2008年06月29日
気持ちだけじゃ戦えない(2008-J1-#14 vsガンバ大阪@万博/現地観戦)
例によってバックスタンドの上のほうでゆる〜く見ていたのでありますが、試合終了後、ゴール裏に挨拶に向かった選手たちに対し、ゴール裏が「♪お〜れた〜ちと〜 あ〜つくなれ〜」の歌で応じた場面には、ちょっとぞくっときました(なぜか「うるっと」ではなく「ぞくっと」きた)。拍手する内容ではないけれど、ブーイングするほど酷かったわけでもないし、と思っていた中で、ああいう鼓舞のしかたもあるんだと、感心そしてプチ感動でした。
でも、そんなことで喜んでる場合じゃぁないです。
確かに、気持ちの面では負けてなかったし、一人一人は戦っていました。アンデルソンにそこそこボールが収まるようになったことで、チャンスも作れていました。相手の2トップとこちらの攻撃陣との決定力の違いだといえば、そうなのかもしれません。
また、大阪の、まとわりつくような蒸した空気は、北海道では絶対に感じることのできないものでした。夕方から気温が下がって風が出てきたから多少楽にはなったものの、ガンバがACLの関係で4日前にも試合をしていることはアドバンテージにならないぐらいに、気象条件は、コンサにとってきつかっただろうと思います。その中で、これだけやれたのだから、と、自分を慰めたくもなります。
でも、4点も取られたら、勝てません。
3点目は、西→砂川の交代までは西と西嶋の二人で対応できていたスペースを、砂川が中に絞ることが多くなったことで(砂川はリードされた場面で攻撃要員として入ったのだから、それは仕方がない)、西嶋が一人でカバーしなければならなくなり、そこをうまく使われてしまったので、まあ、仕方ない、と、しましょう。4点目は、遠藤の高速キックが、ここしかないという狭い空間にピンポイントで入ってきたので、これもやむを得ない(とはいえ、あそこはガンバの選手交代=しかもバレーに替えて福元という、手堅すぎる交代=で会場全体の空気が緩んでいたことが影響した感じもするわけで=そのうえバレーはなかなか出ないし=、その意味では、コンサ側がスタジアムの空気にやられて集中力を欠いていたのかもしれない)。
問題は、最初の失点です。もともと守備をベースにしているチームが、先に失点してはいかんのです。バレーは、コンサのディフェンスラインの間を、オフサイドぎりぎりで飛び出してきました。開始早々は、箕輪がルーカスをマンツーマンに近い形でマークしながら、周囲にも声をかけてうまくやっていたのですが、フラットな4バックにした途端に、バレーに穴を突かれてしまった。
結局(いつもここに戻るのですが)、このやり方を続けている限り、J1の強力なストライカー相手では、同じことを繰り返すだけなのではないか。今日の箕輪は、途中からは吹っ切れたように自分のゾーンを捨てて相手にアタックしていましたが…
それはもちろん後ろだけの問題ではなく、今日の試合ではクライトンがオフザボールの局面でやたらと前のほうに出るものだから(アンデルソンがサイドに流れることが多いから、前にスペースができて出やすかったのかもしれない)、いったんボールを奪われると中盤の広大なスペースを芳賀が一人で走り回らねばならなくなり、後ろの選手にはそれ相応の負担がかかったであろうと思います。
何度もチャンスに絡んだアンデルソン(一度ぐらいは決めてほしかった)は、これまでの練習を見ていた限りでは「威圧感のあるノナト」との印象だったので(笑)、あ、意外にやってくれそうだなとは思ったのですが、周囲とのリズムはまだまだ合っていないように思えました。とくに前半は、左サイドに流れてボールをもらおうとする場面が多く(後半はそうでもなくなったのでハーフタイムに修正指示があったのか?)、西が使いたいであろうスペースをつぶしてしまい、その結果、ダヴィの突破からしかチャンスが作れない状況になっていました。
どうしてもこの4−4−2の3ラインにこだわるなら(もはやフラットな3ラインなんかないんですけど…でも、こだわるんでしょう)、クライトンは両刃になりますが、それは目を瞑らざるを得ない。としたら、やっぱり、中山を最前線に置いて、相手の攻撃を少しでも遅らせることしかないのではないか、と、途中交代でホントに右サイドで出てきた中山が、後半30分過ぎ、猛ダッシュで中央に進出してきて相手ボールを奪った場面を見て、思ったことでした(だから、その直後のアンデルソン→西谷の交代では、ああやっぱり中山をFWに上げるんだと思ったんですが…実際には、西谷が左サイド、そして左サイドにいた砂川がFWの位置に変わりました)。
今シーズンの最初の頃に書きましたが、このチームの肝は、中山の前からのチェイシングなのです。それが、今日の試合で、よくわかりました。アンデルソンには可能性を感じますが、まだ可能性に過ぎないんだから、それならベンチに切り札として置いておいて、チーム全体の力を上げることにおいては確実に計算できる中山を先発に使うべきだ!と、いや、素人が「べき」なんて言うはどうかとも思いますが、中山に守備+落とし(というか、いわゆるフリックオン)の仕事をさせて、両サイドが(ペネトレイターとしてではなく、フィニッシャーとして)絡んで点を取る形のほうが、得点の匂いは減っても失点はもっと減って、トータルでみれば安定するのではないかと思うのですが、どうでしょう???
今日は、大雨に雷との予報に恐れをなし、カメラはホテルに置いていったので、写真はありません。結果的には、雨はまったく降らなかったんですが。せめてもの罪滅ぼしに、ホテルに戻ってからの写真をどうぞ。
明日は新大阪6時の新幹線で東京へ移動(そんでそのまま朝から東京で仕事)なので、今夜はさっさと寝ます。なんか悔しくない自分が悔しいや。
posted by issey11 |22:40 |
2008遠征 |
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2008年06月08日
テンションの下がる失点(2008-ナビスコ-#06 vs柏@札幌ドーム/現地観戦)
サポーターであり続けることの覚悟を問われているような試合だった(笑)。いや、こんなところで笑ってるとまた怒られるかもしれないけど、笑い飛ばさなかったら、とてもじゃないけど、やってられない。
開始早々に宮澤が負傷退場するアクシデントを除けば、立ち上がりはいい感じ→最終ラインの淡白な対応であっさり失点→終盤にPK取られてダメ押しされる、という展開は、先週の川崎戦と同じ。こちらのシュートが2本も枠にはじかれたり、いいシュートが飛んでも相手のフィールドプレーヤーに当たったり、あわやオウンゴールかと思う相手のドタバタでも入らなかったり、といったことはあったが、点が入らないのは、結局、先週の川崎戦と同じ。
砂川と西谷とクライトンが絡む攻撃は、ダヴィの不在を感じさせないほどおもしろく、可能性を感じさせてくれたが、あれだけチャンスがあって決めきれないのを、運が悪かったで済ませてはいけない。蹴ったボールの行方を目で追ったまま足を止めるような選手が何人もいたのでは、運を呼び込むことすらできない。相手ゴール前に迫っても、自分の前にボールが来ると「急にボールが来たので」とでも言わんばかりに反応が遅れる選手ばかりなのだから、相手だって、怖くないだろう。
しかし、最大の問題は、(失礼ながら)傑出したアタッカーがいるとは思えない柏を相手に、いわゆる「ちんちんにされた」状態になってしまった4バックだ。とくに最初の失点は、攻撃でいいリズムが作れていただけに、あまりにもったいなかった。自陣に向かってくる低いボールに対し、柴田と吉弘がまったくさわらずに後ろへ流したボールを相手の選手が追いかけてシュート、って…ただでさえ、今日は消化試合の色合いが濃く、観客数が少ないうえにアウェー側の柏サポーターがドームを支配しているかのような空気すらあったところに、あの、まるで「おれのボールじゃないから、優也頼んだよ」みたいなプレーでは、たかが1点で意気消沈するな、まだまだ時間はあるじゃないかという気分にすらなれない。
前半の終わり近く、4バックがずたずたにされてみんなで柏の選手の背中を追いかけていた場面では、もう、声も出なかった。
センターバック二人がまるで固まっているかのごとく反応が鈍いからなのか、坪内のポジションは試合が進むにつれてどんどん中央に寄っていき、それ以上に意識が中央にしか向かなくなり、タッチライン際に相手選手が入ってきてもまったくケアできない。横幅を4人がそれぞれのゾーンを決めて守っているはずなのだが、そんなふうにはとても見えない。
毒吐きついでにメンバー交代も相変わらず不可解で、負けている終盤にFW西を下げてマーカスを入れたのには、ただただ、びっくりしてしまった。ベンチに置いたエジソンには何をさせるつもりだったのか?リードしたら経験を積ませるために起用しようとでも考えていたのか?おまけにそのマーカスが入った途端にあまりにつまらない警告を受けたのでは、ナビスコカップ敗退でこの後には影響しない警告だとはわかっていても、見ているほうとしてはやりきれない。
試合終了と同時にゴール裏から出たブーイングは、札幌では珍しいことだが、当然だろう。僕はシーズンチケットで見ているから痛みを感じないが(苦笑)、この試合だけのためにお金を払って見ていたら、「ふざけんな」だったと思う。次のステージへの進出がどうこうではなく、ホームゲームなのだから、こんな臆病な試合をしてはいけない。
すっかり自信喪失でプレーが小さくなっている後ろのほうの選手は総入れ替えだ!といってみたところで、今のやり方を続けている以上、代わりになる選手はいないのだから、やはり(先週と同じ結論になるが)何かを根本的に変えないといけないのではないか。現日本代表監督が札幌1年目の秋に言った「監督を替えるか、選手を替えるか」。代役がいないだろうなどといった後ろ向きの要因にもしっかりと向き合うことを、真剣に考えねばならない時期に来ているように思える。
posted by issey11 |20:03 |
2008ホーム |
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2008年05月31日
もっと!ハードワーク?(2008-ナビスコ-#05 vs川崎@等々力/現地観戦)
お昼過ぎ、武蔵小杉の駅でHFCの児玉社長と一緒になった。「こんなに早く行くの?」と聞かれたので「雨に濡れない席を確保したいもので…」と答えてしまったら、等々力陸上競技場の関係者入口へ消えていく児玉社長から「すみません」と言われてしまった。そんなふうに気を遣われてかえって恐縮してしまったが、しかし、今日の敵は、雨よりも風だった。バックスタンド2階の最上段は、確かに、空からの雨は避けられたが、強い北風は避けようがなく、雨はつねに吹き込んできた。しかも、まるで冬のように寒い。コートどころか手袋もほしくなるようなコンディション。
試合序盤は、コンサのリズムだった。先週の函館ではみられなかったハードワークでボールを奪い(芳賀は先週とは別人のようだった!)、川崎を押し込んだ。右からのダヴィのシュート、それをゴールキーパーがはじいたこぼれを拾った西谷の強烈なシュート、右からの砂川のクロスにファーサイドで合わせた西のヘディングシュートのどれかが決まっていれば、3週間前の大宮戦のような展開に持ち込めたかもしれない。
しかし、決められなかったというべきか、相手のゴールキーパーが当たっていたというべきなのか、いずれにしても、最初のダヴィと西谷のシュートで得点できなかったことは、相手のゴールキーパーを乗せてしまったらしい。せめて西谷のシュートをはじいたときに誰かが詰めていればと思うのだが、あそこに誰も顔が出せないのは、本職のFWがダヴィしかいない状況では、やむを得ないのか。
それでも前半をせめて0−0でしのげれば十分にチャンスはあったと思うのだが、たった一発のカウンターで、我那覇にやられてしまった。それも、マークについていた柴田があっさりとかわされ、芳賀(?)と吉弘も我那覇の前に入っていたのに、簡単にシュートを打たれてしまったのだから、どうしようもない。
FWの西はほとんど何もできず、これはハーフタイムで交代でもよかろうと思っていたぐらいだったから、後半に入って最初の交代が西→エジソンだったのは納得だが、エジソンは、まだまだ、期待を背負わせるにはほど遠いようだ。入ってすぐ、相手ゴール前に流れていったルーズボールを追うのを途中でやめたら、ベンチの三浦監督が見たことがないような勢いで上半身を震わせながら飛び出してきた(ウリセスもびっくりして?出てくるタイミングがかなり遅れた)。そこからは、おいおいそこまで行かなくてもよかろうというぐらいに相手ボールを追い回していたが、おかげで攻撃に関しては何がいいのかさっぱりわからず。ただ、相手選手にはことごとく競り負けていたから、やっぱり、まだまだ、きついと思う。
西谷→岡本に続いて砂川→上里の交代で、申し訳ないが、自分的には、ジ・エンドだった。疲労を考慮してなのか、停滞した流れを変えたいからなのかわからないが、いまの岡本や上里では、正直、J1は厳しい。多少動けなくなったとしても、砂川や西谷のキープ力やアイデアがあったほうが、ずっと可能性を感じる。
チームとしてやるべきことはやれているようにみえるのに、そして相手はゴールキーパーとセンターバック2人が代表で欠けているというのに、この結果では…いったい、どうしたらよいのか、さっぱり出口が見えてこない。大量失点こそないものの、毎試合、失点を続けている以上、何かを根本的に変えなければならない時期であるようにも思える。
ナビスコなんだからなんでもいいや…と思っていたはずなのに、こんな負け方をすると、やっぱり、悔しいし、寂しい。
武蔵小杉の駅前で↓

posted by issey11 |22:34 |
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2008年05月25日
キャプテンマークのゆくえ(2008-ナビスコ-#04 vs千葉@函館/現地観戦)
今季、雨の中での試合は負けていなかったのは、雨だと技術の差をハードワークで埋められる程度が大きくなるからなのかなと考えていたのだが、今日に関しては、相手を舐めてかかっていたのかと思うほど、ハードワークができていなかった。大宮戦、名古屋戦と続いたアグレッシブな姿勢は、いったいどこへ消えてしまったのだろう?
失点の場面だけみれば、ああいう守り方なんだから仕方がない、相手がうまかった、とはいえるのかもしれない(認めたくはないけど)。
1点目は、コンサからみて左から速いアーリークロスが入ってきたのに対し、センターバックの間のスペースに新居が走りこんできてフリーで合わせたのだが、前節の名古屋戦で玉田にやられたのと同じだから、この守り方の構造的な問題だ、といえば、それまでのこと。
2点目は、ペナルティエリアの(ジェフからみて)右寄りで裏に抜けてパスを受けた新居が、ゴール前を横断するように緩急をつけつつコースを変えながらドリブルしたのに対し、コンサの選手たちはまったくついていけなかった。冗談抜きで、あの11番は誰?ストイコビッチか全盛期の前園?と思って、それが新居であると思い出したのは、失点してからしばらく経ってからだった(にしても、誰かもっと厳しくチェックにいけなかったものか?)。
それでも必死にやっていればいつか神様が微笑んでくれるのは、先々週の雨の大宮でわかったはずなのに、今日は、相手のハードワークに押されていた。雨の影響でお互いにパスがつながらない中とはいえ、コンサはミスが多すぎた。唯一の収穫は西谷にキレが戻ってきたようにみえたことだが、それだって、一緒に見ていた友人に「ほかの選手が動けていないから西谷がいいように見えたのではないか」と言われてしまえば、そうかもしれないなあと思えてしまうほどだ。
まあ、ナビスコは、いいとしても、この先のことを考えたとき、チーム全体が自信を失ってしまうことにならないか、今日の試合を見ていて、心配になってきた。とりわけ、守備の軸になりつつあった柴田は、何を恐れているのかこわごわと相手に対応し(後半はレイナウドにいいようにやられていた)、萎縮がさらにミスを生んでいた。もう一人のセンターバックを務めた池内の前へ送るボールがどこへ行ってしまうかわからない、中盤では芳賀がマイボールをことごとく相手に渡してしまう、といった状況だったので、柴田にとって難しかっただろうとは思うのだが、こういう具合にミスの連鎖で積極性が失われてしまうのは、とても怖い。
芳賀の交代が告げられたとき、キャプテンマークを託されたのは西谷だった。単にメインスタンド側のタッチライン際=芳賀がピッチの外に出るときに通る場所にいたのが西谷だったから、なのかどうかはわからないが、しばらくは肘の下にキャプテンマークを巻いたままプレーしていた西谷の姿は、なんとなく落ち着きが悪かった。
その西谷が藤田と交代すると、西谷にキャプテンマークを渡された藤田は「え?どうすればいいの?」といった様子で、ピッチの反対側の自分のポジションについてから、結局、自分の腕に巻いた。
やや強引なことを承知でいえば、これが、この試合のコンサだった。緊張感がなく、集中力に欠け、自分でなんとかするのではなく、誰かがなんとかしてくれるだろうと他人任せにしてしまう。
ナビスコの残り2試合、大事に、そして必死に戦ってほしい。
posted by issey11 |23:28 |
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2008年05月24日
5.25
3度目の昇格が決まった12月1日という日付は、あと何年かしたら忘れてしまいそうなのだが、5月25日だけは忘れられない。もう11年も経つのに、5月25日が近づくとやっぱり思い出すのだから、忘れることはないだろう。
1997年JFL第7節、コンサドーレ札幌−川崎フロンターレ@厚別。88分ベッチーニョ(川崎)のゴールでコンサが2点ビハインドになりながら、ロスタイムにバルデスの2得点で追いつき、延長後半7分にバルデスのVゴールで勝った試合−といっても、当時はまだ僕は東京に住んでいて、まさか自分がわざわざ札幌に引っ越すことになろうとは思いもよらず、コンサドーレというチームがあるのは知っていてもJFLだったから情報もほとんどなく、現場どころかテレビ中継さえ見ていない。
それでもこの試合が忘れられないのは、東京にいながらもこの試合はなんとなく気になっていて、日帰りでもいいから行ってみようかと、ちらっと考えたからだ。しかし、当時の自分にとっては、わずか1試合のために東京から札幌を往復することなど「ありえない」ことで、同じ日に秩父宮ラグビー場で行われた日本代表とどこか(アメリカだったか?)の試合を見に行ったのだった。
その帰り道、神宮外苑の銀杏並木の下で、厚別の壮絶な試合の結果を知ったような記憶があるのだが、今と違って携帯端末で情報がとれたわけでもなし、どうやって情報を収集したのかは定かでなく、もしかするとこれは後から作られた記憶かもしれない。
11年前のインターネットはまだまだ特別な存在ではあったが、JFLの情報を得るほとんど唯一といっていい手段が、インターネットの中にはあった。誰が作っていたのか、JFL全試合の試合経過を詳細に記録したテキストページもあった。
コンサは当時からかなり情報が充実していて、石屋製菓さんのサイトの中のコンサドーレコーナーにゴールハイライトの動画があったり、NTT?の実験でPHSを使った試合風景静止画1分間隔ほぼリアルタイム配信なんてのもあった。電話代を気にしながら、静止画中継を楽しんでいた(という話は、以前にもこのブログで書いたような気がする)。
5.25川崎戦のバルデスのVゴールは、たしか、石屋製菓さんの動画で見たのだと思う。家庭用ホームビデオで撮影されたものだから、太鼓の(今となっては素朴な)音とざわめきだけが聞こえていた中で、突然、撮影者が「うぉーっ!」と叫び、バルデスが客席に向かって走り出し、サポーターと喜びを分かち合う光景。あの動画が、あの日の厚別の熱気を伝えてくれた(から、11年後の自分は、すべてをコンサドーレに賭けるような生活をすることになってしまったのだが(笑))。
いまにして振り返れば、あれは権利関係の緩かったJFLだからできたことでもあり、できたばかりのチームを応援したい人たちが、よくも悪くも好き勝手なことができた時代だった、のだと思う。
もっと前から見ている人だと「ペレイラのフリーキック」あたりから語りたくなるのだろうが、僕は、これからもずっと、5月25日が来るたびに、老人の繰り言のごとく、同じようなことを言い続ける、どころか、年を取るにつれて、繰り言傾向がさらに強まるおそれすらある(苦笑)。何十年後かに孫がいたとしたら、嫌われないように気をつけねば。
posted by issey11 |09:59 |
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2008年05月15日
もう4年も前?まだ4年前?
marutaさんからトラバいただいたので、といっても、デリケートな問題を丁寧に解きほぐすだけの時間的精神的余裕が今はないので(業務輻輳中)、季刊サッカー批評21号(2004年1月発行)掲載「コンサドーレ札幌、つぎはぎの8シーズン」(文・永井謙一郎)から、考えるヒント的な部分を、以下、抜き書き(まあ、ご存知の方も多い記事だろうとは思うのですが)。
その1(同誌85〜86ページ)
HFCの資本金は、設立時の96年4月で8億3千7百万円。その後、増資を幾度か繰り返し、現在は25億5625万円。この増資の目的は、もっぱら選手・監督などトップチーム人件費のためだった。
通常、企業において資本金を募るのは、工場など企業の資産を築くためであり、選手の給料は資産とは言えない。なのに、入場料や広告料などの収入で選手人件費をまかなうという理想的な構図に近づける努力を怠り、赤字になり、やむなく資本金を現金という流動資産に取り崩して、それを食いつぶすという構図になり、設立2年目にして早くも破綻の音が鳴り響いた。しかしその後も、00年のように、増資でカネを得ようとした。
資本金5億円以上の企業は商法上大会社扱いとなり、株主総会で決算を通すにも監査法人の監査が必要で、監査法人への費用は年間約4百万円。さらに04年度からは資本金1億円を超える企業については法人事業税について外形標準課税導入のため、HFCの資本金規模だと例え赤字でも年間約6百万円が納税になるだろうとHFCでは計算している。今となっては、資本金が膨らんだせいで04年度からは黙っていても毎年1千万円は飛んでいく。若手選手を2人雇えておつりが来る。
その2(同誌89ページ)
佐々木は歯を食いしばって語る。「選手強化サイドは、『本州の選手には大金積まなきゃ北海道には来てくれません』と言う。でももうそれじゃ会社はもたないし、選手の気持ちは『来てやったんだ』というおごりのまま。ウチには大枚はたいてビフテキ食わしてという選手はもういらない。ホッケやジャガイモ食ってでもチームのためにがんばるという選手と一緒に汗を流したいんだ」
後者の「佐々木」は、当時の佐々木社長のことです。元記事は、オリバー・カーンが表紙の号に載ってます(全8ページ)ので、お持ちの方は探してみてください。
posted by issey11 |19:35 |
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2008年05月15日
藤田征也のサイドバック
先日のヴェルディ戦のときに話したら意外に知らない人が多かったので、お知らせ的に書いておきますが、藤田征也は、U-16ぐらいまでは(もしかするとU-17でも)、代表チームではサイドバックとして使われていたはずです。
「はずです」などと曖昧なのはちゃんとした資料が見つけられないからなのですが、手元にある資料(デジタルデータではない)では、たとえば2003年の北海道国際ユースのとき、城福浩監督(現FC東京監督)率いるU-16日本代表チームでは、藤田はDF登録です。当時のU-16では、前目のポジションをやることもありましたが、基本はサイドバックだったような印象があります。
どなたか詳しい方、補足をいただけるとありがたいです。
posted by issey11 |14:11 |
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2008年05月14日
みんなの勝利(2008-J1-#12 vs大宮アルディージャ@NACK/現地観戦)
なんかいろいろバタバタなもので、ネット情報も収集できていない現状、遅きに過ぎる話題かなと思いつつも(<はい、前置きが長いですね、言い訳聞き飽きたから結果見せろってか)、現地にいた者としてこれだけは記録に残しておかねばならない!ということが一点。
85分のダヴィの決勝ゴールは、サポーターの力で奪ったもの。
こういう言い方が好きではない人もいるのはわかっているのだが、あれは、大宮ゴールのすぐ後ろにいたコンササポーターの見えない力が、ボールを手前(=ゴールネット)に引き込んだ得点だと、僕は信じている。あえて科学的に説明しようとするならば、サポーターの気持ちがピッチ上の選手に伝わり、選手たちの集中力があの場面を生んだ、ということになるのかな(でも、再現性があるわけではないから、この説明も「科学的」とはいえないか)。
サッカー専用でスタンドとピッチの距離が近い、というと、ゴール裏とゴールラインの関係を思い浮かべることが多いだろうが、この日は、メインスタンドやバックスタンドのアウェー寄りも含め、3方向から、最後にダヴィが叩き込んだゴールに向けて、パワーが送られていた。いや、なんだか、へんな表現になってしまうんだけど、アウェーだというのにメインやバックでも堂々とコンサを応援できてしまうどころか、メインスタンドなんて、赤いポンチョを着た人ばかりだった。
それでも、厚別や札幌ドームのような、スタンドとピッチの間の仕切りが曲線になっている構造なら、あそこまでの迫力は出なかったと思うのだが、サッカー専用スタジアムゆえにメインやバックとゴール裏の間が90度になっている、ということは、ゴール裏とメインやバックの間の距離が近い、ということで、そのうえこの日は試合前にゴール裏からメインやバックへの呼びかけもあった(同じようなことは昨年の鳥栖でもあったが、この日の大宮は、ゴール裏・メインとも、昨年の鳥栖よりはるかに人数が多かった)。
そしてゴール裏の気合といったら、ホント、すごかった。はじめからこんなに飛ばして大丈夫か?と思ったのは、ピッチ上だけでなく、ゴール裏に対しても同じこと。選手が入場してきたとき、「これでやらなきゃウソでしょ」と思ったぐらい。ゴール裏のアウェーサポーターが狭いところに押し込められたがゆえに、かえって迫力が増したようで(そういう意味では、余計なお世話だが、大宮はあのメインスタンド側のゴール裏自由席スペースをもっと狭くして、コンササポの位置取りを分散させたほうがよかったと思う)、ときどきちらちら見ていた限りでは、最前列から2階に至るまで、休んでいる人が誰もいなかった。全員が立ち上がって、手を叩き、声を出していた。
メインスタンドにいた僕ですら、最後の数分間は立ち上がってしまっていた(上のほうだったから後ろには誰もいなかったと思うのだが、同じ高さで見ていた横のほうの方には迷惑かけたかもしれませんね…勝利に免じて、許してやってください)。
少しサッカー的な話をすれば、前半は、ハードワークができていたから、ルーズボールがことごとくコンサの選手の前にこぼれてきた。ただ突っ立ってるだけならばこぼれてこないのだろうが、コンサの選手のほうが大宮の選手よりも先に動いているから、コンサの選手の前にこぼれてくるように見えていた、というほうが正確か。宮澤は、少なくとも前半30分過ぎまでは、予想以上に前から相手を追い込み、大宮のパスコースを消していた。砂川とクライトンは激しく言い合いながらも、クライトンからは笑顔がのぞくことが多かった。芳賀は、髪の毛が短くなっていて、遠めには誰だかわからなかった(笑)。西は(どうも僕は西には甘いみたいなんだけど)、ボールを後ろに戻さず、とにかく前に運ぼうとしていた。
後半に入って攻め込まれたのは、いうまでもなく、コンサの足が止まったからで、スタンドから見ていると、誰がどうこうではなく、みんな、動けなくなっていた。とりわけ宮澤はほとんど動かなくなっていた(チェイスしようという気持ちはうかがえるのだが、体がついていかない感じ)、ということを、前半と考え合わせると、やっぱりこのチームには中山元気が不可欠だったのだなとの結論になるのかなあ(でも、そうだとすると、ノナトの代役探しではないってことになるんだが…それはまた別の話)。
あれほど攻め込まれながら1失点で済んだのは、前半は中盤から前の選手が頑張っていたので後ろの選手は消耗せずに済み、試合終盤になっても後ろの選手の集中力(肉体的疲労を含む)が切れることがなかったから、だと思うが(その点ではもちろん選手のがんばりがいちばん大きい)、最後の得点は、神様がくれたハードワークへのご褒美と、アウェーなのにメインやバックまで巻き込んだゴール裏の気持ちが引き寄せたもの、だと思う。
それと、この前の試合後会見で「私を含めたパフォーマンスが」と、珍しく(?)自らのミスを認めた三浦監督。僕は、監督という仕事については、少なくとも外向けにはやたらと謝罪したり言い訳したりするものではないと思っていることもあり、大宮時代(とくに第1期)には強気なことしか言わなかった三浦監督にしては妙なコメントだなと気になっていた。でもこの人のことだからクライトンはまたFWなのだろうとも思っていたのだが、大宮時代とは比べものにならないぐらいの(あえてきつい表現を使いますが)「雑音」に囲まれたことで、監督としてひと皮むけはじめたのかもしれない(いや、それは、さすがに言いすぎか^^;)。
85分の得点直後、コーナーで抱き合うダヴィとクライトンと池内(そしてそこに駆け寄る西)を無視してゴール裏にアピールする柴田(いいヤツだ)↓

posted by issey11 |16:43 |
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2008年05月09日
明日は防寒対策を!
すでに東京に来ておりますが、今夜はわりと涼しい、というか、冬物のスーツを着て歩いていても、あれっ?寒いかも!?と思ってしまうほど。なるほど明日は気温が下がるというのも納得です。
天気予報によれば、明日の最高気温は朝に記録するのではないかとのことで、日中はかなり下がりそう。おまけに北風が入ってくるようです。「雨の降り方は弱い」そうですが、雨を完全に回避できることもなさそうで「3月下旬の陽気」よりも、さらに寒い体感になることも予想されます。
思えば、あのひどい風雨だった日立台のときだって、天気予報では、あれほどまでに降るとは思っていなかったわけで、油断は禁物です。
いずれにしても、このところの札幌よりも寒くなりそうな感じでありますので(今夜に限っていえば感覚的には連休中の札幌と変わらないです)、明朝に札幌を発つみなさまにおかれましては、一枚余計に持ってきたほうがよさそうです。
老婆心ながら。
posted by issey11 |20:56 |
2008遠征 |
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2008年05月08日
純の父
大宮サッカー場に行ったのは、大宮アルディージャがJ1昇格を決めた日が最後だ。その後も大宮のホームゲームは何試合か見たが、駒場や埼スタだった。
その日の試合内容は、ほとんど記憶にない。試合終了直後、バレーとツゥットが抱き合っていた光景にしても、頭の中に残っているというよりは、自分が撮った写真を後日になって何度も見ているから見たような気になっているに過ぎない。
そんな中、はっきりと記憶しているのは、試合後、大宮の選手たちが場内を一周していたとき、突然、一人の大男が、僕のいたバックスタンドに上がってきた場面。バックスタンド中央には、スタンディングオベーションを送る人々が密集していたのだが、彼=ディビッドソン純マーカス=が、ピッチからバックスタンドへ逆乱入してくると、彼の前には道ができた。プロレスで、入場シーンでは観客が選手の体を叩いたりしても、試合中の乱闘が起きると人の波が引いていくのと同じで、人間には、想定外の出来事に対しては、その場から離れる、という本能が備わっているらしい。
スパイク履いたまま座席の上を歩くのはどうなのよと考える余裕すら与えずに、マーカスはドタドタとものすごい迫力でバックスタンドの上へと進み、野球帽をかぶった白人男性に抱きついた。そのとき初めて、ぼくらは、自分たちのすぐ後ろに一人でじっと座っていた外国人男性が、純パパであったことを知った。
手を伸ばせば届きそうなところに、いま昇格を決めたばかりの選手がいるというのに、誰も声をかけることもなく、みんな、遠巻きに、彼らの姿を見守っていた(ような気がするのだが、もしかすると自分の脳内で作られた記憶かも)。僕は、そのとき、なるほど、この行動は日本人の感覚ではないかもしれないなあと考えていた。
いまやコンササポから戦犯扱いされつつある(?)彼ではあるが、大宮が初めてJ1で戦った年には「日本代表入りか?」と注目を集めたこともあった(たとえばこれとかこれ)。
試合に出るのかどうかわからんが、出たら吉原宏太に負けずにがんばれ。
posted by issey11 |18:35 |
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