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函館市出身、やっと帰ってきた。 本人は至って穏健なサポだと自己評価していますが、さて周りはどう思っているのやら。 ま、やれる限りの事はやる。その代わり言うべきことは厳しく言っていくつもりです。楽しくなければ、そしてクラブが応えてくれなければ、応援する理由は無いと私は考えますが、どうでしょうか。 ある時は黄緑の恰好でスタジアムに、またある時は某所で試合経過の実況(をしつつ、身の上話の方が長くなるw) オフシーズンは別な某所で米国式なフットボール実況板にも出没。
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2007年12月03日
はじめに、 1日の試合終了後、沢山の方々と喜びを分かち合うことができました。このことにつきましては本年最後の更新(28日予定)にて改めて触れさせて頂こうと考えておりますが、ご一緒した方々に一言御礼申し上げます。 本当にありがとうございました。
すいとこびっちさん、レス遅れてすみません。 ここ2日、身体がどうにもならなくて(笑)。
(♪ 表彰式でかかっていた曲にのせて ♪) ご承知の通り、7年間に渡りHFCのためにご尽力いただいた門脇常務が今季限りで退任されることになりました。 常務がおられた間、HFCは決して順風満帆ではありませんでした。J2降格、さらにはJ2でも最下位に低迷するという大変な逆境の中、経営面、わけても特に財政の部分で最前線に立っていた貴方のご苦労は私の想像を絶します。 しかしながら、サポーターズ集会などの際には、そういった苦しむ姿は全く見せずに、我々から浴びせられる数多の厳しい質問に対して、飄々と、時には鋭く機転を利かせて答えてくれました。少なくとも私は、貴方のそういった姿に半ば呆れつつも(笑)、同時に「この人が中枢にいればチームは大丈夫」という信頼を寄せることができました。 少し話がそれますが、私は基本的にHFCの経営陣については、「信用していません」 サポーターが一丸となってチームを支えるという総論には賛成しますが、HFCの動向については1年365日、常に厳しい視線を送り続けなければならないと思っています。選手や役職員の普段の生活等に対してもです。 昨年のサポーターズ集会で、主催者側から「HFCの役職員も、大きな括りで言えば『仲間』であるのだから、質問票の書き方を考えてほしい」という異例のお話がありました。「仲間を誹謗中傷するのはいけない。サポーターとHFCは、対峙するものではない」というわけです。 ※ 本年のサポ集議事録はこちらから 質問を書く際に礼儀を守るというのは、社会の中で当然のルールであって、この点については全く異論ありません。ただ、今のHFCが全く問題の無い態勢なのかといえば、必ずしもそうではありません。ですから、納得できない事に対しては徹底的にモノ申していくべきと考えています。詰問とか断罪するような表現は、確かに場の空気を悪くするでしょうが、逆にそれくらいの緊張感を作りだすことを主催者側が拒否するのならば、敢えてサポーターズ集会を開く価値など無いと私は確信します。 もっとも、主催者側からすれば、ここ数年のあまりの惨状ぶりにメッセージを発しざるを得なかったのでしょうけど。しかし私は、このメッセージが活発な議論の妨げになるのではないかと非常に危惧しています。 J1優勝を遂げた鹿島アントラーズも、開幕直後の勝てない時期には「バス囲み」などもあったと聞きます。詰問・断罪が良いとは言えませんが、クラブとサポーターの間に緊張感は絶対に必要です。黙っていれば潰れてしまうような弱小クラブであれば尚更です。それが無ければサポーターも「何が何でもこのチームを支える」という精神状態にはなりません。 話が大きく横道にそれましたが、私はそんな考え方をしていますので、厳しい質問を投げかけたことも何度もあります。門脇さんには丁寧に、真摯に答えていただきました。必ずしも納得できる答えではない事も多かったのですが、そういったやり取りを通じてこのクラブが置かれている難しい情勢を少しは理解できたことも事実です。 1日のCVS担務前、少しだけ門脇さんとお話できました。いつもなら少しばかり身構えますが、もう退任されるわけですから私もリラックスモードです。減増資の話が出ていましたから聞いてみました。まぁこの話自体まだ正式決定ではありませんから、やりとりの詳細は書きません。ただ、仮にこれを行った結果、「チーム石水」色がなお一層強くなってしまうとすれば・・・、来年のサポーターズ集会で問うべき質問が一つ増えたなと思いました。 最後に、退任の花道が最高の勝利で飾られましたね。 また、ホームゲームに顔を出していただきたいと思います。 そして、チームがJ2に「復帰」した際には、再登板についても強く期待しています(爆)。 今の時代、年齢は関係ありません。 本当に、お疲れ様でした。
そうでした、一つだけ、懺悔しなければならない事があります。 2年前の5月、「HFC役員が買春」という新聞の見出しを目にした時、一瞬頭の中に貴方の顔が浮かびました。 心より謝罪いたします。 誠に申し訳ございませんでしたm(_ _)m
2007年12月01日
Jリーグ ディビィジョン2 最終節 スタジアム 赤 黒 プロジェクト コンサドーレサンクスマッチ VS 水戸ホーリーホック 会 場 札幌ドーム KICK OFF 12:00 放送 : スカパー186ch(11:45~) STV札幌テレビ放送(12:00~) スカパは木島氏/永井アナ、STVは実況宮永アナと、解説はノノさん川合さんのW解説。 にしてもJ1も最終節って時にノノは良いのか? そりゃ僕らは嬉しいけど。 現地周辺天気予報 : 晴 この時期に晴れの予報は珍しい。時、来たり。 芝状態予想 : 良 ピッチは木曜日から中に入っている筈ですからね(^ ^; 【注意】CVS集合は8時30分です。遂にウチの職場と同じ時間(笑) ↑ またしばらく書いてなかった・・・。
チームが苦しんでいた9月の厚別ナイター。平日だったのでCVSはできず観戦。 僕は選手に向かって叫んだ。 勝ち負けじゃないんだ! 気持ちを見せてくれ!!! その思い、この試合も全く変わらない。 さぁ、行こう。
2007年11月30日
初心、忘るべからず 【第51節 水戸-C大阪】 水戸 前田監督コメント 勝って奢らず負けて挫けず、原点を見つめて。 他者への思いやりをもって 12月1日(土) 水戸ホーリーホック戦 ご来場についてのお願い 付け加えるならば、無用なトラブルを避けるためにも、「席取り」はよくよく配慮が必要と思います。 心、一つに 12月1日(土)第52節水戸ホーリーホック戦のビッグフラッグ掲出について 掲出場所が変更となり、ゴール裏の一部ではゲートフラッグ等が出せなくなるようです。 こういった事も頭に入れて、場所を取りましょう。 そして その時 終了後にはこのような企画もあります。 最後に、お金は少し多めに持ちましょう。 勝てば飲み代! 負ければチケット代! 今日は「本当に」もう寝ます。 明日は4時起き。 では!
2007年11月26日
初心、忘るべからず 【第51節 水戸-C大阪】 水戸 前田監督コメント ウチのチームも苦難の時期を乗り越えて今があるのだという事を忘れないように、前田監督のコメントを皆さんも読んでほしいという内容にしたかったのですが、ついつい私のサポ歴を書いてしまいました。 折角なんで、一時期話題となった「なぜ札幌を愛してしまったのか」を、今更ですが残しておきたいと思います。いつか書こうと思っていながら、時期的に忙しかったんですよね。 私にとっての、「初心」です。
私の生活の中に札幌が入ってきたのはいつ頃からだったでしょうか。テレビで生中継が見られる機会が増えてからだったと思いますので、おそらくJに上がった98年からでしょう。その前年にJ昇格の新聞記事を見て歓喜した記憶はありますが、試合を見た記憶はありません。 98年はチームがJリーグに足を踏み入れた歴史的な年であり、勿論皆さんご承知の通り「1度目の降格」の年でもあります。 この頃の私は高校生でしてねぇ、函館市内で普通に両親と暮らしておりました。98年は2年生でしたよ。あの福岡戦、見ていたのは覚えています。ただ、0-3でタイムアップの笛が鳴った時、どんな心境だったかは覚えていません。或いは途中でチャンネルを切り替えていたかもしれません。「1点でも入ってくれ」って思いながら再びチャンネル合わせたりしてたかも(今だから笑)。 そういえばこの一つ前の神戸戦は平日デーゲームだったんだ。確かに家に帰るなり母ちゃんに結果聞いた記憶ある。 当時は携帯電話を持つって事が考えられなかったからなぁ。 と、昔話をしてしまいましたが、話を戻すとこの頃の私は上記の前田監督言うところの「勝ち負けだけを見ている」ファンでしたね。否定しませんよ。今のように「ただ勝つだけなら見る価値無し。中身のある試合が出来ないならJ1は自ら辞退すべき」という心境になどなれなかった。とにかく下に落ちることへの恐怖しか無かったのでしょうな。それに、メディアを通した情報しか入ってこないから、勝ち負け以外の部分に興味を持ちずらいというのもあるでしょう。 でも、J2からの出直しとなった99年も、テレビ中継があれば見ていました。結局、降格してもチームを応援し続けました。 「降格して、注目度も下がって、それでもなぜ応援したのですか?」 岡田監督が入ったという事もありますが、何よりも大きかった事があります。それは、 他に何も無かった。 ということです。 メジャースポーツの中で、心の底から応援できる郷土のチームというのが、他に無かったからです。 余談になりますが、もしも、98年とか99年というタイミングで日ハムが移転していたならば、理由を付けて野球に乗り換えていたかもしれません。もともとサッカーという競技を殆ど知らなかったし、野球は毎晩巨人戦をやっていましたから馴染みは遥かに深かった。もしこの時期だったらドームはまだ無かったわけで、円山を本拠地にするしかない。そんな球団に対して「困難を覚悟で北海道にやって来た」という第一印象を持ったことでしょう。 でもそうはなりませんでした。絶望した12月の室蘭。しかし私達には、このチーム以外無かったのです。 「スタジアムに行こうとは思わなかったのですか?」 はい、できればそうしたかったのですが、大学受験を控えた大事な時期だったこともありますし、それに私は元々積極的に外に出たいとか色んな経験がしたいとか思うような性格ではないのですよ。当時の私にとって青森から南側と長万部から北側は「国外」同然でした。憧れみたいなものはありましたが、自分一人で行ってみるなんて事は発想できませんでしたね。ただ、もしこの時期に千代台でホームゲームをやっていれば行ったと思いますよ。あそこなら歩いて行けますから。 さて、そんな出無精な私も、大学進学によってイヤイヤ(?)一人で札幌へ住まねばならなくなりました。これが2000年の事です。で、「どうせこれから一人で生きなきゃいけないんだから」と吹っ切れた3月、遂に初めての「生観戦」を決断します。サッカー試合の観戦は生まれて初めて。オーシャンスタジアム(千代台の野球場)でのプロ野球観戦も小学生以来無かったから、プロスポーツの観戦も何年かぶり。 買ったチケットは、3月30日のホーム開幕戦。対新潟戦でした。この試合は平日デーゲームだったのですが、この時期には受験も何も全て終わっているわけで問題無し。意気高らかにその日を待ち望んでいました。 しかしこのチケット、結論から言うと紙くずとなりました。 ここで問題、それはなぜでしょう? ・・・ 分かりませんか、考えてくださいよ。 ・・・ サポ歴の長い人なら、ピンときますよね。 ・・・ はい時間です。 正解は、「有珠山の噴火」です。 ※正確には「火山活動」。この時点ではまだ噴火していなかった。 幸いこの試合自体は火山活動の影響なく開催できました。しかし実際には既に活動が活発化しており、この影響で長万部-東室蘭間で列車がストップしてしまいました。 この時はまだ函館にいましたので、普段なら「スーパー北斗」に乗れば1時間半くらいで室蘭に行けるのですが、この影響によって長万部から倶知安、小樽、札幌、苫小牧と経由しないと室蘭に行けない状況となっていたのです。 今だったら、「まぁ長万部まで行って、あとは何とかなるだろう」と考えますが(笑)、当時はそこまでの勇気は無く、止む無く初観戦は延期としました。 その後、ならばもう一度とチケットを買った浦和戦は、今度は試合自体が延期(このチケットは無駄にせず、きっちり7月16日に室蘭初参戦を果たしました)。その次のホーム山形戦は、私が札幌へ移ったタイミングを図ったかのように千代台初開催。入学直後の落ち着かない中でおめおめと帰るわけにはいかず、結局私の初観戦は5月4日の厚別開幕・湘南戦まで持ち越されることになったのです。 実はこの日も「障害」が待っていて、慣れない一人暮らし(下宿だけど)の疲れが出たのか体調不良だったんですよ。多分熱もあったと思いますが、上記のような経緯があって私にも「意地」があったものですから、しっかり防寒具着込んで観にいきましたよ。 もう、、、その試合は、、、最高でした。 決勝ゴールが決まって(山瀬だったんだな確か)、前後左右お客さんみんながその瞬間一斉に立ち上がった。私は応援に関して何の予備知識も無くS指定席で見ていたのだけれども、ちゃんとその時には周りと同じタイミングで立ち上がったのですね。 地元のチームを応援できるって、何と素晴らしいことかという思いを抱きながら、帰ってからはひたすら養生に専念するのでした。結局この年のGWは試合観戦以外何もしなかったんだな確か。
長らくお付き合い頂いて有難うございました。ひとまずここで幕といたします。 次回は(→まだあるのか!)、CVSとの出会いについてお話できればと思っています。 ※ 時期未定
2007年11月25日
この時間になってJ’s GOALには監督コメントが出揃い、レポートも出始めています。これを読んで、次の試合へ頭を切り替えましょう。 仙台サイドから見た試合レポート 「覚悟の上の終焉」か。 仙台はあくまで仙台のために戦ったということでしょう。部外者の我々ができるのは、その健闘、その心意気を称えてあげることだけです。自らを省みながら。 もう一つ、これはもっと重要かな。 水戸 前田監督コメント 【抜粋】 選手をレベルアップさせるのは監督だけじゃないんです。サポーターの力は大きいんです。それが一体になってないと、選手たちは不安になってしまうんです。でも、それがこのチームではできている。一体になれているんです。それが素晴らしいことだと思います。 さぁ、私達はどうでしょうか。 最終節、一体となれるでしょうか。選手を安心させられるでしょうか。 もしも力及ばず、その後2試合加わることになっても、それでも気持ちを折らずに戦い続けることができるでしょうか。 少しばかり「入れ替え戦になったらキツいな…」と思っていた自分が恥ずかしくなりました。 結構良い話です。是非全文をご一読ください。 こんなチームと最後に戦うんだという覚悟も湧いてきます。
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