プロフィール

【 Mr.CH 】 北海道札幌市出身。1985年(16歳)からサッカー部に入り、それから上手い下手は別として今までずっとプレーヤーとして楽しんでいる。ずっと転勤族でそこそこの市の社会人リーグで1部から5部を経験。47歳の今は、フットサルを個人的に楽しむ程度でチームには所属していない。 コンサドーレは2001年からファンクラブに加入。ホームの試合は、なるべく観に行きたいと思っているが、なかなかいけない。 2017年5月現在、帯広在中。自宅は札幌市、単身赴任中。

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ワールドカップと自分史(3)

2006年11月20日

【ミシェル・プラティニ①】

 1986メキシコ大会の前年、トヨタカップで来日したときのプラテ

ィ二はそれまでの私のサッカー観を一掃した。シャドー的なポジショニ

ングから決定的なシュートを打てる得点感覚。周りの選手を有効に生か

すことの出来る視野の広さ。そしてダイレクトでのパス交換。ユーロ8

4の彼のプレーはサッカー雑誌の写真で想像するしかなかった私にして

みれば、その感性は想像のずっと先であった。

 それまで運動部に入るようなタイプではなかった私はキャプテン翼に

影響を受けて、1985年にサッカー部に入り一生懸命かつ真面目に練

習を続けていたのだが、経験者のようなサッカーの感性を持ち合わせて

おらず、一向にうまくならなった。体力・基本技術・精神のすべてを持

ち合わせていなかった。キャプテン翼的なマンガの中のサッカー風味の

感覚からリアルのプロサッカーを真似してやってみたいという感覚に変

化していったときの一番の憧れがプラティニだった。


ワールドカップと自分史(2)

2006年11月18日

【ディエゴ・アルマンド・マラドーナ①】

 1986メキシコ大会は「マラドーナの大会」と言われるほど、彼が

その名を頂点にまで高めた大会でした。しかし、私は個人技だけで試合

のすべてを決めてしまえるマラドーナを好きにはなれませんでした。ひ

とりの天才だけが目立つプレイでゴールを決めて勝利。そんなサッカー

は私が好きな理想とするサッカーとは何かが違うのです。サッカーだけ

に限らないことだとは思いますがチームスポーツなら、みんなの力をあ

わせて勝利するってことに醍醐味があると思っていました。このときの

アルゼンチンの戦術は、チームメートたちがマラドーナを最大限に生か

すことを徹底していた。マラドーナと言えども一人では勝てない。11

人で闘わなければ勝てないでしょう。今考え直してみると優勝したチー

ムのエース、マラドーナがサッカー雑誌などで世界一の選手としてクロ

ーズアップされすぎたことが私の反発心を生んだのかもしれません。


ワールドカップと自分史(1)

2006年11月15日

【1986メキシコ大会以前…】

 初めてオンタイムで観た(もちろんテレビで)ワールドカップは、強

烈なインパクトで私の心を虜にしました。サッカーのプレイの素晴らし

さはもちろんのこと、圧倒的スケールのスタジアム、そして熱狂的な観

客。今でもあの興奮は色鮮やかに心に残っています。

 話はその2年前に遡ります。まだ中学3年生だった私は特撮やアニメ

好きの根暗な少年でした。当時から人気のあった週刊少年ジャンプを毎

週買っており、そこで連載中のサッカーマンガ「キャプテン翼」の世界

にも、どっぷりとつかり、その魅力にハマッテいました。「中学生編」

の準決勝、南葛×ふらのをワクワクしながら読んでましたねぇ。どちら

かといえば、強すぎる主人公の翼君よりも努力家の敵役「松山君」にあ

こがれました。しかしながら「キャプテン翼」の主人公翼君の夢に向か

って一心不乱なところも素晴らしくて、心を打たれたものです。その当

時、予選すら通過したことのないワールドカップで日本を優勝させるの

が翼君の大きな夢。まずは自分の力で初出場をさせるという大きな目標

に対して、そのころの私も武者震いを覚えました。クラブ活動を何もし

ていなかった自分ですが、マンガを読んで楽しむよりもサッカーをした

い!と強く思うようになっていったのです。

 それと同時進行で1986メキシコワールドカップのアジア予選の日

本代表が勝ち続けていたことに注目していました。サッカーと言えば高

校選手権か天皇杯ぐらいしかテレビで見ることはありませんでしたから

、初めての自分が応援すべきサッカーのチームだったと思います。まず

は日本の背番号10である木村のゲームメイクとフリーキックをキャプ

テン翼の世界と比べてみていたように思います。その時点ではワールド

カップをみたことがなったため、世界とのレベルの差はまったくわかっ

ていなかった。ワールドカップに出られるレベルとはどんなのものなの

か?予選を勝ちぬき本戦出場権を手に入れるにはどのくらいの年月を必

要とするのだろうか?自分もその力になれないだろうか?などと夢を見

るようになっていった。