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プロフィール
生まれ:1978年旭川市生まれ。 育ち:道内あちこち。その後横浜、川崎を経て再び札幌。 観戦暦:1996年・対日本電装戦が初応援。翌年より道外への進学に伴いアウェー中心に応援、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターンし、現在ホームゴール裏で応援中。 サッカー以外の趣味:音楽と活字。
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2007年02月06日
サッカーの上の雲―オダジマタカシサッカ~コラム大全 司馬遼太郎の本ではありませんよ(挨拶)。 小田島隆という人は生粋のサッカー畑ではなくていろんなコラムを書いている人なんだけど、この人がサッカーを語るとこんなに面白いのかと爆笑しながら読んでました。 だって2つめのコラムのタイトルがいきなり 「伸二の食生活が心配だ!」 ですよ。 小田島氏は浦和サポなので当然浦和系の話が多いんだけど、その合間に挟まれるいろんな選手のことを主に妄想をネタにして書いてます。たとえば伊東輝悦が年に一度見せるか見せないかの長距離ドリブル(ただし20メートルくらい)の美しさとか、服部年宏のニヤつき具合とか、大熊清の大声とか。そういう「ななめ上からだけ見えるフットボール」について語っていて、読んでいると思わずニヤニヤしてしまう。かしこまった「〇〇戦記」とか、プロのスポーツライターの書いたルポなんかもじっくりと読むのもいいけど、小田島氏でしか書けないであろうこのコラムも一読の価値あり。 (どうでもいいが、「伊東輝悦」も「服部年宏」も一発で変換できた。すごいぞATOK!)
考えてみればこういう「妄想系」って、友人とサッカー系バカ話をしてるときの感覚によく似てる。飲み会とかアウェーの帰りとか、そういう時にしたことありませんか、バカ話。旬なところでいえば札幌のキャンプ、こないだのオフに曽田選手が熊本城に行ったなんて記事がありましたけど、 「熊本城って籠城戦向きの城だよな」 「籠城戦のために銀杏とか植えてあったらしいぞ」 「銀杏くさいDFはイヤだよね」 「あと仁丹くさいDFもキツイよね」 「水戸の選手が全員納豆くさいとかな」 「でも熊本城って落とされなかったんでしょ?」 「そうだけど、結局原因不明の失火で焼けたんだよね」 「オウンゴールかよ」 「しかも曽田さんですよ」 「そうですか」 「そうですよ」 みたいな。 そういうことを延々と語り続けられるひとにおすすめです、この本。 けれど、もっとも読んでほしいのは最後にあるコラム「浦和をビッグクラブと呼ぶ日」である。『Number」667号「超浦和主義。」』に掲載されたコラムだけど、浦和一色のこの特集の中にあって小田島氏のこのコラムだけは異彩を放っていた。小田島氏だけが書けるであろう、ちょっとひねくれた愛情とひたむきな狂気(もちろん、いい意味での「狂気」だ)が彼の過去のエピソードと一緒に語られている。ベストエンドを目前に控えたチームを見続けてきたプライドと、一足早い歓喜と、それをクールさで押しとどめようとする理性のぶつかり合い。頭の中が混沌として「どうすんのよ、オレ」みたいになっちゃう、そんな気持ちが手に取るようにわかってニヤニヤしながらしみじみしてしまう。 このコラムだけは、何よりもオススメです。 最後に、小田島隆氏著作のおすすめをもうふたつほど。 「イン・ヒズ・オウン・サイト-ネット巌窟王の電脳日記ワールド」 「テレビ標本箱」 いずれもサッカー関係ではないコラム集ですが、お手にとってみては。
2007年02月04日
スガシカオ-ALL SINGLES BEST 別冊カドカワ(総力特集)スガシカオ スガシカオを初めて聴いたのはたしか19才の夏。父親の運転する車に乗っているとき、ラジオ(たぶんノースウェーブだ)から流れてきた「ヒットチャートをかけぬけろ」だった。その頃の僕はとりたてて現状に問題のない大学一年生で、のんびりと帰省を楽しんでいるところだった。気にしていたことと言えば彼女がいないこととぼんやりした将来への不安ぐらいだった。そんなユルい空気の中で聴いた、何かいじけたような歌詞の乗ったメロディーを、乾いたようなざらついたようなギターとボーカルが歌うその曲は、なぜだかどうしようもなく僕を焦燥に駆り立てた。そして僕はすぐさまレンタル屋に行き、デビューアルバム「Clover」を借りてきて聴き込んだ。スガシカオの歌と向き合うようになったのは、ここからだ。でも19才でなんて、今にして思うとなんてスガシカオ的なんだ(「19才」という名曲がある)。
「Clover」を初めて通して聴くと、今まで僕が聴いてきたものとは全く異質で、でもどうしようもなく心をかき立てられる彼の音楽に吸い込まれていった。高校時代テクノばかり聴いていた僕は現実問題として彼女をつくるよりも早く、スガシカオの音楽に取り込まれてしまった。「ドキドキしちゃう」で心のリズムを乗せられ、「イジメテミタイ」でじらされて、「黄金の月」で泣かされた。ちなみに「黄金の月」はそのあともいろいろあって自分にとってはとても大事な曲になって、一時期スガシカオ楽曲で最多の再生回数を誇ったあと大事になり過ぎてほとんど聴かない(聴けない)曲にまでなってしまった。 そんな僕の情熱さめやらぬ「Clover」を聴き込んだすぐ後にアルバム「FAMILY」がリリースされたとき、当然ながら僕は飛びついた。それからアルバムとシングルを繰り返し繰り返し聴き続けながら僕は年をとり、スガシカオは相変わらずざらついたクールな声とうねるようなファンクをベースにしたリズムで歌い続けてくれていた。その彼の10周年を記念した「ALL SIGLES BEST」が発売されたときも僕は当然のように買い求めた。毎日会社に行くときにスポーツ新聞を買い求めるサラリーマンのような感覚で手に入れて、でもスポーツ新聞にはないはやる気持ちを抑えながらiPodに転送して、イヤホンを耳につっこんで、再生。最新シングルの「午後のパレード」からリリースを遡るようにして収録されている曲を聴きながら、スガシカオがこうまでして僕(と僕ら)を虜にしてしまうのか、と自己嫌悪みたいな気持ちになった。 スガシカオの歌詞は身の回りの物事についての痛みと弱さをえぐり出して見せている。それはたとえば「夜明けまえ」のような日常に潜む空虚さであり、「ストーリー」のようなあやうい世界に立っているギリギリさであり、時には「あまい果実」のような内蔵が裏返しになってしまうような愛情表現だったりする。そしてそういうところが行き着いた先にある乾いた笑いのような投げやりな感情だったり、「もういいや」というようなあきらめの感情であったりする。そういった歌詞のひとつひとつが小さな棘になってちくちくと僕の体を刺していく。それがまた快感であるのだから始末に負えない。そりゃあ歌詞だけみればただの大人になりきれないおちゃらけた感じだったり、自己嫌悪とやりきれなさの混合されたどろどろした液体だったり、どうしようもないドSだったりするのだが、これがリズムに乗ると一気に変化する。うねりを持ってもっとどうしようもない感じになったり、時にはぐっとシリアスにもなって聴くものを引き込んでゆく。それをさらにスガシカオ自身の時に乾いた、時に湿ったようにも聞こえるざらっとした声が引き立てる。そこでリスナーが耳にするのは澄み切った声ではない、ポップなメロディでもない。それどころかどの曲を聴いても通底して感じる「違和感」こそが最大の魅力なのである。けれども、そこで感じる「違和感」の正体は誰もが持っているのであろう「孤独」「自分の弱さ/無力さ」「すれちがいの感情」みたいなありふれたものだ。そういったものを改めて音楽として提示されたとき、人はそれを「違和感」として処理しようとするけれども、そうできないわだかまりがある。なぜならその「違和感」が自らのうちにあるものだということに気づいているからこそ、見逃せない/聴き逃せないのだ。そうしてるうちに彼の音楽は遅効性の毒みたいに全身に回ってしまって、離れられなくなる。 さらに、スガシカオの音楽にはもうひとつの特徴があるように思う。それは「カタルシスがない」ということ。最近の曲、たとえば「奇跡」や「午後のパレード」なんかは明るい曲調であるにせよ、歌われているのは「奇跡が起こりそうな予感にドキドキしているけど、その未来の薄っぺらさも感じている自分」(「奇跡」)だったり、「未来へずっと続いていくようなんだけど、どことなくうさん臭さを感じさせるようなパレード」(「午後のパレード」)だったりする。そして「奇跡」と「午後のパレード」の間にひょいと出てくる「真夏の夜のユメ」では「孤独で嘘つきな自分を自己嫌悪する僕」というような、闇がべったりと塗りつけられたりするような音楽が出てきたりする。そんなふうにスガシカオの曲は聴いている人に「はっきりとした答え」を明示しない。明快なメッセージを送らない。違和感を違和感としてとらえ、歌っているのだ。たとえば「こんな僕でも人を好きになっちゃってもいいんですか?いいんです!大好きです!愛してます!」と歌っているポップス(僕がそういうのを嫌いだというわけでは決してない)とは対照的にスガシカオは「僕は人を好きになってもいいのかなあ、好きになって『愛してる?』とか言われてもどう答えていいかわからないしなあ」っていう感じである。そしてそんなうだうだしたようなうじうじしたような流れの中で音楽は終わる。答えはない。確信に満ちた決意もない。当然、リスナーがカタルシスを感じることがない。でもだからこそスガシカオなのだ。カタルシスは他のアーティストに任せておいて、「カタルシスがないまま放っておかれるいやらしさ」を味わい、リスナーがその青臭さや泥臭さに身もだえする音楽こそがスガシカオなんだと思う。 最近出版された「別冊カドカワ」のなかでスガシカオは「自分の音楽は懺悔や自分の救済である」と語っている。自分が他人よりも音楽の才能を持って生まれて、選ばれて歌っていることへの懺悔であり、その懺悔を通じて他人を救済することによって自分も救済されるというサイクルがモチベーションである、と。そういった彼の思いがそのまま歌になって、リスナーはそれを聴いて「カタルシスがないことの事実確認」をしてある意味で安心する。そういうものが「スガシカオの音楽」なんだろう。
2007年02月03日
ちょっと昔の話になるが、FCバルセロナ(以下バルサ)が、ユニセフに年間数万ドルの援助を行う提携をしたというニュースがあった。もはやバルサはフットボールクラブを超えた存在であり、その向こうにある貧困や差別をも解消していく――そんなクラブを目指そうとしている。そのスローガンが、「Mes que un club(クラブ以上の存在)」というわけだ。世界の貧困と戦う、というのは確かにフットボールを超えた戦いの場所である。バルサのフットボールに魅了され、ファンとなり、その試合をカンプ・ノウで見ることで利益が発生する、その一部が基金となり、世界中の貧しい国々へ送られる。バルサを見ることが、世界の貧困を救う一つの手段となり得るようになったのだ。おそらく、このようなことができるのはバルサだけだろう。(レアル・マドリーもできそうではあるけれどなあ……) 「クラブ以上の存在」と言っても、言い方によっては大きく解釈が分かれるところではある。「クラブ」よりも規模を拡大し、社会的に「単なるフットボールクラブ」以上の存在になろうとする姿勢が一義。もう一義は、「ファンの一人一人の人生において、そのクラブの存在が何よりも大きくなること」がもう一つの意義だ。ゲームにも練習場にも足繁く通い、勝利の時には全世界が幸福に満ち足りているような思いを、逆に敗れたときには世界が明日にでも9終わってしまいそうな悲しい思いをする人々。こういう彼ら彼女らにとっては、すでにフットボールクラブはその人生を左右するという意味において「クラブ以上の存在」なのである。
さて、ここで札幌は「クラブ以上の存在」たり得ているのか、という疑問が生じる。 バルセロナのような「一般クラブを超えた、社会的な存在」はもとより無理であるのは明白だし、そんなことをするならまずチームとしての人気と、新しいファン層の獲得を行うことが急務であるのは誰の目から見ても明らかだ。介護や食育事業にも力を入れる、ということだけどそれは「社会貢献」のうちの一事業に過ぎない(介護・食育事業への展開を批判しているわけではない。逆にうまく軌道に乗せてほしいと思っている)。 それならば目指す先ははっきりしてくる。J1への昇格と、「魂に訴えかけるフットボール」である。J1に昇格しなければファン層は拡大しない。そしてファン層が拡大できたとはいいえ、そのファンに訴えかけるようなフットボール――僕らの人生に劇的なとまではいかないまでも、ささやかにでもいいから彼らの人生における幸せと落胆、そして「気持ち」をもたらしてくれるものであるだろうか。僕の現段階での回答は「否」である。 前シーズンの柳下監督時代は、明確な意志を持ってはいたがそれが選手個々にまで行き渡っていたかというと疑問が残るし、「ともに喜ぶ」ではなく「ともに苦しむ」ことの方が多かったのではないだろうか。三浦監督が指揮を執ることが決まってから、僕は「ともに戦う」「ともに喜ぶ」チームであってほしい、と思っている。4バックとか、カウンターとか、戦術以前の話ではない。どれだけ一体となって戦えるのか、大きく言ってしまうのならばファンがそこに「生きる意味」を見いだすようなサッカーをしてくれるのか、そのことだけが気がかりだ。 少し、自分自身の話をしたい。 昨年父と会ったときに話していたところ「まだコンサドーレは応援しているのか?」と唐突に聴かれた。嘘をつく必要もないと感じたので、以前と変わらず通っていることを父に話すと父は突然に渋い顔になった。つまりはこうだ――もういい大人なのだから、ゴール裏で飛び跳ねるような酔狂に関わっている場合ではない。コンサドーレからは手を引いて、まっとうな社会人として生きてゆけ――、と。父の話を聞き流すふりをしながら、僕はテーブルの下で煮えたぎる怒りを押し殺していた。大学に合格して、どこにどうやって行けばいいのかもわからなかった97年の春、それでも笠松へJFL開幕戦を見に行ったのは、その当時、札幌のフットボールを見ることが、僕の人生にとって必要だったからだ。札幌のフットボールを見るために遠征して、はじめての土地で友人と出会い、ともに応援し、喜びも苦痛も分かち合い、ともに進める仲間ができたことを父親は「ガラの悪い奴らとつきあっている」としか見ていなかったのだ。軽く、いや、かなり、ショックだった。勉強も大事だけど、時にはそれよりも大事なものを探して、そのために生きていくことが大事なのだということを父親が考えていなかった、勉強してどこかの堅い職業に就いてほしいのだというのが父の本音だったようだ。でもそれを僕は裏切った。父の思いがわかっているのにも関わらず、裏切った。アウェーに行きまくり、最前列でリードをとった。 なぜならその当時の僕にとって、そして今の僕にとっても、札幌のフットボールは何よりも大切なものなのだったのだ。札幌のゴールは僕の生きる源だった。札幌の敗戦は僕の勝ちを全否定するほどのどん底をもたらした。そうして、僕にとっての札幌はすでに「Mes que un club」であったのだ。手に抱えきれないほどの愛とプライドを持って、僕はゴール裏へ足を運び続けた。 でもいま、それだけの情熱を、どれだけの人が持ち得ているだろうか(自分も含めて)? 情熱は伝えるもの。喜びは分かち合うもの。誰彼問わず、スタジアムにいる全員で分かち合うものだ。そうして僕らは札幌が「Mes que un club」であり続けるように、精一杯の声援を今年も送る。人生の喜びを、人生以上の価値をこのクラブに――と、心の中で思いながら。
2006年03月20日
スタンドの脇に山形サポーターが除雪をした雪がまだ残る天童。山形はこの試合が今季の初ホームゲーム、この日を待ちわびてボランティアでピッチを除雪してくれたサポーターのためにもまずは一勝をあげたいところ。対する札幌は前節試合をある程度支配しながら、水戸のワンチャンスに屈してしまった。この試合ではよりプレーの精度を高め、札幌にとって難敵となっている山形を下してスタートダッシュをかけたいところ。
札幌は前節の暴力行為で3試合の出場停止となったフッキと、プレーエリアがフッキと被って目立つところがなかった清野に代えて相川と中山の2トップがスタメン。この二人だとトップにロングボールを当ててこぼれ球を拾うという展開をさせやすく、試合開始から札幌がボールの主導権を握って進めていく。相川は中心付近に構え、中山が精力的に動き回るタイプなので前節のようにフッキと清野でお互いにプレイエリアが被ってしまうような心配はさほどない。また、チーム全体を見てパスの回し方などは前節よりもミスなくできている感じがしたけど、それは山形がいわゆる「リトリート」を徹底しているからというように見えた。水戸といい山形といい、こういう「守備から入る」スタイルをとる相手だと札幌はボールを持っていてもなかなか崩せないのが悩みどころだ。
札幌の攻撃は相変わらずサイドが好調。左サイドの関は安定したボール運びを、右サイドの芳賀は前節にも見せた良いポジショニングと周囲との連携ある飛び出し。ただどちらもやっぱりサイドをえぐるまではうまくいくけど、そのあとの工夫というか、クロスの精度が悪いというか・・・。サイド深くへの侵入を意識しすぎるあまり、ワンテンポ、ワンプレー遅くクロスを上げてしまっている気もするのがもったいないところだ。あとはトップ下の砂川ももう少し積極的に前へ飛び出して欲しいところ。一本目、二本目の矢はあるのだが、決定的に仕事のできる三本目の矢が足りなく前半を見た限りではまだ「矢が足りない」感じ。シュートも微妙な感じに枠に飛んだり飛ばなかったりだし、集中して落ち着いてパスを回せているのだけれど物足りない。
一方の山形は落ち着いたゲーム運び。チーム全体のポゼッションの良さは昨年と変わらず、最終ラインからのビルドアップの確かさもある。これに財前のアクセントをつけるゲームを見る目が加わって、組織としてのまとまりは高いレベルで安定している。その安定に貢献しているのは高橋健二と新加入の渡辺匠。高橋が落ち着かせ、渡辺が安定したボールさばきを見せる。財前からのセットプレー、ラストパスは相変わらず怖い。互いに「これ」という決定的なチャンスを作れないまま前半終了。
後半札幌は砂川に代わって西谷を投入。砂川が最後の場面でおとなしい場面が多かったので、西谷にはもっと積極的に飛び出していってもらおうという意図なのだろう。山形はメンバーの変更はなし。渡辺匠の持つ攻撃の起点となるプレーの確かさも作用していると思えるが。札幌は簡単に相手のパスコースを空けてしまうのがところどころ見られる。ここを大塚、鈴木のボランチがしっかりと埋めて攻撃へ繋げることが重要になるだろう。また昨年からの課題であるのだが、最終ラインからのゲームの組み立てがセンターバックからから横に流すだけしかアイデアが見あたらないのが悩みどころ。ボランチに預けてそこから素早く展開できるようになると攻撃の厚みもぐっと増すと思うのだが(ハーフタイムには、このセンターバックととボランチとの連携を高めることを監督が指示していた)。
59分には曽田との接触で負傷した氏原に代わって根本が入るが、中山がしっかり下がってボールにプレッシャーをかけに行き、山形の前線に簡単にはボールを回させない。このことで札幌の選手はやりやすくなる。大塚も永井の押さえどころをよく知っている、という感じで決定的なパスや突破をさせていない。前節よりはサッカーとして見ていられる。しかし、ペナルティエリア近くでやはり財前に仕事をさせてはいけない。FKでもラストパスでもファンタジックで、攻撃の柱としてもはや山形には欠かせない存在になっている。また、66分には高橋健二に代えて高速サイドアタッカー・佐々木を投入。和波がつかまえきれない場面が出はじめ、札幌のカウンターとなって関からクロスがあがるもポストに入れた後の飛び出す選手がいない。最終ラインでの集中は70分すぎても保たれているが盤石ではない危なっかしさが感じられ、不安な空気が流れ始める。
選手交代によりもう一度攻撃を組み立て直す山形に対して、うまくサイドの突破ができなくなってきた札幌は関に代えて藤田を投入、芳賀が左で右に藤田というサイドの組み替えでで打開を試みる。直後に加賀がオーバーラップでシュートを放つ。去年よりも大きく変わったのがこの場面にあるように、和波や加賀が積極的にオーバーラップする場面がゲームの中で多く見られるようになってきている。そして77分、いったん下がっていた相川からのエリア前へのクロスに西谷が反応し、首をひねってヘディングで逆サイドへ流し込む。札幌先制。直後に芳賀のFKが見事な狙いで決まったのだが、相川の足がオフサイドになりノーゴール。その判定に怒った柳下監督は抗議、ベンチに帰る途中でコートを脱ぎ捨てベンチに叩き付ける。山形は反撃を試みるもゴールのにおいがしない。高さは曽田が、速さは和波と加賀がしっかり対応できているのだろう。それ以前に山形FWが裏に抜けられていないところが気になるのだけれど。試合終了間際に危ないシーンがあったものの切り抜けて札幌が2勝目をあげた。
札幌の完成度は少しづつであっても高まっていることは確かだし、上昇のレベルは昨シーズンとは上のレベルにあることは確かだ。ただ、そのレベルを試合での勝利に必ずしも繋げられないところに今の問題がある。これは試合をこなしながら強化していくしかない。あとは今節のように集中できていれば、というところか。山形も負けたとはいえ、遜色のないサッカーを展開していたように思われる。「樋口イズム」が浸透すれば、昇格争いに絡んでくる勢いがある。
息つく暇もなく、次節はJ2に今年から参入した愛媛とのアウェイ戦が待っている。ここでつけた勢いを加速させるためにも、ハードスケジュールではあるが勝ち抜いて行きたいところだ。序盤戦のトーナメント、早くも一つ目の「ヤマ」がやってくる。
2006年02月19日
首都圏に住んでいたときはサッカーばかり見に行っていたけれど、何度か国立や秩父宮へラグビーを見に行ったこともある。自分が足を運んだ当時は関東学院大学が無類の強さを発揮していたときで、そのなかでもお気に入りの選手はスピード溢れる突破と正確無比なキックを誇った仙波優。しかし1999年、彼は自動車事故で不慮の死を遂げた。好きな選手が引退する、という経験は何度かあったけど、好きな選手が亡くなるというのはあまりにも突然で、当時の自分はそのニュースを聞いて呆然自失だったことを覚えている。
そして今日の全日本ラグビー選手権準決勝は、当時から「最強」の名を誇っていた東芝府中と、先週の準々決勝でその仙波が所属していたトヨタ自動車を下した早稲田大学の一戦だった。
先週からこの試合が話題になっていたのはトップリーグ最強の東芝府中が出場するからというのもあっただろうけど、それよりも早稲田大学がトヨタ自動車を破り、18年ぶりに学生が社会人チームを破るという快挙を成し遂げたことの影響が大きい。そして18年前に早稲田が破った社会人チームは、今回の対戦相手と同じ東芝府中で、そのとき出場していたメンバーには今季限りでの勇退を表明している早稲田の清宮克幸監督がいた。そんな因縁めいたエピソードもあってだろうか、秩父宮ラグビー場は満員のファンで埋め尽くされた。その声援は圧倒的に早稲田を応援するもので、マイクが拾う音声は「早稲田がんばれ!」「押せ、押せ!」というものばかりだった。スペースに出したパスをしっかりと受け、ライン際を疾走する早稲田フィフティーンの姿にスタンドが一瞬どよめいて、沸き立つ。学生王者が、社会人王者からトライを奪う姿をみんなが待っていたように思えた。しかし早稲田はノートライで東芝府中の前に敗れ、「快挙を再び」というファンの思いも冬の空に消えてしまった。
テレビでは「完敗」と言っていたけれど、実際自分の見る限りではそうではないように思えた。前半早々に東芝府中に先制のトライを許したものの、それからの早稲田の粘りは東芝府中を焦らせるのに十分すぎた。集中力を切らさず、粘りのあるタックルでしがみつき、連続攻撃をさせまいと東芝府中の攻撃を食い止める。自軍のボールになったらすかさずゲインして押し戻す。しかしそこからラインアウトになったボールを拾えず、相手ボールにしてしまう。わずかなパスの失敗、攻撃に移った重要な場面でのノックオンといった小さなミスを早稲田が連発してしまい、東芝府中は逆にその精度が高かった。そういった「小さなミスをしない精度」が勝敗を分けた、というように見えた。それ以外、運動量や集中力といった部分ではほぼ互角の戦いだったのではないだろうか。なかでも存在感のあったのはSO(スタンドオフ)曽我部の正確なキック、主将のNo.8佐々木の統率力。試合後半に激しく体力を消耗している中でも一矢を報いようと時にはキックでスペースを狙い、時にはモールで押し、全員の意識を高いレベルで保つことができていた、と思う。この試合を仙波が見ていたらどう思っただろうか----ふと、そんな思いが心をよぎった。
そして、早稲田のジャージは伝統の「赤と黒(正確には「臙脂と黒」だけど)」。その姿に、今年のコンサドーレの「赤と黒」をつい重ね合わせて見てしまう。早稲田のように厳しく、激しい、スタンドが沸き立つような、そんな瞬間まであとわずかだと思うと、高まってくる気持ちを抑えられない午後の一時だった。
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生まれ:1978年旭川市生まれ。 育ち:道内あちこち。その後横浜、川崎を経て再び札幌。 観戦暦:1996年・対日本電装戦が初応援。翌年より道外への進学に伴いアウェー中心に応援、1998年よりアウェイコールリーダーとなる。2003年春に札幌へUターンし、現在ホームゴール裏で応援中。 サッカー以外の趣味:音楽と活字。
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