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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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2007年06月19日
連勝を続けながらも、強さになかかな自信が持てないというのはこんな試合があるからだ、と言う試合でした。 札幌の独走というのは選手の個々の力よりも、三浦監督の組織戦術にあることは自明ですよね。個々の力というは、ある部分、超えようのないところがありますけど、人為的に作られた組織であれば、工夫次第で攻略が可能なはずです。 連勝を続けている間、どのチームが攻略法を開発するだろうと、半ば恐れ、半ば期待してみていました。そんな中で22節の徳島は、一つの答えを出したように思います。 簡単に言えば、札幌と戦うには札幌と同じことをやればよい、というものです。 リスクを負わない戦い同志なので、引き分けの勝ち点1は計算できるし、ホームの敵がじれてきてリスクを背負いはじめると、それだけカウンターのチャンスも膨らむ、そんな作戦を立てたんじゃないでしょうか。 開幕前に、昨年の横浜FCの躍進から、どのチームも守備的に来るかと思いきや、J1降格組が3チームもあったせいか、思いのほか、今シーズンはどのチームも攻撃的でした。それが札幌の戦術にうまくかみ合っていたんだと思う。また下位チームも、今年は例年になく、攻撃的でしたからね。 でも第2クールも半ばを過ぎて、札幌の躍進を手本にするチームが出始めてきた、ということですよね。本当に昇格を目指すならば、ギヤをそのままでアクセルをふかすのではなく、ギヤを変えるってことですよね。 おそらく、ここから数試合が本当の正念場だと思います。
2007年06月11日
彼は、バックスタンド側のセンターライン付近、ほんのちょっと相手ゴールより、で何気なくボールを受けた。 「神の手」から10分も経っていなかったんじゃないかと思う。始まりは何気ない、J2でも、プリンスリーグにも、カブスリーグにだってありそうな、きわめて日常的な、どこにでもあるサッカーのいち場面。その日常性がマラドーナのドリブルによって木っ端みじんに打ち破られた。 アナウンサーの声だけははっきりと記憶していて、NHKの有名なアナで、ジョホールバルの時に、「絶対に負けられない戦いがある」とのキメ台詞を吐いて、その後の「負けられない戦い」インフレをつくったアナウンサーだと思うんです。 彼は、マラドーナが一人抜くごとに「マラドーナ・・・マラドーナ・・・マラドーナ・・・・マラドーナ」と名前だけを連呼したんですね。はじめは普通の実況の声でしたけど、連呼を繰り返す度に、だんだんとトーンが絶叫調に変わっていきました。 ブラジルのドリブルが、『体が動いてボールが動かない』ことに特徴があると言われるのに対して、アルゼンチンのドリブルは『ボールが動いて体が動かない』と言われます。その通りで、マラドーナはゴールにむかって一直線に向かい、一瞬のブレもない。しかしボールは右に左に動き、相手ディフェンダーは次から次へ交わされる。 マラドーナの5人抜きのシーンの中で、今でもはっきり脳裏に浮かぶのは、ミッドフィールドの二人を抜いて、最終ラインの二人に襲いかかるわずかな合間のマラドーナ。そのとき、 彼は空を飛んだんです。 人間は跳べるけれど飛べないじゃないですか。でも、あの瞬間、確かにマラドーナは飛んだ。跳ぶと飛ぶの違いは、距離や時間や高さじゃない。トビウオが何十メートルも跳んでも、あれは跳んだであって、飛んだんじゃない。というのと同じように、 マラドーナは、コンマ何秒、地上数十センチの大空を飛びました。この感覚、リアルタイムで見ていたい人なら、みんなうなずいてくれると思う。 あの試合から20年、試合がどう始まって、どう終わったのかは今となってはまったく記憶にありません。イングランドなので、リネカーがいたはずなのにまったく覚えていない。それでも、神の手ゴールと5人抜きの場面だけは鮮明に覚えているんですね。 ちょうど、札幌オリンピックでの笠谷の金メダルジャンプの映像と「飛んだ、決まった」のアナウンサーの声を、昨日のことのように覚えているように。
2007年06月11日
175.2対179.8 今日の鳥栖対札幌戦。ゲーム終了時の両チームイレブンの平均身長です。札幌が鳥栖に対して約5センチのアドバンテージ。これが影響した試合でしたね。 第2クールの1位、2位対決、ホームゲームということから、鳥栖は前半からよくハードワークしていました。一見すると、鳥栖が主導権を握り、札幌が一方的に攻められるという展開に見えましたけれど、余裕の守りというヤツで、見た目ほど選手たちは危ない思いをしていなかったんじゃないかな。 守る札幌は、ゴール前はしっかり固め、至近距離のシュートやグランダーのスルーを許さない体制をひきながらも、サイドは比較的に緩く、クロスや放り込みを許していました。ところが、鳥栖のクロスが自信なさげというか、まともにいっても必ず弾き飛ばされるという恐れから、力みや狙いすぎで(だろうと思います)、外れてまくってぜんぜん怖さがないんですね。 だから、鳥栖が攻めて、札幌が耐えていた、というよりも、札幌の選手たちは、高いボールならば競り負けることはないと、意識をペナルティへの飛び出しに集中させ、クロスや放り込みは、あえて好きにさせていたんじゃないでしょうか。高さに限ってですが、戦う前から戦意喪失したような部分があると、勝つのは難しいですね。 後半開始同時に流れを変えるべく鳥栖が投入したのは山城純也(158cm!!)。これに対して、札幌は、後半16分に大塚真司(179cm)を入れて、いつもより早く守りを固めて、逃げ切りを図りました。これも、今日の相手ならば、早めに守りを固めても1点を守りきれるという自信の表れでしょう。 監督は、厳しい戦いで、相手の強さを強調していましたが(この人のマスコミ向けの発言はいわゆるプロパガンダです)、見た目以上に、札幌の楽勝だったんじゃないでしょうか。
2007年06月08日
サッカーとの出会いは、間違いなくマラドーナです。 あれは、小学校だったか、中学校だったか、高校生だったかの、夏。 メキシコ・アステカスタジアムでの5人抜きを、私は生放送で見たんです。 家の商売の関係で、うちの両親は早く寝ます。 深夜放送に目覚めたばかりの私は、両親が寝たことをいいことに、深夜に起き出して、イレブンPMだとかの、子どもが見てはいけないテレビを見ようと2階からテレビのある居間に下りていきました。つまり私は、不良の入り口にいたんですね。 その日、いつものように両親が寝静まったのを確認し、居間のテレビのスイッチを付けて、音量を最小にした。ややしばらくして映ったのは(昔のテレビは映るのに時間がかかりました)、見たこともない巨大なスタジアム。ビッシリと埋め尽くした観衆の熱気と歓声に、思わず引き込まれてしまった。偶然、86年のメキシコワールドカップの中継を見てしまったんです。 今では、ワールドカップが始まる何年も前から大変な騒ぎになるのに、当時は今、まさにワールドカップの決勝トーナメントが行われているというのに、新聞やテレビでもほとんど話題にされませんでした。プロレスのように深夜にマニアだけが見る番組でした。当然、次の日学校でも、だれもワールドカップのことなど話題にしません。 しかし、私は何か引かれるものがあって、次の日も、両親が寝静まるのを待ってテレビのスイッチを付けました。その時、ちょうど放映されていたのがアルゼンチン対イングランドだったんです。 この試合、マラドーナの1点目は「神の手」ゴールとして、マラドーナの狡猾さを示すものとして語れますが、すごかったのはゴールのシーンではなくて、「神の手」にいたる直前の動きなんですね。 マラドーナは、ディフェンスラインでボールにさわったかと思うと、スルスルと敵味方のプレーヤーをかき分けてあっという間にキーパーと一対一に。その間、数秒の動きがとても人間とは思えなかった。回りのプレーヤーは本当に時間が止まっているかのように凍結して見えた。リアルタイムで見ていた私は、トムから逃げるジェリーのようだ、と思ったことを、今も記憶しています。 自分がサッカーを見ているという自覚もない、ましてこれがワールドカップということですら解っていない子どもの私でも、マラドーナの動きに、スゲーと思わず引き込まれてしまいました。 明らかなハンドですので、イングランドから執拗な抗議があったりするはずなんですが、その記憶がありません。おそらく、スタンドも、選手も、マラドーナの動きにキツネにつままれてしまったんだと思いますよ。 でも、本当にすごかったのは、この後です・・・・(続く)
2007年06月07日
まったくの思いつきなんですが、生まれて初めてブログというものをはじめたいと思います。 コンサドーレの試合を始めて見たのは、招待券で見た、1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。 以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。 そんな私ですが、今年は調子が良いので、久しぶりにたのしい毎日で、浮き立ったところで、ブログなんかはじめてしまったんですね。 みなさま、よろしくお願い申し上げます。
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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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