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生まれ:1978年旭川市生まれ。 育ち:道内あちこち。その後横浜、川崎を経て再び札幌。 観戦暦:1996年・対日本電装戦が初応援。翌年より道外への進学に伴いアウェー中心に応援、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターンし、現在ホームゴール裏で応援中。 サッカー以外の趣味:音楽と活字。

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鍋と料理教室

2005年12月15日

しまふく寮通信を読んだからというわけではないのだけど、最近の夕食はもっぱら「湯豆腐」。出かける前、水を張った一人用の土鍋にさっと洗った昆布を放り込み、帰って来た頃には丁度良くダシが出てる。昆布を取り出し、適当に切った木綿豆腐を入れて温める。あとはポン酢で食べるだけ。簡単で温まる冬のマイ定番料理。(料理っていうのか?)
ただ、具が豆腐だけでは味気ないので時々鱈、鶏団子、水餃子なんかを入れている。それでも足りなければ葛きり。湯豆腐に飽きたときには水菜と豚バラとか、骨付き鶏モモ肉と白菜で水炊き風にしたりとか。
一人で鍋をつつくのも好きに食べられて(鍋奉行に邪魔されない)いいもんです。

それでふと思ったのだけど、オフシーズンのこの時期に「しまふく寮の料理教室」など開催しては面白いのではないかと。スポーツ選手の子供を持つお母さんをメインに、栄養バランスの良いレシピを実際に調理しながら学ぶというもの。会場は公共施設の調理室を借りればいいし、実習と一緒にスポーツ栄養学の講義も併せればもっと有意義だ。そして何よりおいしそう・・・。
HFCさん、こんな企画いかがでしょうか。

あと、豆腐といえば一度食べてみたいと思っているのが男前豆腐店の製品。ネーミングだけでなく味もいい、という評判だし。



post by ishimori

22:59

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メモしておく

2005年12月13日

三崎亜記「バスジャック」を読んでいて、こないだ考えていた「信頼」の話で心に響く言葉があったのでメモしておく。というかしつこいな自分。

「信じるっていうのは、お父さんの一方的な気持ちの押し付けだ。こうあってほしいっていう身勝手なものだね。信頼するっていうのはそれとは違う。互いの存在や、考えていること、やろうとしていることを認め合える関係のことなんだよ。お父さんは、お母さんとそんな関係でいたいと思う」(「バスジャック」より『送りの夏』)

ちなみにこの本はデビュー作となった「となり町戦争」に続く短編集なのだが、ディテールが丹念に作りこまれた良作ばかり。ショートショートあり、「となり町戦争」のような半透明な淡くて深い独特の世界観あり、切ない恋愛模様あり、とどれかひとつはとても気に入る作品があると思う。3月までは読書ばかりになるんだろうな(そしてまた金が貯まらない)。

さて、そろそろ布団に入って読書に耽りますか(寝ろよ)。



post by ishimori

00:13

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信頼関係

2005年12月09日

昨日のエントリ赤黒式。さんにTBをさせて頂いたのだけど、昨夜の自分の書いたものを読んでげんなりする。俺頭悪すぎ。感情論でしか書いてない。駄文でご迷惑をおかけしました。

それで、せっかくなので昨日の話の続き(というか飛躍かも)。
確かに大熊さんの仰るとおり、「信頼関係」がある(もしくは築かれつつある)からこうして議論できる。で、どうしてこの「信頼関係」が生まれたかというと、やっぱりコンサドーレがあったから、だと思う。コンサドーレというチーム(会社)を信頼しているからこそ繋がりのある会社やサービスも信頼できるわけで(全てがイコールで結ばれるわけではない、のも事実)「良い信頼関係は新たな信頼を生む」ということでもある。
その信頼関係の先がこのブログのようなコミュニケーションメディアだと、信頼は「会社-個人」の関係も伴いつつ「個人-個人」の信頼関係も生む。縦糸と横糸で結ばれていくようなイメージ、といえばいいだろうか。で、今度は「コミュニケーションメディア上での信頼」から「リアルコミュニケーションでの信頼」に関係が変容するものだと勝手に考えている。そういう効果を生み出してこそのコミュニケーションメディアじゃないだろうか。逆に、それがあるからこそウェブでのコミュニケーションは面白いんだと思う。

信頼関係について書くつもりだったのが、今読んでいる本がちょうどコミュニケーションメディア関連のもの(「ウェブログの心理学」)なのでやっぱり引っ張られてこんな話になってしまった。でもこのことを考え出すとホントに書ききれないし言い切れないので、この項永遠に続く。



追記。

さっきの「ウェブログの心理学」の本ですが、サポートブログ内にある「ウェブログの歩き方」というPDFファイル(本からの転載)が非常に面白くためになります。おそらくこれ以上わかりやすいウェブログ案内もないのではないかと。

ウェブログの本をウェブログでサポートする、というのもメタな感じで面白い。



post by ishimori

23:41

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ハッピー・ロンリー・ウェディング

2005年11月21日

20051121-03.jpg


ドームで選手が戦っている時間に、僕はにわか写真係として親戚の結婚式に出席していた。持っているデジカメで生まれたころからの付き合いである彼女がドレス姿ではにかんだような、泣きそうなような、でも嬉しさに満ち溢れた表情をしているのを写真に収めた。親戚からは「次はお前の番だな」なんて言われる。とんでもない!っていうかほっといてくれ勘弁してください。
彼女が親に向けて手紙を読むときに、不覚にも涙腺がふと緩んでしまった。彼女の一家は素晴らしい家族だった。お嬢さん二人を立派に育て上げ新たな人生に送り出すというのは、やはり嬉しさもさびしさもあるんだろな、そんな風に思っていたらちょっと泣きそうになった。親御さんの気持ちってこんなのよりもっともっと強いんだろうな。親って強いんだな。

式が終わって控室に戻り、真っ先に携帯の電源を入れて速報を見る。清野がハット!慌ててリロードする。追いつかれている。嘘だ。嘘だ。リロードを繰り返す。しかしスコアは変わらず、引き分け。ふうっと息をついて片づけを始めた。朝と変わらず霙がぼたぼたと落ちていた寒い一日だったけど、いろんなところで体が熱くなる一日だった。

さて、「サポ婚」という俗語がある。
「サポーター同士で結婚する」ということだ。
僕の周囲でも「サポ婚」の人を何組か知っていて、昔は周囲がびっくりしたものだけど今となってはすっかり普通のことになっている。他クラブなんてスタジアムで挙式するというイベントがあるくらいだし。
昔に、ともにアウェイを駆け巡った友人が同じサポーターと結婚すると聞いたとき、僕が真っ先に思ったのは嬉しさよりも悔しさだった。なぜか知らないが、まず「悔しかった」のだ。思い返してみると、「彼とともにゴール裏で声を合わせる時間を奪われることが悔しかった」という、いわば自分とチームと友人という奇妙な三角関係に勝手に陥ってしまっていたのだ。普通なら彼の幸せを真っ先に祝ってあげるはずなのに、そのときに思ったことは「アウェイこれからどうすっかなあ・・・」ということであり、我ながら苦笑するより他はなかった。もうすぐ彼にも子供が生まれるそうだから、顔を見る機会はもっと減ってしまうだろう。
こうして結婚して、子供が生まれて、守るべきもの、戦う相手、自分とその家族を取り囲むものは確実に増えていく。生きるためのこと、将来のことが優先されるにしたがって確実にスタジアムに足を運ぶ時間は減っていく。応援や観戦のスタイルも変わっていく。でもそれでいい。まずは自分と愛する人を守るのが第一だと思う。フットボールはその次でいい。次に子供をつれてスタジアムに来てくれたときに、お前の、そしてクラブの歴史はまたひとつ齢を重ねる。こんな性格だし、もうしばらく僕は独身貴族でいることだろうから、お前の幸せそうな姿を冷やかしてやるとしよう。その間に僕もチームとともに成長して、一回り大人になった姿を見せるよ。また一緒のところでやんちゃして、戦えたら幸せだ。

そのためにもお前と、お前の愛するひとと、この世に生まれ出る新しい家族を、今は守ってやってくれ。



 



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01:16

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11月の第3木曜日

2005年11月17日

つまり今日のことだけど、世界的にこの日は「ボジョレー・ヌーボー」の解禁日。ヌーボーが何かなんて書くのは野暮なので書かないけど、まあ早い話が今年のワイン新種・搾りたてってやつです。

物好きで酒好きでもあるロクデナシなので、「今年は樽のまま輸入しました」なんてDMが来たらじっとしていることなんてできるはずもなく、いそいそといつもの店に顔を出してスプモーニなんぞ啜りながら日付が変わるのを待っていた。スタッフはそわそわして電話で時報なんか聞いちゃったり、めでたく午前0時をまわっていざグラスに注いでから「飲みますよね?」とオーダーを聞いてくる(おいおい)。聞くところによると今年のボジョレーは過去最高とも呼ばれた2003年の出来にも劣らないというので楽しみにしつつも、まずは一口。確かに甘みと酸味、渋みのバランスがよく葡萄の味も濃く出ていて去年のものよりは間違いなくおいしい。突出した感じはないけれど、高いレベルでまとまっているという印象を受けた。
残念なのはふらっと入ってきたひとが「ワインはもっとこうフルボディで渋みのあるうんたらかんたら」とぶち上げたことでやや興を削がれたのだけど、おおむね楽しく飲んだ昨晩。

僕がどうして「フルボディ云々」という人の言葉にカチンときたかというと、ボジョレーの事も知らずに通ぶっているなあ(ということを書いている自分も同類だが)、と思ったからで。ボジョレーは収穫後数ヶ月で仕込んだもので、フルボディのワインのようなコクのある複雑な味わいが出ないのは当然のこと。楽しむべきはその年に取れた葡萄の出来やボジョレーならではの華やかな香りと爽やかさなのであって、日本酒の新酒と古酒では味わいが違うようにワインもまた然り。基本的には今年もワインが出来たことを祝ってわいわいと飲み、数年後、あるいは十数年後にこの葡萄からどんなにすばらしいワインが出来るのかと想いを馳せるものなのだから。

ワインで思い出したけど実家の地下倉庫(「ムロ」ってやつですね)には98年フランス大会記念の赤ワインが置いてあってそのうち一本を今年空けてみたのだけれど、これがなんというか非常に失敗した寝かせ方をしたらしくとんでもなく苦い何らかの液体になっていた。料理酒にも使えないくらい。まあワインもサッカー選手も「育て方」が大事なのです、っていうオチで。

京都に勝ったら、いいボジョレーを一本買おうかなあ。
(今年のはかなり気に入ったらしい)



post by イシモリ

23:29

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