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2001年からコンササポで親ばか 札幌市出身。

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ヤンツーと呼ばないで(第3~第6ラウンド)

2005年12月25日

前回からの続きです。

 私「(写真を指さし)これ誰」
 娘「......おとうさん」(ネタではなく本当の出来事です。)
 私「違うよ柳下さんだよ」
 娘「やーてぃてぃたたーん」
 私「柳下さ......」
 言い終わる前に興味なく立ち去られてしまいました。
 以上第3ラウンド終了


 私「これ誰?」
 娘「.........」
 私「柳下さん」
 娘「..やにゃにーにゃ」
 私「柳下さ......」
 今回も言い終わる前にお母さんのところへ
 以上第4ラウンド終了。


 私「これ誰?」
 娘「............(なんか言いたそうだけど出てこない)」
 私「柳下さんだよ」
 娘「やーににゃにゃーん」(猫じゃないんだから)「おにぎり...」
 私「え?」
 床におにぎりのシールがおちていました。
 以上第5ラウンド終了。


 私「ねこれ誰?」
 娘「だれー だれー」
 私「柳下さん!」
 娘「やー うふふ」
 私「うふふ...?柳下さん!」
 娘(久しぶりにクルクル回り出す)
 以上第6ラウンド終了。


 まだまだ先は長そうです。
 目標は柳下さん本人と逢える1月15日の「キックオフ2006」までと設定しました。さて。



ヤンツーと呼ばないで(その2)

2005年12月18日

昨日部屋を片づけていて、山積みになってる雑誌の中に表紙が柳下監督のマッチデイプログラム(3月13日鳥栖戦、いつから部屋を片づけてなかったのか)を見つけました。
これは娘(2歳3ヶ月)に柳下さんの名前を覚えさせるのに絶好と考え、壁に画鋲で留め早速チャレンジ!

私「これ誰?」
娘「・・・・・おかあさん」
私「ちがうよ柳下さんだよ!」
娘「・・・・・・(なぜか泣き出す)」

以上第1ラウンド終了。

半日後、

私「これ柳下さんだよ」
娘(何故だかクルクル回り出す。)
私「柳下さん」
娘「やーした~さー」
私「(これはいけるかも)柳下さん!」
娘(またクルクル回り出し、あっちへ行ってしまう)

以上第2ラウンド終了。

さて、何ラウンド目で「柳下さん」と言えるようになるのでしょう。(別にクイズにはしませんが)
第3ラウンドは明日以降開催いたします。

20051218-04.JPG



ブログは風呂でわく

2005年12月13日

我が家では、娘(2歳3ヶ月)をお風呂に入れるのは私の担当です。

体を洗ってあげる時は「手、手、足、足、背中、背中...」というように、その時洗っている場所を言います。このごろは娘も一緒に言うようになってきました。
でも最近、私は言うのをよく忘れます。

というのも、ブログをやり始めてから「バスの中」「トイレ」そして「お風呂」がネタを考える場所になっており、お風呂では特に考え込んでしまうのです。(ブログネタに限らずお風呂の中ではよくアイディアが浮かびます)
ふと我に返り、だまって見つめる娘に謝りながら「手、手、足、足...」とまた始めます。

ここ2~3日札幌は特に寒いので風邪をひかないよう、ブログのことは忘れて手早く洗ってあげなければ!
今日もこれからお風呂です。





泣き虫父さんの日

2005年12月08日

伯母(母の姉)が亡くなり今日お葬式にいってきました。
この伯母は私の母とは21歳違いで、3っつの戦争の時代を生き、5人の子供を産み育ててています。
棺桶に花を添えたとき、子供たち(私にとってはいとこ)がたくさん声をかけていました。
「大変だったね、ありがとう。」「子供たちはみんな力を合わせるから心配いらないよ。」
私は我慢していた涙が溢れました。
9年前、私は母お葬式のとき、私は何も声をかけてあげられませんでした。

家に帰り、妻と娘と3人で、娘が生まれた時から半年間のデジカメ動画を見ました。
まだ生まれたばかりでホカホカ湯気立ちの状態から、なんとか寝返りができそうな頃まで。
まだ2歳と3ヶ月の娘でも、生まれた頃の姿は今とはまるっきり別人でした。
その頃の思い出を妻と話しながら、伯母は5人、母は3人もの子供を育ててくれたことに感謝せずにはいられませんでした。
思わず涙腺がゆるみました。

そして先ほど、「しまふく寮通信」を読みました。
もうダメでした.....
「今泣かずにいつ泣く」という感じです。
でも明日は泣きません!



ヤンツーと呼ばないで

2005年12月05日

うちの娘(2歳、ちょっとしつこい)には、パパ、ママなんていう呼び方は教えていませんが、人形を指さして「これ何?」と聞くと、ちゃんと「ドーレ君」と答えます。

そろそろ選手の名前を教えたいのですが、親もちゃんと呼べないのでまだ先でしょうか。
でも監督くらいは呼べるようになって欲しいので、「柳下さん」と教えようと思っています。

私はこのブログで選手を呼ぶとき、内容により表現の手段として「ちゃん付け」、「あだ名」の時もありますが、それ以外は「○○選手」と呼ぶことにしています。

ブログは私的なものですが、日本国内だけでもインターネット人口約7000万人が見ることができる公式の場でもあると考えているので、「選手を呼び捨ては悪いかな」というちょっとしたこだわりです。
(人に押しつける気はサラサラありません。自己満足の世界です。ハイ)

だから我が子よ。「ヤンツー」と呼ばないで「柳下さん」と呼べるようになろう!

  でもそれよりも先に...お父さんと呼んで欲しい。



タバタパパダッコ

2005年12月01日

今年の3月、宮の沢での練習後、何人かの選手に娘をだっこしてもらいました。
その中でとても喜んでくれたのは中山選手!ご自身も第1子が誕生したばかりだったせいか、終始ニコニコでした。(対照的にうちの子はぐずってました。)

ここ数年コンサドーレってベビーブームですよね。
つい昨日(11月30日)田畑選手に女の子が生まれたとのこと。パチパチパチ。
千葉県にいるそうで、会いたくてしかたないことでしょう。
今度田畑選手にもうちの娘をダッコしてもうらおうかな。(と勝手に考えている)

 やはり娘はメンコイのだ!


「親ばかのコーナー」なので見逃してくれよ



サポーター育成計画(番外編)

2005年11月23日

なんとか熱が下がったものの、かなり不調でしたが妻と娘を残し、這うようにドームに行きました。(結果はご存じのとおりです。)

さて、試合終了後、私の席の後で明らかに試合内容とは別のことで怒る声が聞こえました。
振り返ってみると中学生くらいの男子数人が、自分が飲み食いした後のゴミをそのまま置いて帰ろうとし、隣にいたご夫婦が「ちゃんと片づけなさい」と叱っていたのです。

この程度のマナーさえできない子達、というより躾ができない親たちがいるのですね。立派なサポーターを育てる以前に、うちの子には躾をきちんとしなければと思いました。(なかなか言うこと聞かないんですけどね)

他人の子を叱るというのが難しい昨今(親がいたら逆に文句を言われたり、逆ギレされ刺されることもある)、ちゃんと叱ったご夫婦に拍手です。



サポーター育成計画(汚い話ですみません)

2005年11月20日

昨日の京都戦でバカ親を喜ばせた我が娘2歳。でも夕食をあまり食べずに寝てしまいました。「疲れたのかな」と思いあまり気にしていなかったところ、夜中2時半に突然泣き出してゲロ。その後約1時間半ほどぐずる間、ゲロのハットトリック(清野選手ゴメン)後ようやく寝てくれました。(でも朝まで何度も起こされまともに寝られませんでした)
「朝すぐ病院に」という親の心配をよそに、起きてからの娘は絶好調で歌っています。「これなら大丈夫」と安心していたのもつかの間、午後になり、上からの次は下からでした。(でもなぜか元気なんです)。16時になりまたゲロしたので病院に連れていきました。
今この手の風邪が流行っているそうです。皆さんお気を付けください。



サポーター育成計画(京都戦)

2005年11月19日

私の座っているB自由席の周りには小さい子供連れの方が結構目立ちます。
一昨日娘をドームに連れて行って大変だということを書きましたが、「成せば成る!!」という応援のコメントをいただき、本日の京都戦、久しぶりに2歳の娘を連れて行きました。
今回は・・・・・ものすごくご機嫌でした!
おとなしく座っていたと思ってたら「さっぽーろ!」コールの後に手を前に出すポーズをし始め、応援に会わせて拍手するなど、親が育成計画を立てるまでもなく勝手に応援してました。(後半までは保ちませんでしたけど)
23日の甲府戦は都合で連れて行けませんが、最終戦にはまた連れて行きたいと思います。
(私の腰痛がひどくなければ)

サッポーロ!



サポーター育成計画

2005年11月17日

うちの娘はただいま2歳。
石屋製菓のコンサのCMではWe are sapporoを一生懸命やってます。

この子を立派なサポーターにするため、スタジアムに連れて行きたいところですが、12時30分~14時30分頃までがちょうどお昼寝タイム。
一度ドームに連れて行きましたが、試合前はやはり寝られず、試合が始まって大声援の中私の膝の上で寝始めました。(よく寝れられるなあ)
しかし、前半にゴールが決まって思わず立ち上がってしまったときに起きてしまい、大泣き...。
周りの方に迷惑がかかるため、結局かみさんは後半ほとんど見られませんでした。
早く大きくなって一緒に応援して、勝利の後ビールで乾杯できたらいいな!
その時まであと18年....うーんその頃にはJ1で優勝できてるかな。