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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。

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J2実行委員会

2006年03月15日

15日、東京で開かれたJ2実行委員会に行って来ました。
モノレールの沿線から見える桜のこずえは膨らんで少し桃色がかっています。
JFAハウス近くではレンギョウが咲いていました。雪の札幌とつい比べてしまいます。

2節を終えたJ2。各トップの表情は、さまざまでした。
今週末に戦う山形の社長は「せっかくきれいに除雪したのに、昨日、また10センチほど積もってしまいました。札幌さんを迎えるまでには、きちんとしておきますのでご安心を」-と。

第一戦を4-0と快勝した仙台の社長は「ブラジルからの選手がみんな活躍してくれた」とうれしそう。「流れの中での得点だったので、余計よかった」と自信を深めたようでした。「ボランティアの組織も立ち上がり、みんな協力してくれています」。

そうそう、札幌に初戦破れた鳥栖の社長は「あれだけ多くのサポーターが集まってくれたのに」と悔しさを引きずっているようです。21日対戦する愛媛の社長は「お待ちしています」。愛媛は県下の全市町村が出資を決め、筆頭株主の四国電力と県を中心に、自治体、地元企業が足並みをそろえてクラブを支えます。

この日の会議では「Jリーグ構想委員会 第一回報告」に基づいて、Jリーグ準加盟制度を創設して、準加盟クラブを募集することが決まりました。今のところ、JFL5クラブとJFL以外の1クラブが応募する構えです。

JFL以外はは盛岡のクラブです。次第に北上の兆しでしょうか。道内からはどうでしょう。準加盟クラブの条件は、①サッカー協会、Jリーグの諸規定を守る②法人格を持つ③ホームタウンにホームスタジアムを④都道府県協会が承認し、ホームタウン自治体が支援する⑤相当数の企業の支援が見込めるーなどとなっています。

JFAとJリーグは応募を受け付けたあと書類審査、現地調査をし、理事会で承認するかどうかを決めます。前にも書きましたが、J2を近い将来、18チーム、やがて22チームへと誘導する第一段階といえます。既存Jクラブのホームタウン、活動区域内で準加盟申請をするクラブが出てきた場合は既存クラブは指導、援助に当たります。

それともう一つは日中韓U-21の大会を今年中に開催することを決めています。
北京五輪を控えていることもありますが、最近のギクシャクした3ケ国の関係をサッカーを通して改善したいとの期待が込められています。

日中の国交正常化につながったピンポン外交を思い出します。

日本の卓球を世界に押し上げた名選手、荻村伊智朗氏(後に国際卓球連盟会長)は周恩来中国首相に直談判し、1971年、名古屋で開かれた卓球世界選手権大会に中国チームを参加させます。

これがきっかけとなって翌1972年、日中間の戦争状態の終結と国交
正常化を内容とした共同声明が出されました。田中角栄―周恩来両首脳の握手を生み出したスポーツ外交の成果です。

U-21日中韓大会を成功させ極東の安定につなげたいですね。もちろん、代表にはコンサドーレ・ユースからも入ってもらって。

毎回、日帰り出張ですが、わずか数時間の東京滞在で、花粉が目と鼻に入ったのかアレルギー症状が出て目がしぶくなり、くしゃみが出始めました。ひやっとした北海道の空気に触れて生き返りました。



風船ドーム

2006年03月14日

20060314-00.JPG
札幌市東区東雁来の札幌サッカーアミューズメントパークで
14日、大きな風船ドームが立ち上がりました(写真)。
幅10メートル、横20メートル、高さ9メートル。

サッカーの冬期練習に使えないかとの実験です。
昨年から、HFCに提案があり、雪がある時期にと
急遽、テスト実施となりました。

繊維にビニール特殊コーティングし、中に空気を入れ、周囲を
水を入れた袋で押さえています。ゴムボートを丸くしたような感じです。
空気の層はいくつもの袋状になっていて、一つが破れても大丈夫といいます。


20060314-01.JPG
売り込みにあたるM重工関連会社は、「イベント開催にも使えるし、災害時
の避難場所にも利用できる。市場はあります」と張り切っています。寒い北海道で実験し、雪、風に耐えられるか、来冬にかけて実験室でも試験を重ねていきます。

Jリーグも将来は世界の大勢である秋から冬へのシーズン移行が考えられます。雪国のハンデイを風船ドームと言う形で克服できたらいいな、と思います。今日、実験に使った風船は広島へ運び、イベントに使うのだそうです。




涙の別れ~

2006年03月10日

ユースの選手にとって大事な日、そして辛い日がやってくる。
その名は卒団式。
U-12は、奇しくも12日。U‐15、18は16日にそのときを迎える。

この数日、ユースを抱える育成部のスタッフはトップチームの
ホーム開幕戦を気にしながら、準備に追われている。
中でも、記念のDVDつくりが中心だ(写真)。20060310-00.jpg

U-12の場合、過去3年間のビデオを何十本も見て、
その中から、卒団する17人の選手の活躍場面を選び出し、
パソコンで35分のDVDにまとめる作業だ。

それに、その場面にあった曲を入れ込み、作りあげる。
何度もテレビで写しだし、手直ししながら進める。
卒団式で送られる選手一人ひとりに手渡すことになっている。

U-15に上がる子、別のチームで活躍を目指す子。12日から
進む道が分かれる。3年間の思い出が、だれにもよみがえるだろう。
汗と笑いと涙を、刻み込んだDVDだ。

仕上がり途中の画像を見ていた名塚善寛コーチは
「おれ、泣いちゃうかもしれないな」と。
U-15、18のDVDつくりも「半分、徹夜ですよ」ともスタッフ
の一人は言っていた。



花粉症

2006年02月28日

強化部長の城福さんからキャンプの状況を伝える電話があった。
声がいつもと違ってくぐもっている。
「声が変だけど、花粉症じゃないの」と訊くと「そうかもしれませんね」。

「症状が出ている選手はいないの」と訊くと「あれとあれ」。
どうやら何人かはいるらしい。

杉の花粉症は全く厄介だ。私も東京で生活しているときは毎年、苦しんだ。
鼻はぐずぐず、目はしょぼしょぼ、頭はぼーとして、集中できない。
夜も鼻が詰まって眠れない。

ひたすら花粉が飛ぶ季節の終わるのを待つだけだった。
先日、Jリーグ総会、プレスカンファレンスで2日、上京した
だけだったが、マスク姿の人を見ただけで鼻がむずむずしてきた。

そのときに会った柳下監督も鼻をしきりに気にしていた。
「花粉症?」と訊くと「何年も、苦しんでるんですよ」と。
「じゃ、杉の花粉が飛ばない北海道でずっと生活したら」と冗談を
飛ばした。

一般の人は、薬を飲んだり、注射をしたりして症状の緩和を図るが
サッカー選手はドーピングにひっかかるおそれがあるので、そうした
治療は一切だめ。

体力のある選手達だから、それほど影響は無いと思うが、全力を
出し切れるか心配だ。花粉が飛んでいない空気のきれいな北海道に
帰ってくれば、すぐ直る。

緒戦の鳥栖戦を勝利で納め、早く北海道に帰ってきて、花粉症を
吹き飛ばし、ホーム戦、そしてつづくアウェー戦に備えてほしい。



ドールズの力

2006年02月20日

障がい者の働く場「シュリーの店」の30周年を記念して、20日午後、
JR札幌駅にあるパセオ店前で、ドールズ&ドーレくんが通行の人たちに
シュリーの店の利用を呼びかけた。
20060220-00.jpgこのところ、毎年、コンサドーレが協力してPR行事を行ってきたがドールズの登場は初めて。
トップチーム5人が参加して、見事な踊りを披露し、そのあとでティッシュを駅利用者に配った。
ドールズの人気は圧倒的。通りがかりの人たちは手拍子を打って輪に加わり、コンコース一帯が盛り上がった。

取材の報道関者もテレビ、新聞ともおかげさまで、いつもより2倍強ほど多かった。

ドールズはホームゲームで、勝利の女神として選手や観客を盛り上げて
くれるだけではなく、スタジアム外でもコンサドーレを道民にアッピールする大きな力となってくれている。

今年も大活躍を、お願いします。J1昇格に向かって~。



観客の行動は“フェアプレー賞”

2006年02月15日

このほどJリーグは2005年のマッチコミッショナー報告書をまとめた。

J1、J2、ナビスコカップのそれぞれで、運営/競技(運営全般、セキュリティー全般、競技全般)とフェアプレーの全27項目について、○を1点、△を0点、×を-1点に換算して数値化し評価している。

札幌はどうか。

運営全般ではほとんどの項目で満点、「ボールパーソンの行動は適切か」で山形、徳島の0.95、仙台、福岡の0.91に次ぐ0.86、「スケジユ-ル設定、進行は適切か」で、山形、甲府の1.0に次ぐ0.95だった。

セキュリティーでは「入場者数は適切に予測されていたか」「危険物の持ち込み使用はなかったか」などで満点の1.0だったが、「場内整備員および警備員の配慮は適切か」「観客の安全は守られていたか」「観客の入退場は安全かつスムーズに行われていたか」が0.95で、各項目満点の甲府と満点近い山形に差をつけられた。

競技では「試合中のベンチスタッフのマナーは適切か」で12チーム中6位だった。

フェアプレーでは、サポーター集会でも触れたが、「観客の行動」で5点満点中4.8、他チームを引き離してダントツ、フェアプレー賞ものといっていい。

しかし「相手競技者への敬意」では6位。「チームスタッフの行動」も5位となっている。

総体的には山形、甲府、福岡の評価が高かった。コミッショナーの目に映った各チームの姿、クラブの対応だ。この数字を参考に、レベルの高い運営を心がけたい。



チェアマンと語ろう

2006年02月13日

20060213-00.jpgJリーグの鈴木昌チェアマンを17、18日、札幌にお招きした。

17日は道新政経懇話会で講演(一般は入場できない)、18日は道新ホール(中区大通り西3)で午後1時から開かれる一般向けのシンポジウム「北海道をスポーツで元気に」(札幌市内ロータリークラブ主催)で「Jリーグの百年構想」を語る。サポーターの皆さんの来場は大歓迎だ。

チェアマンが百年構想を道民に語りかけるのは初めてだ。当然、今年の最大イベント、ドイツ・サッカーW杯についてもふれるだろう。住友金属出身のチェアマンは鹿島アントラーズの前身、住友金属蹴球団団長を務めた。

1994年にアントラーズ社長に就任、ジーコ(現日本代表監督)を招き、不動のチームを作り上げた。2002年、川渕三郎氏からチェアマンを引き継いだ。Jリーグへの思いは熱く、わが国のスポーツ文化の普及と地域活性化については高い見識を持つ。講演の後は、4人のパネリストとスポーツの楽しさ、今何故スポーツが大切なのかを語り合う。

討論に加わるのは女子棒高跳び日本記録を出した小野真澄さん(札幌八軒中教諭)、7大陸最高峰を単独登頂挑戦中の栗城多史さん(札幌国際大4年)、交通事故で片足を失いながら、パラリンピックスキーに出場し、現在、テイネハイランドでスキー指導をするなど幅広く活躍している田中哲也さん、アイスホッケー・ポラリスの理事長、牧泰昌さんの4人だ。

小野さんは教育の現場からの報告を、栗城さんはスライドを上映しながら挑戦への思いを、田中さんは障害者とスポーツを、牧さんは現場から見たウインタースポーツの現状などを報告し、北海道を元気にするのに、いま何が必要なのかを話し合う。私はコーディネーターを務める。チェアマンに質問も可能だ。

シンポジウムは入場無料、当日会場へ行っても入れる。ただ、定員があるので、事務局の札幌モーニングロータリークラブへファックス(011-219-1308)かメール
[email protected] で申し込んだほうが安心だ。




J2リーグの将来像

2006年02月11日

J2のクラブ数はいくつが理想?
日本サッカー協会はJリーグと共にJリーグ将来構想委員会を作って「J2リーグの将来像」を模索している。

1月には第一回報告が行われ、新聞紙上でも一部が公表された。メディアでは「2010年18クラブ」と結論が先行しているが、まだまだ議論は続く。近く開かれるJ実行委員会でも話し合われることになっている。

この議論は数合わせだけではなく、協会の理念「サッカーを通じて豊かなスポーツ文化を創造し、人々の心身の健全な発達と社会の発展に貢献する」、Jの百年構想「スポーツで、もっと、幸せな国へ」にかかわってくる本質的な問題を抱えている。

今シーズン、愛媛FCが加わって、J2は13クラブになった。さらに全国では都道府県協会の調査で30を超えるクラブがリーグ加盟を具体的に計画している。同協会が把握できていない動きを考えると40から50のクラブがJリーグ入りを目指している。


こうしたクラブを、これまでの基準に照らして、次々と加入を認めるのか、あるいはどうやって、加入に歯止めを掛けるのか。JFL、地域リーグとの関係も整理する必要が出てくる。こうしたことから、過去5回にわたって検討してきた結果が第一回報告となった。

1月のJリーグ実行委員会でも議題に供された。そこでは①J2は将来22クラブ以上になることが理想。まずは2010年18クラブ②クラブを増やしていく過程で、3回戦リーグ方式をとる時期がある③入会基準の明確化、入会時に年間5億円程度の営業収入を。Jリーグ準会員制度の創設とアドバイザー・チームの設置。J2クラブの安定化のため、当分の間、J2とJFLとの入れ替えは導入しない等が報告の骨子だ。

今後、これを下敷きに議論が進められることになる。
世界のトップリーグのクラブ数(日本を除いて’04年5月)は

イングランド・トップリーグ 20、2番目のリーグ 24
スペイン         20        22
イタリア         20        22
フランス         20        20
オランダ         18        19
ドイツ          18        18
日本           18        13 

世界の状況は上記だが、日本がさらに増やしていったら、プレイのレベルが低下しないか、新規加入クラブの経営の安定化ははかれるのか。今でも苦境にあるクラブは多い。地域に偏在化しないか。少子化が進む中で、サッカー人口は増えていくのか。

こういった疑問も出てきている。協会の理念、Jの百年構想を進める上で、将来構想委員会の議論の行方はクラブ経営者、サッカー関係者全てにとって深く考えていかなければならない課題だ。こうした問題をはらみながら13クラブのJ2リーグはまもなく始まる。。



食育とサッカー

2006年02月08日

サッカー紙「エルゴラ」の1月インタビューで「食育にも取り組みたい」と話した。この記事を読んだ「今に見ていろ!~ロイテミ~二.12~」さんやたくさんの方から、賛同のブログ書き込みや手紙、メールをいただいた。

安全安心なものを食べる、地産地消、スローフード運動などについて関心を持つ人が多いのに改めて気づいた。スポーツを通じて子ども達に食の大切さを教えることが出来るなら、これは北海道に大きく貢献できるとも思った。

日本農業新聞の東京の記者さんは『日本の食糧基地である北海道をホームタウンにしているクラブだからこそ「農業」「食育」「スローフード」をテーマにした事業展開が可能であり、それはJリーグ百年構想の一環でもあると思う』との手紙を添えて、全国の食育の動きを伝えるたくさんの切り抜き記事を2回にわたって送ってくれた。

子ども達に食べることの大切さを教えるプログラムは昨年、北見でのサッカースクールでも取り組んだ。先日、十勝の芽室町で開いたサッカースクールでも取り上げている。

「子どもの体づくり」をテーマにスポーツにおける栄養の役割、ジュニア選手に必要な1日の栄養量、バランスの良い食事、試合に向けての食事、水の取り方、サプリメントは必要?などをサッカーコーチと同行した栄養管理のスタッフが、わかりやすく解説した。

「強い骨を作るには乳製品が不可欠」、「朝食を抜くとどうなる」など具体的な説明は、興味深く受け止められたと思う。芽室町のスクールを手伝ってくれた北海道スローフードフレンズ帯広のリーダーKさんが8日夕、HFC事務所を訪ねてくれた。

「サッカーを教えると同時に食べることの大切さを教えるやり方に感心した。芽室町には間もなく、天然芝のサッカーグラウンドが出来あがる。お披露目にはコンサのサッカーイベントを開いてほしい。そのときは地域の安全安心な食材をつかった食育に関する行事も地元としておこないたい」と農業者としての期待も語ってくれた。

4年ほど前に、北海道で仲間達と、スローフード運動を始めたときは「ゆっくり食べる運動なの?」といった程度の反応だったが、BSEをはじめ食に対する不安が広がったこともあって、食の安全に対する意識は急速に高まった。サッカーがその一端を担えればうれしい。



コンサ神社に参拝

2006年02月06日

20060206-02.JPG
今日から始まったさっぽろ雪祭りのススキノ氷祭り会場に
コンサ神社が出来ました。100基の氷像のほぼ真ん中、
一番良いところに主催者が作ってくれました。

今年で5年目になります。私はこの神社のテープカットに出席し、石屋製菓の石水社長らと共にかしわ手を打って、
お賽銭箱にささやかにお金を入れてきました。


20060206-03.JPG神社には立派な鳥居もあります。その後ろにはボードもあり、願いが書き込めるようになっています。そして和波選手らの「今年はJ1に行きます」との声も流れています。

見物客からも大層な人気で、すぐに「J1に行こう」とのメッセージも寄せられていました。本当にありがたいですね。初めて、この神社が出来た年はお賽銭箱に百万円の包みが入れられていたこともあります。

皆さん、ぜひコンサ神社を見に行ってください。そして、少しでもいいですから募金を。5日の福岡との練習試合で2-1で勝ったことは見物客みなさんが知っていて、Jへの期待の高まりを感じました。

サポーターのみなさんもテープカットを見守ってくれていました。