぷが1600円(1枚あたり800円)で発売されています。このきっぷは一人で2回(つまり往復)乗れますし、2人で片道に使うこともできます。快速は1時間に1~2本なのに特急が1時間に4~5本走っていますので、頭のスミに記憶しておいて損はないです。
【観る】
サッカー専用場の大変観やすいスタジアムでうらやましいです(厚別と比較すれば)。ただ、夏はかなり暑くなると思いますので、団扇は必携です(なんと言っても九州ですから)。2階席は場合によっては使わないこともあるようです。
【泊まる】
鳥栖にも泊まる所はありますが、博多駅周辺の方がホテルも豊富です。電車だと特急で20分、快速で35~40分なのでたいした移動ではありません。試合後の打ち上げにも博多の方が店が豊富です。
【帰る】
鳥栖の名産はいつのまにか「シュウマイ」になっているようですが、個人的には鳥栖駅のホームのうどんは九州で1,2を争う旨さ(かしわうどんがオススメ)だと思っています。
最寄の空港は福岡空港。佐賀空港は本数も少なく、佐賀駅からバスもそれなりに掛かるのでオススメしません。ただ福岡便が満席でも佐賀便は空いていることが多いので、穴場としては使えます。JR快速+地下鉄で空港まで乗車時間は1時間ですが、待ち時間を考えると2時間は見たほうが良いと思います。ナイター終了後に東京まで帰るのは難しいです。札幌からの観戦の場合、昼間の試合でも千歳-福岡の直行便と時間が合うかが鍵になります。

一時期はJ2が九州に3チームあったシーズンもあったのですが、来年は鳥栖以外は全てJ1に。時代は変った・・・



ヴィッセルの記憶

2005年12月20日

ヴィッセル神戸の記憶って実はあまりない。
総合運動公園(ユニバ競技場)は何度か言ったことがあるし、コンサドーレが1試合もしたことがないウィングスタジアムは5回行っている(そんな行ってたのか>オレ)。でも実はW杯だったり天皇杯だったり、あるいはタダ券だったりで、あんまりチームとしての記憶がなく、おっと、イルハンが居たこともあった!
そうそう、いまはやらなくなったみたいだけど、“ヴィッセル神戸 ゴ、ゴーゴー!勝利を目指して、ゴ、ゴーゴー”というコールは耳に残ってます。

2001年4月
スコアレスドローで120分戦った試合。印象に残るのは、アウェー側ゴール裏に播戸の出身高校のサッカー選手が来ていて、コンササポーターが声を掛けて、最終的には取り込んでしまったことと、延長前半のキックオフのときに、播戸がウィルになにやら囁いて、ウィルがゴール裏のサポーター方向に眼をやったこと(なんとなく播戸が「ボクの後輩があそこで見てる」というようなことを言った雰囲気がした)。

2002年7月
イバンチェビッチの初戦。内容的には悪くなかったので、まぁそのうち結果が出るでしょう、なんて言っていたら、全然結果が出ず、どんどんチーム状態が悪くなって、降格まっしぐら路線を快走してしまいました。

どっちか覚えていないが、多分2002年にヴィッセルサポが試合前に「札幌弱い!」コールで挑発してきたのに対して、コンサ側が「神戸は少ない!」とやり返したら、向こうが黙ってしまったことが妙に印象に残ります。



【アウェイガイド】湘南ベルマーレ

2005年12月16日

来季のJ2チームも出揃ったことですし、役に立たないであろうJ2のアウェイ観戦ガイドをはじめてみたいと思います。といっても試合日程も出ていないので、大雑把に街の雰囲気を書き散らす程度なので期待しないで下さい。むしろ、皆さんの情報をコメントしていただければ、いろんな情報が集まるかもしれませんので、よろしくお願いします。

まずは神奈川県平塚市の湘南ベルマーレから。

かつては中田英寿を擁し、Jリーグ初期には観客動員力がかなりあった湘南ベルマーレ(当時はベルマーレ平塚)も、J2に定着してしまった気がします。スポンサーもnakata.netから相模ハムやら伊豆急行(静岡の会社)と拡がっていますが、成績の方は・・・。コンササポにはあの2000年、J1昇格を決めたスタジアムとして記憶している人も多いはず。

【行く】平塚競技場
JR平塚駅からシャトルバスまたは路線バス利用。小田急線伊勢原からのバスもあり。バスは北口バスターミナルから発車します。東京よりに改札口があります。歩くなら、逆の小田原よりの改札を出て、右手の階段を下りて、少し東京側に戻って、左側のローソンの前の道をひたすらまっすぐ行けば、総合公園に着きます。
バス降車場所から競技場までも公園内をそこそこ歩かされます。昼間に試合ならサッカーにまったく関係のない人たちがたくさんいて、市民の憩いの場であることを実感します(その割には観客数が・・・ダフ屋まで出現するんですが)。
東京からなら東海道線で1時間で平塚駅。札幌からなら羽田へ飛んで、京浜急行で横浜まで行ってJRに行くのが最短でしょうか?
きっぷは起点にもよりますが、JR東日本のホリデーパスが便利です。
【観る】
バックスタンド中央の聖火台?がなんとも邪魔。場所によってはピッチの視界の妨げになります。ゴール裏も開放されないようなので、バックスタンドはかなり手狭な印象を受けます。売店も小さい店があるだけで、ちょっと貧弱でしょうか。
【泊まる】
平塚にもホテルはありますが、横浜・東京まで出たほうが充実しています。その分お値段も上がりますが。居酒屋も駅周辺にありますが、東海道線の上りは最終が早い(23時台は品川行のみになる)ので、ナイターのときは横浜あたりまで出たほうが落ち着きます。
【帰る】
ナイターの場合、その日の内に札幌まで帰るのは不可能です。昼間の試合なら大丈夫です。総合公園前の道路は混み合うので、帰りの平塚行きのバスはかなり大回りします。下手すると10分ぐらい掛かるので、バス待ち時間を考えれば歩いても大差ありません。ただ勝つと短い駅までの道のりが、負けると・・・。



レイソルの記憶

2005年12月12日

来季のJ2リーグ戦の顔振れが決まりました。

最後の最後までもつれて降格してくることになった柏レイソルにはいくつか思い出があります。

2001年J1ファーストステージ第2節
ホーム開幕戦、高知春野陸上競技場でコンサドーレのJ1ホーム戦が始まったのですが、雨上がりの春野で印象に残るシーンは前半33分の2点目。ボールを持ちあがった播戸竜二が柏のDF2人に挟まれて、転んだものの素早く起き上がってボールに追いつき(この時点でDF2人置き去り)、中央にいたウィルへラストパスを送って結果的に決勝点となる2点目をアシストした。何が何でもボールに食らい付く、という気迫を感じたプレーでした。このときの柏には砂川がいたのですが、余り記憶がありません。

2001年J1セカンドステージ第14節
この試合は、内容的には柏の柳想鐵と黄善洪の2人が翌年のW杯に向けてキレキレだったことぐらいしか覚えていません。試合前の印象が強いです。たまたま柏駅前のホテルは選手と一緒で、試合前に待ち合わせをしている友人に会うためエレベーターに乗ったら、次々と選手スタッフが・スタッフが乗ってきた。最初に現れたのがフィジカルコーチのネネ氏、次の階では野々村キャプテンほか数人が乗り込み、一旦閉まりかけたドアの向こうに伊藤優津樹が現れて、ドアが開けられ間に合った。2階のミーティング会場へ降りる途中、野々村がボソリと「伊藤クンはいつもワンテンポ遅いんだよね。試合中も。」とつぶやき、伊藤クンは「どうも。すいません・・・」と真面目に謝っていました。
あとは寒かったことぐらいかなぁ。帰りに喰ったラーメンが旨かった。

2002年J1セカンドステージ第1節
厚別で行われた2002年のセカンドステージ。コンサドーレはファーストステージ最下位で、J1残留に向けて仕切りなおしの1戦だったが、小倉の2点を守りきれずに、ロスタイムに追いつかれ延長戦。このころはまだ延長戦があったのだが、120分戦っても決着はつかず、ドロー。たまたまこの夜の札幌ドームのプロ野球のチケットを持っていたのだが、厚別からタクシーで駆けつけても間に合わず、という踏んだり蹴ったりの試合でした。

さて、来年がたのしみです。



もうひとつのシーズンが始まります

2005年12月08日

Jリーグの公式戦もあと入替戦一試合を残すだけになりました。天皇杯を既に敗退しているコンサドーレの選手やスタッフは来年1月末までの契約があるとはいえ、オフに入っています。その前に契約更改がありますし、0円提示を受けた選手は現役続行したければ自分で次のチームを探し出さないといけません。
そんな選手たちの影でこれから本格的に動き出す人たちもコンサドーレにはいます。営業スタッフです。

門脇常務がご自身のブログ、カドテツブログで書かれていますが、コンサドーレの2つの収入の柱、入場料収入と広告料収入のうち、広告料収入の大半を占めるスポンサーとの契約更新があります。

以前にも書きましたが、コンサドーレは今年、役員が不祥事を起こしてしまいました。その結果としてあるスポンサーから契約解除を申し渡されましたが、それで済んだとサポーターは思っているかもしれません。でも、済んでいない可能性は充分あります。営業畑の人たちはこれからその問題に直面するであろうと想像されます。

途中で契約を解除はしなかったものの、更新しない、あるいは来季のスポンサー料を減らす、などという話がきっと出てきます。不祥事を起こしたのはその担当者の方ではありません。ましてやコンサドーレの選手でもありません。しかし、会社が起こした不祥事は、営業も総務も背負わないといけないのです。
寒い季節に契約更新、新規開拓に黙々と従事されるであろう、営業担当の方にエールを贈りたいと思います。そしてボクらに出来ることは、コンサドーレのスポンサーになっている企業に何かしらの貢献をすることです。



シーズン感想

2005年12月06日

コンササポ歴6年。シーズン終了時にいつも考えることは、その年を表すコトバです。個人的視点ですが、6年まとめて振り返るとこんな感じでしょうか?



2000年 ぼくらは歓喜の渦の中にいた。
2001年 ぼくらは安堵の一息をついた。
2002年 ぼくらは絶望の淵に立っていた。
2003年 ぼくらは暗闇の中でもがいていた。
2004年 ぼくらは希望を見つけようとした。
2005年 ぼくらは期待を抱きはじめた。
2006年 ?

歓喜→安堵→絶望→暗闇→希望と来て、今年は“期待”です。
他の方がどういう感想を持っているのか少し気になります。