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まだまだ温いサポータです。 それでもフットボールを愛しています。 コンサドーレを愛しています。 そして何かを愛する姿勢に優劣はないと思っています。 今年のテーマは「耐」
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2006年02月13日
サポーター集会でのこと。社長が誇らしげに報告した。他のチームからもコミッショナーからも札幌のサポーターの好感度が高く評価されていたと。喜ばしいことである。
天の邪鬼な番台番は考える。だが、喜んではいけないと。
他のチームから好ましく思われていると言うことは、ひょっとしたら「恐れられていない」って事なんじゃないか。相手チームの選手が札幌の名前を聞いて、ドームの屋根を観て、厚別の風に吹かれるチームフラッグを見てビビらないってことじゃないのか。正直、「なめられている」のではないか。そう思う。
誉められるのはいいことだ。嬉しいことだ。だが、誉められないといけないわけじゃない。誰にも認められなくても、自信を持って愛するチームを応援していくことが一番大事なことのはず。札幌サポーターの誇りは、愛するチームがこの北海道、この札幌にあること、そして自分がこのチームを愛していること。自分の態度、姿勢それらの全てが誇りである。誰かに誉められたから「誇り」が生まれるわけではない。
圧倒するうねりで敵チームのサポーターを圧倒してしまう事を夢見ている。ゲーム中は堂々と完膚無きまで相手を蹂躙する。その上でゲーム以外、応援以外ではフェアな態度で敵チームも敵サポーターも歓迎する。ようこそ、札幌へ、と。圧倒的な実力を示した上での紳士的な姿勢は相手に「畏怖」の念を抱かせるはずだ。その時「札幌はすごいよ」と誉められたら、喜んでいいかもしれない。しかし、それを実現できたときには僕らはすでに他者の評価を必要としない集団になっている。本当の誇りを胸に抱いて。
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