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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2007年10月15日
以下,極めて偏っている可能性がある私見にて,理解されたいと思って書くわけではない.理解されないだろうことも覚悟の上で書いている. サッカーはルールがあるスポーツだ.ご存じの通り暴力的行為は処罰の対象であり,場合によっては選手生命を絶たれる処分を喰らうこともある.しかし,その一方では競り合いの場面でユニフォームを引っ張り,肘を打ち込み,スライディングで深く削る場面が散りばめられた戦いの一面を否定することは出来ない.これはサッカーが近代スポーツより古い歴史を持ち,より人間の原始的な欲求に根ざした目的行動により成り立っている証拠だと思っている.そんなサッカーに皆は熱狂する. 「暴力はいけない」なんて小学校までで十分だろう.サッカーから全ての暴力的要素を取り除いたら,どんなにつまらない代物ができあがるだろうか?そんな前提を理解しているから,ある程度の暴力はお互い様だと言えるだ.どんなに否定しようとも人間は暴力という表現方法を忘れることは出来ない.勿論,矢鱈めったら暴力をふるうのはいただけないが,お互いに信頼関係が成り立っていれば許される状況もあるのだろう. 高木と曽田は共に体を張ってゴールを守る意味ではチームの双頭をなす.その二人だからこそお互いのポジションを把握し行動を理解している必要がある.お互いに信頼しなければならないポジションだからこそ,相手を許せない局面もあるのだと思う. お互いのコミュニケーションが成り立たない苛立ちから奥を蹴飛ばしたウィルとは,同じ行為であっても意味合いが全く異なる.
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