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FT なんらかのイニシャルではあります。 サッカー知らずのド素人札幌サポ。いつの日か札幌がJ1を制覇し、札幌にカルチャーとしてのサッカーが根付くことを夢見る戯言おやじ。寛容の精神で笑って応援するぞ
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2007年03月14日
フジテレビ739でマレーシアからU22のアウェイ戦を観戦。 平山がゴール前混戦から珍しく足で先制点を決めたが、 雨上がりで田んぼのようなピッチでボールコントロールが きかず、現在前半終了して、日本1-0マレーシア。 地上波はフジテレビで深夜にやるそうだが、北海道ではあいにく 道知事選挙の討論番組で中継ナッシング(汗) アウェイのうえ、最近のU22の体たらくでは視聴率がとれない とのテレビ局の判断か? さて、みなさんもうすうすと最近感じてきているだろうが、 例の派兵以後であろうか(などと曖昧に書くのも配慮ってヤツだ) サッカーのアジア出身審判の判定に厳しい。 とにかく日本との対戦になると相手チームに有利に判定がくだりがち。 四面楚歌、とはまさにこのことか、と思わずにはいられない。 このへんについては微妙な問題が背後にあり、軽々しくは アレコレ言えないが、現象としてはあまりに明白なので困ってしまう。 単に「持てる者は持たざる者に余剰を」というイスラム的喜捨の 発想だけならまだしも、だが、事はなにしろややこしい。 審判のレベルの問題、などといった要素も絡めると、ややこしさに さらに拍車がかかる。 もう少し分析が必要か。
2007年02月03日
しばらく個人的に文字を綴ることが苦痛になっていて、 文章が書けなくなっていました。今でもちょっと厳しいのですが 2月になったし、強制気分転換を図ります。 チームについては今はあまり口出しはしません。 リーグ戦開幕後のチームが全てです。 あまり大きく報道されていないのは、過去にも何度も 同じ事が起こったせいだろうか。イタリアでの死者が出た暴動 の件は、イタリアサッカー全てが停止するかも知れない騒ぎに なっているようだ。 コンサドーレ札幌のサポーターとしてサッカーを好んではいるが、 それゆえに命を落とすなど冗談ではない。あえていえば まさに「たかがサッカー」だ。 逆に言えば、あまりにも愚かしい理由で人間はいさかいをおこし、 あまりにも些細な理由で平気で他人を傷つけ、殺すまでする、と いうことを改めて示したわけだ。 今日の北海道新聞朝刊には、例のジダン頭突き事件に関して チュラムのインタビューを通した移民問題・人種差別と民族主義の 問題が掲載されている。今回の事件に関して人種問題が絡んでいる のかどうかはオイラ自身の乏しい理解ではさだかではないが (シチリアが過去に差別問題に直面した歴史があることくらいは 知っている)、まるでライターで焚きつけに火をつけるかのように 簡単に憎悪の連鎖が起こる現状はどこかつながっていると考えるのが 自然だ。 サッカーを愛する人は、今日の道新朝刊の記事を、チュラムの言葉を。 ぜひ熟読してもらいたいと思う。 日本とて、「美しい国」なる(個人的には吐き気を催す醜い自己愛と、 それに表裏一体の他者侮蔑意識を糊塗する)言い回しの陰で、他国民 他民族を平気で揶揄する風潮が広まっている現状と無関係ではないの だから。 そこまで行かなくても、何度か触れてきたように、サッカークラブは 地縁と密接に関係する。ライバル意識と敵対意識の違いをきちんとわきまえ、 相手へのリスペクトを隠れ蓑にして憎悪を剥き出しにするような 風潮だけは、いかにサッカー先進国の欧州とはいえ真似をして欲しくない ものでありますよ。
2006年12月15日
オイラは自分の意志で、自分の好むところに従って コンサドーレ札幌を応援している。 日本に生まれたのも、札幌に生まれたのも自分の意志ではないが、 だからといって「無条件に当たり前」だからコンサドーレ札幌を 応援しているのではない。 札幌人だから、北海道人だからコンサドーレ札幌を応援するのが 当たり前だ、という論理を押しつけられ、しかもそれを評価の対象と され、点数をつけられて札幌人・北海道人成績をつけられたら? コンサドーレ札幌を応援しないからといって、札幌人・北海道人 失格の烙印を押されるとしたら、どうか。 何を論難しているかはおわかりだろう。 ちなみにオイラは歌舞伎を初めとする日本伝統文化をこよなく 愛し、歌舞伎座にも繁く通っている。 オイラを反日分子、非国民と呼ぶことは誰にもさせない。 だが、そのオイラも、強制された愛情を唯々諾々と受け入れはしない。 も一つちなみに、オイラは選挙を棄権したことはない。 そして現在の政権政党に投票したことは一度もない。 私を愛さないヤツは裏切り者だ、と言いがかりをつけるストーカー的 な現政府、政権政党の要求を、オイラは非難する。 どう考えても、こんな理不尽な要求をされるいわれはない。 次回選挙では、教育基本法改正案を再改正(廃棄)する選択をしたい と思う。
2006年12月07日
いろいろとレトリックをひねろうと思ったが、 少々脳の働きが減退しているので簡単に書く。 選手は、試合という祝祭を言祝ぐ神官である、とは 何度もここで触れてきた。まだ総論はまとめていないが、 オイラはそう考えている。 神意を問い、その祝福を求めるがために、人は神に奉納し、 神と交感できる神職を崇め、その能力に最大限の報酬を寄せる。 「ハーメルンの笛吹男」の話は誰しもがご存じだろう。 笛吹男はその人知を越えた能力を用いて、ベストをもたらす ネズミを笛の音で駆除し、町を救った。 だが町の人々は、町を救った男に正当な報酬を渡すことを拒んだ。 男は町の子どもたちを「駆除」することで報復した。 神職には、その能力にふさわしい「布施」を施さなくてはならない。 恐るべき祟りが起こるからである。 豊饒をもたらすものと、災厄をもたらすものは紙一重。 昔の人々はよくわかっていた。 サッカー選手は上記の通り、神職である。 布施をけちってはいけない。 ましてや、「札幌の選手としてチームを愛するのは当たり前だ」 というのは完全に間違い。 これは別に論述せねばならないが、神職はあの笛吹男同様に 「流離する人」であり、定住者ではないのだ。 その能力を求められる場所を求めて流浪する「能力者」に 地縁による愛情を強要するのは間違いなのだ。 彼らをつなぎ止めるのは、その能力に見合った報酬のみ。 選手の能力不足をあげつらうのは簡単だが、 その選手の能力を必要とするならば、それに見合った 布施を納めるべし。 その意味で、選手は自分の能力をどう評価されているのか確認 するのは当然である(昔の寺や神社のように阿吽の呼吸とはいかない) そして、そういう選手の姿勢を、あたかもチームやサポへの背信の ごとくに言いつのるのは、笛吹男に報酬を払うのを渋ったハーメルン の人々と同じ。 その報いは、必ず来る。 (考えてみれば、新居との不幸な関係も一脈あるのかもしれない。 道理としては彼を馘首したのはやむを得ない仕儀だったのだが、 結果として我々は彼に強烈な敵愾心を植え付け、その結果、 一度ならず彼に報復されたのだった。子どもをさらった笛吹男 のように、虎の子の勝利を彼は何度も札幌から奪い去ったのだ。 閑話休題) 施主としてのHFCが、神職である選手の貢献にどれほどの 布施を納めるか、氏子であるサポとしては無関心ではいられない が、さりとて自分にふさわしい布施を求めたい選手を非難は しない方が吉であろう、と思うがどうか。 どちらにせよ、施主は困窮しており、無い袖は振れない。 交渉の結果、互いに納得で留まるか残るか、ハッキリさせた方が 笛吹男のような遺恨は残さないのである。
2006年11月20日
さて、夕方からなぜだかずっとJスポーツで シェフィールドvsマンU(1-2)、そして今は ドルトムンドvsヘルタを観戦中。 何だよ、守られるとマンUも最終ラインで回すだけかよ、 とか、結局ルーニー頼みかよ、とかどっかで聞いたような 戯れ言を吐きながら楽しむ(笑) ビハインドになっているドルトムンドサポの懸命の応援ぶりが 心地よい。 さて、こないだはスポンサーを新規開拓してほしいもんだ、 と書いてはみたが、現状では逆にスポンサーはどこも撤退、 減少の一途だそうだ。 そう言えばこないだちらっと見たC大阪の胸スポンサーが 日本ハムでなくなっていたことに今さら気づいたりする。 C大阪がJ2に落ちてきたら、札幌との試合に日ハムファンを 動員するんじゃないか(選手を呼んだりしてな)とか考えて ゾッとしなかったわけだが、どうも杞憂なのはめでたい。 しかし、全体としては大いに問題だろうな。 J1に上がれば観客動員も上がる、というのもさんざん言われて いるとおり幻想で、J1チームでも札幌以下のところなんかザラ。 噂では毎回満員を誇る浦和や新潟もけっこう厳しいという。 入場料収入で一気に収入を改善するのは9割方無理と考えた方が いいだろう。(だいたい、あれだけ4万人越えを連発した 日ハムは、結局入場料だけでは全くペイしなかったそうで、赤字は 親会社が埋めたわけだし) 資金潤沢なスポンサーがいるチームなんて、片手程度じゃないの かねえ。地域密着っていう言葉は美しいが、運営資金ばかりは 地方では明らかに不利なわけだ。 そんなことを考えながら素人考え。 まず、こういう規定を作ったらどうだ? 運営会社の資金力は完全ガラス張りだそうだから、それに合わせて チーム強化費に上限を設けたらどうか。運営資金が数億円しかない のに、チーム強化費に数十億円使うようなクラブもあるらしいが、 そういうギャンブル運営を排するのだ。 身の丈にあったチーム作り。もちろんそうなっても潤沢なスポンサーが 有利なのは変わりないが、同時に弱小地方チームに安心して スポンサーにつくことが出来るんでないか? 例えば地方の中小企業がスポンサーのチームが、何かの拍子に 上位争いとか昇格とかを迎えてしまうと、どうしても無理して チーム強化とかしたくなる。そうなると、いったいなんぼつぎ込まなきゃ ならないんだ、と不安に思ったスポンサーが逃げかねない。 しかし、上限があれば、優勝しようが昇格しようが何しようが、 むりやり資金の増額を強いられなくてすむ。安心して今まで通りの スポンサーを続けられるだろう。もちろん気前よく増額するのは スポンサーの考え次第で、クラブにおねだりされてしかたなく、は ありえないわけだ。 格差は解消するわけではないが、これで背伸びしたギャンブル 運営は減るのではないか? さてもう一つのアイデアは、J1が18チーム、J2が13チーム という頭でっかち構成を解消することだ。 普通は裾野が広くないとならないわけだからJ2の方が多いのが 自然な気がする。しかしまあ、とりあえず同数にしてはどうか。 ホーム&アウェイで公平に試合を組んで、少なすぎず多すぎず 地元開催が出来ることを考えれば、16~18同数ぐらいがいいの ではないか。 そうするとホームの試合が15~17回開催できる。 今のJ2は年52試合だからホーム開催試合は10戦くらい減るが、 そのぶん例えばナビスコ杯や天皇杯などのカップ戦を充実させたり J1vsJ2交流戦などを組んだらどうか。 今のままの過密日程ではJ2の有能な選手が日本選抜に選出 できないし、試合数の適正化をはかるためにも、チーム数構成の 改善が必要かなあと。 問題は試合数が減ったJ2がなおさら苦境になる恐れだ。 そのためにも、J1とJ2の垣根を低くする必要がある。 J2降格がまるでチーム失格の汚名のような扱いになって いるのがよくない。チーム力順ではあるが、あくまでも 便宜的なものとして捉えられないだろうか。 そのために交流戦とか増やしてJ2チームの露出を増やしたり また、18チーム同士で昇格&降格を現状の2・5チームから 5~6チームぐらいに増やしてはどうか。1/3近くのチームが 入れ替われば、J1とJ2の落差も低くなるだろう。活性化も 期待できるし、J2落ちを契機に人気選手が放出されるショックも ある程度減るのではないか。 いろいろあるが、素人考え。ご指正を乞いたい。 あ、ジョシエルのゴール数間違ってたみたいですね。8点 って書いたが6点か(汗)
2006年09月05日
日本選抜のオシム監督が、最近何回か次のように言ったのを 記憶している。 「残念だが、今は美しいサッカーでは勝てない」 正確な言葉遣いはわからないが、少なくとも2、3回は こういう言い方をしたと思う。 「美しいサッカー」という言い方は、素人のオイラにも その意図するところはわからなくはないような気がする。 例えば、ここに冷蔵庫がある。 冷蔵庫の役目は食品を低音に維持し、長期保存をすることだ。 だから、「良い冷蔵庫」たらんとすれば、とにかく食品の鮮度を 保てるようにきちんと冷やすこと、これ以外にはあるまい。 これこそが冷蔵庫が冷蔵庫であるための「存在理由」である。 だが、冷やす能力が高ければ「冷蔵庫」として唯一無二の存在 たりえるのか? 冷やすためには電気が要る。冷やすために電気をいくらかけてもいい と考えれば、冷蔵庫の機能は高くても家計から電気代はうなぎ登り になり、せっかくの冷蔵庫の低温で保存するための食品を購入する こともままならなくなる。これでは本末転倒だ。 また、冷やすためには触媒が要る。その触媒の能力が高ければ高いほど 冷蔵庫の低温維持機能は向上するが、その触媒がフロンでは困る。 リサイクルも出来ず、環境破壊を呼んでしまっては、高機能な 家電も厄介者になりさがってしまう。 結局、能力と消費電力とがコストパフォーマンス上適切であること、 さらにはリサイクル時に環境に害を与えない材料で作られていること、 などなどの諸要素をきちんとクリアしている冷蔵庫が、もっとも 求められるのであろう。 そして、これが「美しい冷蔵庫」なのだろう。 サッカーも、そういう意味で「美しいサッカー」という言い方が あるのだろう。 目の前に試合に勝つことは、もちろんサッカーチームとして 求められることで、負けて良しとはいくまい。 冷えない冷蔵庫は無用の長物なのと同じだ。 だが同時に、勝ちさえすればいいというものでもあるまい。 優秀な選手をかき集めればチームは強くなるが、それは電気代が かかりすぎる冷蔵庫。家計が裕福ならいいかもしれないが、苦しく なったときに重荷になることは確かだろう。 (いつなんどき、ユベントスのような窮地が訪れるともかぎるまい) 観客を度外視してカテナチオを徹底すれば負ける危険は回避できるが、 そんな試合を観客は見たいはずもなく、次世代にサッカーの魅力を 伝えて新たな才能の開花を期待する上では害毒ですらあろう。 まさに壊れた冷蔵庫の、フロンの垂れ流しと同じだ。 さて、オシム監督はあの通りの毒舌家ゆえ、おそらくは二重三重の 意味がこもってはいるだろうが、彼が「美しいサッカー」と言った 意味はそれほど違わないと思う。 華麗なプレイで観客を魅了する、そのためにチーム各員が全力で 走り、フォーメーションを組み立て、豊かな発想でアクションの 選択肢を増やす。 そしてそれは、札幌の目指すプレイでもあるはず。 サウジアラビア戦の敗戦で、早くもオシム監督を揶揄する記事が 夕刊フジに載った。さすがにイエロージャーナリズムの本家本元 と言えるだろうが(笑)あまりにもその調子良さに苦笑せざるを得ない。 勝つことにしか興味のない、相手チームに対して優越感を持てれば いい、というような最近猖獗する軽薄な国家主義の流行に載っかって サッカーを捉えていれば、外国チームに1回負けただけであたかも 国家の(そして自分の)矜恃が汚されたごとくに感じるのだろう。 「美しいサッカー」を見たい、という気持ちなど無意味だ、勝つこと だけに意味があるのだ、という考え。 それは「高性能だが実はヤバイ冷蔵庫」を、その高性能なところだけに 目を奪われてありがたがっているだけではないか。 長くなりすぎた(汗)申し訳無い。 オイラが求めるものは、札幌には愚直に「美しいサッカー」を 追求して欲しい、ということ。 今季は確かにイマイチだったかもしれん。 しかし、ノンフロンの冷蔵庫がやや冷却機能の効率で劣るように 時間はかかるかもしれないが、やがてそれがリサイクルされる時に きちんと次世代につながるようになるには、これが一番なのだろう。 世界の趨勢では「勝てない」と揶揄されるのかもしれないが、 そんなことはあるまい。 もちろん、最終的には「美しいサッカーで勝つ」 札幌には当然、これを目指すことを期待したい。
2006年07月31日
浦 1-0 BM 後半43分 岡野→黒部 まあ、親善試合だし。 リーグ戦再開されたばっかりで、こういう試合できる ビッグクラブは余裕だねえ。 素直に妬んでおきますわい。
2006年07月27日
テンパってしまいまして失礼してしまいましたが、 equipさんおつかれさまです。 あの大塚ゴールを正面からご覧だったのでしょうか、羨ましい。 正式にリンクさせていただきました。ありがとうございます。 はっしいさん、コメントありがとうございます。 何が嬉しいって、金満クラブが資金力にモノを言わせて 補強したはいいけど、やっぱり負ける、というのが(笑) ま、うちも過去それで痛い目に遭いましたからね。 今のJ1下位ならビッグネームがいても倒せそうな そんな気にさせてくれます(笑) W杯の総括もせず、責任者はオシムの陰でのうのうと時間稼ぎをして 涼しい顔で元の鞘に収まってしまい、選手もヘナチョコプレイの 懺悔もせずにほとぼりが冷めてJ1再開にちゃっかり乗っかって、 いいのかいこれで気分な水曜日。 札幌の過酷な勝利を見たあとで、ダイジェストながらJ1の試合 をチラ見すると、何だかみんなえらくショボク見えるのは錯覚だと思うが。 開催期間の話題が散見され、いろいろ意見もありそうだが、 今回のJ1再開のしょぼさ感を思うと、秋冬開催の方が良いんじゃ、 と思ってしまった(汗) 雪国はどうする、という切実な問題はあるが、とにかく、 あのヘナチョコぶりをリセットもかけられずにそのままJリーグ 再開しちゃったら、さっぱり盛り上がらないじゃないか(笑) 聞いたところでは、ロシアリーグも冬の問題があって日本と同じ 時期にリーグ戦をやっていたが、ヨーロッパに合わせるらしい。 何でも、7、8月のリーグ戦中盤で、西欧のチームにガンガン 選手が引き抜かれちゃって、後半戦がショボクなってしまうのだ そうだ(笑) 日本もそういう悩みを抱えるくらいならいいんだがねえ(汗) はよJ1に昇格して、上位に食い込んで、 札幌の選手が日本代表に選ばれて、リーグ戦が困っちゃうよなあ、 ってなふうにオイラも悩みたいもんだ(笑) ところで、日本「代表」って言い方、今さらふと気がついたが どうよ。 ブラジルの「セレゾン」って「セレクション」と同根の言葉 だよね。「選抜」の方が良いんじゃないのかなあ。 何だか「代表」っていうと、気取ったプライドを感じるのは 気のせいか。そして「代表」になっただけで安心しちゃった 選手のメンタリティも感じちゃうのも気のせいか。 なんだかとりとめなくてすんません。 タイトルとも全く関係なくなっちゃったな。 実はずっと昨日の録画を再生しっぱなしなのよ(汗)
2006年06月30日
昨夜のエントリに関して、オイラ自身も少し調べようとしたもの の、あまりうまくいかなかった(汗) ご助言も無かったので、果たして「バスク地方のサッカーチーム の選手が、スペインのナショナルチームの一員になることが あるのか?」という疑問は残ったままです。 ま、リーガ・エスパニョーラのファンの方々には常識のようなこと である可能性もあるのだが、例えば「バスクの選手は選ばない不文律が ある」とか、逆に「選ばれても応じない」とか、「実は全く障碍はなく 何の問題もなく選ばれてる」とか、いろんなパターンが脳裏に浮かぶ。 何でこんな事を気にするか、というと、サッカーというプロ競技が 他のスポーツにも比して「地域との密着性」によって成り立っている 面が強いことはしばしば言われることで、それがサッカーの「祝祭性」 を高めている、という仮説をオイラは考えているわけだが、その前に 大きな壁があるのだ。 祝祭性を裏打ちする最大の要素が「地縁」だ。 同じ土地に住む者が、その環境に即した生活性を確立し、それが 結束をうむ。 「コンサドーレ札幌」を応援するサポの多くは、札幌在住であったり、 または札幌を離れているものの何らかの形で札幌に関わりがあったりする 者であろう。全く「札幌という土地」に縁もゆかりもない者が「コンサ ドーレ札幌」というチームを応援するサポになる、というのは、 いくばくかの例外はあろうが、あまり多くはないだろう。 だからこそ、ホームの試合は「祭」になる。地縁の結束を確認し、 その力で祭を祝福されたものとすること(つまり勝利)を願い、 地域共同体全体の幸福とする「祭」に。 その構造は他のJリーグのチームも(そもそもそれがJの理念であった) また、海外の大多数のチームも同じであろう。 だが、そのチームで活躍する選手はどうか。 彼らは祝祭の主役であり、地縁を代表する者こそ、祭を主宰する にふさわしいはずだ。祭において御輿をかついだり、神楽を奉納 したりする、つまり土地の神々と交感するのは、「地元の衆」の 役割であろう。 しかし、皆さんご存じの通り、札幌に限らず、どのチームにおいても そこには経済の論理、パワーバランスの拘束、そして個人の野望、 といった要素が絡んだ結果、選手の多くはその土地と「地縁」の 無い者の方が多いわけだ。選手は己の「実力」を発揮する試合の 機会を求め、それに見合った報酬と名誉を求める。言わば 個人事業主のビジネスライクな契約と履行の中にいる、と言えるわけだ。 地縁を何より重視し、その祝祭としての「試合」から神々の祝福 を求める「氏子」としてのサポ。 一方、その神との介在役…「シャーマン」であるはずの選手が 地縁とは関わりのない、異邦人であること。 この二つがどう整合性を持つのか。 もちろんここで折口民俗学的な「マレビト」「貴種流離譚」的な 分析をしていくのが常套であろうが、はたしてどうか。 なぜなら、チームの多くが地元の人間であり、その中に異邦人が 少数混在することで一種の化学反応が起こり、共同体の活性化に つながる、というのであれば上記の「異人論」は成り立つと思う のだが(実際、そういうチームもあるし、過去にあった) しかし、実際のチームの大多数が「異邦人」である実態に 当てはまるのだろうか? 謎は深まる。 その分析のきっかけに、バスクの2チーム、レアル・ソシエダと ビルバオがいかなるチームとして成り立っていて、それが代表チーム とどんな相関関係になっているのか、やはり知りたい。 識者のお教えを引き続き、乞う。
2006年06月29日
こんなエントリがあったことも遙か昔になってしまったような 気がする(汗) 要は、サッカーというものを少々神話や民俗的に見直してみよう、 その中からよりよいチームのあり方とかサポの意義とかを考え られたらいいな、と思っていたわけです。 蒸し返すようだが、例えばゴール裏のサポーターの温度差から 来る非難とか不満とか、それに対する異議とか提案とか、 けっこうオイラも煽ったせいで揉めたわけで、その辺をできれば 感情的な部分で黒白付けるんじゃなくて、もう少しオイラ自身も 熟考できるようにする、その叩き台にしたかったわけ。 さて、祝祭と言えばW杯だったわけだが、すでに過去形にしちゃって いるほどに、オイラにとっては「祭」ではなかった。 祭はやっぱり遠くの有名なのよりは、ささやかでも地元の祭の 方が楽しいわけで、代表にメンバーがいれば話は別だが、最初から J2がジーコの眼中になかったゆえ、全く接点すらなかった。 祝祭としてのサッカーを考える上では、実にもったいない、 機を逃したと言わざるを得ない(汗) そんなわけで、一点だけ。 例えば、スペイン。 オイラは実は海外サッカーに関してノミの脳みそほどの知識も 持ち合わせが無いのだが、その代表は当然、リーガ・エスパニョーラの トップ選手ということになるんだろうな。 で、ふと考えた。スペインと言えば、有名な、分離独立を目指す バスク地方がある。行ったこともない人間の妄想だが、バスクは やはりスペインという国の中の他国的なところがあるのであろう。 テロすらおこったりした経緯もあるくらいだから、他地域の人々 との軋轢もあるのだろうと想像する。 そんなバスクのサッカー選手達は、はたして、たとえ実力を 認められたとしても、「スペイン代表」の一員になるのだろうか? そう思ったオイラは、確認してみた。 詳しい方々には笑われてしまうが、バスクには「レアル・ソシエダ」 と「アスレティク・ビルバオ」の2チームがあり、両チーム激突の 「バスク・ダービー」は有名だそうですな。 で、今回のW杯のメンバーを見たところ… やっぱりというか、それとも実力なのかは知らないが、 この2チームから選ばれている選手はいない。もっとも、確か リーガ・エスパニョーラの1部は十数チームもあるわけだから、 選ばれていなくても不思議ではないが。 このへんの経緯で詳しい方がいればご教示願いたい。 ただ、サッカーというのが「土地」との密着が重要なファクター となるスポーツであり、それゆえに祝祭性が強まる、という 特徴をかんがえてみれば、バスクの2チームが唯々諾々とナショナル チームに選手を出すか、というと、門外漢ながら違和感がある。 と同時に、このバスクの2チームの選手がバスク人のみである わけでもないだろう。選手の中にはバスク以外の選手もいるだろうし、 そういう選手の意志はどうなるのか。 無知ゆえに謎がいっぱいであります。 リーガ・エスパニョーラの実情に詳しい方にぜひお教えを乞う次第 であります。
2006年06月25日
個人的には水ぶっかけ事件の城の時よりも、 日本代表のヘタレ具合は上昇していると思ったので 水どころか生卵くらい飛び交うかと思った成田では 逆に暖かい歓声が飛んだと新聞などでは書いてあったんですが ホントなのかな? そんなに日本のサポはユルいのか、それともサッカーを わかっていないのか、ただの流行にのっかってるだけなのか。 何もかも未熟、脆弱で、しかもその上に無責任で無感動ですら あったことが露呈した代表選出選手には、何らかのペナルティを 課してもいいのではないかとすらオイラは思ったほどなのだが。 *Jリーグ全戦強制&(疲れようが)無交代出場。 (のうのうと休んでいるな。ぶっ壊れるのは基礎が出来てないから。 壊れずに極限まで働け。壊れたヤツはそれまでの選手ってこと) *年俸減額(金儲けできるほどのアビリティかって。あんな 低パフォーマンス晒して高給なんて詐欺じゃん) *下位チームへの強制移籍(強いチームにいると、サブに任せて 休んだりするから、それができないように。チーム力も分散して 一石二鳥だ(笑)) *箔を付けるためだけの海外チーム移籍禁止。(行くんなら全戦出場 するくらいの、そのチームの屋台骨になるくらいで) その他諸々、いろいろ考えられるでしょうが>ひでえな自分。 どう考えてもあのヘタレ具合は、「代表に選ばれたのがゴール」 と思い違いした選手が、一流選手だもん、というエリート意識の 裏返しのひ弱さに思えてしまうのだが。しかも負けたのが他人事の ように話すのが、無責任&情けなさの倍加であります。 あえていっておくが、オイラが怒っているのは敗北の結果 そのもの以外の、姿勢の問題なので、念のため。 まあ、川渕氏も言っているとおり、あのざまでは海外チーム のオファーどころか、今の海外組も残らず契約切れと共に 厄介払いだろうね。 柳沢なんか7月に交渉とか言ってて、もう実家に戻ってきた じゃないの。どうせメッシーナにとっとと追い出されたんでしょ。 高原もフランクフルト移籍直後だけど、絶対にフロント突き上げられて いられなくなるだろうな。悲惨だけど、あれじゃしょうがないよな。 だいたい、ベンチウォーマーになるためだけに海外チームに 行くんなら、J1をJ2なみに過酷な日程にして鍛えた方が なんぼか資するものがあると思うがどうか。 鉄は熱いうちに打て、なので、今のうちに代表選出選手には 徹底的にバッシンクしたほうが良いんじゃないのかな。 代表として試合に臨み、全力で負けるんじゃなくて、ヘタレで 負けることにはとんでもない報いが来る、って思わせないと、 向上の覚悟が定まらないと思うが。 まして、負けたくせにまだ天狗の鼻だけはお高くとまっている みたいだからね、こんな選手どもにリーグ戦に戻ってきて デカイツラだけされるのはかなわん。 代表選手に選ばれるのは、世界のトップを目指すんだ、 という気概という名の欲望をみなぎらせた選手のみにしてほしい。 そして、そういう選手がもっと出て欲しい。
2006年06月20日
明日は前にも書いたとおり、オイラにとっては今季最も口惜しい 室蘭の試合の報復とすべき対横浜FCアウェイ戦であるので、 それに向けて少しは景気のいいことを書いて自分を鼓舞しようと 思ったのだが、それとは別にムラムラと向かっ腹の立つことがあった ので、そのことを書く。 いつのことでしたかねえ、W杯だったか何だったか、 日本代表の選手が君が代の吹奏に合わせて歌っていないだ何だと 外野の誰かがケチをつけて。それ以来、国歌のシーンになれば 選手がアップになるせいか、これ見よがしなんだか本気なんだか 知らないが、えらくお口をおっきく開けて歌ってるようになったよ。 で、たまたまYahoo!にもこんな記事が載っていたりするわけだ。 オイラは口幅ったいが日本文化を愛することで人後に落ちるとは これっぽっちも思っていない。だがオイラは、日本代表が国歌を 歌っていないと非難したり、他人が歌っていないことをあれこれ ケチをつけるような「愛国心」を最も毛嫌いする。 あれは戦時中の「パーマネントはやめましょう」オバサンに似て、 他人にケチをつけることで相対的に自分はアイツよりも上なんだ と思いこむ自己欺瞞であって、非常に低劣なシロモノだ。 オイラは、日本代表の選手が国歌を歌わないでいようが、 全く気にはしない。むしろ、逆に口を真一文字に結んで精神を 研ぎ澄ましている方がよほどカッコイイと思うがどうか。 よほど「サムライ」を体現していると思うがどうか。 君が代を歌うことそのものが、愛国心の発露じゃない。 日本代表にとっては、勝利を目指そうという心が愛国心のはずでしょ。 日本国民にとっては、日本文化への理解を深め、他の文化との 交流を深める相互理解が、愛国心でしょ。 でも、愛国心の名の下に、違う考えを圧殺し、排除し、 侮蔑するのは、愛国心じゃないでしょ。 自国の文化に何の理解もないまま、何の根拠もなく自分たちが 一番優れていると思いこんで、外国人に偏見をかますのは 愛国心じゃないでしょ。 さて、そんなわけで、たかが歌ごときで愛国心の踏み絵になる と思いこんでいるお偉いさんたちに、今回のW杯が良いお灸に なればいいと思うんだが、大した効果は無さそうだな。 卒業式で君が代を歌わない先生や生徒を処罰なんかするよりも、 W杯に出る選手を決勝トーナメントに進めるだけの強化をする バックアップをした方がよっぽど愛国教育になるだろうに、 さっぱりそんなことは考えないのだろうな。
2006年06月18日
今夜は日本代表のW杯2戦目。 しかしすでに、それが実質最後の試合になりかねない状態に なっている。 選手も、サポも、そして一般の人々も、 「勝つしかない」の大合唱。テレビのサッカー番組でも、 番組の締めはどこも判で押したようにこの言葉だ。 新聞の記事もご同様。 だが、どうにもオイラは違和感を感じずにいられない。 そもそも、この「~しかない」という、他に選択肢のない 状況を当事者に押しつけるのは、極めて無責任な外野の 勝手な言い草であり、そこまで当事者を崖っぷちまで 追い込んで恬としている心理が、非常に醜く感じる。 苦しさつらさを当事者に押しつけ、自分たちは美味しくて 楽しい思いをしたいというわがまま、その責任は一切 自分たちは負わないけど、負けたら文句は言うよ、という さもしさを感じてしまうのだ。 まあ、それを突き詰めてしまえば、札幌の勝敗に一喜一憂 しているサポの自分自身の心理にも突き刺さる諸刃の剣で あるから、そこはなかなか厳しい(汗) ただ、オイラはこの期に及んで「勝つしかない」という 言い回しを代表にも、そして(できれば、になるのが我ながら 情けないが)札幌にも声高に言いつのりたくはないな、と いう気がしている。 逆に言えば「勝つしかなかった」のはオーストラリア戦とて 同じだったはずであり、今さらクロアチアを目の前にして 言い出すことでもないだろう。 その「勝つしかなかった試合」を代表は落としたわけだから、 今さら念仏のように勝つしかないといったところで、結果は 実力が反映されたとおりになる、としか言えないだろう。 そして、今の日本代表に、決勝トーナメントに参加できる実力が 醸成されてきたかといえば、素人目にも「足りないだろ」としか 思えない。 悪いが、代表に招集された「海外組」(呼ばれなかった選手も含め) のうち、トップチームのレギュラーとして、この人物がいなくては チームが成り立たない、というほどの選手は一人もいないわけだ。 それどころかほぼ全員が控えに甘んじ、ろくに試合にも出られず、 冷や飯を食っている。 WBCのイチローがMLBの歴史に残るべき記録を持った スーパースターとして、押しも押されもせぬ日本代表の精神的支柱に なっていたのと比べれば、月とスッポンとしか言えない。 日本代表の選手のレベルとは、せいぜいその程度しかないのだ。 ならばその分をきちんと鍛えられたかといえば、これも素人目には さっぱりだ。Jリーグとの連携もとれているようには見えず、 日程の目をかいくぐるようにして設定される代表の試合は、毎度 ぶっつけ本番同然で、しかも強化にふさわしい海外チームを 呼び寄せるどころか、遠征した先でも手配することができていた ようには見えない。 W杯直前の対外試合ではボロばかり出ていたような記憶しかない。 これで世界のトップチームと渡り合おうなどと、どの口で言えるのか と思ったものだ。 つまりは、「勝つしかない」と煽っているほどには、 我々チームを支える側(それは協会であったり機構であったり さらには国家のバックアップ体制であったりするわけで、ひいては 国民自身というわけだが)が、日本代表を世界に対抗できるだけの 実力を持てるように「育ててこなかった」ことばかりが 浮き彫りになったのではないか、としか思えないのだ。 W杯で勝ち残りたければ、明らかに、Jリーグも何もかもよりも 最優先して強化の日程を組み、選手をW杯にのみ完全に的を絞った 鍛錬を課していくべきなのだ。 W杯よりもJリーグで勝つのが大切だ、というのも一つの見識 だが、それならばW杯で「勝つしかない」などと言ってはいけない。 今の代表が「弱い」ことの根本は、すべてここにある。 美味しい果実だけを食べたがる外野の身勝手さに。 (景気が悪いが、クロアチア戦前に書いておく。 後出しジャンケンにならないように。 もちろん、クロアチア、ブラジルを撃破して決勝トーナメント に行く可能性もある。その場合は、何よりも現場の選手達の 功績以外のなにものでもない)
2006年06月13日
(警告、ちょっと政治系の毒あり) 近年、憲法9条を廃棄して押しつけ憲法を改憲し、日本も 普通の国同様に軍備を備えて海外での平和維持活動に貢献すべき だという議論が自民党やら民主党やらでさかんなわけだが、 オイラからすれば愚の骨頂というべきだ(笑) 詳細を述べるのは避けるが、今の自衛隊やら在日米軍経費やら でもおわかりの通り、「軍隊」というのはとんでもない「金食い虫」 のうえ、これも戦前のことをご存じならわかるが、軍ほど 「既得権益」にがめつい組織はない。これに手をつけようものなら なにせ武装組織だから邪魔者は消せ、になる。 「5・15」「2・26」なんてのはみんなそうだ。 お役所の既得権やら官僚の高給やらずいぶんと叩かれているが ハッキリ言って軍隊の食いつぶす金に比べたら可愛いとすら言える。 国家予算にウン兆円も借金のある日本のどこに、そんな アンポンタンな組織を飼う余地があるものか、と再軍備論者に聞きたい ものだよホント(笑) それを知ってか知らずが再軍備だ何だと吠える政治家は、 何を考えているのかと実に暗澹とならざるをえない。 そんなバカ金を浪費されるくらいならば、平和憲法を維持して、 そのぶんの金をサッカー日本代表にまわせばいい。 せいぜい、軍事費の数千分の一もかかるまいよ。そのぶんで 日本代表を徹底的に鍛え上げるがいい。 いいものを食わせ、最高の設備でトレーニングし、世界の強豪を 何チームも招いて実戦を経験させ、最高の頭脳をもつ戦略家を招聘し、 サッカー場を整備し、メディカルレベルを上げ、Jリーグを底上げ するといい。 その選手がW杯で活躍し、勝利すれば、ハッキリ言って戦争なんか するよりももっと「国威発揚」にはもってこいだ(笑) 日本の国際上の地位は向上し、日本人選手は各国のリーグで 引っ張りだこになり、世界的スタートしてリスペクトされる。 それがサッカー以外の分野においても波及すれば、これほど 国に貢献することもあるまい。 イラクにむりやり自衛隊を派遣し、無駄金とはたいたあげくに かえって憎悪を買うなどという愚行の数万倍も世界平和に貢献でき るよな。 というわけで、W杯で勝ちたければ、平和憲法を維持し、 改憲で使われることになるであろう軍事費などという愚かなことに 金を使わず、サッカー振興にこそじゃんじゃん振り向けるべき、 というわけだ(笑) 口では大きなことを言って改憲だ再軍備だ美しい日本の誇りだ うんぬんとぬかす政治屋たちが、今回のW杯の体たらくにどんな ことを言い出すか、笑いながら待ってるオイラは、やっぱり 非国民かい?(笑)
2006年04月22日
柏との初戦を前に、自己満足な以前のエントリの続きを書いて 時間つぶしに。さて、最近はカラフルなボールも増えて、先日はW杯決勝専用の adidasの黄金ボールなんてのがドイツで公開されておりましたが やはり「サッカーボール」というと上のようなのがイメージされる。 ウィキペディアによれば、60年代にadidasがW杯のボールサプライヤ になって以来のものだそうである。 しかし、なぜこのデザインなのかはウィキでもわからなかった。 黒の正五角形12個と、白の正六角形20枚。 数学的には切頂二十面体と言うそうだが、その辺はよく知らない。 骨の髄まで文系で、しかも中国好きのオイラがこれを見て 即座に想像するのは、こいつだ↓
韓国の国旗でおなじみの「太極」だが、本来は中国の「易」の 概念による「陰陽」図だ。 簡単に言えば黒(陰)と白(陽)が「混沌」から分化して 「世界」を構築していくさまを表しているわけだ。 その陰と陽の割合比を「八卦」で示し、8×8の六十四卦で 細密化して、占いなどに応用しているわけである。 世界の仕組みがわかれば、先のこともわかる、というのがこの 易による占い、というわけ。 サッカーボールは五角形(角が奇数=陽)が12、六角形(角が 偶数=陰)が20なので、数値比は12:20=3:5になる。 やや陰気の方が強い存在と言えるか(笑) しかし色彩的には陰が黒で陽が白だから、その比は逆転し、 うまく平衡状態をとってもいるのだ。 さらに言えば、五角形も六角形もオカルト的には極めて強力な 図形であることをご存じの方は多いだろう。 正六角形は、正三角形を二つ、上下逆にして組み合わせた六芒星 (ヘキサグラム)の頂点をつなぎ合わせて出来る。歴史的には 「ダビデの星」としてユダヤ人差別に使われた負の側面があるが、 今のイスラエル国旗にも使われていることからわかるとおり、 本来はユダヤのアイデンティティを示しており、おそらくは ユダヤ教神秘主義「カバラ」に関わる図形だ。 また同時に、日本ではこの六芒星は「籠目紋」と言われた。 ケチャップで有名な「カゴメ」にもこの紋はいまだに使われている。 「籠目」は「無数の目」を表し、悪鬼邪霊をその眼力で払う魔力を 持つのだ。 同じ伝で言えば、正五角形はその内部に「五芒星」を含んでいる。 安倍晴明を引用するまでもなく、上記「陰陽」同様に宇宙の変転を 示す「五行」を表す図形として、強い魔力を秘めているので有名。 海外でも「魔術」そのものを示す図形として知られているし、しかも その一辺が黄金比分割されていることからも図形的に美しい。 何よりコンササポなら「サッポロビール」の商標でおなじみだ(笑) 強烈な魔力を含んだ二種類の図形を、黒白で塗り分けて構成し、 その陰陽のバランスをきれいにとりつつ、ほぼ球形に構築した このボール。 本来は単なるデザイン的に作られたものだったのかもしれないが、 見れば見るほど不思議な構造物だ。 一個の宇宙であり、変転する混沌を封じたパンドラの筺でもある。 そして強烈な魔力を帯びた、多くの運命を左右するデヴァイス。 その「宇宙」そのものを操る選手は、同時にその「宇宙」に 支配されている。 そして、「宇宙」の力をよりおのがものとできた選手が、 勝利の栄光に近づくのである。 (続くのか?)
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