カレンダー

プロフィール

HN:元多摩の農民/大澤唱二 東京多摩地域出身。 2001年最終戦、対セレッソ大阪戦でコンサドーレデビュー。 翌年、翌々年と徐々に試合に行く回数が増え、2004年にはファンクラブ会員になるなど、身も心もすっかり赤黒く染まる。 2005年、CVS登録。また、OSC蹴遊旅人の立ち上げにも加わり、赤黒さに磨きがかかっている。

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

甲斐武田軍を迎撃せよ

2006年12月21日

我が蝦夷共和国軍は、無事越後の上杉軍を破ったわけですが、次なる敵は上杉の宿敵でもある甲斐武田軍。
蝦夷共和国軍と甲斐武田軍との合戦のうち記憶に新しいのは、昨年11月23日の蝦夷・秋の陣。最終盤まで蝦夷軍優勢で進めながら、最後の最後に武田軍の猛攻を受け、蝦夷軍総崩れとなりました。
この時の屈辱を今も忘れてはおりません。蝦夷の敵(かたき)をみちのくで討ち果たすべく、明日、拙者は海路仙台に向けて出港いたします。
苫小牧港出港は戌の刻。仙台上陸は明朝巳の刻を予定。決戦は未の刻です。

敵の武田勢は陸路を進んでくる模様。バスによる組織的進軍は、およそ350(バス7台)の模様なるも、鉄路・自家用車にて個別に参戦する兵力は未知数。
対する我が軍は、組織された軍(ツアー)としては空、海から。個別に参戦する兵力も、陸、海、空、それぞれ相当数。加えて、蝦夷軍関東支隊が陸路大軍を組織して馳せ参じる模様。
兵力は俄然蝦夷軍有利と思われるも、数じゃ決まらないからなぁ、こればっかりは。

各々方、油断めさるな!


   蝦夷共和国
幕末、新政府軍に追われた榎本武揚、土方歳三らが、函館五稜郭に入って立ち上げた国。日本で初めて選挙(入札)を行った。但し榎本たちは新政府から分離独立した、という意識はなかったらしく、「蝦夷共和国」という呼称ものちの人が文学的な表現として用いたものらしい。
詳細はこちら


post by 元多摩

19:33

コメント(4)

この記事に対するコメント一覧

otv

Re:甲斐武田軍を迎撃せよ

2006/12/21 22:11

お疲れ様! 我明日は決戦に向けて英気を養わんと欲するも、会社にて歳末行事在り(→飲み会と言えよ)。我さっさと帰らんと企てるも、我に後輩無く、余興でいじられ、ほうほうの体で2次会突入は必定。明けて23日は休日といえど我は所用で東京へ。よもやこのような事態になるとは思わず、早割で昼の航空券を購入したのが運の尽き。我等が蝦夷の地では地上波放送するというに、我の頼りはこの携帯式情報端末(→携帯電話で良いだろ)のみ。 あー疲れた。もう普通に戻しますね。 でも、私が「全く見ない」試合って、最近負けがございません。威張れるような威張れないような話ですが、これも神様のお導き。元旦までこのジンクスが続いて(?)ほしいものです。良いんです、勝ってさえくれれば何だって! 万一のことがない限り、決勝のチケットを買って帰るつもりです(笑)。 予定通りなら東京から念を送ります。少し早い見送りですが、私も含めた大勢の「同志」の分までしっかり応援してきてくださいね! 追伸 実家が五稜郭の近くにあります。「その時歴史が動いた」で取り上げられた時は食い入るように見たものです。

元多摩

Re:甲斐武田軍を迎撃せよ

2006/12/22 08:26

otvさん なるほど、明日は東京なのですね。お疲れ様です。 otvさんたち、現地に行けない人の分も、頑張って応援してきますよ! ジンクス発動、期待してます! ユアスタに念を送って下さい! ご実家が五稜郭の近くなんですね! すごーい、いいなぁ。 何回か行きましたよ、五稜郭。 土方歳三の出身地が僕の実家の近くでして。 多摩地域の、日野市というところなんですが(僕の実家は隣の八王子市)。 そんなわけで、土方さんや函館には、ちょっと親近感があるんですよね。

暢気

いまさら報告

2006/12/28 17:12

母方の血統は武田家家臣の直系を引き継いでいるので なまら悩ましい試合だった事は秘密でした(笑)

元多摩

Re:甲斐武田軍を迎撃せよ

2006/12/28 21:56

暢気さん 暢気さんの(ご両親の?)ご実家が甲府とのことで、 きっと複雑な気持ちはあるんだろうなぁ、とは思っていましたよ。 でも、元気のゴール?って時は、すごく嬉しそうに飛び跳ねてましたね(笑)。

コメントする