カレンダー
プロフィール
北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
コメント
検索
2008年04月18日
ナビ杯・千葉戦をスコアレスドローで乗り切った札幌。 良さそうな気がします。 西谷・クライトンのダブル司令塔が機能すれば、試合運びが楽になると思います。 点を取れなかったのは、少し残念ですが、 リーグ戦のために取っておいたと考えましょう。 さて、次は、神戸戦です。 今まで、神戸には何回も行っており、それぞれ思い出があります。 つらつらと書いてみましょう。 (1)昔々 高校の修学旅行で、神戸に行った。 本当は、京都市内で自由行動だったのですが、 京都~大阪~神戸の3都物語を実践しました。 といっても、三ノ宮から新神戸まで歩いただけで、 その後、新幹線で京都まで戻りました。 有名人を探しにグリーン車に行ったりしていました。 (2)1998年11月 残留決定戦 神戸-札幌 @神戸ユニバ 何を隠そう、わたしのコンサデビュー戦です。 当時、岡山に長期出張していまして、 折角だから、見に行きました。 日曜日のナイターということもあり、ゴール裏には50人くらいしか いなかった気がします。 でも、みなさん声を上げて応援していました。 わたしは、初めてということもあり、隅っこで見ていました。 負けてしまいましたけど、棚田のゴールを覚えています。 その当時は、まだ全然大丈夫と思っていましたが・・ (3)2001年1月 当時、平家物語にハマっていて、史跡巡りをしました。 京都~神戸~宮島~下関を18きっぷで行って、帰ってきました。 神戸では、清盛塚のほか、一ノ谷合戦で散っていった、数多くの平家公達の墓を見て回り、物事の儚さに、しみじみとしていました。 「夏草や 兵どもが 夢の跡」 芭蕉の句が思い起こされます。 試合会場のホームズスタジアムの周辺にも数多くの史跡があります。 時間がある人は行ってみてはいかがでしょうか。 あと、新長田の商店街も印象に残っています。 震災の傷跡はあれから、どこまで癒えたでしょうか。 (4)2005年7月 鳴門の徳島戦の翌日に寄りました。 なんと、鳴門からのバスでは、あのノリヲさまと同乗でした。 目的は、日本一短い国道を走破すること。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%81%93174%E5%8F%B7 国道174号 全長187m 見事走破しました。 日本一長い国道4号の、すぐ脇に住んでいる私にとっては、 最短の国道と最長の国道に関わったことは、 あまりにも、くだらなさすぎます。 あと、今年3月廃止になった寝台特急なはを、偶然見かけました。 ちなみに、そのときも帰りは18きっぷで、 三ノ宮→郡山の所要時間は14時間でした。 ハーバーランドや南京町もいいですが、 ちょっと意外な旅も面白いものです。
カレンダー
プロフィール
北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
コメント
検索