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北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
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2008年04月25日
今更ながら、ホムスタ神戸です。皆さん、本当によくがんばりました。 チームワークもメンタリティも強くなってますね。 帰って、録画も見ましたけど、1点で済んだのがミラクルですね。 勿論、選手の体を張った守備と集中力、あきらめない気持ちの結果なんですけど。 西谷選手 早く調子上げて欲しいですね。 彼が復調すれば、もうひとつタメが出来て、守備もしやすくなるでしょう。 期待していますよ。
三ノ宮駅です。 阪急電車の乗客の人たちや、神戸の人たちは、やさしくて、言葉使いが上品で、イイですね。 よく言われていることですけど。 宿の人や、お店の人たち、電車で切符を拾ってくれた人、 みなさん優しい言葉使いで、気配りが嬉しかったです。 もし、関西に住むことになるなら、絶対神戸を選びますね。 ですんで、京都戦の前日泊にも、神戸を選んでしまいました。 もはや来週ですけど、再びの神戸楽しみです。 おまけコーナー
帰りの小田原駅で見かけた、新型ロマンスカー。 千代田線直通します。 わたしが関東在住中に出てきて欲しかった・・(T-T)
2008年04月18日
ナビ杯・千葉戦をスコアレスドローで乗り切った札幌。 良さそうな気がします。 西谷・クライトンのダブル司令塔が機能すれば、試合運びが楽になると思います。 点を取れなかったのは、少し残念ですが、 リーグ戦のために取っておいたと考えましょう。 さて、次は、神戸戦です。 今まで、神戸には何回も行っており、それぞれ思い出があります。 つらつらと書いてみましょう。 (1)昔々 高校の修学旅行で、神戸に行った。 本当は、京都市内で自由行動だったのですが、 京都~大阪~神戸の3都物語を実践しました。 といっても、三ノ宮から新神戸まで歩いただけで、 その後、新幹線で京都まで戻りました。 有名人を探しにグリーン車に行ったりしていました。 (2)1998年11月 残留決定戦 神戸-札幌 @神戸ユニバ 何を隠そう、わたしのコンサデビュー戦です。 当時、岡山に長期出張していまして、 折角だから、見に行きました。 日曜日のナイターということもあり、ゴール裏には50人くらいしか いなかった気がします。 でも、みなさん声を上げて応援していました。 わたしは、初めてということもあり、隅っこで見ていました。 負けてしまいましたけど、棚田のゴールを覚えています。 その当時は、まだ全然大丈夫と思っていましたが・・ (3)2001年1月 当時、平家物語にハマっていて、史跡巡りをしました。 京都~神戸~宮島~下関を18きっぷで行って、帰ってきました。 神戸では、清盛塚のほか、一ノ谷合戦で散っていった、数多くの平家公達の墓を見て回り、物事の儚さに、しみじみとしていました。 「夏草や 兵どもが 夢の跡」 芭蕉の句が思い起こされます。 試合会場のホームズスタジアムの周辺にも数多くの史跡があります。 時間がある人は行ってみてはいかがでしょうか。 あと、新長田の商店街も印象に残っています。 震災の傷跡はあれから、どこまで癒えたでしょうか。 (4)2005年7月 鳴門の徳島戦の翌日に寄りました。 なんと、鳴門からのバスでは、あのノリヲさまと同乗でした。 目的は、日本一短い国道を走破すること。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93174%E5%8F%B7 国道174号 全長187m 見事走破しました。 日本一長い国道4号の、すぐ脇に住んでいる私にとっては、 最短の国道と最長の国道に関わったことは、 あまりにも、くだらなさすぎます。 あと、今年3月廃止になった寝台特急なはを、偶然見かけました。 ちなみに、そのときも帰りは18きっぷで、 三ノ宮→郡山の所要時間は14時間でした。 ハーバーランドや南京町もいいですが、 ちょっと意外な旅も面白いものです。
2008年04月14日
とうとう、因縁の相手、磐田に勝ちました。 その場に立ち会えたことを幸せに感じます。 行って良かった。 しかも、岡田武史、柳下正明、三浦俊也 3人の元・前・現監督が揃った中での勝利。 これもなにかの因縁でしょう。 見たか、岡ちゃん「いつかは強いジュビロを倒したい」お見せしましたよ。 どうだ、ヤンツー 苦難の3年間があっての今日なんですよ。 そして、三浦さん CM見ましたよ。一生言われそうですね。 全員が闘っていました。必死でした。 その結果、2008年4月12日は、 コンサドーレの第一期が終わり、第二期が始まった日になりました。 でも、俺は前半終了時に、もう勝ったと浮かれていたら、 早々に失点してしまいました。ごめんなさい。 油断をしてはいけませんね。 最後に写真旭山動物園号のマスコットキャラクター ぺん太くん
柴田インタビューとスコア 郡山に帰ったら、サクラが咲いていました。 ここでも、春はいつのまにか来るものですね。
最後にサッポロクラシック。当分は旨い酒が飲めそうです。
2008年04月11日
FC東京戦では悔しい思いをした。 負けたからだが、それだけではない気がした。 なぜだろう。その疑問が今日解けた。 俺たちのチームの力はこんなものじゃない。 去年見たチームはこんな程度じゃなかったさ。 本当の力を出したら、FC東京なんか蹴散らしていたさ。 その思いと、負けという現実とのギャップに悩んで、気持ちが晴れなかった。 確かにけが人が多いさ。今日も一人けが人が出た。 彼らも悔しい気持ちが一杯だろう。 でも、前を向いていこう。明日を見よう。 今日の自分は、昨日の自分ではないさ。 そして、俺たちに出来ること。そんな彼らを励まし、後押しするだけ。
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北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
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