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札幌市在住のダイです。無類のフリーキックマニアです。サッカー以外にも野球やモータースポーツ(特にF-1)も大好きです。水曜どうでしょうとSaku Sakuが大好きです。

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2007年01月31日

おはようございます。今朝は暖かいですねぇ。札幌は今日最高気温が7度まで上がるとか。雪解けが進むと思うけど、雪まつりの雪像作りに影響が出ないかどうかが心配です。

では本題・・・タイトルはTM NETWORKの曲から拝借しましたが音楽的な内容ではありませぬ(笑)


1月が終ろうとしている。ついちょっと前に年が明けたと思ったら1年のうち12分の1が終ろうとしている。

やっと1ヶ月かよ・・・

そう感じる人ってどれだけいるのだろうか?きっとこの記事を見てくださっている皆さんは僕と同じ「もう1ヶ月」という感覚ではないでしょうか?

時間というものは1日24時間、1年で換算すると8760時間ある。これは誰でも公平に、人種や国籍、住んでいる場所や貧富の差など全く関係なく公平に与えられている。

最近特に感じる・・・時間の使い方は大事だなと。

よく時間が足りないという表現を耳にする事がある。でもさっき書いたように全ての人間に与えられている時間は平等です。誰かが「1日27時間」というような事はない。そう考えると時間が足りないのではなくて、「時間の使い方が下手」なだけな気がする。

よく「時間が止まればいいのに・・・」とか「時間が戻ったらいいのに・・・」とか考える事がある。でもそれだって自分勝手な考えでそんなに都合のいい話なんてあるわけが無い。

時間は公平に与えられているけど公平に過ぎ去っていく。それはもう後戻りのできない現実、今の若者はその事に気付いているのだろうか?もしくは気付いているけどそれを「見てみぬフリ」をしているのだろうか?

確かに若い時・・・例えば10代の頃って遊びたい盛りだろう、僕もそうだった。友達とゲーセンに行ったり当時付き合っていた彼女とデートしたりしていた。でも10代でしか出来ないことって遊び以外にもいっぱいあると思う。

そういうのを見出して欲しい。例えば勉強はそのひとつかもしれない。10代で勉強した事をこの先20代や30代になって勉強しなおすとしたらそれは骨の折れる事だと思う。今しかできないことをできるようにして欲しい、だって時間は後戻りできないのだから。

昔の格言にこんな言葉があります。僕は結構この言葉が好きなんです。

何事にも定められた時がある。 誕生のための時があり,死ぬのに時がある。植えるのに時があり,植えられたものを根こぎにするのに時がある。 殺すのに時があり,いやすのに時がある。崩すのに時があり,建てるのに時がある。 泣くのに時があり,笑うのに時がある。泣き叫ぶのに時があり,跳び回るのに時がある。 石を投げ捨てるのに時があり,石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり,抱擁を控えるのに時がある。 捜すのに時があり,失ったものとしてあきらめるのに時がある。保つのに時があり,捨てるのに時がある。 引き裂くのに時があり,縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり,話すのに時がある。 愛するのに時があり,憎むのに時がある。戦いのための時があり,平和のための時がある。

そう、何をするにしても「時がある」、時を無くしては行動できない。その時を逃したらもったいない事、それを見極める力が必要なのかもしれない。だって後悔したくないから・・・

だから今できる事を精一杯していこう。改めてそう思える1ヶ月でした。


post by ダイ

08:53

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