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プロフィール
生まれ:1978年旭川市生まれ。 育ち:道内あちこち。その後横浜、川崎を経て再び札幌。 観戦暦:1996年・対日本電装戦が初応援。翌年より道外への進学に伴いアウェー中心に応援、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターンし、現在ホームゴール裏で応援中。 サッカー以外の趣味:音楽と活字。
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2005年12月09日
一時期のスポーツ界における華やかな時期というのは、もう存在しない。
ファンの世界にもスポーツ選手の世界にも社会構造として存在しているのは「弱者と強者」の構造であり、どちらの世界が絶対的に社会から守られている、などということはない。
僕らだって終身雇用を約束されて会社にいるわけじゃない。ここにいれば安泰と思っているわけじゃない。いつかどこかの会社に買い取られたり、不渡り出したり、リストラのため解雇されたりすることなんで百も承知でやっている。だから「もっと能力がある」と思うやつはもっとレベルの高い会社で働こうとするし、もしくは自分の会社内での今の地位を上げようとしゃかりきになって働いたりする。いられなくなったら自分の力を生かせる別の会社を探す。この社会状況がコンサドーレ、いわんやスポーツ界にも波及していることは言うまでもない。
そのようなことを考えたときに、「ファンより選手が大事なのか、そうでないのか」と問われれば答えはひとつ、「どっちも大事」である。ファンだってそれぞれの働く場所で「銭闘」してるのだ。
ファンは選手がいなくても働いて生きてゆける。けれども、選手もファンがいなくてもプレーしてゆけるのだ。だって「チーム(会社)に必要とされている」のだから。そんな風に考えたときに、どっちが大事、なんて話は出てこない。出てくるべき答えは「どっちも大事」だと思う。ファンと選手を結ぶものって、「消費者と生産者」の関係じゃなくて、「信頼関係(リスペクト)」なんじゃないのか?
だからこそ僕が思うのは「No Life,No Football」なんである。
ファンは「生活しなければ、試合に行って応援することもままならない」のであり、
選手は「選手生活が続かなければ、試合に出て選手生活を伸ばすこともままならない」のである。
とうわけで、「選手契約の情報開示には反対」という大熊氏の意見には部分的に反対である。大学進学などのように「これからの人生を前向きに考えた結果」契約更新せず、ということなら開示していいと思う。ただ技術的なものとか練習態度とかっていうのは次のチームに移籍したり練習参加したりすれば自ずとわかる話であり、わざわざ言う必要などないと思うのだ。それはファンの働く世界だって同じことが言えるのだから。
そんなこんなで、大熊氏のエントリにいまいち納得できない夜であった。
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