プロフィール
1998年5月2日のヴェルディ戦が初観戦。それから早いものでもう15年以上の歳月が流れました。嬉しかったことより、そうではないことの方が遥かに多かったと思いますが、サッカーの街 室蘭から密やかに応援しています。2011年頃から行けなくなる回数が増えてきたのが悩みの種。 2016年終了時点での試合観戦数は、トップが383試合、CVSが88試合、ユースが94試合となっています。
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2009年12月14日
昨日は一日散歩きっぷを使って室蘭へ帰る、と書きましたが、本当の目的は秘境駅No.1として有名な「小幌駅」へ出かけることでした。 自動車を所有していなかった頃は実家の函館へ帰るときにJR(国鉄)を利用していたので、トンネルとトンネルの間に駅が存在していること自体は知っていました。しかしながら停車する列車も少ないですし、用事もないのでわざわざ出かける気にはなりませんでした。 ところが昨日は夕方に豊浦へ出かける用事もあり、ふと気づいて時刻表を調べてみたところ、札幌発8時55分のエアポートに乗れれば、一度家に戻って荷物を置いてからでも小幌へ行って豊浦へ戻ってくることが可能でした。これならCVS交流会で飲み過ぎても何とかなる、ということで実行することとなりました。 小幌へは東室蘭13時45分発の長万部行きに乗車しました。1両編成のディ-ゼルカーは旅情をかき立ててくれます。豊浦からの帰りに車を運転しなければならなかったためビールを飲めなかったのがちょっと残念でしたが、学生が多く乗り合わせていたのでそれで良かったのかも。 豊浦までにほとんどの乗客は降りてしまい、手前の礼文を出発したときには4名となっていました。 長いトンネルを走行するなか小幌が近づいてきたというアナウンスが流れ、無事小幌に到着、下車したのは当然のことながら自分だけした。秘境駅とは言っても下車する物好きは結構いるようで乗務員さんも普段通りの対応でした。 ホームに自分だけが残り、乗ってきた列車はトンネルの中へ消えていきました。帰りの列車は23分後に到着するので今回は洞窟移籍や岩屋観音の見学はできませんでした。崖下に広がる海岸を眺めにいったりホームに括り付けてある時刻表を撮影したりと慌ただしい時間が過ぎていきます。そのうち警報機が鳴り始めて列車の接近を告げだしました。函館方面からは貨物列車が、室蘭方面からは北斗が相次いで通過していきました。トンネルの中にあった速度標識は115というのを見ていましたから少し離れて撮影したつもりだったのですが、それでも迫力がありました。![]()
やがて帰りの列車がやってきて短時間の秘境探検は終わりました。今度訪れる時には釣り竿持参でじっくり楽しんでみようかな。
2009年12月13日
まだアルコールは残っていますが爽やかな朝を迎えました。 サンタ業務もちゃんと終えたし、一日散歩きっぷでのんびり帰ることにします。 昨年の交流会から選手がテーブルを回るようになったと記憶していますが、その影響か食べ物が残るようになりました。選手との交流>食欲 なんですね(笑)。シーズンが終わって体調を崩した選手もいるようで吉弘と岩沼が参加予定だったと3次会で聞きました。短いオフシーズンですし早く体調を戻して疲れを癒しリフレッシュして欲しいものです。征也の姿を見たとき「あれっ」と思ったのは中標津へ行く予定でしたもんね。 選手のスーツ姿をはじめて見ましたが格好いいですね。大伍のあの靴はないと思ったけど(苦笑)。 今年もフェアプレイフラッグが当たらなかったことを除けば和やかに交流会は終わりました。これでコンサドーレ関連の行事は終わりかと思っていましたが、年内に会議がありそう、とのことでした。まだまだ今シーズンは終わらないようです。
2009年12月12日
CVS交流会が終了しました。 早いものでもう10年が経過したんですね。大したことも出来ていないんですが、表彰していただきありがとうございました。来年も担務数は少ないでしょうが、少しでも戦力になれるよう頑張ります。 石崎監督と藤田、西、堀田、曳地の4選手が交流会に参加してくれました。CVS担当のOさんも今年は大丈夫でした(苦笑)。 交流会の内容は後の機会に報告するとして、まずは熱いシャワーを浴びてから2次会へ向かうこととします。
2009年12月03日
ピッチ上で最後の姿がちょっとでも見られれば、と思ってはいましたが、まさかあんな劇的なことになるとは。OSC仲間の涙腺が次々と決壊していったので自分は冷静でいたつもりでしたが、ゴール(PK)の後にレプリカユニをブン回しながら軽い興奮状態だったことは確かです。あんな結末あり得ないもの。決して順風満帆なサッカー人生とは言えなかった曽田さんにサッカーの神様が最後にデカイ贈り物をくれたのでしょう。挨拶の言葉も紋切り型ではなく、曽田らしいなぁと思いながら聞いていました。 引退セレモニーに隠れた感じにはなりましたが、ユースチームも勢揃いして、コンサドーレというクラブがこういう規模で運営されているというのが目に見える形となったのは非常によかったと思います。ただあれだけの人数がいながらトップチームに進める選手は片手ぐらいという厳しさも忘れてはいけないと思います。ユースを経験してその後サッカーに携わっていくことも立派な育成だとは思いますが、本人にしてみれば夢が叶わなかったということでしょうし、遠くから見守るしかないということですね。 駐車券が取れなかったこともあって土曜日から札幌にいたにも関わらず契約満了選手が発表されていたことを知りませんでした。ノートパソコンを持ってくれば良かったのですが荷物になるのでやめたのが失敗でした。 サンクスウォークでゴール裏に選手がやってきて、曽田の胴上げを行なったあと、胴上げされる何人かの選手たちをみて胴上げされている選手は契約満了なんだとはじめて気づきました。と同時に1階の柱に貼付けられていた選手のペナントと挨拶文に向かって携帯やカメラで写している人が大勢いたことの意味も理解できました。発表時期について、いろいろ意見はあるでしょうが、自分は今回のようにホーム最終戦前に行なった方が良いと感じました。別れが辛いことには変わりはないし、せめてそれらの選手に思いを伝える機会は設けられて当然だろうと思います。これまでチームのために頑張ってくれたんだから。 ホーム最終戦の余韻に浸りながらビッグフラッグを片付け、外に出ようとしたら北2ゲートがすごく混んでいました。どうも出口に選手が見送りに来ているようで空いていた北3ゲートから出ることにしました。そこにも選手がいるとは思ってもみなかったので少し驚きました。選手との触れ合いにはあまり興味はなく入場時のお出迎えもスルーしているのですが、柴田が目を真っ赤にしながら立っているのを目にしたらスルーして帰るわけには行かないなと。左側にいた岡本や曳地はパスして、まっすぐ柴田のところへ行って手を握ったのはいいんだけど掛ける言葉も見つからなくって自分でも何言ってるんだか分かんなくて。でも柴田はじっとこっちの顔をしっかり見つめて聞いてくれていた。あの日はじめて泣きそうになりました。隣にいた上原にも声をかけ、その奥には大伍がいたけどやっぱりスルーして(ユース出身選手と握手したりするのってなんとなく照れくさいんですよ)最後に箕輪と握手しながら来年への想いを託して帰路につきました。彼もまたしっかりと目をみつめて話を聞いてくれていました。こういう姿勢の選手に接すると、選手との触れ合いも悪くないな、と思います。 ここ何年かの冬のCVS交流会に来てくれた選手のなかで3人(元気、謙伍、柴田)も契約満了となってしまったのが辛いところですが、選手生活を続けたいという意思がある限り道は開けると思います。対戦相手となったときには応援できませんが(恩返しもいらないよ)活躍を願ってやみません。 時間が経つにつれて虚脱感を感じています。ヴェルディ戦へ出かける予定もないですし、OSCの忘年会やCVS交流会に参加しつつ緩やかに2009シーズンから2010シーズンへ気持ちを切り替えていくことになるのでしょうね。 劇的な結末を演出した形となった審判さんですが、あのプレイ自体はPKを貰いにいったわけでもないしあの場の雰囲気がそうさせたとしか言いようがありません。審判とは敵対するのではなく、上手に乗せていいジャッジングを引き出していくべきだと思います。それにしても聳城さんはいいジャッジングしていましたねぇ。こういう人が成長して早く笛を吹けるようになって欲しいなと思います。
2009年11月27日
コルドバの件についてはまたそのうちに。 それよりも曽田さんはHFCから大切に扱われているのかどうか、引退記念に発売されるTシャツのネーミングを見て悩んでいるところです。ファンタジーって… そんなこんなで明後日はホーム最終戦。 曽田の引退セレモニーの後に行なわれるサンクスウォークでは今シーズン限りでチームを離れることになる選手もいるわけで、同じチームを離れるにしても扱いが違うんだなと。14年という歴史のチームのなかで9年間在籍し試合にも出場してきた選手ですから違って当然とは言えるのですが。しかしながら道新の一面広告にミスターコンサドーレと書かれていたのには少し違和感を覚えました。自分が思い描くミスターコンサドーレ像とは異なるからです。 イタリアではそういった選手のことをバンディエラと呼ぶそうです。はてなキーワードによると、チームの中心的人物に使われることが多い、となっており、その定義は、 1.そのチームの下部組織出身であり、長くそのチームで活躍している選手 2.そのチームで無名の若手時代に抜擢され、長くそのチームで活躍している選手 3.そのチームの下部組織または地元出身であり、名を挙げたあとで地元チーム三顧の礼で迎えられた選手となっています。 2つ目が該当すると言えなくもないのですが、やっぱりミスターコンサドーレと呼ぶにはちと厳しいかなと思います。でもそういった呼称を遥かに超えるインパクトを与えてくれた選手だったと思いますし、自分の記憶に残っていくでしょう。ラストプレーを見ることができればいいですね。
2009年11月19日
C大阪・仙台の昇格、大分・千葉の降格、ニトリさんのメインスポンサー撤退、V東京・大分・岐阜の財政問題、いろいろ題材はあったのですがエントリーする気になれませんでした。明日の金曜日は個人的にブルーな日で今週は気分が重かったのですが、追い打ちをかけるように曽田さんの現役引退のニュースも流れてきました。このところいい話題が少なくて憂鬱ですね。 昨夜も飲んで帰ったら家に荷物が届いていました。 何かと思ったら「実りのアキコン!ステップアッププレゼントキャンペーン」に当選して賞品が届いていました。10月23日のニュースリリースでプレゼント決定のお知らせがあったようですが、当たるとは思ってなかったし、オフィシャルWebはほとんど見ないので知りませんでした。こうして賞品が届かなければ思い出すこともなかったでしょう。 そんな自分が当選して申し訳ないような気もします。 賞品は「ふっくりんこ」でした。後ろの「ゆめぴりか」は近くの店で売っていたので試食のために買ってみたものです。一度食べてみたいと思っていたので嬉しい限りです。 人生そんなに捨てたもんじゃないんだなと。
2009年11月03日
思っていたよりも雪が降りました。車道にもしっかりと雪が積もっています。明日になれば融けるでしょうが、とうとう冬が近づいてきたんですね。 これから都市ガスから天然ガスへの転換作業がありますし、車を使って外出することはないと思います。何よりも土日の疲れをとりたいですし。そろそろタイヤ交換も考えないといけませんが今日は無理でしょう。宮の沢でユースのホーム最終戦(vs草津U-18)がありますが行けません。結局、今年は1試合しか観戦に行けなかったことになります。応援できなかった自分に言える言葉じゃありませんが、決勝トーナメント進出を目指して頑張れ。 ガス転換作業は経済産業省(通産省資源エネルギー庁)のIGF21計画に沿って行なわれるもので転換時期の目処が2010年となっています。室蘭は製鉄所があり、その高炉ガスを利用していたと考えられ、転換作業をギリギリまで遅くしたのかと思います。 この天然ガスへの転換に関連しているのかは不明ですが、ガス会社の本社は輪西から鷲別へと移転しました。サッカーボールのペインティングが施されたガスタンクはどうなっていくのでしょうか。
2009年11月01日
昨夜、千歳空港から室蘭へ戻るときに乗った高速バスがバスレーンを走行していたらチームバスが停まっていました。負けたときに見るドーレくんは物悲しそうでした。試合の内容は分かりませんが、どうだったんでしょうね。残った数少ない試合をどう戦っていくかで個々の選手たちの有り様が決まってくるのかな。チームの為というより自分のために頑張れ。 さて、実は今日も千歳空港にいます。昨日の夜中に大事なお祝い事があったため一度室蘭へ戻り、今朝また東京へ出かけるという次第です。ほとんど寝てないし具合も悪いぞ。
2009年10月31日
寒いですね。現在は5時51分、だんだんと空が明るくなってきました。千歳空港行きのバスに乗っていますが、暖房がこんなに有り難いものだとは。 清水へ向かうわけではないのがちょっと哀しいところですが、夏以降は土日に自由な時間が取りづらくなることは分かっていたので仕方のないところです。 リーグ戦への目標が無くなったから天皇杯をという考えは正しくないと思いますが、試合にむけてのモチベーションが違ってくるのもまた事実。2006年の天皇杯で得た自信が2007年リーグ戦を戦っていくにあたっての財産となったように、清水相手に全力+αでやって欲しいものです。しかし、日本平へ行くチャンスはなかなかありませんねぇ。 無事、千歳空港へ到着しました。良い日であることを願って。
2009年10月21日
もっと寒くて辛いのかと思っていましたが、天気予報では何とか降らずに済みそうな気配です。秋の空ですからザ~ッと降るようなこともあるかも知れませんが、そのくらいなら問題ないでしょう。また21時の予想気温が10度で2m/sの風ですからセレッソ戦のときとあまり変わらないようです。ピステは来月の富山戦に使うことにしよう。 知らなかったのですがドームではクライマックスシリーズが始まるんですね。あの3年前の徳島戦より少ない観客ってことはないでしょうが、厳しい状況にあることだけは間違いないようです。 CVS担務のため競技場のきのこ汁などを味わうことは出来ないので、大滝か留寿都で食べていくことにします。これで身体と気持ちを盛り上げて厚別へ向かうこととします。風呂道具も忘れないようにしなくちゃ。