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2006年02月08日

シーズンチケットのデザイン

前エントリーに続き、単なるリンクの紹介でありますが、今年のシーズンチケットのデザインについて、デザイナーさんが自身のブログで紹介しています。

DESIGN & SWEDEN~コンサドーレシーズンチケット完成


posted by issey11 |10:20 | 日々雑感 |

2006年02月08日

ジャンルカ急死

ジャンルカ・トト・富樫こと富樫洋一氏が亡くなられたとのこと(日刊スポーツ)。

まだ54歳ですよ。

別にだからどうこうってわけじゃないんですけど、びっくりした(している)もので。


posted by issey11 |07:48 | 日々雑感 |

2006年02月05日

携帯ストラップ

携帯電話機を買い替えたので、10周年記念ストラップをつけてみた。

20060205-00.jpg

2002年には、携帯ストラップやキーホルダーをしばしば変えた。とにかくJ2降格が怖くて、あまりにも勝てないのはこのアクセサリーが悪いんじゃないかと(まったく無意味なことを)考えてばかりいた。

そのうち、自宅の鍵を開け閉めしたり、携帯電話を取り出したりするたびに、コンサドーレのロゴを目にするのがイヤになってきて、自宅の鍵をつけたキーホルダーは2002日韓ワールドカップの記念商品(大会終了後に丸井今井のショップで投げ売りされていたもの)に変え、携帯電話にはストラップそのものをつけなくなってしまった。

このストラップ、ぱっと見には10番の選手を応援しているように思えなくもないが、裏に北海道の形が刻印されているのが気に入ってます。


posted by issey11 |21:59 | 日々雑感 |

2006年02月04日

Viva er beti manque pierda !

ベティスファンにして某J2クラブサポーターの人に「コンサドーレの社長がベティスのことを書いてまっせ」と教えてあげたら、「コンサドーレの社長さんにベティスに親近感もたれるのはちょっとジェラシー」との返信が来た。

どんなことにせよ、他のクラブのサポーターからうらやましがられるのは気分がいい。

このエントリのタイトルは、有名な「ビバベティス、たとえ敗れようとも」で、あの日本中がワールドカップに熱狂した(わけはないのだがマスコミ的にはそう言いたがる)2002年のファーストステージ最終節、わがコンサドーレ札幌が(当時J1残留を争っていた)東京ヴェルディ1969に逆転負けを食らった後に、そのベティスファンの方が、このフレーズの「ベティス」を「コンサドーレ」に変えたメッセージを、僕のところに送ってきた。

というかですね、一緒に見てたのよね、あの試合。そんで、僕があまりに落ち込んでいたもので(だって山瀬功治の担架だけでもショックだったのにロスタイムに追いつかれて最後は桜井にドカンと一発ですからね)、福住の駅に向かう途中で「元気出しなよ!(ドン!)」と背中を叩かれた記憶がある(絶対本人は覚えていない、間違いない)。

それで、その翌日だったか翌々日だったか、「ビバコンサドーレ、たとえ敗れようとも」が送られてきたのであります。

…うーん、まだ開幕してないのに「敗れようとも」なんて書いたら、みなさんに怒られそうだなあ。。。<いや、単に、ベティスつながりを書きたかっただけなんですが


posted by issey11 |19:55 | 過去回想 |

2006年02月03日

プレミアムメンバー向け バースデープレゼント

ファンクラブのプレミアムメンバーにはお誕生プレゼントがありまして、毎年、最初に送られてくるファンクラブの案内に「あなたの誕生月にプレゼントあげるから誰のサインほしいか選手名を書いてね」という紙が同封されてくる。

これがまた難しい。希望選手のリクエスト期限はいつも2月半ばなのだが(今年はまだファンクラブの案内を手にしていないので不明<自宅にいないもので受け取れていないのだ)、僕の誕生日は2月なので、このリクエストに応じたバースデープレゼントが送られてくるのは翌年の2月になる。したがって、自分がプレゼントを受け取るときには、その選手はチームを去っている可能性もあるのだ。

もちろん、そういう場合も想定して、希望と異なる選手になることもあります云々の注意書きはあるのだが、移籍ならまだしも、新居や中尾のような形で自分の希望した選手がいなくなっているのは悲しい(考えすぎなんだろうけど)。

そんなこんなを考えて、というより、誰にしようかと考えるのが面倒で、去年はこのリクエスト用紙を出さなかったら、数日前、清野のサインと音声メッセージ入りバースデーカードが届いた。ボタンを押すと、○○さんお誕生日おめでとうございます、との清野の声が出てくる(再生は50回程度しかできないらしいのだが(笑))。

別に清野じゃイヤだってわけじゃないんですけど、声だったらコンサドールズのほうが嬉しいよなあ(^^;)。

そういえば、岡田が新人のとき、テレビの企画で「STV女子アナの声の入った目覚まし時計」をもらってましたねえ(ややマニアックなマメ知識)。あれ、今も使ってるんだろうか?(<どうでもいいけどさ(^^;))。


posted by issey11 |19:28 | 日々雑感 |

2006年02月02日

アウェー遠征論(<大袈裟)

本日は大阪に出張。目的は北海道関係のイベントなので、朝の新千歳空港は知っている人があちこちにいて、「あ、どうも」と挨拶をすることになる。

この感じ、コンサドーレがアウェーで試合をするときに似ている。僕はもともと群れるのがあまり好きではないのでいわゆる観戦ツアーのようなものには参加したことがなく、ゆえにサポーターの人にたくさん知り合いがいるわけでもなく、ゆえにアウェーの試合前の新千歳空港で「どうもどうも」とやっている人たちの中には入っていけない(どころかときに鬱陶しく感じることすらある)のだが(<誤解を恐れずに、ではなく、誤解を恐れながら書いてます)、群れない程度に適度にサポーターの人が散らばっている状態はけっこう好きだ。

高校時代、文化祭になるといろんなヤツがバンドを組んだ(みんな音楽が好きだったから、というより、男子校だったから、だと思う)。ほとんど素人だから、演奏は、手元を見ながらだったり、妙に観客(同世代異性)にアピールしながらだったりする(<この感覚って、男子校のヒトじゃないとわかりにくいかもね)。そんな中、いちばんかっこよかったのは、観客に媚びることなく、手元を見ることもなく、お互いが目を合わせることもなく演奏を続けたバンドの連中だった。彼らを評するときにしばしば使われたのが「あいつらプロっぽいよな」という表現。

個人行動のサポーターの人が適度に空港の搭乗待合室に散らばっている、というのは、それに近いものがある。プロのサポーターなんていないんだから「プロっぽい」は適当ではないのだが、代わりの表現が見つからない。職人がそれぞれに自分の世界を作っている、とでも言ったらいいのか(相川と清野がたくさんいる、のではなく、曽田と中山がたくさんいる、みたいなものか<それはそれで怖いけど^^;)。

難しいのは、そういう人たち(自分を含む)って、群れるのはイヤなのに、誰かとコミュニケーションとりたいって欲求もどこかに持ってるのよね(笑)。僕自身、とくに全試合観戦を続けていた頃は、まったく知らないサポーターの方と空港で話をしたことが何度かあって(いかにもサポーターです、って格好はしてないんだけど、何かのワンポイントでサポーターを主張しているからお互いわかったりするのだ)、これがけっこう盛り上がるのさ。

どうでもいいことだけど、上に書いたプロっぽいバンドでベースをやってた男は、その後20年を経て、いまは全国ネットのテレビに出てます(バンドも音楽も全く関係ないところで)。


posted by issey11 |13:31 | 日々雑感 |

2006年02月01日

開幕戦とわたし

Jの契約関係は基本的に2月1日から1月末日まで、なので、それに倣って、このブログも今日からはちゃんと更新するように心がけたい。

で、唐突だが、これまでのわたくしの開幕戦参戦成績。

1998年@日本平 ●札幌1-4清水○
2000年@鳥栖  ○札幌4-0鳥栖●
2002年@広島BA ●札幌1-5広島○
2003年@ドーム ●札幌1-3横浜○
2004年@ドーム △札幌2-2甲府△
2005年@小瀬  △札幌2-2甲府△

6試合で1勝2分3敗。あの鳥栖スタジアムの衝撃(すごかったのよあの試合は)以来、個人的には勝ってないのね。いや、そもそも、コンサドーレとしても、開幕戦に勝ったのは2001年のJ1(セレッソ大阪戦@長居)が最後なんだよな。

鳥栖の4-0はホントにびっくりで、試合終了直後にスタジアムからあんなにあちこちに電話したのは自分の人生の中でもこのときしかない。エメルソンすげえぞ、今年はちゃんとチームになってるぞ、これなら2位以内なんて言わずに優勝できるぞ、相手が鳥栖だからじゃなくて本当にこのチームは強いよ、etc.

この前日には博多の森でJ1開幕戦があって、雨の中、川崎フロンターレがアビスパ福岡と戦った(もちろん僕はこれも見に行きました)。それで鳥栖には川崎サポーターもけっこう来ていたのだが、試合後、「○○と△△あげるからエメルソンをちょうだい」だの「これなら昇格間違いなしでしょう」だの、いろんなことを言われたものだった(ちなみにその○○選手は今もまだ川崎に所属している)。

石水氏が乗ったタクシーがスタジアムから出ようとしたとき、どこからか「イシミズ!イシミズ!」と手拍子が起きた、とか、どうして試合の中身よりもこういうことをいちいち覚えてるんだろうかね(笑)。

2002年の広島ビッグアーチは、逆の意味で衝撃的だった。あのときは、アストラムラインから中筋駅で広島空港行きバスに乗り換える頃には、すでに「降格?」が頭にちらついてしまっていた。

今年は期待値が高いだけに、どんなにすごい勝ち試合をしても、衝撃は受けないかもしれない。でも、惜敗だろうがなんだろうが、負けたならば、相当に落ち込んで帰ってくることになるんだろうなあ(そんな覚悟は今からは絶対にしないけど)。


posted by issey11 |14:40 | 過去回想 |

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