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北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
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2011年12月08日
新聞報道によると、 内村「僕の給料のことは気にしないで、その分で強力な助っ人外国人選手を取ってきてほしい。その方が自分もうまくなれるし、刺激にもなる」とフロントに注文を出した。 選手にお金の心配をさせるなんて、サポーターの名折れ。 俺は、とりあえず、生活に支障が出ない範囲でお金を出すことにした。
2009年07月18日
今週のジャイアントキリングにて、スポンサー企業の副社長、「君達に投資する価値はあるかね?」。 この漫画は、たびたび、大事なことを、いいタイミングで思い出させてくれる。 スポンサーはじめ、観客、株主等は、金や時間や労力をコンサドーレに「投資」しています。 果たして現状、チーム・選手に、その投資に見合うだけの価値を見出すことができるでしようか? 私には、現状に価値を見出せません。私だけでなく、多くの人がそう思っているのではないでしょうか。 彼らは、そのことを猛省すべきと思います。 (それで済むならまだ運が良く、他のチーム・企業なら、 多くの「投資者・支援者」は既に離れているでしょう。 偶然かそうでないかは知らないが、明日から、実質再スタートです。 もう昇格・順位は考えないで、支援してくれる人々に、 喜び・感動・そして楽しみを与えてくれるサッカーを見せて欲しい。 投資価値というのは、まさにそのことなのだから。
2009年04月05日
久しぶりの投稿です。 まずは、とある故事を。 豊臣秀吉の時代、 ある風の強い日に、秀吉が大阪の町奉行に、 「今日は風が強いから、火事に気をつけよ」と指示しました。 奉行は部下に、「風が強いから、火事に気をつけよ」と命令し、 部下は町人に、「風が強いから、火事に気をつけよ」と命令しました。 結局、火事が発生し、町は焼けてしまったそうです。 何故そうなったのでしょう? 奉行・部下が伝える相手の立場を考えた命令をしなかったからです。 具体的に、「桶水を沢山用意しておけ」とか、「見回りの人数・回数を増やせ」とか、具体的な指示をしないといけなかったのです。 大まかな言葉だけでは、 全体レベルとなると、なかなか思うような動きは出来ません。 コンサドーレも同じではないでしょうか。 監督の意図としていることが、全選手に具体的に伝えられているでしょうか? そもそも意図を伝え、具体的な指示をするのが仕事であるコーチも、意図を理解しているでしょうか? そして、全選手は、自分はどのような動きをすれば良いのかを分かっているでしょうか。 私には、そうは見えませんでした。 選手達は、実は何も分かっていないのではないでしょうか。 もう一度、はじめからやり直した方が良さそうに思われました。 また、豊臣秀吉に関係する話ですが、 鳴かぬなら、鳴かせてみせよう ホトトギス という句があります。 本人(監督)は鳴かせようとしているつもりですが、 当のホトトギス(コーチ・選手)には、伝わっていないのではないでしょうか。 そもそも、そのホトトギスが鳴く能力をもっているのかどうかもあるとは思いますが。 鳴くまで待とう ホトトギスでは、遅すぎますよ
2009年01月26日
FAカップ エヴァートン対リヴァプール マージーサイドダービー マージーサイドというのは、リヴァプール周辺のマージーサイド州のことであり、マージー川に由来する。 マージービートという言葉を聞いたことがある。 ダービーマッチはいいですね。 でも感じるのは、大抵弱い(貧乏・栄えていない)方のチーム側が盛り上がり、 反面強い側の方はそうでもない気がする。 現実社会・富・注目度で負けている分、純粋な勝負では負けられないという意識があるのでしょう。 残念なのが、我がコンサにそのような身近なライバルがいないことでしょうか。 浦和・・去年は楽しかった。 是非、来年には勝ちたい。
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北海道で生まれ、育つ。 就職とともに内地へ赴き、現在は福島県在住。 かつては日産ファンで、三ツ沢にもよく行っていた。 1998年、岡山滞在時に、神戸ユニバでの残留決定戦に 行ったことがきっかけで、郷土のチームを応援することを固く誓う。 楽しいことも、悲しいことも、嬉しいことも、腹立たしいことも、 笑うことも、あきれかえることも、チームの将来に不安を感じ、絶望の淵に立たされたことも、怒りのあまり平塚から郡山まで一言も発しないで帰ったことも、 選手を叱り上げることも、励ますことも、手をたたいて讃えることも 嬉しくて泣いてしまうことも、選手が頼もしくて泣いてしまうことも ありました。 これからもずっとずっと応援していきます。 でも、2008年で、声張り上げて叫ぶのは最後にします。 もう年だし。
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