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生まれ:1978年旭川市生まれ。 育ち:道内あちこち。その後横浜、川崎を経て再び札幌。 観戦暦:1996年・対日本電装戦が初応援。翌年より道外への進学に伴いアウェー中心に応援、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターンし、現在ホームゴール裏で応援中。 サッカー以外の趣味:音楽と活字。

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信頼関係

2005年12月09日

昨日のエントリ赤黒式。さんにTBをさせて頂いたのだけど、昨夜の自分の書いたものを読んでげんなりする。俺頭悪すぎ。感情論でしか書いてない。駄文でご迷惑をおかけしました。

それで、せっかくなので昨日の話の続き(というか飛躍かも)。
確かに大熊さんの仰るとおり、「信頼関係」がある(もしくは築かれつつある)からこうして議論できる。で、どうしてこの「信頼関係」が生まれたかというと、やっぱりコンサドーレがあったから、だと思う。コンサドーレというチーム(会社)を信頼しているからこそ繋がりのある会社やサービスも信頼できるわけで(全てがイコールで結ばれるわけではない、のも事実)「良い信頼関係は新たな信頼を生む」ということでもある。
その信頼関係の先がこのブログのようなコミュニケーションメディアだと、信頼は「会社-個人」の関係も伴いつつ「個人-個人」の信頼関係も生む。縦糸と横糸で結ばれていくようなイメージ、といえばいいだろうか。で、今度は「コミュニケーションメディア上での信頼」から「リアルコミュニケーションでの信頼」に関係が変容するものだと勝手に考えている。そういう効果を生み出してこそのコミュニケーションメディアじゃないだろうか。逆に、それがあるからこそウェブでのコミュニケーションは面白いんだと思う。

信頼関係について書くつもりだったのが、今読んでいる本がちょうどコミュニケーションメディア関連のもの(「ウェブログの心理学」)なのでやっぱり引っ張られてこんな話になってしまった。でもこのことを考え出すとホントに書ききれないし言い切れないので、この項永遠に続く。



追記。

さっきの「ウェブログの心理学」の本ですが、サポートブログ内にある「ウェブログの歩き方」というPDFファイル(本からの転載)が非常に面白くためになります。おそらくこれ以上わかりやすいウェブログ案内もないのではないかと。

ウェブログの本をウェブログでサポートする、というのもメタな感じで面白い。



post by ishimori

23:41

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ファンと選手との間にあるもの。

2005年12月09日

一時期のスポーツ界における華やかな時期というのは、もう存在しない。

ファンの世界にもスポーツ選手の世界にも社会構造として存在しているのは「弱者と強者」の構造であり、どちらの世界が絶対的に社会から守られている、などということはない。
僕らだって終身雇用を約束されて会社にいるわけじゃない。ここにいれば安泰と思っているわけじゃない。いつかどこかの会社に買い取られたり、不渡り出したり、リストラのため解雇されたりすることなんで百も承知でやっている。だから「もっと能力がある」と思うやつはもっとレベルの高い会社で働こうとするし、もしくは自分の会社内での今の地位を上げようとしゃかりきになって働いたりする。いられなくなったら自分の力を生かせる別の会社を探す。この社会状況がコンサドーレ、いわんやスポーツ界にも波及していることは言うまでもない。

そのようなことを考えたときに、「ファンより選手が大事なのか、そうでないのか」と問われれば答えはひとつ、「どっちも大事」である。ファンだってそれぞれの働く場所で「銭闘」してるのだ。
ファンは選手がいなくても働いて生きてゆける。けれども、選手もファンがいなくてもプレーしてゆけるのだ。だって「チーム(会社)に必要とされている」のだから。そんな風に考えたときに、どっちが大事、なんて話は出てこない。出てくるべき答えは「どっちも大事」だと思う。ファンと選手を結ぶものって、「消費者と生産者」の関係じゃなくて、「信頼関係(リスペクト)」なんじゃないのか?

だからこそ僕が思うのは「No Life,No Football」なんである。
ファンは「生活しなければ、試合に行って応援することもままならない」のであり、
選手は「選手生活が続かなければ、試合に出て選手生活を伸ばすこともままならない」のである。

とうわけで、「選手契約の情報開示には反対」という大熊氏の意見には部分的に反対である。大学進学などのように「これからの人生を前向きに考えた結果」契約更新せず、ということなら開示していいと思う。ただ技術的なものとか練習態度とかっていうのは次のチームに移籍したり練習参加したりすれば自ずとわかる話であり、わざわざ言う必要などないと思うのだ。それはファンの働く世界だって同じことが言えるのだから。

そんなこんなで、大熊氏のエントリにいまいち納得できない夜であった。



post by イシモリ

01:46

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見上げてごらん夜の星を

2005年12月01日

コンサドーレ以外で再近気にしているニュースがある。といっても世間をにぎわしている耐震強度偽造うんぬんという話ではなく(このニュースにはそろそろ聞き飽きたなあ)、日本の打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」への着陸、そして試料採取に成功したというニュースである。この探査機は2003年5月に打ち上げられ、2005年9月に「イトカワ」へ到着。今回の科学的観測と試料採取ののちに「イトカワ」を離れ、2007年夏に試料を詰めた再突入カプセルを分離させ、地球へ帰還するというスケジュールである。ミッションのシナリオは実に4年以上にもなる。
未知の深宇宙へとイオンエンジンを噴射して「イトカワ」へと向かう「はやぶさ」の航行にトラブルがなかったわけではない。むしろ、その逆だ。姿勢制御装置の故障、「イトカワ」への最初の着陸の失敗、そして離陸後にはもう一つのエンジンの燃料漏れと推力の低下、という非常に大きなトラブルに襲われた。「イトカワ」を離れた「はやぶさ」が地球まで還りつけるのかはまだわからない、ということだそうだ。

大小様々なトラブルを乗り越え、目的地に到達し、「はやぶさ」はひとり(人工衛星だけどあえて擬人化して呼びたい)静かに地球から16分かかって送られてくる指令と自らに搭載された自律航行プログラムを頼りに、地球から片道約10億キロ離れた宇宙を進んでいる。この「はやぶさ」の姿に僕はなぜか涙が出るほど感動する。その涙の中には、町工場から世界的企業に至るまでの日本のテクノロジーの結晶が宇宙にあるという喜びと誇りと、満身創痍になりながらも地球へ還そうとする関係者の奮闘に次ぐ奮闘、「はやぶさ」がひとり宇宙を進むことを思ったときに感じるロマンチシズム、そんなのが、いろいろ、ぎゅうっと、詰まっている。空を見上げて「はやぶさ」を思う僕のような一般人も含めて、関わっているすべての人が力を合わせてミッションを果たすべく動いている。そして「イトカワ」に着陸するために目標として投下された金属製のターゲットマーカーには世界149ヶ国、88万人の署名が刻まれている。彼らは文字通り全長500mしかない星の上に降り立ち文字通り「星の王子様に会いに行った」わけだ。こんなふうにみんなが力を合わせ、遙か彼方に自らの足跡を残し、人々の声援を受け最高のチームワークでプロジェクトを成し遂げようとしている。どうして心震わさずにいられようか。

コンサドーレだって、サポーターも、スタッフも、フロントも、みんなが力を合わせて日々一日を乗り越えている。トラブルがあろうと、失敗があろうと、前に進み続ける。その目指す先はJ1昇格であり、そのもっと向こうにはJ1優勝も、アジア制覇も、きっとある。チームの力を一つにして未来を乗り越えなければ、自分の力で切り開かなければ、新しい未来はやってこない。来るべき未来のために僕らは戦っている。足元を見るのも大事だけど、今はそれだけになってしまっていないか?もう少し視線を上げて、未来を見ながら歩いていこうよ、と思うのだ。

余談になるが、「コンサドーレ」という名の星があるのを知っている人はもうあまりいなくなってしまっただろうか。J1昇格が決まった2000年、釧路市で発見された火星と木星の間にある小惑星の一つ・7777番に「Consadole」という名前が正式に命名された(詳細はこちらをご覧ください)。日本のプロフットボールチームの中でも「星の名前」になったのは今でもコンサドーレだけで(Tokyo giantsやHanshin tigers、Carpなど野球チーム名は複数存在する)、小惑星「Consadole」は約3年半の周期で地球を周回しており、次に地球にもっとも接近するのはおそらく2007年6月頃になる(自分の計算が正しければ)。
そしてこの星がもっとも明るく輝く頃には、札幌の夜空の下ではきっと僕らはJ1で戦うコンサドーレの姿を応援していると、そう信じている。

エンブレムに光る星の遙か上には、同じ「Consadole」という名の星が見守っている。そう思って夜空を見れば、ちょっと誇らしい気持ちになりませんか?



post by イシモリ

01:38

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ぶれない心、強い芯

2005年11月29日

せっかく開設したBlogだし、内容の濃いものを書こうとしていると考えているうちに月日がたってぜんぜん更新されない罠・・・。Blogって速報性(文字通りの「速報」、のほかに自分の思ったことを素早くアップロードできる速さ)のあるメディアなのにもったいない。
そんなことを片隅で思いつつAmazonをふらふらしていると「ブログ 世界を変える個人メディア」という本が気になったので、買ってきて読んでみようと思う。「ウェブログの心理学」というのも気になっているけれど、これはちょっと検討。どっちかというと個人的には「オフにじっくり読みたい本」にカテゴライズされる。
ちなみにまだ最終戦も終わってないうちにこんなこと書くのもアレなんだけど、オフシーズンの余暇はだいたいじっくり取り組める本を読むか、J-COMで海外リーグを見ている。夜にだら~っとビール片手にブンデスリーガ見ながら、だら~っと(こっちはいい意味で)実況という名のオタク話をしている倉敷保雄氏の声に耳を傾けるのもいいもんです。

で、フットボールの話に戻る。
新潟の反町監督が退任表明というのはあちこちで知っていたのだけれど、ニュース記事だけでまとめて会見内容を読んでなかったのでじっくり読む。相変わらず皮肉の効いたしゃべり方だなあ(岡田武史以上だと思う)と思いつつ、ここまで新潟を引っ張ってきた事を自信に思っているのが節々に感じられる内容。開幕当時のインタビューを読むと、このあたりのきっぱりとした考え方がもっと理解できるのではないだろうか。「この人はやっぱりすごいな」って最も思うのは、人間的な感情のコントロールをして「自律」できている、ということ。以下ちょっとだけ引用。

「シーズンを通じて成績不振に陥ってましたので、というのは上位に関わることなくシーズンを終えることになった、ということを踏まえまして、ずっと自問自答している日々が続いたことは間違いありません。ただ、それは当然、外に出すような話ではありませんし、そんなことをしている暇があったら1試合でも相手のゲームを見ていた方がいい訳であって、ずっと自分の中に閉じ込めてやってまいりました。そして、最終的には最後の段階で、J1への残留が決まったところで意思を明確にした、というところです。」(退任会見より)

「勝ったからと言って全てがOKなわけじゃない。勝って喜んでいたら、次のゲームが全然ダメってことはよくありますし。だから感情が出なくなっちゃいますね、人間的にコントロールするから。閉鎖的というか・・。そうしない監督もいますけれど・・。」(開幕当時のインタビューより)

こういうように「自律」しつつ、ブレを周囲に見せることなくチームを引っ張っていける力があるということは人間的な「軸」の強さを感じさせられる。逃げずに、媚びずに、いじけずに、自分と向き合い、現実と向き合う。その一方で指導者としての理想を実現させようとする。言葉や思いにするのは簡単でも、行動で表すのは難しいことを良く知っているからこそ、そう思う。フットボールの世界だけでなく、この社会全体で求められ、多くの人々が求めるものだからこそ、そう思う。芯の通った志と生き方をすれば、芯の通った応援が出来るのも道理である。最終戦はそんな「芯の強さ」「ぶれない心」が、全ての選手、スタッフ、サポーターに求められる試合になる。まず自分に立ち返って自問しないと、J1に向かうために足りなかったものが自覚できないし、それを克服する方法も出てこない。それを見つめてより強い芯を持つことが、最終戦いちばんの目的だ。



post by イシモリ

22:13

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ジョージ・ベストよ、永遠に

2005年11月26日

ジョージ・ベスト氏が死去

享年59歳。
僕は彼のドリブルは映像でしか知らない。
けれどもイングランドの地で見せた華麗なプレーの数々は
偉大な伝説としてこれからも語り継がれることだろう。

「5人目のビートルズ」よ、安らかに。



post by イシモリ

01:46

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