プロフィール

【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。

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ワールドカップと自分史(4)

2007年01月06日

【1986ワールドカップ準々決勝フランスVSブラジル】

 その当時の私はサッカー部に所属して2年目。真剣になってテレビにかじりついてみた初めてのワールドカップでした。サッカーの予備知識としてはたまに買う月刊だったサッカーダイジェストぐらいでした。動いているサッカー選手の映像といえば、トヨタカップ、天皇杯、高校サッカー。トヨタカップを初めて真剣になってみたのもほぼ同時期の1985年が初めてでした。

 天皇杯ではJSLチームの読売クラブや日産自動車ならば外国人選手がいて、単独ドリブルやアクロバティックなシュートはキャプテン翼みたいだぁーと思いました。ブラジル人選手が多く所属していましたが、この選手たちでさえ、国の代表やトヨタカップに出場している選手と比べればレベルが低いんですから、日本人は到底追いつけない世界だと感じました。

 そのブラジル人プレイヤーの最高峰たちが集まった代表チームと前の年にトヨタカップで素晴らしいプレーを披露したプラティニ率いるフランス代表の試合は、ものすごく期待の大きい試合でその後何年もヒマさえあればVHSに録画してある試合を何度も繰り返してみました。

 準々決勝のフランス対ブラジルはおそらく歴史に残る名勝負だったのでしょう。マラドーナのための大会といわれたメキシコ大会でしたが、私は大会で一番面白かった試合は?と、聞かれたら絶対にこの試合をイチオシです。

 プラティニの動きはよく真似してました。実際のところ本番の試合ではそんな余裕はまったくなくて役に立たないんですけど。私はその当時左ウィングの控えで、何にも考えずに走り回るだけでしたね。練習のミニゲームではだいぶ余裕があるので、真似のプレーはしてました。ジーコのスルーパスのタイミングの取り方も意識して真似しました。

 かつてはゴール前で単独ドリブルにより2,3人かわしてシュートをするのがサッカーの醍醐味だと思っていましたが、すっかり美しいパスの魅力に取り付かれた、私のターニングポイントの一つとなっている試合です。


日本のサッカーについて考える(7)

2007年01月05日

【三浦新監督】
 
 私は、今のところ好感触です。3バックにも4バックにも固執はしてほしくありません。コンサは今まで攻撃的な4バックで失敗してきましたが、岡田コンサの2年目の圧倒的強さを誇ったシーズンは守備固めをするときに4バックにポジションチェンジしていることが多くありました。臨機応変に対応できないのは選手の責任もありますが、監督の信念や力量にも当然左右されるでしょう。4バックで攻守の切替をスムーズするのは一朝一夕では難しいですから、役割が分かりやすく慣れ親しんだ3-5-2で監督の考える戦術を実践するほうが短期間で成果を出しやすいでしょう。まずは難しいことにチャレンジはしないのが定石かと思います。フッキのような個人能力の高い選手に依存しないチーム作りを心がけて、信念を貫いてほしいです。今シーズンこそ、攻撃サッカーより勝つサッカーが求められるでしょう。

【ジーコ監督の日本代表】

 ③ 選手達がいきいきしていない!

 ジーコが監督になってから、技術は劣るが誰よりもがんばる!と、いう気力を前面に押し出すタイプの選手が中盤からいなくなりました。テクニック重視?、それとも監督のお気に入り優先なのか?守備の意識が強くてチームのために走り回るダイナモ・潰し屋的なMFは最終的に選ばれていません。なんといっても熱さが足りない日本代表には心底、愛想がつきました。かつてはあれほど楽しみだった日本代表のTV観戦をする気がしないなんて…。

 チームが一つになってがんばるって感じが足りないと、応援する気になれませんでした。それでも、ワールドカップ(以下WC)はオーストラリア戦とクロアチア戦は歯ぎしりしながら観戦しました。監督から自由を与えられたはずの選手たちがどうなるのか?ほんの少しの期待をした理由があります。

 2002のときはトルシエの戦術に厳しく縛られていたにもかかわらず、自分たちで考え判断したことがプラスに作用しWC初勝利を手にしたのです。トルシエジャパンの代名詞であるフラット3。相手は当然オフサイドトラップの裏をついてくる。これに対応するため、センターバックがあえてポジションを下げてゴール前を固めた。ロシアは最終ラインの裏をつくことが出来ず、無得点に終わりました。トルシエはまったくスカウティングは行わないタイプの監督でしたが、選手たちの自主性が生かされて勝利できたのです。

 2002WCと同じように選手達があらゆる局面で自主性を発揮し、一丸となって戦う姿が見たかった。だから、選手が直前合宿に集中して自分たちでどのように戦えばオーストラリアに勝てるのかをしっかり話し合ったりして集団戦術をみがいていてくれれば…。ちょっと難しいですかね。中田が自ら悪者になってチームを一つにしようとしているようでしたが、ついていける選手がいませんでした。モチベーションや体調のピークをオーストラリア戦に持っていけなかったのも惨敗の原因でしょうね。


日本のサッカーについて考える(6)

2007年01月05日

 今回の話はなんとなくJ2におけるコンサのサッカーの気がしてならないのですが…。臨機応変に対応しなければならないのは選手の意識の問題なのでしょうか?監督の指示の問題なのでしょうか?

 ②不十分な情報収集

 やはりジーコはブラジルのサッカーを日本代表に求めるがゆえに、相手のことを知るよりも自分たちのベストを尽くせば自ずと結果がついてくるものだと信じているのだと思います。

 対戦相手がどんなシステムでどんなふうに攻めてくるのか、緻密な情報収集によって相手を分析しウィークポイントを探り出すような気はなかったのではないでしょうか?例えば、オーストラリア戦です。

 事前に日本のシステムと先発メンバーを公表したことにより、ヒディンクはどうやって日本に勝つか十分に作戦を組み立てきました。まず、先発の布陣は1トップとしてきた。日本のセンターバック宮本が対応することになるFWはミスマッチなので、左右のDFもフォローしようと真ん中にかたまってしまいます。当然、左右のサイドMFがフリーで侵入してくるスペースが出来てきます。それをみて不安になる日本の両サイドMFが守備回らざるを得ない状況が増えます。こうなってしまうとほぼ3-4-1-2のような形になり、攻撃が閉塞状態になります。そこでボールを保持できなくなり、次から次へと攻められて防戦一方になっても、監督采配でなんともすることが出来ませんでした。

 システムはあくまで基本形であり、誰が誰にマークするだとか相手の攻めを封じ込めるために相手のストロングポイントを抑える配置だとか柔軟に対処すれば結果は違ったものになったかもしれません。

( つづく )


日本のサッカーについて考える(5)

2007年01月04日

【契約更改!】

 今日、HFCが仕事始めということで上田のレンタル移籍とやっと14人!の契約更改が発表されましたね。ちょっとだけホッとしたり、あせったりと落ち着きませんね。

 希望も含めての意見ですが、完全移籍はなくとも、加賀のような日本人選手の期限付き移籍はあるんじゃないでしょうか?


【日本国民が求めるサッカー】

 昨日のブログで日本はまともに戦っても勝てない相手には奇襲をかける?だとか、嘘の布陣を発表すれば?などと書きました。しかし、日本の国民性としては人を騙してまで相手に勝つことをなかなか「良し」とはしませんよね。正々堂々勝負して、全力を出し切れば悔いがないのでしょうか?

 かつての日本(東京オリンピックぐらいでしょうか?)なら、きっと卑怯なことをして勝っても、受け入れられない率が100%に近かったはず。でも、時代は変わりました。ある程度のことならば、受け入れられる世の中になったのではないでしょうか?やはり、年配の方は無理でしょうがスタジアムに足を運んで選手と共に戦う意気のある人なら、まず『勝つ』ことを求めると思うのです。

 メキシコオリンピック銅メダル世代がサッカー協会のトップに君臨し続ける限り、新たな強さを持った日本代表にはならないのではないでしょうか?


日本のサッカーについて考える(4)

2007年01月03日

 ジーコが監督した代表チームは何が良くなかったのでしょうか?具体的に何が悪かったのでしょうか?これは雑誌・新聞などを見て考えた私の感想です。

 ① 選手の自主性に任せすぎで何もしていない。

 ジーコは自分の現役時代の経験からか、監督からあれこれ言われないで自分たちの信じているサッカーを貫いたほうが国民にも喜ばれるし、結果にもつながるサッカーができると思っていたのではないだろうか?日本はヨーロッパのサッカーよりも南米のサッカーが合っているという意見を持っていたようだが、間違っても今の日本はブラジルのようなレベルにはないしそこまでの強さを持った選手もいないのに、ブラジル代表のような戦い方を求めてしまったのではないだろうか?

 ジーコの才能あるタレントを並べて、自主性を重んじるというやり方は、前監督であるトルシエ氏のあまりに自分の型にはめて戦わせようとするやり方のアンチナーゼとして、ちょっと良さ気に見えます。自由を与えられた選手達がやっとのびのびプレーをできる、良い方向に進むんだという間違った認識がスポーツ新聞などで書かれていました。この自由が結局、失敗の元となったのです。

 ブラジルは世界一サッカーの才能が集まった国であるといっても過言ではありません。そのブラジルならば、相手がどんな作戦で来ようが自分たちの信じる攻撃的なサッカーを貫けば、相手のやりかたにあわせることなく戦い抜けるでしょう。守備的なサッカーは嫌われる国民性ですから、相手のウィークポイントをつくだとか、ストロングポイントを出させないようになどということはいらないのでしょう。

 でも、いくら過去最強の人材がそろって円熟期を迎えた日本代表だったとしてもブラジル代表ではないのです。(←あたりまえの話です!)相手の弱点を狡猾に狙い、自分たちのいいところを出していかなければ、まともに戦えません。「日本人はフィジカルが弱い。」だから勝てなかったんだとか、改めて言われなくてもみんな分かっていましたよ。

 しかも、相手にどんな布陣出戦うのかを事前に情報提供をしてしまっては戦う前から敵に塩を送るどころか、勝つ気あるのか?と疑ってしまいたくなります。それも、ブラジル代表ならばいいのでしょう。日本代表は奇襲をかけるぐらいでやっとまともにやれるんじゃないでしょうか?嘘の発表しておいて、違う布陣で行くとか。それまでのジーコやり方を見てきた人なら間違いなく疑わないでしょうから、ものすごく効果あったかもしれませんね。

( つづく )