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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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2007年02月02日
4月11日午後7時からの対福岡戦ホームゲームを東京都内の国立西が丘サッカー場で行ないます。道外でのホームゲームということで、お客様の入り込みが心配です。運営部の集客担当者を中心に対策を練っています。 関東後援会のみなさんと連絡をとりながらの協力依頼はもちろんですが、東京在住の企業人の集まり、北海道クラブや各地のふるさと会などを通じて、首都圏にいる道関係者に来場を呼びかけています。 西が丘サッカー場は東京都北区ですが、三田線本蓮沼駅から8分、JR京浜東北線赤羽駅から10分と比較的、アクセスは良いので、北海道からもぜひ応援に駆けつけてください。そして、本州在住の知人、友人に観戦をお願いしてください。客席がピッチに近く、見やすいスタジアムということです。 毎年のことですが、リーグ・スケジュール調整は難航します。今年は特に二転三転しました。1月25日発表の前日ぎりぎりに決まりました。私達は道外でのホームゲームを避けるため、さまざまな努力をしたのですが、結局はこのような結果になり残念な気持ちです。道内サポーターの方々に申し訳ない気持ちでいっぱいです。 スケジュール調整は毎年10月末ごろから、予備調査を始めます。各チームはそれぞれの事情を抱えています。自前のスタジアムを持っているチーム、持たないチーム、使いやすい公営施設があるチームなどなど。それらの条件を重ね合わせると300項目を超えます。 これをコンピューターに入れて調整するのです。札幌の場合はドーム使用で日ハムさんとの競合があります。さらに一年以上前から予定されているイベントも。プロ野球の日程は11月中には、ほぼ固まって日ハムのドーム使用日が先行して決まります。 Jリーグの場合は、そのころはまだリーグ戦終盤で、どこがJ1に上がるか、どこが落ちてくるかも決まっていません。スケジュールの固めようがないのです。入れ替え戦の後、昇格、降格チームが理事会で確定するのは12月の中旬過ぎです。 それから調整が本格化します。今回は、二つの別要素が加わり難航の原因になりました。一つは世界陸上選手権が大阪で夏に開かれることと、もう一つはスカパー放送です。8月25日から長居陸上競技場で開かれるこの大会には212の国と地域から3200人の選手が参加します。 各国チームが大会期間中と前後、主に関西、四国地区の陸上競技場で練習します。このため、Jチームの試合開催に影響を及ぼしています。スカパーについては今年から全試合完全放映するので、チャンネルの関係から時間帯、曜日を分散して開催することが必要になりました。すり合わせが極めて難しい状況になったのです。 この結果、4月11日の札幌ホームゲームは水曜日ナイターと決まりました。この段階で、すでにドームはプロ野球におさえられていました。厚別開催を検討したのですが4月中は芝の養生のために不可との結論です。自力除雪をするから、などさまざまな働きかけをしましたが結論は変わりませんでした。 室蘭は3月31日に続いての開催になるものの、出来れば使用したかったのですが、ナイター設備のないのがネックになりました。札幌から厚別の照明車を運ぶことを考え、見積もりをとりましたが、650万円以上かかることがわかり、断念せざるをえませんでした。 それだけで通常の運営費を超えてしまいます。宮の沢の白い恋人サッカー場を使うことも検討しました。仮設のスタンドを構築し、照明車を厚別から移すことも、真剣に検討したのです。 しかし、照明車がバックスタンド側に置けない、置けたとしても光線が高速道路を照射してしまい、自動車走行の妨げとなるとの理由から、これもダメとなりました。Jリーグには特例として認めることの要請も非公式にしたのですが~。 鬼武チェアマンは札幌の窮状を理解して、一時はスケジュールの練り直しを事務当局に指示しましたが、代案がない以上、本州開催に踏み切らざるをえないことになったのです。東京・夢の島競技場、熊本も候補地に考えましたが、集客のことを考慮に入れ、西が丘に決めました。 西が丘をホームタウン内に持つ東京ヴェルディ、FC東京に了解を得ての開催です。厳しい経営状況下ですから、なんとしても赤字興行は避けたいところです。私も14日には道関係企業の会合に出てお願いをしてきます。 今回は積雪寒冷地であること、自前のサッカー場を持たないことの悲哀をつくづく感じました。どうか、首都圏にいるお知り合いに声をかけ、一人でも多くの観戦を呼びかけてください。お願いいたします。
2007年01月31日
京都在住で日本時代衣装文化保存会理事長の宮島健吉先生(小林豊子きもの学院学長)からコンサドーレ札幌の選手に渡してほしいと、足腰お守りが送られて来ました。 コンサが開幕戦を戦う京都市内にある護王神社のお守りで、「足腰難儀回復御守護」と書かれていました。足腰の健康保持や怪我・病気の回復には格別のご利益があるといいます。さっそく、キャンプ地の熊本へ行く広報部長に託しました。 護王神社は京都御所蛤御門前の由緒ある神社です。なんとシンボルが今年の干支のイノシシ。狛犬の代わりに雌雄一対の狛イノシシが拝殿の前に建てられているということです。 御祭神の和気清麻呂公が京から宇佐八幡宮へ向かう途中、どこからともなく現れた三百頭ものイノシシが宇佐までの道中を案内し、しかも清麻呂公が悩んでいた足の萎えが不思議と治ったという故事から、お守りが出来たとのことです。 境内には願かけイノシシの石像や全国から奉納されたイノシシの土鈴、置物、色紙、絵馬のコレクション、さらに外国のイノシシグッズも陳列されているなど見所が多数あると神社のパンフには書かれています。 けがをしないで欲しい、怪我したとしても早く回復してほしいとの願いを込めて、開幕戦応援で京都入りしたら、狛イノシシにぬかずいてこようと思っています。干支がイノシシの人も、参拝してみたらいかがですか。
2007年01月29日
昨年に引き続いて、笑顔写真を集めた「2007サポーターカレンダー」への参加を呼びかけています。昨年は孫と私だけでしたが、今年は94歳になる母、私夫婦、息子夫婦、孫の4代そろい踏みで応募しました。 孫は5歳、昨年の顔とどう変わったのか、出来上がりが楽しみです。 母は今年95歳になります。横浜で元気にしていますが、毎年、このカレンダーに顔を乗せられればいいなと思っています。 一年毎では、あまり変化を見て取れないかもしれませんが、10年も続けば孫は中学生。10枚並べて見たら面白いでしょうね。現在、約800人の応募状況です。あと300人程度の写真を集めたいと考えています。まだの方はぜひホームページから応募ください。 オフィシャルホームページからアクセスする方法は http://www.consadole-sapporo.jp/2007calendar をクリックしますと申し込み画面が出てきます。 必要項目を記載し、ご自分の画像データ(写真)をアップロードしてください(画像データの形式はJPEGに限ります)。とても簡単です。 参加は無料です。 カレンダーは2月下旬までに作り、700円で一般に発売する予定です。
2007年01月28日
1月28日午後、開かれたコンサドールズの2006ジュニア・キッズ閉講式に、お招きを受けて出席しました。修了証もお渡ししました。 開講式にも出ましたが、そのときと比べると体も一回り大きくなり、とてもしっかりしたように思えました。あいさつの声、自然に出る笑顔、素敵でしたよ。 ダンスが上手になっただけではなく、友達が増え、ユースやサテライト、トップのお姉さんたちとも触れ合って、貴重な9ヶ月間だったことでしょう。 式のときに金子先生から、コンサドールズが発足してから、今年で10年目を迎えると知らされました。チーム誕生から一年遅れの1997年5月15日が初デビューです。Jリーグ初のダンスドリルチームとして、コンサドーレと書かれたコスチュームを着て厚別陸上競技場で踊ったのが始まりでした。 そのあと1998年にはコンサドールズに着目したJリーグから横浜国際総合競技場(現日産スタジアム)で開かれたオールスター戦に招かれて、見事なパーフォーマンスを披露したこともありました。2004年の函館遠征も記憶にあります。 高校生中心だったメンバーも現在ではトップ、サテライト、ユース、ジュニア、キッズと広がりました。この間、コンサドーレの試合にはなくてはならない女神になったのです。 勝ったときは喜びを倍にしてくれます。負けたときには、次への戦いへの闘志を盛り上げてくれます。ほんとうにありがとうございます。 10周年行事をどう行うのか、HFCとしても全面的に協力させてもらいます。金子先生は「お世話になっている地域のために、これを機会に何かできることはないでしょうか」と社会貢献を行うことも検討しているようです。
2006年11月13日
コンサドーレ札幌オフィシャルブログを立ち上げてから1年が経ちました。 おかげさまでトラブルもなく順調に推移しています。ブロガ―のみなさん、サポーターのみなさんのご協力のおかげとありがたく思っています。そして運営して頂いているウエボスさんにも感謝の気持ちでいっぱいです。 発足当初は書き込みで荒れたらどうしよう、サポーターが積極的に参加してくれるだろうか、などと心配、不安いっぱいの船出でしたが、いずれも杞憂に終わりました。それどころか、ブログを通して新しいコンサ・コミュニティーが出来上がっていることを実感しています。しまふく通信の楽しさがその良い例でしょうか。 またHFCとサポーターとの間がより近くなり、コミュニケーションがよくなっているとも思います。私どもスタッフはこのブログから、サポーターの皆さんの気持ち、息づかいを知ることが出来ました。そして、いたらない部分を教えてもらいました。HFCの運営にも生かさせていただきました。くめども尽きない泉のような存在になっています。 一番うれしかったことは、皆さんがマナーや責任を持って書いていただいていることです。コンサドーレを愛するもの同士という価値観からでしょうか、書くほうも見るほうも前向きな発言がほとんどです。円熟した議論の場になっています。「2ちゃんねる」のように集中的にたたくといった荒れ現象は皆無でした。 反対に「こんなことをHFCは考えたらどうか」との提案も多く、取り上げさせてもらったこともたくさんありました。最近でもっとも胸にずしんと響いたのは「子供は嫌いですか」(10月30日)のご指摘でした。選手から無視された子供の気持ちを代弁してくれた書き込みです。朝礼で全員に話し、羊が丘小でのお詫びイベントを検討しています。 ブログの現状とこれからについてウエボスさんからの報告を元に少し書いてみます。アクセス数は9、10月で見ますと最も多かったのは10周年感謝デイの翌日10月22日で88462PV(ページビュー)でした。ついで9月28日の78439PVです。徳島戦を6-1で勝った翌日です。 試合の前後が圧倒的に多く、負けた日の翌日は沈黙がちとなるのはやむをえないのでしょうか。「10周年感謝デイ特設ブログ」は直前一週間の日平均は746PVでした。color(red){和波選手の「韋駄天7」}はPVが多いだけではなく滞在時間が長いのも特徴です。トップページ+サポーターズブログで全体の51.3%を占めています。 広告はバナーに加えて、Google Adsenseを導入するなどウエボスさんは努力してくれています。売り上げの一定部分をHFCに配分して頂いています。その額は月を追って増え、経営が苦しい当社には力強い味方です。PVが増えればそれだけウエボスさんの広告収入が増加する仕組みです。 ただ、開設当初のPV増加の勢いはなくなりました。他のブログ、HPと比べれば圧倒的に多いのですが、横ばいから微増といったところで推移しています。Amazonのアフィリエイトからの販売実績が増えればコンサドーレへに還元されるのですが、今のところほとんどありません。これから期待したいところです。 ウエボスさんと話して、一周年を機会にリニューアルします。企画段階ですが、おすすめブログの表示、アウェーゲーム情報、テーマを投げかける、テンプレートコンテストの実施などが上がっています。昨年好評だったブログ教室の開催なども検討しています。盛り上げる良い案がありましたら教えてください。
2006年11月11日
11日、札幌ドームで行なわれた愛媛戦で、佐呂間町竜巻被害の義捐金を募りました。午後1時過ぎからは大塚、砂川、西、高原、千葉の5選手も募金を呼びかけてくれました。 千葉選手は佐呂間町に近い紋別市の出身とあって、「被害にあった人 たちも早く元気になってほしい」と語り、募金をしてくれた人に握手 で応えていました。 私も選手が出る時間まで、ファンクラブブースで募金を呼びかけましたが。ほとんどのサポーターが立ち止まって募金箱にお金を入れてくれました。「頑張るように伝えてください」と言いながら~。
募金呼びかけの時にはいつも感じるのですが、コンサ・サポーターの連帯感と困っている人に対する思いやりの強さです。集計には手間取りましたが、合計38万1110円になりました。 2時間余の間にです。すごいですね。佐呂間町からこの募金のことを 聞いて、来てくれたサポーターの1人は「こんなに大勢の人が心配して くれているのだと思うと元気付けられました」と語っていました。 このお金は網走サッカー協会を通じて佐呂間町に届けることになって います。まもなく本格的な寒さがやってきます。被災者は大変な思い だと思います。少しでもお役に立てたらいいですね。 できれば、23日の東京ベルディー戦でもやりたいと思っています。
2006年10月20日
いよいよ、迫りました10周年感謝デイ。贈られた祝10周年の花が事務室を彩り、前日の20日は朝から、HFCスタッフは緊張気味です。午後2時過ぎからは、ピッチのライン引きも行なわれました。 厚別公園競技場から移動してきたゲーム用の荷物もカートに乗せてドーム内に運び込まれました。夜遅くまでそれらの配置や準備に追われそうです。 いつもは午後4時から行なわれる前日の打ち合わせも、今回は午後1時から、たっぷり時間をかけました。ドーム開門の午前7時から午後10時30分(予定)撤収終了まで、分刻みの時刻表も出来上がりました。 通常のキックオフ2時間前開場が3時間前開場、午後4時となります。それだけでもいろいろな問題が発生しそうです。ゲートの警備、病人が多くならないか、各ブースの設置は順調にいくか~などなどです。 OB戦のレフリーの控え室はどこにしよう、ユース選手全員が観戦に来るが入場に必要な身分証明書の提示はどこでする、後援会会員へのグッズプレゼントはどのような方法で、など細かいことまで慎重に打ち合わせました。 行き違いがあれば、お客様、関係者にご迷惑をかけることになる ことばかりです。名刺広告が掲載されるマッチデイプログラムのページ数も、24ページの予定でしたが、4ページ増え、結局28ページになり通常の3.5倍です。 ブラジルから招いたペレイラ元選手らのOB戦、ドールズOGも参加する10周年メドレーの打ち合わせ、食事の手配、素敵な音楽で彩りを添えてくれる札幌市消防隊の入場の仕方などにも配慮します。 OB戦で言えば、現役Jリーガーはシーズン中なので、参加できませんが、 お願いしていたビデオレターが6選手から届き、ドームのスクリーンで披露される予定です。 6人の名前ですか~。 ビジュ、堀井岳也、佐藤洋平、吉原宏太、山瀬功治、今野泰幸各選手です。どんな表情でなにを語ってくれるのでしょう。楽しみです。 Sは完売、SSもほぼ売り切れ、自由席はいくぶん余裕があります。ぜひ、家族、友人といっしょに明日は感謝デイを楽しみに来て下さい。
2006年10月19日
21日の感謝デイにミスター・コンサドーレがブラジルからやってきます。ルイス・カルロス・ペレイラ。創生期のコンサドーレを支えた背番号「3」のユニフォームを着て参戦します。 ビザの取得、航空券の確保など数々の壁を乗り越えて、19日朝、ブラジル・サンパウロ空港を発ち、マドリッド、アムステルダム経由で20日夜には札幌に着く予定です。 本当に来れるかどうか、ひやひやの連続でしたが、ぎりぎりやっと実現しました。21日には元気なプレーを見せてくれるでしょう。札幌滞在は2泊程度、地球の裏側からの忙しい旅です。 ペレイラは92年ブラジルから来日、V川崎(現東京V)で活躍、Jリーグ開幕戦でピッチに立ち、リーグ2連覇に貢献、Jベストイレブンに選ばれています。 96年、守備の要としてコンサドーレに移籍、退団する98年まで、数々の伝説を生む活躍を残し、サポーターに愛されました。 感謝デイに花を添えてくれることでしょう。
2006年10月15日
21日の10周年感謝デイまで1週間を切りました。HFCスタッフは最後の準備に追われています。 サポーターの皆さんにお願いしていたマッチデイ・プログラム (MDP)の名刺広告もおかげさまで、目標の120件を大きく上回り、180件になりました。 本当にありがとうございました。 その他の広告も順調で、記念号は24ページを予定しています。通常は8ページですから、3倍のページ数となり、ずっしりした中身の濃いものとなります。 気になるチケットの売れ行きですが、SS(2000円)、S(1500円、いずれも指定席)はほぼ売れきれ状態で、私も外部から頼まれた枚数を調達するのに苦労しているほどです。 担当者は配布先からの回収や少なくなった窓口への再配布、さらに まだ余裕がある自由席(おとな1000円、小中300円)の売り込みなどに あわただしい毎日を送っています。 札幌地下鉄車内のポスター掲出に加えて、今週はSTVテレビでCMが流れます。道新で広告も掲載されます。問い合わせの電話も多くなり、反応の良さを実感しています。 OB戦の準備も追い込みです。参加者も17日には最終確定します。かつての仲間を迎え撃つ、在札選手も、ひそかに(?)練習をしているようです。 札幌に来れない現役選手からはビデオレターも届き始めています。ドームのスクリーンで紹介できるでしょう。ドールズとの打ち合わせ、コンコースでの出店者との調整など、日を追ってあわただしさが増しています。
2006年09月30日
明日1日はコンサ・レプリカユニを着て街中を 走り回ります。朝9時30分からは宮の沢の白い恋人練習場。 サポートサッポロさんの子どもサッカー教室でのあいさつ。 コンサ選手と子供たちとの交流、練習を眺めたあと11時過ぎに 三越前に。赤い羽根募金の協力を市民に呼びかけます。 今のところ、関、鈴木両選手、それにドーレくんも加わって 運動を盛り上げるのに一役買います。 私はその引き立て役です。 そのあとは両選手と一緒に豊平区民センターに回って 午後1時半からのトークショー 「サッカー選手の元気のひみつ!」の見物です。 しまふく寮の村野明子さんと関、鈴木選手との掛け合い 食べ物談義。これは聞き逃せません。見逃せません。 FMアップル・パーソナリティーの福津京子さんの軽快な 司会で、しまふく王子こと、智くんと先日、見事なゴールを決めた ばかりのスキンへッドさんが何を語るか。 食べることが楽しくて、とっても大切なことなんだということを 参加の子どもたちやお母さんたちに伝えられればいいなと思っています。 むずかしい言葉ではなく笑いとユーモアを交えながら~。
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北の大地に憧れて、1959年、横浜からやってきました。特急はつかり、SLもまだ残っていたころです。北海道新聞で42年間、記者生活をおくりました。そのあとはシニア向けの新聞を作ったり、福祉、介護のボランティアNPOにかかわったりしていました。 道新スポーツの経営をしていたこと、コンサドーレサポーターズ持ち株会副理事長をしていたことなどから、05年3月、現職に。山登り、オートバイ、野菜つくりなどが大好きです。
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