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 HN・・・・あっぺとっぺ  「あっぺとっぺ」とは故郷の仙台弁で「でたらめ」や「正反対」の意味を指します。最近は本名の下の名前で呼ばれることも多いですが、私的にはどちらでもかまいません(笑)。  コンサドーレ札幌U-18を中心に、北海道の育成年代を追い続けています。東北の育成年代も少々。   かつて、コンサドーレ札幌に在籍していた選手は他チームへ行っても、みんな応援しています。  基本的にフットボールはプレーするのも観るのも大好き。でも、最近はもっぱら観る専門。  当ブログはリンクフリーです。ご自由にどうぞ。ただし、こちらからのリンクはオフィシャルブログがリニューアルされてからどうも調子が悪いようで表示がされないんですよね・・・・(汗) 相互リンクは本来大歓迎なんですが、そういった事情で現在できません(泣)。  

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プレイバック コンサドーレ その2

2010年06月21日

 プレイバック コンサドーレ。
 
 第2回の今日は2001年、2度目のJ1昇格となった年、札幌ドーム初試合となった対横浜F・マリノス戦をお送りします。

 前年の2000年に岡田武史現日本代表監督の下、圧倒的な強さでJ1昇格を果たしたコンサは「J1残留」という極めて現実的な目標を立てて戦います。前年に爆発的な得点力を誇ったFWエメルソンは残留できなかったが、代わりにウィルを獲得。播戸や現在は解説者である野々村、大森といった前年の主力の残留にも成功、山瀬功治という次代を担う若手も出てきた。この年2001年は、現日本代表の今野もデビューしている。

 この試合、コンサが先制するが結局追い付かれ、1-1の引き分けで終わった。ちなみに札幌ドームコンサ初ゴールを決めたのは播戸だった。
 観衆は今では信じられないが、39000人以上集まった。この年札幌ドームで行われたコンサの試合はほとんど3万人以上動員していた。ドーム効果は確実にあった。何もかもがうまくいった年だった。

 しかし、まさかこのシーズン終了後に岡田監督が退任するという話はこの時点では思いもしなかった。そして、「名将」を失ったチームは翌年、監督経験がまだなかった柱谷哲二氏を監督に迎えることになる。


post by あっぺとっぺ@管理者

13:04

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