2014年02月19日

このタイミングでそれですか。

仲間内での飲み会の後、ちょっといいなと思っている人と帰りが一緒になった。彼とは最近知り合ったばかり。まだ好きかどうかまではわからないけど、彼とは気も合うし、一緒にいて何より楽しいということはわかっている。彼から好意を見せてくれたり、何かごはんにでも誘ってくれたらなあという期待を持って一緒に電車に乗った。
いろいろ話しているうちに、自然と恋愛トークへ。仲間内で一緒にいるときはこういう話題にはなかなかならないので、私といる時にそういう話をしてくれるのがちょっと嬉しくて、いろいろ探ってみたりして。
彼は今フリーということ、相手を探していることがわかり、ますます期待を膨らませる私。私もフリーで出会いを探してるんだということを伝えてみる。
彼の反応によっては、私からごはんにでも誘ってみようかなと思っていたところ、
「そういえば、つい最近紹介を頼まれた人がいるんだけど、会ってみる?」
とのこと。
私としては、彼といい感じになってきてると思っていたのに、まさか紹介の話を彼から持ってこられるとは思ってなくて、ちょっとさみしくなった。彼には私はまだ女としてうつってないらしい。
(私はあなたがいいと思っているのに・・・)
そんな気持ちはつゆ知らず、彼はその紹介の話を続ける。話を聞いていると、彼は本当に真面目に、私のために話をしてくれている。それがよけいに私の心をえぐってくるのが彼にはわからないらしい。
表面上は、機会があれば会ってみようと思うとか話を合わせてしまう私。結局、紹介の話は自分から断ったけど、彼との進展を考えるなら時間をかけないといけないのかなと思った。恋愛って難しい。

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2013年12月02日

嫁としての立場で・・・。

私がちょっとさみしい思いをしたなと思う時は、結婚して主人の義両親や親戚の人達
との集まりがあった時などです。

最近になって、主人の祖母が亡くなったので親戚の人達が多数集まりました。

初めは挨拶をしたりして話をしていたのですが、主人が席を外している際に私以外の
人達で思い出話や世間話をし始めました。

私は静かな方で自分から何を話していいか分からず、その場を見たりして
一人になってしまいました。

待っている間、ずっと心の中で主人に対して早く来てくれないかなと
何度も思いました。

正直、その場の空気が苦手でした。

私が人付き合いが苦手だという事を知っているのは、主人だけなので
その時は本当さみしい思いをしました。

他には、義両親が自宅へ遊びに来た時です。

久々に会ってお話をしていると、主人は別の部屋に行ってパソコンや
ゲームをしているのです。

義両親と会話が続いている間はとても賑やかで楽しいのですが、会話の最中に
どうして主人が部屋に行っているのか聞かれて返答に困る時もあります。

私は、義両親との会話に入ってこないので一緒に話せたらもっと
楽しいのになと思いちょっとさみしい思いをしていました。

今となっては、その時の事を主人に伝えて遊びに来ても一緒に
居て会話に参加するように言ってあります。

それから、私自身も少しでもさみしい思いをしないためにも何か会話で
話せる話題をテレビなどで情報を得て今よりももっと会話が出来るように
したいと思っています。

克服することは難しいですが、普段の会話などでもっと話せる人に
なれたらいいなと思います。




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2013年11月06日

7年ぶりの再会。

小学生のころからの仲良しグループと久しぶりに再会。一人ひとりとか、何人かがかけて、という形では、たまに会ったり、と言うことはあったのですが、みんな、それぞれ仕事をしていたり、家庭を持っていたり、と、生活のリズムが違ったりで、なかなか、5人全員そろって再会する機会が持てないまま、最後に全員集合した時から、ゆうに6,7年の年月が経っていました。

ほんと、みんな揃うなんて、もう何年ぶりだろう?と、みんなでメールでメッセージ交換しながら、会う場所を決めたり、何をしようか、何を食べようか、子持ちも二人いるから、子供たちも退屈しないで楽しめて、それでいてママたちは、おしゃべりに熱中できるところがいいよね、なんて話題で盛り上がりながら、かなり楽しみにしていました。
カレンダーに赤丸をつけて、私も、その日が来るのを毎日楽しみに過ごしていた。

みんなで会う当日になって、いつもはお化粧も怠けがちな私も、この日は気合を入れて、頑張って、さあ、出かけよう、と思ったときに一通のメールが。
差出人を見ると、今日会う予定だった仲間のうちの一人からでした。
何となく、嫌な予感を抱きつつも、メールを確認すると、
「ごめん!今日、下の子が突然熱を出しちゃって!すっごく楽しみにしてたんだけど、今、パパも単身赴任中で、子供頼める人もいないから、今日、やっぱりいけなくなっちゃった。ほんと、ごめんねm(_ _)m、みんなで楽しんで来てね。」
私も子供がいるので、子供が突然熱出すことがあるのもわかるし、誰か見てくれる人がいないと、出かけられないっていうことも当然わかります。
だから、無理してでも来い、とは口が裂けても言えませんが、数年ぶりにみんなで会えることをみんなで楽しみにしていたので、結局実現しなかった事がちょっぴり寂しかったです。

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2013年10月02日

家族全員のことなのに、何故反応が薄い!

 借家から借家へ、住まいはいつも借家な我が家。今の住まいも十年以上経ち、引越しの話しが出ていて、家族も当然そのことをはっきり分かっているはずなんですが。
 今回は、私が始めてネットで物件探しをしています。初めてな上に、近くの各市のメリット・デメリットもさして知る良しも無い状態。
 その中で検索し、「○○市は?」と家族に聞いても「あそこは水害があるからダメ」と否定の言葉ばかり。また、物件探しの状況を家族に報告していても、TVゲームをしながら聞かれて、参加する意欲があまり感じられない態度。
 かと思えば、いくつか「ここはどうかと」話しておいた物件を扱っている不動産に連絡を入れ、急に私抜きで、室内見学に行くのです。行って見てきたからには、詳しく感想が聞きたいのに、行った人間からの感想は乏しいもので、私の質問に答えられないこともありました。つまり、せっかく見に行ったのに、不動産側に対してたいした質問をぶつけてこなかったようなんです。
 見つけようと積極的に参加することもなく、たいした感想も聞けず、ほとんどながら作業でしか話しを聞いてもらえず、まったく作業が進みません。
 ちょっとでも良い物件があったからと言って、すぐに飛びついて契約することは危険ですが、だからといって、このままでは、自分たちにフィットした物件を見つけて契約するまでいけるとは到底思えません。
 パソコンに表示した物件の間取りや外観・内装の写真を見てもらうだけでも一苦労で、それだけでも無駄に精神的疲労を感じるのに、家族の積極性の無さを、この話しを出すたびに「さみしさ」を感じてなりません。

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2013年08月21日

子供ができない夫婦だったいるんだってことわかって!

うちには子供がいません。夫婦ふたりだけです。結婚したての頃は「まだできないのか」と言われ、
「はやく作らなきゃだめ」とかおせっかいな親戚たちがくちぐちに言いました。そのたびにまたかと思い落ち込んだりしていました。不妊治療も約10年やりました。そして流産しました。親以外誰も知らないことですが。
主人の弟の子供や親戚の子供もいっしょに集まることが多いうちなんです。そうすると赤ちゃんの頃は赤ちゃんの泣く声が責められているように感じてしまってだめだったんです。はやくその場からたちさりたかったんです。親戚の子がだんだん成長するにつれお年玉はあげるばっかり。「ありがとう」とは言われるのですが、あまりうれしくない。主人が「大きくなったな。何歳になった。学校はどうだ」などと聞いているのを聞くのもいやです。そういう自分がさみしいと思っていていろいろ聞いてあげられない自分もいやです。
あるときお掃除のモップの交換の人が「おめでとうございます」と言いました。
妊婦さんと誤解されたのです。
不妊治療のせいでお腹がパンパンになっていただけだったのに。
このときもさみしい思いをしました。
20代後半で結婚してから30代前半までは「まだなの?」と聞かれましたが、もう聞かれなくなりました。みんな哀れに思われるか挨拶代わりの人もいたのですが、聞いた人は言葉に詰まっていました、もうあまり聞かれることもなくなって「夫婦ふたりだけでも仲良くやっていればいいわ」と言ってくれますが、実家の母の田舎ではまだ長男の家にあとつぎがいないといい顔をされていません。

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2013年07月01日

嫁ってホントに大変~寂しいけど頑張ります!

私は孤独って、結構好きなほうなんです。

一人で街を歩くのも好き。

外食だって一人が気楽。

そう、おひとりが大好きなんです。

でも、人生で初めて「さみしいな」って思ったことがあるんです。

それは、ズバリ嫁であることです。

結婚して、6年目になるんですが、

こんなにも寂しいと感じるなんて

結婚前は想像ができなかった。

夫はすごく優しいけど、

結局、他人なんですよね。

結婚して、旦那の実家に嫁として入りました。

当初は新しい家族ができた~って喜んでくれました。

でも、それは長くは続かなかったんです。

姑の猛烈な圧力。

舅の過干渉。

ストレスが常にのしかかってきて

私は家に居場所を失いました。

やがて子供にも恵まれたんですが、

今度は義両親らの子育てへの介入。

新生児のころから我が子を取られたような感覚は今でも忘れないですね。

子供の成長に合わせて、私はなんとなく寂しさも増してきて・・・

でも夫はいつも励ましてくれていましたけどね。

行事には親戚なども多く集まり

その中での一人ってちょっと寂しいかも。

家族のようで

実はしっかり他人。

このままずーっと一人なのかな~?って

世のお嫁さんはそんな寂しさとかってないんですかね~?

私はちょっとさみしいし、この気持ちってなかなか周りに伝わらなくて。

でも、女性って強いんですよね。

だって、全然違った環境でたったひとりで嫁に入り

子供を産んで育ててるんだから。

よく、職場でそう励まされます。

だから、このさみしさも一時のもの?

なが~い人生の中では可愛いものなのかもしれません。

頑張るお嫁さんにエールを込めて。

私も、たくましく生きなきゃ~って。

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2013年06月03日

娘の成長。

私には、3歳になる娘がいるのですが、一人っ子のせいか、ものすごく甘えん坊で、どこに行くにでも、マミーマミー、と私の後をついてくるし、家の中でも、私が一緒でなければ、トイレに行くのも、ほかの部屋に行くのもいや、と言う始末。
寝る時も、娘には部屋を与えているので、別々なのですが、添い寝をしてあげないと絶対に寝てくれません。

そんな娘も、そろそろ幼稚園に行くお年ごろ。いつまでも、こんなに甘えん坊じゃあ、困るな、と思って、娘に、言い聞かせたりもしますが、やっぱり、どこに行くにも、何をするにも、私が一緒じゃないとダメみたいで、幼稚園に行かせて大丈夫かしら、と思いつつも、やっぱり他の同じぐらいの年ごろの子供たちとの交流は、絶対不可欠だと思い、入園させることにしました。

最初のうちこそは、送りに届けると、
「マミー、帰っちゃダメ!」
と、駄々をこねていましたが、一週間もすると、幼稚園にも慣れて、友達もいっぱいで楽しいのでしょうか、幼稚園が見えてきた途端に、私の手を振り切って、幼稚園のほうに駆け出して行ってしまうようになりました。

甘えん坊で、どこに行くにも私にべったりだったあの子が、自分から率先して幼稚園に走っていく後ろ姿は、頼もしくもあり、成長を感じ、感慨深かったのですが、
「ああ、こうやって、子供は成長して、自分の世界を持つようになって、やがて親から離れて行ってしまうんだなぁ。」
と思い、うれしいような寂しいような、なんだかちょっと複雑な気持ちになってしまいました。
あと何年、添い寝して、って言ってくれるのかなぁ?

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2013年05月01日

言葉の壁の利用。

私は国際結婚をしていて、主人は全く日本語を話さないため、普段主人とは英語で会話をしています。
主人は、アメリカ生まれなので、アメリカ人なのですが、主人の両親や祖父母は、フィリピンからの移民なので、当然、「タガログ」と呼ばれる、フィリピンの共通語と、主人の祖母の出身の方言(とはいえ、タガログとは全く別物だそうです。)の「パンパンガ」と呼ばれる言語を話します。

私が、主人の家族と話すときは、完全に英語で、お互いに意思の疎通ができない、と言うことは普段はないのですが。。。
主人の両親たちは、互いに会話をするときは、「タガログ」、子供たちに会話の内容を理解されたくないときは「パンパンガ」、を使用します。子供たちは、タガログを、しゃべることはできないのですが、聞く分には8割がた理解できる、と言っています。
パンパンガは普段聞きなれないため、、子供たち全員、単語が少し分かる事もある、ぐらいだそうです。
そして、たまに、お義母さんが、私に聞かれたくない話を主人にするときに「タガログ」で話しかけることがあります。主人は、タガログで返事を返せないので、当然英語で返すわけですが、その内容からして、明らかに私の事を話していることがわかります。(まあ、私にわからないようにタガログで話している時点で、私に関することなんだろうな、と言う認識はしていますが。。)
私に言いたいことがあるのなら、なんで直接私に言ってくれないんだろう?と思って、お義母さんに懐疑心を抱く原因にもなってしまうし、なんだか信頼されてないのかな、と、思うと、ちょっと寂しい思いになってしまいます。

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2013年04月01日

心も凍るストーブ周り

小学4年のころからイジメにあっていた。
あからさまにいじめられ始めたのはあの事件から。

当事通っていた小学校は、冬は大型の石油ストーブが各教室に設置され、換気がいらないようにブリキ製の配管で燃焼ガスを屋外に排出するタイプのものだった。
ちなみにブリキの配管はそれなりに熱くなっていて、触ると火傷をするぐらいだった。

寒い日の休み時間はストーブの周りに集まって雑談をすることが多く、その日もそうだった。
担任だったのは新任の若い女性教師。
その日、担任は『みんな、情けないな~、外で遊ばないの?』と笑いながら声をかけて教室を出た。そのとき私が立っていたのはブリキの配管の反対側。彼女はそれを見たはずだった。

ブリキ配管の近くに居たW君のひざがブリキ配管に触ってひどい火傷を負った。
誰が言い出したのか『Q君(私のこと)がW君を押したのを見た』と言った。反対側に居たのに。
そこに居合わせたみんながそれに同調して私が押したことになった。

その後、担任に呼び出されて、保健室に居るW君に謝りに行こうと促した。
私は自分が反対側に居たことを訴えた。担任が教室を出るときも目が合ったことも言った。
担任は『みんな、君が押したと言っている』と言い、挙句は目に涙を浮かべて『どうして君はそんな嘘を言うの?』とも言った。
翌日から、『先生公認のうそつき』としていじめられることになり、その担任は気付いてないのか、見てみぬふりをしていたのかのどちらかだった。
とても悔しくて、寂しい思いをした。

その後、イジメの中心の数人を相手に喧嘩をして仕返しする気がなくなるまでやっつけたおかげか、イジメは終息した。
卒業前に仲の良い生徒や先生にサイン帳を回して一言書いてもらうと言う習慣があり、そのときの担任にも書いてもらったが、『男らしい男になってね』と書かれていた。

W君はひざに火傷のあとが残り、私の心には『教師の目は節穴』と言う思いが刻印された。

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2013年03月12日

ちょびっとしょっぱい夏の思い出(○○シート編)

ちょっとだけさみしい思いをした話。
けっこう昔の話なんですが、夏に友達5~6人くらいで遊びに行った時の話。
みんなでカラオケに行ったりボーリングをしたり、プリクラを撮ったりとワイワイ楽しく過ごしてたんです。
そこまでは普通に「楽しかった夏の思い出」になるはずだったんですが、そのあとのちょっとした出来事で、なんだか(ちょっとだけ)しょっぱい夏の思い出になりました。
これは運にも寄るんですかね・・
それは、少し遊び疲れてちょっと休憩しようってなった時の事。
ドリンクを買いに行ったりお手洗いに行ったり、と各々で行動していて私が最後にみんなのいる場所に戻ったんです。
すると、みんなでそろって汗拭きシートで体をふいていて、私に気付くと「あっ・・」というみんなの気まずそうな顔。
ん?と思って横に座ってもみんな目を合わせず。
なんだろう?と思っていると、テーブルの上に空になった汗拭きシートの袋を発見。
・・・な、なるほど。
友達の一人がたまたま汗拭きシート(当時はあまり出回ってなく高いし持ってる人があまりいなかった)を持っていて、みんなに配っていたらちょうど一人分足りず・・、でも私がちょうどその場にいなかったので、汗かいたし戻ってくる前に使っちゃえ!とふきふきしていた所へ間が悪く私登場。
って感じでしょうか。
いやいやいいんですよ全然。人数分ない事なんてよくあるし(?)、どうしても必要なわけでもないし、そもそも人からもらうものでもないしね。
ただね、一言だけ。「○○の分足りなかった~^^;」でも「ちょうどなくなったからごめ~ん(・ω<)テヘペロ」でもなんでも
言ってくれれば、え~(○`ε´○)プンプンッ とかなんとか冗談で返しようがあったのに、みんなして無言て・・・(;゜ Д゜)ガーン
まぁ私も苦笑いで済ませましたけどね。まぁそのおかげか私のカバンには今では汗拭きシートが常備されてるけどね。なぜか二種類もね。(女子力アップ?)
とゆう事で、ほんとにちょびっとだけね、ちょびっとだけさみしかった夏のおもひでです・・( ̄ー ̄)フッ

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