2006年03月13日

読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

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生島淳『世紀の誤審 オリンピックからW杯まで』(光文社、ISBN: 4334032591)
 柔道・フィギュアスケート・サッカー・ラグビーなど様々な競技の、主に国際大会における「誤審」の事例とその原因を、単に試合の中だけではなく競技の特質や背景に存在する問題にまで踏み込んで解説した一冊。

 「誤審の傾向と対策」について類型化した第九章はなかなか示唆に富んでいて興味深い。対策に挙げられた「観客が競技を見る目を養うこと」は、まさに身につまされる思いです。が、今日はこの対策についてではなく、「国際大会における誤審の傾向」について書かれている内容を紹介し、あわせてWBC・アメリカ戦で起こった「誤審」について私見を述べてみたいと思います。



 国際大会で誤審が起こりやすい原因の一つは、「審判も各大陸・世界各国から集められることにある」と生島さんは言っています(第二章)。例えば柔道では間違いなく日本が審判のレベルでは世界のトップです。発祥の地ですから当たり前というのもありますが、「国内で繰り広げられるレベルの高い試合を数多く裁くことが審判の技術向上を助けている」というのが彼の分析です。
 ところが、オリンピックなどの国際大会になると、審判にも各大陸枠というものが存在するため、普段レベルの低い試合しか裁かない審判が重要な試合を任されることになる。これが原因となって、記憶に新しいシドニー五輪・篠原-ドゥイエ戦の「誤審」などの事態が生じやすくなる、ということのようです。サッカーのW杯でも同じような事態はよく起こりますね。

 二つ目の原因は、「観客の反応」です。典型的な例として、ソルトレイクシティー五輪のスピードスケート・ショートトラックが挙げられています(第五章)。アポロ・オーノ選手の「演技」に過剰に反応した観客の声に審判が惑わされ、韓国の金東聖選手を失格にしてしまった、あのジャッジです。後にサッカーW杯・日韓大会の韓国-アメリカ戦で、ゴールを決めたイ・チョンス選手がこのジャッジを揶揄したパフォーマンスを行ったことで皆さんの記憶にも残っていると思います。本書のこの下り、アメリカの観衆・マスコミの「困ったちゃん」ぶりが詳細に分析されていて面白いです。

 もう一つの原因は、「審判も人間なので先入観を持つことは免れない」ということです。例えばMLBで活躍した長谷川滋利投手の話が載っています(第五章)が、「コントロールが良い」という評判を持つ投手に対しては、球審はアウトサイドのストライクゾーンを広く設定してしまう傾向があるそうです。「このピッチャーが自信を持って投げ込んでくるのだからストライクだろう」と。可能な限り排除すべきですが、人間ですからそういう先入観は常につきまとうもの。長谷川投手自身もこれに助けられて戦ってきた選手ですし。同じような傾向はラグビーにも当てはまるそうで、「弱小国と目されるチームが反則を多くとられる傾向がある」ことが、数字と共に示されています。


 さて、翻ってWBCの二次リーグ・日本-アメリカ戦。日本はサヨナラ負けを喫しましたが、この試合、明らかな「誤審」がありました。

 プレーのあらましは下記の通り。「」内は「試合直後のマスコミの報じ方」です。
 3対3の同点で迎えた8回、日本は1死三塁のチャンスに岩村明憲三塁手(東京ヤクルトスワローズ)がレフトフライを打ち上げ、西岡剛二塁手(千葉ロッテ)が三塁からホームに生還。タッチアップが早かったというアメリカ側のアピールプレー(西岡選手がいた三塁に送球してベースタッチ)に対し、「二塁塁審(三塁塁審はフライの捕球を見ているため、三塁ベースには二塁塁審がカバーにまわる)はセーフの判定」。しかし「米国ベンチ側の抗議を球審が認めて判定が覆り」ダブルプレーが成立、得点は認められませんでした。

 私は敗因としては「7回の攻めの拙さ」の方が大きかったと思っていますが、そのことを差し引いてもこの「誤審」が大きな問題であることに変わりはありません。
 この場面、まず「球審が判定を覆した」ことについては、こちらの最後の部分で二塁塁審には判断の権限がないとの説明がなされており、「覆した」というのとは少し違うようです。確かに球審は捕球する外野手と三塁ランナーを同時に視野に収めることは出来ます。ですからここでは「誤審」は起こっていない。

【追記】エントリーアップ時に書き忘れていたことを二つ。
「二塁塁審の権限ではない」という説明が合法的なものであるかどうか、ルールブックなどで確認したわけではありません。
また、「いったん下された判定が覆された」という表現、報道を読むと「ホームインが取り消されたこと」を指すのか、「アピールプレーに対する二塁塁審のジャッジを球審が取り消したこと」を指すのかはっきりしません。前者だとすれば、少なくとも西岡選手がホームを踏んだ時、球審はホームインを認める「セーフ」のジェスチャーをとっていなかった気がします。その後画面が切り替わってしまったので、最後まで球審がホームインを認めなかったのかは分かりません。
【追記の追記】
やはり「二塁塁審の判定を球審が覆した」ということで間違いないみたいですが、どうも「二重に越権行為があった」ようです。

 次に「西岡選手のタッチアップが早かったか否か」ですが、私が言う「誤審」はこの判断です。VTRを見る限りではレフトが捕球してからスタートを切っているように見えます。日本にとって不幸だったのは、このフライが浅かったということです。外野からの返球が大きく逸れ、結果的に俊足の西岡選手は滑り込むことなく悠々とホームベースを踏みました。しかし、「浅いフライの時にはランナーは早くスタートを切りがち」という先入観が審判の判断を狂わせたのかも知れません。
 もう一つ先入観として、「日本がスモールベースボールを標榜している」ことも審判の頭の中にあったのではないでしょうか。「スモールベースボール」とは、バント・盗塁・進塁打などを駆使して、1点を確実に狙いに行く戦術を指します。ホームランなどの長打が期待できない日本がとらざるを得ない戦術ですが、これが「日本は打てる手は何でも打ってくる」と脳内変換された時には、こうした細かいプレーに厳しいジャッジが下されることになってしまう。

 この試合が実質「アメリカのホームゲーム」であることも影響したかも知れません。優勝候補であるアメリカがまた敗れることがあれば、大会自体が大変なことになります。ただし、「背後での圧力」を短絡的に指摘する論調に、私は与する気にはなれません。根拠のない「圧力」云々で同情するのは、アメリカのホームゲームであることを認めた上で、おそらくこうした事態すら想定して戦っているであろう選手の「覚悟」に対し礼を失していると思います。第一、「じゃあ日本でやるゲームで有利な判定が下されることはないのか」と聞かれたら、それを否定する自信は私にはありませんし。

 結局今回の「誤審」は、日本がまだまだ「弱小国」と見なされていることが災いしたと言えそうです。逆の立場だったらアメリカに対してああいう判定は下されないと思います。「おそらくサッカーW杯・ドイツ大会でも同じような事態が起こるのではないか」と私は思っていると共に、覚悟もしています。少なくとも、韓国は「復讐」を受けることになるだろうという生島さんの意見(第九章)は、残念ながら現実となる可能性が高い。
 「残念なことだが、誤審はこれからもなくならない(まえがき)」以上、我々は常日頃から「観客の目が肥えていれば、誤審は防ぐことが出来るのだ(同上)」と言う生島さんの言葉を噛みしめて観戦するしかありません。もちろん、札幌の試合においておかしな笛が吹かれれば不満の声を上げることも忘れずに。そのことがスポーツ文化の定着につながることを信じて。


 選手は一所懸命戦いました。アジアラウンドの韓国戦のようなひ弱さは感じなかった。こうした素晴らしいゲームと、そして「誤審」をも積み重ねることで、本当の意味での真剣勝負をアメリカに挑む資格が得られると信じたいものです。


posted by tottomi |22:35 | 読書管見 | コメント(6) | トラックバック(1)

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Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

WBCも見てませんし、この本も読んでいない中でコメントをつけるのもどうかとは思いますが、

誤審が結果に影響を及ぼすというのは、本来あってはならないのでしょうが、それも含めて人間のやるスポーツなのだなあ、と最近思うようになりました。
人間は必ず過ちを犯す、と。

誤審を肯定するわけではありませんが、代表チームがその国を象徴するのであれば、審判もまた然りかと。
そして成長はなかなか難しいですね。

posted by kenji | 2006-03-13 23:34

Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

>kenjiさん

>WBCも見てませんし、この本も読んでいない中でコメントをつけるのもどうかとは思いますが…

とんでもありません。そのような方々に知っていただき、
興味を持っていただくために書いているのですから(笑

>代表チームがその国を象徴するのであれば、審判もまた然りかと。

ここの下り、私が読み誤っているのかも知れませんが、ちょっとアメリカを弁護。
この審判、メジャーでジャッジしたことのある審判のようですが、現在はマイナーリーグを裁いているみたいです。ですから今回の審判達がアメリカを代表する存在かというとそうではないようです。
トップレベルの審判が揃っていないことも問題の一因ですね。

posted by tottomi| 2006-03-14 00:40

Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

こんばんわ。コメントありがとうございます。

WBCは審判のレベルもさることながら
国際試合なのにアメリカの試合をアメリカの審判が
ジャッジしてることが大きな問題でしょうね。
「世界一」を一国の都合で決めるようなものと
感じます。でも終わったものはしょうがないです。
イチロー選手の会見を見てリベンジがあると期待します。
西岡選手のいい経験になったでしょう。
メキシコ戦で大輔が快投して勢いつけてくれるはず!

フッキも早く復活してリベンジしてほしいですね…。

posted by 剛蔵 | 2006-03-14 01:48

Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

>剛蔵さん

>アメリカの試合をアメリカの審判がジャッジしてることが大きな問題…

今回の「肝」かも知れませんね、ココ。たとえ大きな誤審が起こらなくとも、早晩問題になっていたでしょうね。
一方で、篠原-ドゥイエ戦について書かれた本書の第二章では、柔道において「世界規模」の競技であることをアピールするという政治的意図で、レベルの低い大陸から国際審判が「粗製濫造」される過程が描かれています。
何だかんだ言って一番レベルの高い野球が展開されているのはアメリカなのですから、しばらくはアメリカの審判に頼らざるを得ないでしょう。幸いアメリカの世論も日本に同情的なようなので、今回の件を今後の糧としていただきたい。

posted by tottomi| 2006-03-14 08:24

Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

こちらの方こそ言葉足らずで申し訳ございません。

>代表チームがその国を象徴するのであれば、審判もまた然りかと。

このくだり、自分の中ではJの審判のことを思いつつ書いてました。

いけませんね、短いコメントの中で視点がころころ変わっては。反省。

posted by kenji | 2006-03-14 22:25

Re:読書管見・生島淳『世紀の誤審』&WBC・日本-アメリカ

>kenjiさん

いえいえ、こちらこそ恐縮です、ヘンな解釈しちゃって。

コメントって、どこまで書けばいいのか結構悩んでしまいます。本来ブログとはこのコメントの部分で議論することを目的として開発されたツールのようですが、「日記」に特化して使用している方も多く、そうした方のところで長々と自説を披瀝するのはどうしてもためらわれます。

その点自分の所は気が楽です。好き勝手なこと書けますから(笑)。というか、私は「議論のツール」としての側面を重視したいと思っており(そのわりには問題提起せずに自己完結したエントリーばっかで、読み返すと頭がイタイのですが)、コメント覧で話をふくらませることを狙っていることが多いので、むしろたくさん書いていただいた方が有り難いです。

posted by tottomi| 2006-03-14 22:41

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