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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」

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寛容についての一考察

2008年01月26日

不寛容の時代と言われています.「許す」ことが出来ない大人達で溢れた社会は実に窮屈で不器用な人間が生きにくくなっています.善悪の線引きが画一化され,機微と言うモノは死語と化しつつあります.ガイドライン化された分類が社会を支配しています.

効率が善.無駄は悪.
真実は善.ウソは悪.
職場で好きな女の人が出来ても,おいそれとは告白できません.セクハラだと言われかねないから.(あくまで一般論ね)
片思いの相手を思い続けるとストーカーみたいだと言われます.

いつから人間はそんなにシンプルな生き物になったのだろう?
いつから世の中はそんなにつまらなくなったのだろう?
勿論,犯罪行為と断ずべき行為もあるかもしれません.でも一寸したことくらいだったら,許すことで世の中はもうちょっと生きやすくなるんじゃないかなと.

今朝,出張先の宿舎で朝食を取っていたとき,向かいに見知らぬサラリーマン風の男性が座りました.
くちゃ,くちゃ,くちゃ,くちゃ.
くちゃ,くちゃ,くちゃ,くちゃ.
口を閉じずに噛んでいました.獣が餌を食べるような音が聞こえてきます.
かなり不愉快でした.これは不寛容なのか?自分に問いながらご飯を食べていました.

ベストセラー「7つの習慣」に紹介されているエピソードです.
地下鉄に乗り込んできた子供連れの中年男性.子供達は車内を走り回り,他のお客さんにぶつかったりしています.男性は気にならない様子で注意する様子がありません.見るに見かねた著者が「お子さん方が他のお客さんに迷惑をかけていますよ」と声をかけました.その男性はハッと我に返り答えます.
「あぁ,すみません.ボーッとしていました・・・ 実は妻が先ほど病院で亡くなったばかりで動転していたのです.子供達も混乱しているのだと思います.すぐに止めさせます.」
ビックリした著者が男性を見ると目は赤く顔はやつれていました.

この窮屈な世の中を少しでも生きやすくするために,出来るだけの「寛容」を育みたいと思います.その中で自分に対する「寛容」を求めるような甘えは持たないようにしたいとも思います.許してはいけないことも世の中には沢山あるでしょう.その判断は難しいのですが,線引きなどと考えはじめると兎角画一化されやすい事でもあります.そういう頭の使い方が「智恵」ってものかもしれません.


post by 番台番

01:15

コメント(2)

この記事に対するコメント一覧

竹中

Re:寛容についての一考察

2008/01/28 12:15

面白い内容に、真剣に読んでしまいました。 ただのE○○Drではなかったのですね。(笑)←改名希望 石原都知事の 「NOと言える日本」あたりからなんですかね。 黒か白でなくちゃ許さんって空気は。 「いいかげん」って言葉は悪い意味ではなく 「良い加減」と言う意味だそうです。 白でも黒でもない丁度良い感じ。 これこそ寛容ですよね。 日常生活の場面でも、お互いがあと半歩歩み寄れば 何も問題にならない事ってたくさんあります。 この「いいかげん」の精神で頑張ろうとは思うのですが つい、なんで私ばっかりと知らないふりしたり。 まだまだ未熟です。

番台番

改名は断固拒否.

2008/01/28 17:53

> 竹中さん どもども. 自分にとっての居心地の良さを人に強いてはならんのだと思います.みんなの居心地を考えていればきっと自分にとっても居心地のよい社会が出来るんじゃないかと. かなり青臭い事をいっているような気がしてきましたが,まだ素面です.(へへん!) 都知事の「Noと言える日本」は意味のある本だったと思いますが,それ以前の抑圧が強かった分,過剰な反動を来しているような気がしています. 自分の意見を言えることは大事なことですが,時として意識できてもいない“恐怖”に踊らされて過度な“反応”をしてしまうと周囲にとっても本人にとっても不幸せな状況となります. 自分が感じているモノがなんなのか考える余裕があればトラブルは起きないのですが,これが難しいですな. 自分も札付きのタンパラなのでいつも苦労しています.

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