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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。

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監督と4選手と

2005年12月16日

HFCはスポンサー約150人を招いて、年一回の謝恩会を15日、札幌市内の
ホテルで開いた。柳下監督、和波、曽田、清野、鈴木の4選手
も、かっこいい背広姿で参加してくれた。

監督はあいさつの中で、「昨年の最下位から6位になったと喜んで
いたら、それ以上にはなれない。来シーズンは3位以内でJ1昇格
を目指す」と言い切り、会場の拍手を浴びた。

この日、ドームMVP賞を勝ち得た和波選手も「上を目指して
がんばる」と。「副賞50万円はみんなで分けるんだよな」などと
冷やかされながらも、明るい笑顔でやる気十分だった。

監督と選手4人はモテモテ。招待客と一緒にポラロイドカメラの撮影に
おさまり、浮かび上がる画像にサインをしてお客に手渡すサービスに
追われた。中には、持参のレプリカユニホームにサインを求める人も。

サンタの真っ赤な三角帽子をかぶったドールズも登場して元気な
踊りを披露した。コンサドーレ、コンサドーレ、コンサドーレの
手拍子を締めに、楽しい一夜は大盛況のうちに終わった。



デジタル・テレビ放送

2005年12月14日

来年はサッカーの年。ワールドカップがドイツで開かれる。
先日の組み合わせ発表時の盛り上がりようはすごかった。
6月の試合が近づくに従って、さらにフィーバーすることは確実だ。

この数日、道内テレビ局へ年末のご挨拶に回っている。
そこでは来年6月から始まる地上デジタル放送のことが
どこでも話題になった。

「サッカーはデジタルテレビの良いコンテンツ」と言うのだ。
横長のデジタルテレビ画面はサッカーのピッチを写すのにうってつけとか。
ハイビジョンともなれば選手の動き、表情、芝の状態まで鮮明に映る。

それに、他競技場の試合経過、個人記録、データを同時に
画面に映し出せるようになる。双方向を含めたさまざまなサービスが
可能になる。

サッカーはロスタイムを入れても、2時間あれば終わる。テレビ各局にとっては編成上、
扱いやすいスポーツである。デジタル放送が開始される
来年6月からは、ぜひコンサドーレの生中継を増やしてほしい。

そう、お願いしてきた。



サッカー犬

2005年12月11日

20051211-00.JPG盲導犬ウッズが8日、HFCを訪ねてくれた。
おなじみのフーより若い。2歳。ハーネスを付けて間もない。
盲導犬になりたてだ。ちょっと、やんちゃに見える

ドームで行った北海道盲導犬協会の募金協力に対する
感謝状を携えて協会のDさんらと一緒に来てくれた。
少し緊張気味で、表情は硬かったが無事写真撮影を済ませた(写真)。

床に大の字になって横たわったウッズの横で、Dさんらと楽しい
会話が弾んだ。「プロ野球の広島で、ゴールデンリトリバー犬が
ボール運びをしているようなファンサービスがサッカーでも出来
ないだろうか」と私。

「出来ますよ。訓練すれば何でもします」
「キーパーもやるし、鼻でボールを押してセンターサークルへ運ぶことも」
とDさん。

北海道盲導犬協会は来年、ミーナから始まった育成から400頭目を迎える。
節目の年である。盲導犬の役割を、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。
育成に必要な資金は全て募金に頼る。

盲導犬を使いたい目の不自由な人はたくさんいるのに、資金不足も
あって育成が間に合わない。さまざまなPRの機会を協会は模索している。
ドームでの募金は、そうした意味でとても良い機会であった。

子供たちは、なんどもドームに来たフーの名前を覚えてくれた。
ウッズも頭をなでてもらった。今度はサッカー犬に変身して人気に
なれば盲導犬の、もう一つの賢さを観客に見てもらえる。

サッカー犬を楽しみに観客が増えるかもしれない。
募金も増えるに違いない。協会の応援にもなる。
「来シーズンはぜひ、実現させたい」と思ってしまった。




12月7日のブログ「再びパキスタン北部地震」でパキスタンの首都カラチ
とありますが、カラチは首都ではありませんでした。首都はイスラマバード
です。お詫びします。



真っ赤なポスター

2005年12月08日

コンサドーレは来年10周年を迎える。
思い起こすと、この10年、さまざまな出来事があった。

チーム、フロントだけではなく、そこには必ず12番目の選手であるサポーターの温かい応援があった。

そんな気持ちを込めて、「いつもサポーターに支えられているコンサドーレ」をテーマに、サポーター1300人の写真で埋め尽くす「2006年ポスターカレンダー」の制作にかかっている。

“サポーターの顔の海”に私も加わらせてもらおうと、コンサのホームページから自分で申し込んでみた。

画像のアップロードも含めての申し込みは初めてなので、出来るかどうか不安だったが、ごく簡単だった。

ホームページ上の、『2006コンサドーレ札幌ポスターカレンダー みんなの笑顔で埋め尽くす!』をクリック、あとは指示通り記入する。写真は「参照」をクリックして通常の写真取り込みと同じ。

1分もかからなかった。参加したら、もう出来上がりが待ちどうしい。

みなさんも、ぜひ申し込んでみたらどうだろう(参加無料)。恋人と、家族で、友達同士で。「どこに掲載されているのかな」と探す楽しみもありそうだ。



パキスタン地震募金その後

2005年12月07日

最終戦で募金したパキスタン北部地震被害地支援の金額が再計算されて
7日、留学生のアズハルさんからHFCに入金された。

741000円。

さっそくパキスタンの首都カラチにあるAbdul Sattar Edhi 財団に
アズハルさんとHFCの名前を併記して振込みの手続きをとった。
アズハルさんはHFCの名前もぜひ入れてほしいと言ってくれた。

この財団は惨めな病いで母を失ったEdhiさんが1948年に設立、
パキスタンをはじめ、世界で難民救済、貧困に悩む人、子供たちを
救う活動を繰り広げている。

国内だけで500台の救急車、24の病院、300の救済センターを持ち、
路上に捨てられている子供を拾ったり、育てたりしている。
今回の地震でも幅広く救援活動を繰り広げており、サポーターから
集まった74万円余は有効に活用してもらえると信じる。

7日夜のNHKニュースで、冬の到来で不安が募る現地の様子が
映像で伝えられた。募金が被害者を支える一助になってくれること
を祈りたい。

アズハルさんから12日夜の自宅ディナーに招待された。
「募金活動を手助けしてくれたお礼をしたい」と。
コンサドーレとサポーターの代表として喜んで招待を受けた。



アメリカからの便り

2005年12月05日

分厚い封筒がエアメールで米国東海岸から届いた。
来年5月に卒業を迎えるマサチューセッツ州在住の日本人大学生からで
コンサへの就職志願だった。

まもなく40歳に手がとどくAさんはITを勉強するかたわら
米国でスポーツビジネスも学び、「米国のプロバスケット、野球、
アイスホッケーを現場で見て、日本でその経験を生かしたい」と履歴書などを送ってきた。

ファンを巻き込むエンターテイメント性を、もっと日本のプロスポーツも
取り入れるべきだと、実例を挙げた論文も一緒に入っていた。

今夏はジュビロでインターンシップを2ヵ月半している。Jリーグチーム
の運営にもくわしい。こうした人たちがクラブ運営に興味を持ってくれているのだ。
経営再建途上にあるコンサドーレは残念ながら登用は無理とお断りした。

Aさんだけではない。私の手元に数通の履歴書が届いている。
プロサッカーチームで働きたい人が増えているように思える。
それと、今、毎日のように中学生、高校生がコンサドーレに
インターンシップとして勉強に訪れる。9時半からの朝礼に参加し、
現場の実態を見て帰る。

こうした若者が将来のコンサドーレをいろいろな場面で支えて
くれるのかも知れない。ホームタウン推進部の担当者はうれしそうに
対応している。



コンサ移住計画

2005年12月04日

東北在住サポーターの方のブログにこんな書き込みがあった。
「来シーズンに向けて動き出している男が・・・」
「札幌移住計画  来季札幌に移籍できるかどうか」

移住の目的はコンサ生観戦が出来るということなのだろうか。
熱い思いにうれしさがこみ上げる。

最近の道新に、伊達市が道外からの移住者を積極的に受け入れている
との報道があった。道庁も人口減対策、地域活性化の一助として
まもなく定年を迎える団塊世代の受け入れ策を本格化している。

先日、観光情報協会の機関紙に「サッカーが地域観光を引っ張る」と
いう記事を寄せた。Jリーグの理念である地域交流のことを書いたのだが観光以外に“観戦移住”もあるのかと改めて認識した。

コンサドーレは北海道から1億円(5億円基金のうち)、札幌市から9千万円を今期、補助してもらっている。基金は、あと2年分しかない。

地方財政の悪化もあり、札幌市も道が出せないとなれば、補助を続けるのは難しくなる。

3年後からは補助金ゼロになりかねない。2億円近い収入がなくなる。
大痛手だ。コンサ存続にかかわる2008年問題と言ってもいい。

スポーツ振興、青少年の健全育成などに加えて、地域経済の活性化に貢献していると説得して、北海道、札幌市に継続支援を要請しているが、
それにプラスして「コンサ移住するサポーターもいますよ」と言えるのはありがたい。



子供たちの笑顔

2005年12月02日


「サッカー楽しかったです。また行きたいです」
今季、HFCは子供たちの招待に力を入れた。
試合のあと、数日経つと、うれしい礼状が届く(写真)。
読むのが本当に楽しい。

後半戦は毎試合、ほぼ3000人の少年少女を招いた。
サッカー少年団、養護施設の子供たち、体の不自由な子、
父母の愛に恵まれない子供、聾(ろう)学校の生徒さん、
皆さんに喜んでもらった。

札幌聾学校の校長先生に招待の電話を入れたとき、
「本当ですか。うちの生徒はみんなサッカー大好きなのです」
弾む声が返ってきてうれしかった。
11月23日の甲府戦を観てもらった。

こうした子供たちを、入場口に立ってお迎えしていると、
輝く目、はしゃぐ会話に、こちらがうれしくなる。

今季は3日の草津戦だけになった。来年はもっともっと
大勢の子供たちの笑顔にゲーム会場で出会いたい。



可愛かった未来の“勝利の女神”

2005年11月27日

 コンサドールズ ジュニア・キッズの2005閉講式が27日午後、札幌市の中島体育センターで行われた(写真)。招かれて金子桂子先生らと一緒に終了証を手渡した。  可愛かった。とっても
勝利の女神
 5月に開講した今年度は22回のレッスンに加え、サマーキャンプ、9月18日の公式戦総出演などをこなした。終了証を渡すとき金子先生、千葉夏美コーチは「ずいぶん背が伸びたね」「がんばったね」と、うれしそうに一人ひとりに声を掛け、背比べもしていた。みんな一回り大きくなったのだろう。体も心も。

 小学生以下から中学生まで、今年は75人がこの日を迎えた。「お友達が出来た人」の問いかけに全員がハーイ。楽しい半年余だったに違いない。異なる学校や地域から集まってきて友達が出来、トップチームやサテライトのお姉さんたちに面倒をみてもらった。


 こうした経験は普通の生活からは得がたい。踊りがうまくなる、体が丈夫になるといったことと、同じかそれ以上に大切なことなのだろう。笑顔いっぱいの子供達を見ているとそう思える。

 コンサドールズはJリーグの中で一番早く出来た。パーフォーマンスの高さもナンバー1。キッズやジュニアからサテライトを経てトップへと上がっていくシステムが出来上がっている。レベルの高さがうなずける。

 踊りだけではない。日ごろの態度が素晴らしい。目と目が合ったら、必ず「こんにちは」と大きな声であいさつしてくれる。とびきりの笑顔つきで。ゲームに勝ったときは、それが喜びを何倍にもしてくれる。負けて落ち込んだときは沈む心を癒してくれる。

 選手、サポーター、スタッフ、みんながドールズの皆さん、勝利の女 神に感謝している。

 来春の開講式では今日、終了証を受け取ったみんなにまた会えるか  な。それを今から楽しみにしている。



笑顔で埋めるカレンダー

2005年11月23日

 ニュースリリースで発表したが、2006年ポスターカレンダーを楽しい企画で作る。一枚のポスターを千数百人のサポーターの写真で埋め尽くそうというのだ。

 その間に選手やスタッフの写真もちりばめる10周年記念参加型カレンダーである。

 1996年生まれのコンサドーレは来年10周年を迎える。この間、サポーターの温かい応援に支えられてきた。喜びも悲しみもチーム、フロントと一緒だった。12番目の選手、その笑顔で埋め尽くすカレンダー。素晴らしいと思いませんか。ポスターカレンダー

 12月4日午前10時から、受付を開始する。コンサドーレのホームページへ入り、http://www.consadole-sapporo.jp/2006calendar から申し込み、自分の上半身写真をアップロードしてもらう仕組み。 
 
 来年2月中旬に完成させ、発売の予定だ。23日の甲府戦の会場で、PRするブースを設け、チラシを配布し笑顔で呼びかけた(写真)。チラシを手にしたサポーターの評判は上々だった。