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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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2006年01月04日
正月休みに読んだサッカー関係の小冊子に「二つのン」というのがあった。
一つは、ロマンのン、もう一つはソロバンのン。この二つを
なりたたせるのは、なかなか困難だという主旨だった。
サッカービジネスは確かにそのとおり。
ロマンを追い求めれば、ソロバンが危うくなる。ソロバン重視では
ロマンが色あせる。その兼ね合いがなんとも難しい。
これは一般論だ。HFCの場合、この二つを両立させる環境は十二分にある。
今日(4日)は仕事始め。今年初めての朝礼で、私はそのことを話した。
HFCを取り巻く環境はよい。今年はドイツWCに牽引されるサッカーの年である。日本代表の出場はサッカー普及へ追い風となるのは間違いない。コンサドーレは10周年という節目の年を迎えた。
風を興すにふさわしい年だ。
チームは柳下監督の元で力を蓄え、3年目のシーズンを迎える。
5段階計画を基盤に、育成型チーム作りは進んでいる。
「3位以内、J1を目指す」。目標もはっきりしている。
経営的にも、昨年度は黒字を計上できそうだ。これまでの負の遺産をなくすには時間がかかるが、基盤づくりへの足がかりは見えてきた。
むずかしいが、二つの「ン」を求める道も。
強力なリーダーに支えられたチーム。フロントはそれをソロバンで支える。
具体的には収入の増大である。集客増、スポンサー獲得、グッズの販売が3本柱だ。さらに、IT事業の推進などさまざまな分野での収益を図る。
この10年間で、コンサドーレのブランド力は高まった。道民の信頼を
かち得ている。サポーターの熱い支援を受けている。
これは大きな経営資産だ。
この資産を最大限に活用して持続可能なチーム、HFCをつくる。
今年はそれに向かって一歩踏み出す年と位置づけた。
この10年間に道民から寄せられた支援に応えることでもある。社会貢献やサッカーの普及活動、青少年育成のお手伝いを一層活発化する。
他のスポーツ団体と手を結び、スポーツを通じて感動を生み出し、
地域の活性化、道民の体力向上、医療費の低減などに寄与していく。
ロマンは大きく広がる。
HFCで働きことは、魅力あるチーム作りに直結する。
仕事は決して苦しいものではない。北海道のためになることもつながる。
そこで働けることの喜びをみんなで共有できる。心からそう思っている。
この日、出席した外部の新年交礼会では、会う人は必ず、「今年は期待して
いますよ」と声を掛けてくれた。良いプレッシャーは力になる。
攻めの姿勢で前に進んで生きたい。
2005年12月31日

笑顔が戻った
インドネシア地震で孤児となった子供たちへのサッカーボールが12月30日
はるばる海を越えてアチェに届いた!!。
現地入りしていたTSUNAMI留学生帰国支援・北海道代表の大井わこさんから
「届きました」との喜びのメールが31日入った。内容をお知らせする。
写真も。
『おかげさまで、やっと昨日(12月30日)、ボールが届きました。
今、CMC(チルドレンズ・メディア・センター)の部屋はボールで
あふれています。
ボールが届いた昨日、偶然、誕生日の子供がいました。彼の妹も2日前が
誕生日でした。CMCスタッフの提案でサプライズ(びっくり)パーティー
をしました。サッカーボールをプレゼント、大きなケーキも買いました。
妹には落書き帳とクレヨンをプレゼント。
昨年は両親をなくした直後の悲しい誕生日でした。
今年はみんなに祝福される誕生日です。
祖母は感激で、涙、涙でした。
1月6日から8日にかけて、CMCメンバーとアチェ、メダンへボールを配布
するツアーに出ます。取り急ぎ、お知らせまで。
元旦のニュースになるとうれしいです。
みなさま、どうもありがとうございました。
良いお年を。 大井わこ アチェ・インドネシア』
2005年12月29日
私の友人3人が素敵なたくらみをしてくれている。
一人は邦楽器店の社長、Kさん、もう一人は日本画家、Sさん、三人目は機械製作所社長のYさんだ。
Kさんが商売用に所有している胴長太鼓に、S画伯がコンサドーレのロゴやキャラクターを太鼓全体に描く。それを置く台(宮台)をYさんが鋳物で作る。
3人が力を合わせ、来シーズン開幕までに間に合わせて、北海道フットボールクラブに贈呈してくれるというのだ。
太鼓はまだ見ていないが打つ面が直径2尺(70センチ弱)、一本の大木
をくり抜いた最高級ものという。
S画伯は日本画家でありながら、「絶対にサイケ調がいい」と言い、「はではでにやるぞ」と構想にかかっている。
Yさんも「最近、設備投資関連の仕事が多くて忙しいんだがなあ」と言いながらも、「正月休みにやるか」と意欲十分。
コンサドーレJ1昇格を願ってドドーンのドーンだと早くも3人は盛り上がっている。
和太鼓の音は心と体にひびく。たたけば汗びっしょりになり、スポーツにふさわしい音楽と言ってもいい。「出陣太鼓に使わせてもらう」「イベントに使えば盛り上がる」。ドームに反響する勇壮な音、ばち捌きを夢見てしまう。
どこに保管するか、運ぶ方法は、湿気を防ぐ方法は、など難問もあるが、コンサドーレに寄せてくれる3人の好意が涙が出るほどうれしい。
制作過程の太鼓をいつか写真でお見せしよう。
2005年12月29日
雪で道路が渋滞し、前日は出社に1時間20分かかった。朝礼を15分遅らせてしまった。
今日は早めに出た。順調に走れて、だれもいない事務所に着いた。
鍵をさして開けたとたん警戒音がなる。鍵を開ける前に入り口でロック解除するのを忘れていた。あわてて戻り、スティックを入れ解除する。音が止まったので安心したら、警備員が飛んできた。手違いを謝る。
朝礼は、最後の日とあってシーズンチケットの連絡などそれぞれの担当案件が次々と。
「さあ、今日一日です。がんばりましょう」。Mさんは風邪で苦しそう。
大口のスポンサーさんが来てくれる。「来年はサッカーの年。うちもコンサドーレを例年以上に応援しますよ」とうれしいお話。
札幌ポラリスとの協力協定調印と記者会見のため、札幌市役所へと急ぐ。道路の渋滞を考えて福住から地下鉄にする。11時40分から新聞社、テレビ局のカメラの前でお互いにサインし捺印する。マスコミの好反応に驚く。
記者室へ移って記者会見(写真)。牧・ポラリス理事長が「もっともっとスポーツを」と力説、そのための協力協定と説明する。私の方からJリーグの100年構想などを紹介し、他の競技団体と手を携えていくのもコンサドーレのこれからの道などと話す。
「大通公園にスケートリンクを」「ドーム周辺にもアイスホッケーを観戦できるリンクがほしい」。「夏はサッカー、冬はアイスホッケー」。記者の質問に夢が広がる。
札幌駅で行われるJR餅つき大会に参加のため、吹雪の中を市役所から走る。
赤と黒のハッピを着る。ドールズがドーレくんと共に登場、駅コンコースが一挙にお祭りムードに(写真)。
ファイターズガール、B・Bも出るが元気のよさ、踊りのうまさではドールズが上と思えるのはひいき目か。
鈴木智樹選手も餅つきに参加、司会者の質問に答えて、来年の抱負を「J1昇格を目指す」ときっぱり。自分でついた餅を美味しそうに食べていたが、どんなことをしても絵になる。私もついたが、杵が餅にくっついて上げるのに意外に力が必要だった。
3時からの部長会に間に合わせるために地下鉄で福住へ。餅がお腹に入ったせいか、いい気持ちで寝込む。駅からの道は、雪が襟元に吹き込み、足もとが滑る。事務所前の駐車場周辺は日陰とあって特にすべりやすい。
部長会では新年に予定されている行事の説明、あいさつ回りの分担など懸案を確認する。この日到着した風船ドーレくんの箱が開けられ、使い方などを検討する。ユーモラスな形に笑いが起こる。
部屋の片付けが出来ていない。燃えるごみと燃えないごみに分別して出す。事務所に人の数が少なくなったと思ったら、一階で仕事納めが三々五々始まった。運営に協力してくれているダブルスの担当者も来てくれる。
車通勤者が多くて飲めない組がほとんどだったが、さまざまなことがあった、この一年。楽しい話題が次々と出て、盛り上がった。総務部員はお供えを置き、お飾りを入り口ドアにつけた(写真)。フェアプレーのポスターの横に。
駐車場の車は雪に埋まっている。雪をとり、ライト周りの氷を落とす。今年の仕事が終わった。みんなで笑いながら「良いお年を」と言い合えたのがうれしい。
2005年12月25日
RB通信さま
22日のブログ「ドームでの座席位置」を読みました。
高齢者や体の不自由な人にとって、ドームはとても
不親切だと、いつも思っています。
ご指摘のような専用座席を設置することを検討します。
さっそく、26日の朝礼で担当者に伝えます。その検討
結果をブログで報告します。
ドームは階段の角度が急、トイレの数が少ない、
エレベーターが使いずらい、など高齢者や体が不自由な
人から幾度も問題提起されています。
年明けにはドームとHFC、日ハムの3者で話し合いの機会
を持つことにしています。少しでも観客にとって安全で
見やすいドームにするよう話し合いを通じて努力します。
コンサドーレの観客平均年齢は40歳ですが、今後
札幌圏の急速な高齢化に伴って、さらに年齢が高まる
ことも予想されます。高齢者対策は急務です。
より多くの観客にきてもらうための方策を考えていきます。
ご指摘、本当にありがとうございました。
2005年12月23日
昨日(22日)、サッカー関係者の会合で、
「北海道にもJFL(日本フットボールリーグ)チームがほしい」との切実な声が出た。
JFLは今シーズンを終え、愛媛FCがJ2に昇格、そのあと
全国地域リーグ決勝大会で3位までに入ったFC琉球(九州社会人リーグ、沖縄)、ジェフユナイテッド市原・千葉アマチュア(関東社会人リーグ)、ロッソ熊本(九州社会人リーグ)が加わって来季は18チームで争う。
今季は「呑んでかかれ」をキャッチフレーズに16チームが2回戦
総当りでアマチュアサッカー界最高峰を目指した戦いが繰り広げられた。
あまりマスコミには登場しないが、年々、熱く、活況を呈している。
都道府県リーグから地域リーグへ、さらにJFL、そしてJ2、J1へと道はつながる。
18チームの顔ぶれを見ると、富山県にはアローズ北陸、YKKAPの2チームもある。
ところが北は宮城県のソニー仙台FCが北限だ。残念ながら東京都に次ぐサッカー人口を誇る北海道には、その影も無い。
一時は北電サッカー部を中心に期待もあったが、いまや立ち消えとなってしまった。大学、社会人チームとコンサドーレとの間にJFLチームがあると、これは楽しい。
北海道のサッカーレベルもさらに向上するだろう。
より地域に根ざしたチームの試合が800円から1000円のチケットで観戦でき、そこで活躍した選手がコンサドーレに入ってプロとなる。そうした道も開けるわけだ。
人口117万人の富山県に2チームがあるのだから、570万人の北海道なら、道央、道東、道北、道南にそれぞれのチームがあってもいい。そのチームが競い合い、道内ダービーを繰り広げることを考えると、ますますサッカーは盛り上がる。
コンサドーレも一層強くなる。来年は、そんな夢が動き出さないかなあと思っている。
2005年12月20日
横浜アリーナで20日開かれた2005J.LEAGUE AWARDSに出席した。
高円宮妃殿下、高島礼子さん、石田純一氏らもプレゼンテイターとして
招かれ、最高の盛り上がりを見せた。
今シーズンはJ1、J2合わせてこれまでの記録を破る850万人が
入場、J1終盤の緊迫した展開もあって、サッカー人気を象徴した
シーズンだった。
関西初の優勝を決めたガンバ大阪勢の喜びはすごかった。
鈴木チエアマンはあいさつの中でJ2にふれ、「レベルは年々上がっている。
J2から昇格した3チームがどんな試合を見せてくれるのか楽しみだ。またJ2に落ちたチームもしっかりしたゲームをしてほしい。そして全国にたくさんの夢を提供したい」と述べた。
最優秀選手賞、同監督賞、ベストイレブンなど華やかに表彰があった。
難病で臓器移植手術を受けた彩花(あやか)ちゃんを支援した
全国のサポーターを「JOIN(ジョイン)賞」と称えた。
コンサドーレのサポーターも栄誉に浴したわけだ。
会場にはコンサドーレの旗も飾られていた(写真)。壇上にあがった各チームの選手の中に和波選手の顔も(写真中央、スキーンヘッド選手の左隣)。
入れ替え戦でJ1昇格を決めたヴァンフォーレ甲府の海野社長夫妻と私ども夫婦と一緒に写真に納まったが、海野社長のうれしそうな顔が印象的だった(写真右)。
2005年12月19日
18日に行なった2005ファンクラブ「プレミアムメンバー限定パーティー」
は楽しかった。すすきののディスコ・キングムーへは初めて入った。
どくろや蛇の彫り込みが壁にあり、異様な雰囲気もパーティーを盛り上げた。
圧巻は阿部、岡田、鈴木3選手のトークショー。
少し、紹介しよう。ひごろ知ることが出来ない内緒ごとを~。
鈴木選手 「運転免許を取得中だが、仮免を取るのに4回落ちた」
岡田選手 「ファッションにこだわっていて、買った衣装が自分の部屋に
入りきらない。ほかの部屋を借りて収納している」
阿部選手 「得意はカラオケ」。なんとサザンオールスターズの
「白い恋人たち」を熱唱してくれた。
この歌は、しまふく寮の村野夫人の好きな歌(ブログ・しまふく寮 通信参照)。それを知ってかしらずか、心にくい選曲。
プロばりの歌いっぷりに大歓声を浴びた。
この日、集まったプレミアムメンバーは189人。
トークショーのあとはお目当て抽選会。
選手のユニホーム、シューズ、柳下監督の
サイン入りボールなどを3選手から当選者に手渡されて一緒に写真をとり、
歓声がディスコの天井に跳ねた。最後は選手を中心に笑顔の集合写真でお開き。
この情景を写真にとったのだが、今は明日の横浜アリーナで開かれる
Jリーグアウオード出席のための出張先。デジカメ取り込みのコードを忘れて
画像のアップロードが不能。明後日以降に展開するのでお楽しみに。
2005年12月17日
17日のサポーターズブログに「社長様へのお願い」と「市民クラブの連携」
の二つがあった。私たち、フロントが考えていることと、サポーターの皆さんが思っていることが同じだと知ってうれしかった。
福祉施設への慰問は今真っ盛り。ドーレくんを先頭に、毎日、5、6箇所
をコンサ・サンタ隊が訪問している。お年寄りの施設、恵まれない子供たちの
施設などを巡っている。
ときには選手も参加し、ボール遊びなどを行い交流を深めている。プレゼントを持参し、よろこんでもらっている。「はーい、今日は何十個のプレゼントを用意してください」。職員が毎日、パッキングに追われている。
「市民クラブの連携」については、秋口からNPO法人ポラリスの牧理事長
と話し合っていて、近く、協力協定を結ぶ準備を進めている。「冬はアイスホッケーを、春から秋まではサッカーを」。
それぞれのサポーターに、こう呼びかけて、お互いに協力し合えないかという趣旨だ。日本アイスホッケーリーグに参戦していた伝統の雪印チームが会社の不祥事で、廃部となり札幌からチームと雪印リンクが消えた。
チームの一部を引き継いだポラリスは、NPO市民クラブチームとして、がんばっている。しかし、ウインタースポーツ離れや資金不足から、なかなか道民にアッピールできないのが苦しい。
アイスホッケーはサッカーと同様、とてもエキサイティングな競技だ。
しかし、ファンを増やせず、それを見てもらえなのがポラリスとしてはつらいところだ。
ゲームの日に、ポラリス・サポが福住側の道路横でコンサ・サポにチラシを巻いたこともあった。具体的にどんなことが出来るかを話し合っている。コンサドーレとしてはマッチデープログラムの中に記事として「ポラリスもよろしく」と呼びかけることなどを検討中だ。
「こんなことが出来るよ」といったアイデアがあったら、ぜひ教えてほしい
協力して、北海道のスポーツを盛り上げたい。
2005年12月17日
ドーレくんのブログを読んだら、18日(日)に地下街オーロラタウンで開かれる
イベント「クリスマスフェスティバル2005」にドーレくんが参加するということだ。
日ハムのBB、ノルディックスキー世界選手権札幌大会のノルッキー、さっぽろテレビ塔のテレビ父さんと4キャラクターのそろい踏みらしい。
テレビ父さんなんていうのがあることを知らなかった。
時間をつくってぜひ見てみたい。
先日、ある会合で、ノルディックスキー世界選手権大会の関係者に会ったら、
「大会まであと400日余、市民の関心を盛り上げるための良い知恵は」と訊かれた。
「そうですね、コンサドーレのゲームの際、ドーレくん、BBと一緒にピッチ
の上で、そろってあいさつしたらどうですか」と話したばかりだった。
そのとき、社会人野球の関係者も「道内のさまざまなスポーツ団体が集まって
お互いに、考えていることを率直に話し合い、協力し合える場をつくりませんか」といっていた。
スポーツという同じ世界にいるもの同士でも、分野が違うとあまり交流がない。
北海道体育協会というしっかりした組織はあるが、プロスポーツは別扱いだ。種目別組織の連盟、協会も独自色が強い。お互いに協力し合えることはないのか、どんなことで困っているの、それもなかなかわからない。
ドーレくん、BB、ノルッキー、テレビ父さんが共演出来るのだから、
異種目協力も可能かもしれない。お互いの立場を尊重しながら協力し合う。
Jリーグの100年構想、総合スポーツクラブづくりの出発点はそのへんかな
と思えてくる。
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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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