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コンサ初観戦は97年の川崎フロンターレ戦。この試合のせいで人生が狂ってしまいました。その後いくらお金を使ったのだろうか。今はあまり情熱もなく、まったりと応援しています。 ・好きな食べ物:綾波レイ ・嫌いな食べ物:碇ゲンドウ
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2013年05月16日
「バーイハドソン!」はちのマークでおなじみの株式会社ハドソンという会社を皆さん覚えているでしょうか。96年と97年の2年間 コンサドーレの胸スポンサーをして、黎明期のチームを支えてくれたありがたい企業です。しかし、昨年の3月にコナミデジタルテイメントに吸収され、解散してしまいました。(ブランドとしては引き継がれているようですが。) ハドソンは札幌発祥の企業で、ゲームソフト開発等をメインとしており、ファミコン初のサードパーティ、任天堂とのファミリーベーシックの共同開発、PCエンジンのファーストパーティーとして、80年代をかけぬけていきました。 高橋名人という広報をたてることで、全国的な人気が出てまさに全盛期となります。当時の高橋名人の人気は凄まじく、代名詞とする16連射をはじめ、ゲームは一日一時間という名言は今もなお語り継がれています。さらには今で言うメディアミックスとして、コロコロコミックスで高橋名人を主人公とした漫画が連載されていたのも驚きです。一企業の一社員が主人公なんて可笑しいですよね、ドラえもんと同じ雑誌にのっていたんですよ。私個人としては、名人は道産子ということで、かなり親近感とあこがれをもっていました。しかし、シューティングゲームのブームが去り、スーパーファミコンの登場でファミコンに陰りがでたころ、ハドソンとしてPCエンジンに力を入れることもあり高橋名人は表舞台から消えていきます。 ソフトとしては、ボンバーマンと桃太郎電鉄シリーズが有名です。とくに桃太郎電鉄は足掛け23年にも及ぶ長寿シリーズでした。制作はあのジャンプ放送局のさくまあきらさんがてがけており、ゲーム制作の過程が綴られているさくまさんの日記(ブログではないと思う)では、ゲームに対するその情熱さは社会人として見習うところはたくさんありました。しかし、2011年のあの震災に心を痛めたさくまさんは、東北が復興するまで桃太郎電鉄の新作の制作を断念したのです。 高橋名人とさくまあきらさん。この二人はハドソンを語る上で重要な人物です。 表舞台から消えた高橋名人は、その後もハドソンに残っており、役職も名人になったということで小さなニュースにもなりました。そんな高橋名人ですが、2011年の5月をもって退社してしいます。ソーシャル中心に展開したい会社の都合と折り合いが会わなかったとどこかで見ましたが、実際の所はわかりません。だけど、この時これだけ社に貢献した社員をこうも簡単に切ってしまうハドソンという企業に疑問をもっていました。また、さくまあきらさんの日記でも、ハドソンという会社の体質が良くないということが頻繁にかかれていました。最高の開発スタッフがいるにも関わらず、他の部署の人間から足を引っ張られていたと言う事です。これもそうとう酷い話でした。そしてさくまあきらさんは、コナミデジテルテイメントに吸収されたこともあり、桃太郎電鉄をつくるのをやめてしまいした。 ここで思うことは、このような社に大きく貢献した人間をこうもぞんざいに扱ってしまうような会社はユーザーの支持を得ることもできず、長く持たないということです。簡単に言うとトップが無能かつワンマンだとダメではないのか。社員を大切にすることが(さくまさんは社員ではありませんが)できない企業が、お客様を大切にできるわけがないかと思うのです。 幸いにもコンサドーレには無縁の話です。今までの社長の方も良くやって頂けました。そして今は元選手であったノノさんが社長になりました。サポーターの皆さんの期待も高く、かつ、それに応えるかのうようなアイデアをだしてくれます。京都戦の抽選会もさんざんでしたが、逆に言うとあれだけの景品であんなに並ぶ熱心なサポーターがいたことも驚きでした。これからもコンサドーレは続きます。もしかしたらいつか終わってしまうかもしれません。せめて自分が生きているうちに無くならないように、応援していこうと思います。
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コンサ初観戦は97年の川崎フロンターレ戦。この試合のせいで人生が狂ってしまいました。その後いくらお金を使ったのだろうか。今はあまり情熱もなく、まったりと応援しています。 ・好きな食べ物:綾波レイ ・嫌いな食べ物:碇ゲンドウ
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