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2007年02月20日

恥を知れ!しかるのち死ね!――極私的書評『夜は短し歩けよ乙女』

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森見登美彦『夜は短し歩けよ乙女』

本屋でその装丁に惹かれて買っていこうかなと思っていたらとんでもない人気らしくたちまち消えてしまっていて、重版になってやっと並べられた「夜は短し歩けよ乙女」をようやく買い求めることができた。
そんで一気に読み終わって一言目の感想。なんてキュート!

間違えば完璧にストーカーとして引っ立てられるであろう(いや、すでにそうかもしれない)主人公の「先輩」が、片思いの彼女の気を引くべく、なるべくできるだけ多く彼女の目にとまろうとすべく京都の町を駆け回る。夜の木屋町から先斗町で、夏の盛りの下鴨神社で開かれる古本市で、晩秋も深い学園祭の大学構内で、風邪の風吹く真冬の高野川で、北白川で、今出川通で、四条河原町で。主人公が追いかけるのは黒髪でひよこ豆のような後輩の彼女。けれども主人公とちょっと天然っぽい彼女はすれ違うばかりで……という、四季それぞれの京都を舞台とした連作小説。果たしてこの本をどのようにジャンル分けすべきか。作者がデビューしたジャンルであるファンタジーか。すれ違いの平行線を歩み続けるボーイミーツガールの恋愛小説か。どうにもこうにも分けられることができないが、なんとしても面白いことだけは確かである。


たとえば第四章「魔風邪恋風邪」で、主人公は彼女と自分のことをこう思う。

「冷たい雨の中を駆ける一匹の濡れ鼠がある。それはもちろん私のことだ。私は晴天の下へ出ようとしている。だが目前に見えているその晴天は、まるで夏の陽炎のごとく逃げ去り続ける。その陽光の中に立つのは、我が意中の黒髪の乙女だ。彼女のまわりは温かく、静謐であり、神様の好意に満ち足りて、たぶん良い匂いがする。それに引き替え、我が身はどうだ。私のまわりは神様の好意どころか若気の至りに充ち満ちて、この身を濡らすのはぶきっちょに奮闘する己を嘆く涙、吹きすさぶのは恋風の嵐である。」(P225)

ああ、なんと報われそうもない片思い!なんと不器用な片思い!
そんなトホホな「先輩」は彼女への思い焦がれて輾転反側、まずは恋愛的外堀を埋めるべく行動を開始するも思いっきり埋めすぎるか見当違いの墓穴を掘るばかり。その間違った方向に全力疾走する「先輩」の思いに彼女は微塵も気づくことなく「あら、奇遇ですねえ!」と受け流し、彼女は彼女で自分の思った道をずんずんと進んでいく。それを慌てて追いかける「先輩」の道すがら現れるのは、これまた奇妙なサブキャラクター。自称天狗の先輩「樋口」。奇妙奇天烈な高利貸し「李白」。主人公よろしく片思いの塊を間違った方向にフルスイングしている「パンツ総番長」。個性という枠にはとどまらないどころかはみ出して枠が見えなくなってしまうくらいのキャラクターだし、ストーリー展開もこれまた奇妙奇天烈きわまりない。
夜の先斗町で李白と彼女が借金をかけて「偽電気ブラン」なるものの飲み比べ対決をする表題作、古本市で自分だけの一冊を追い求めて主人公諸々が駆けずり回る「深海魚たち」、カオス極まる学園祭に忽然として登場する「韋駄天コタツ」とゲリラ演劇「偏屈王」に巻き込まれる(いや、進んで巻き込まれているような気がしないでもない)二人を描いた「御都合主義者かく語りき」、風邪のウイルス吹きすさぶ真冬の京都を彼女がお見舞いに渡り歩く「魔風邪恋風邪」。どれをとっても不思議な物語なのに、どれもがすとんとエンディングに落ちていくストーリーテリングはすばらしいものがある。

とりわけここで挙げたいのは、主人公「先輩」が彼女への恋の病に取り憑かれて思い煩う心理描写。四畳半の古びた下宿で答えのでない問いを延々と繰り返し、脳内会議を開催し、正攻法で歩めないばかりに外堀だけをやたらと埋めようとして、至る結論は
「恥を知れ!しかるのち死ね!」(P138)
の境地。おそらく「好きだ」と言ったり言われたりしようものならメルトダウン必至の主人公がもたらす妄想と行動はどこまでも「非モテ男」のそれである。モテないことに忸怩たる思いを抱える男子が何とかして彼女を作りたい、好きな女の子に思いを伝えたい、と空回りしてオーバーヒートの末に「モテ男」への偏見と自己嫌悪にまみれて「非モテ」をよりいっそうこじらせる主人公。読めば読むだけ思い出す過去が恥ずかしく、照れくさく、馬鹿らしく、体くねらせて頭抱えてしまう男子が続出することだろう。そんな視点から本書を定義するのなら、「非モテ男子と不思議ちゃん女子のすれ違いエンタテインメント」って言う具合になるのだろうが、そんな定義などモロッコに吹きすさぶ砂塵のように無意味だ。それほどに面白い。
一歩進んで本書を手にとってはじめの数ページかを読んでしまえば、虜になること請け合いである。そして読み終わったときにはお願いせずにはいられない。

願わくば「先輩」と彼女の幸せが永く続きますように!なむなむ!

posted by ishimori |20:41 | books | コメント(0) | トラックバック(1)

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