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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2006年09月12日
遠出してきた写真をアップしようと四苦八苦していたがどうしてもブラウザーが落ちてしまい断念した. 仕方がないので思うところを書いてみたい.新聞紙上をみても,周りにいる一般ピープルにしても「昇格は遠ざかった」「今年は厳しい」とウルサイ.だからどうした?としか返事のしようがないのに.ホイッスルが鳴るまで選手は走り続けるべきだし,ボクらはシーズンが終わるその最後のホイッスルまでともに戦うべきなのだ.試合中に戦うことを諦めた選手達に怒りを感じるように,シーズン中に“確率”を論ずる仲間を残念に思う. そもそも確率と言う道具はリスクを評価するために存在する.古くはギャンブルから始まり農作物の出来,ヘッジファンドの構成など,損失を犯すリスクに付随して存在する.ならば,サポーターが保持するリスクとはなんぞや?自ら問うてみる.どうしても見つからないのだ.強いて言えば負け続けるとチームは縮小せざるを得なくなり,いずれはチームを失うことになるのではないか.と言うリスクになろうか.これは是非とも避けねばならぬ事であるが,現在論じられている確率論がこのようなリスクを前提にしているとは思いがたい.サポーターを自称する諸兄に問いたい.皆さんのリスクや如何? 万が一,「ゆめを託しているのに」とか「期待していたのに」などと言われる方がいらっしゃるようでしたら要注意.「あんなに愛していたのに」「信じていたのに」と言ってふられてしまった未練たらしい姿とダブって見える. 愛や信用は対価を求めない所に真価がある.夢は人に託すものではない. さて,もう一度走ろうよ.夢を諦めるには早すぎる.
MasaMaru
Re:確率を論じる権利
2006/09/12 23:13
く~っ。言ってくれますね。まったくその通りですよ。 >サポーターを自称する諸兄に問いたい.皆さんのリスクや如何? 経営者じゃないんだしね。いや、株主ではあるかもしれないけれど。でも、だったらなおさら“支える”立場に回れば良いものを。 >愛や信用は対価を求めない所に真価がある. “愛とは決して後悔しないこと”という言葉もあります。
番台番
Re:確率を論じる権利
2006/09/13 09:26
> MasaMaruさん コメントありがとうございます. 30過ぎて恥ずかしいですが,あえて言わせて貰えば,「愛そのものが目的である」. 全てを受け入れる覚悟で痛みを深く味わう覚悟こそが人生の醍醐味でしょう.
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